プラスe

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プラスe端末

プラスe(プラスイー)は、かつて存在した日本のマルチメディア端末ファミリーレストラン居酒屋などのテーブルごとに1台ずつ設置されたタッチパネル端末で、占いゲームなど多様なコンテンツを利用者に提供し、その利用料を飲食代とともに請求するというシステムであった[1]。駐車場設備機器の販売・保守を行う株式会社ジェイ・シー・エム(JCM)が2001年(平成13年)に新規事業として立ち上げ、同社の年商の急拡大につながったが、プラスeの設置・運営・保守など一切の費用を自社負担する高コスト体制であったため、同社を民事再生手続の申し立てに追い詰めることになった[2]

プラスeの「e」はエンターテインメントentertainment)であり、enjoy(楽しむ)、excite(興奮させる)、excellent(優れた)など複数の意味合いを持たせていた[3]

歴史[編集]

2001年(平成13年)の外食産業は値下げ競争と牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)問題が暗い影を落とした中、情報技術(IT)を活用した集客増が注目を集め、チェーン店ではブロードバンドインターネット接続の提供やタッチパネル式の情報端末を設置するなどの実験が行われていた[4]。タッチパネル式の情報端末は大きく2つに分けられ、ゲーム等のコンテンツを提供する「エンターテインメント端末」と料理の注文ができる「セルフオーダー端末」がある[5]。この潮流の中にプラスeも含まれ[4]、「エンターテインメント端末」に分類される[5]

プラスeの登場[編集]

2001年(平成13年)1月22日、JCMは日立ソフトウェアエンジニアリング、東京放送(現TBSテレビ)、ビーエス・アイ(現・BS-TBS)、日立京葉エンジニアリング(現・日立ケーイーシステムズ)、日立電子サービス(現・日立システムズ)、JSAT(現・スカパーJSAT)、NTTコミュニケーションズと共同記者発表を行い、プラスeを発表した[1]。発表当初のコンテンツ提供事業者はエイベックスほか13社[注 1]に及び、同年1月25日東京都武蔵野市のガスト関前店に試験導入することが公表された[1]。記者発表時点でプラスeの導入を決めていた企業すかいらーくなど12社[注 2]であった[1]。また2005年(平成17年)までの導入目標を日本全国で5,500店舗11万台とした[6]。なお、この発表の前に、日経産業新聞2000年(平成12年)10月5日にプラスeについて報道している[7]

2001年(平成13年)7月時点で導入店舗数は、ガスト30店、不二家レストラン30店、M's DINING28店であった[8]。ガストではこの30店での実験を通して、端末1台あたり1日平均700円から800円の売り上げがあり、来客増にもつながっていると結論付け、翌2002年(平成14年)4月までに全店舗への設置を決定した[9]

プラスeの成長[編集]

ガスト全店への導入により、プラスeは2002年(平成14年)4月に約1,000店舗15,000台以上設置された[10]。同年5月には上映時間が2分から10分程度の短編映画の配信を開始[11]、オムニバス・エンターテイメントはプラスeに1曲100円でミュージック・ビデオを本格的に配信する決定を下した[12]。翌6月にはソフトバンク・メディア・アンド・マーケティング(現・SBクリエイティブ)と協力し、日韓ワールドカップ開催による利用増を見込んで、中田英寿らが出場するセリエAのサッカーの試合の有料配信を開始した[13]

2003年(平成15年)もコンテンツの充実が進み、4月にはワイルドカードと協力して「ディズニー・オン・プラスe」と称したディズニーキャラクターが登場する4つの占い・ゲームの配信が始まり[14]、5月にはバンダイグループ各社によるゲーム配信[15]、7月にはプライム(現・CJプライムショッピング)がテレビショッピング無料提供[16]、8月にはナムコによるゲーム配信[17]2004年(平成16年)4月にはエポック社によるシルバニアファミリーのゲーム配信が開始された[18]。2003年(平成15年)9月、日本アイ・ビー・エムと共同開発した料理の注文機能も付加した新端末の試験導入が始まり、安楽亭焼肉屋さかい[注 3]で試験的に採用された[19]。この新端末は単に注文ができるだけでなく、林家こぶ平(現・9代目林家正蔵)やあさりどお笑いタレントが店員に扮して画面に登場し、おすすめメニューを提案するという娯楽性も付加していた[20]。同年12月18日付の日経MJは「コンビニの棚の取り合いのような状況になりつつある」と、コンテンツを提供する各社の間でプラスeが高い関心を集めていることを報じた[21]。一方、2003年(平成15年)8月の設置台数は約1,000店舗約16,000台と大きく変化していない[17]

プラスeの終焉[編集]

プラスeの運営会社であるJCMの年商はプラスe導入前の2000年(平成12年)4月期は5億7100万円であったが、導入後の2003年(平成15年)同期には92億4200万円に成長し、株式公開を視野に入れていた[2]。ところが、「フリーユース」と称してプラスeを含む機器類の設置から運営、保守まですべての費用を自社で負担していたことによる資金負担の累積や、事業の急拡大に伴う資金手当てが追い付かなかったことから約253億1100万円の負債を抱え、2004年(平成16年)8月5日東京地方裁判所に民事再生手続の開始を申し立てた[2]。東京地方裁判所は同日保全命令を出した[2]。この時点での株式会社ジェイ・シー・エムは東京都港区芝浦1-2-1に本社を置き、122人の従業員を雇用していた[2]

プラスe端末はJCMの民事再生手続の申し立て以後も各店舗に設置されていたが、2005年(平成17年)9月をもって撤去され、姿を消した[22]。JCMは後にグリーンパーク株式会社となって駐車場管理業を継続し、JCMの社長がそのまま社長[注 4]を務めた[23]。しかし2010年(平成22年)9月期までの過去3年間で約5億4600万円の所得隠しを行い約1億6400万円を脱税したとして2012年(平成24年)11月8日東京地方検察庁特別捜査部に法人と元社長が起訴された[23]

端末[編集]

端末のシステムは日立ソフトウェアエンジニアリングと日立電子サービスが開発した[7]。データの送受信はJSATの提供する通信衛星を利用し、当時のインターネット配信よりも高速送受信が可能であったとされる[7]

各テーブル上には12.1型の薄膜トランジスタ(TFT)液晶ディスプレイのみが設置され、端末本体は客に見えないように設置された[1]。テーブルに設置されたディスプレイは横向きに設置されたため、プラスe用のゲームを開発する際は、それに合わせた工夫がなされた[24]。ゲーム初期のプラスeはCPUPentium IIIメモリSDRAMOSMicrosoft Windows 98を採用していた[1]。映像圧縮にはMPEG-2を用いていたが、2003年(平成15年)9月からVP5に切り替えている[25]。なお混雑した店内では音声が聞き取りづらいという問題があった[26]

端末の設置・運営・保守にかかる費用はJCMが負担した[2]。さらにコンテンツ利用料の一部を設置店舗に支払っていた[27]。これをJCMは「フリーユース」と名付け、費用節減をしつつ集客増を目指したいファミリーレストランを顧客とした[28]。この販売手法はJCMの本業である駐車場設備販売のノウハウを適用したものであった[28]。開始当初はうまくいっていた[28]が、最終的には会社の存亡に関わる危機を招く結果となった[2]

コンテンツ[編集]

2001年(平成13年)のシステム運用開始時点では、ゲーム・占いは有料、スポーツや芸能ニュース天気予報は当面無料とされ[7]、その間は広告料収入で賄った[6]。有料コンテンツは当初1つあたり30円から100円[4][9]、中期には50円から200円で提供していた[21]。コンテンツは、料理の注文から到着までの空き時間の利用が想定され[4]、コンテンツを利用することによる回転率低下を防止するため約5分で終了する短いものが採用された[1]。また1度購入したコンテンツは1回しか利用できない[注 5]。2002年(平成14年)4月時点のコンテンツ数は約60種類[10]、翌2003年(平成15年)4月時点では12ジャンル約80種類あった[29]

若い男女を中心として人気を集めていたとされる[21]。家族連れの場合、子供がプラスeのゲームに熱中し、料理が来ても食べ始めないということもあった[24]

コマーシャルメッセージ(CM)を配信し、液晶画面に触れると詳細情報を表示することができた[8]

コンテンツの例

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ カミングスーンTVギャガ・コミュニケーションズヒットメーカーベルシステム24メガポート放送メディア工房ワールドフォトプレス、東京放送、ビーエス・アイ、ウェルリンク、ウルトラデジタル、グローバル・ライツ、タヒラ・コーポレーション[1]
  2. ^ すかいらーく以外の11社はあさくま安楽亭北の家族クリアックスグルメ杵屋ダイナック不二家ロードサイドレストランフレンドリー、エス・アイ・シー、オックス[1]
  3. ^ ライバル社のアスカティースリーが開発した「e-menu」も試験導入していた[19]
  4. ^ 後にグリーンパーク社長の座を降りるも、実質的な経営権を握っていた[23]
  5. ^ 例えば、1度視聴したミュージック・ビデオを再度視聴することはできない[26]
  6. ^ りょー子先生の声は井上喜久子が担当した[30]
  7. ^ 300体限定でリカちゃん人形の販売も合わせて行われた[34]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 桑本美鈴 (2001年1月22日). “ファミレスのテーブルに設置するマルチメディア端末が登場、端末でテーブルからオーダーも”. ASCII.jp. KADOKAWA. 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 2004年(平成16年)8月度こうして倒産した…”. こうして倒産した…. 東京商工リサーチ (2004年). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。
  3. ^ プラスe”. マルチメディア・インターネット事典. デジタル・クリエイターズ連絡協議会. 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。
  4. ^ a b c d 「再編・淘汰 一段と加速 どうなる今年の流通業 外食 店舗を情報拠点に 高速通信やゲーム端末」日本経済新聞2002年1月4日付朝刊、18ページ
  5. ^ a b 「接客上手の飲食店用端末 占い・ゲームOK、注文受付型も 人件費削減にも一役」日経MJ、2002年7月27日付、5ページ
  6. ^ a b "CS使い娯楽番組配信 駐車場設備販売のJCM まず「ガスト」に端末設置"日経産業新聞2001年1月23日付、5ページ
  7. ^ a b c d 「CS使い娯楽情報配信 来年から JCM、外食店向けに JCMなど」日経産業新聞2000年10月5日付、3ページ
  8. ^ a b 「来客の購買意欲逃すな 店内CMでもう一押し 外食・小売り 新販促手法広がる」日本経済新聞2001年7月16日付朝刊、14ページ
  9. ^ a b "外食店「端末」も楽しいゾ ゲーム・占い・アニメ……多彩な〝メニュー〟 ガスト 来春メド全店導入 くら寿司 画面に触って注文"日本経済新聞2001年10月23日付朝刊、31ページ
  10. ^ a b 「外食店設置の娯楽端末 セガ、ゲーム供給拡充」日経産業新聞2002年4月17日付、5ページ
  11. ^ a b 「ガストなどで短編映画を配信 ジェイ・シー・エム」日本経済新聞2002年4月25日付朝刊、35ページ
  12. ^ 「外食店端末に音楽ビデオ オムニバス・エンターが配信」日本経済新聞2002年5月14日付朝刊、15ページ
  13. ^ "飲食店の端末に「サッカー」映像 JCMが配信"日経MJ2002年6月11日付、7ページ
  14. ^ a b c d e 「ディズニー占い 外食店向け配信 JCMなど」日経MJ2003年4月3日付、11ページ
  15. ^ a b c "ファミレスでアニメゲーム バンダイグループ 情報端末「プラスe」活用、有料で"日経MJ2003年5月20日付、7ページ
  16. ^ 「ファミレス端末でテレビ通販」日経産業新聞2003年7月17日付、19ページ
  17. ^ a b c d e f 「ファミレス・ゲーム市場拡大 ナムコやバンダイが配信 暇つぶしにどうぞ」日経MJ2003年8月19日付、16ページ
  18. ^ a b プラスeに新コンテンツ! 『シルバニアファミリー』のゲームが追加”. ファミ通.com. KADOKAWA (2004年4月19日). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月6日閲覧。
  19. ^ a b 「機能多彩に普及に弾み 飲食店のテーブル情報端末 注文受け付け、ゲーム、占い… 居酒屋チェーンモンテローザ 来月から試験導入 日本IBM・JCM 新端末を共同開発」日本経済新聞2003年8月25日付朝刊、15ページ
  20. ^ お笑い芸人に焼肉を注文する卓上システム”. ITmedia (2003年9月9日). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月6日閲覧。
  21. ^ a b c 黒河剛・菊地毅"単純回帰、説明書要らず 「すぐ楽しめる」ゲーム人気 ファミレスの「プラスe」 テーブルで気楽に暇つぶし"日経MJ2003年12月18日付、20ページ
  22. ^ ガストなどのファミレス卓上端末プラスeでのプレイ”. IQ診断力脳. アキュートエンターテインメント. 2008年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。 “インターネットアーカイブによる2008年4月20日時点のアーカイブページ”
  23. ^ a b c 「法人税免れた罪、役員ら在宅起訴 東京地検特捜部」朝日新聞2012年11月9日付夕刊、2社会14ページ
  24. ^ a b OOエンジニアの輪!〜第18回佐藤 類さんの巻〜”. オブジェクトの広場. オージス総研 (2002年12月). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月6日閲覧。
  25. ^ 高橋史忠 (2003年). “JCM,街角ディスプレイで「VP5コーデック」を採用へ”. 日経エレクトロニクス. 日経BP. 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月6日閲覧。
  26. ^ a b 中村琢磨 (2002年7月22日). “「ガストでオンデマンド」のストレス”. ITmediaニュース. ITmedia. 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。
  27. ^ 「遊・食・住に新たな風 飲食店より楽しく テーブルに端末」日経MJ2002年9月26日付、9ページ
  28. ^ a b c 「市場生む逆転の発想 VB本社調査 生花 在庫なし前提 中古住宅 競売物件狙う 娯楽端末 ヤドカリ戦法 今年度予想増収率 流通・ソフト系上位」日経産業新聞2001年11月6日付、1ページ
  29. ^ バンダイ、バンプレスト、バンダイネットワークスのバンダイグループ3社がファミリーレストラン向けタッチパネル式液晶端末「プラスe(イー)」に人気キャラクターを採用した有料のゲームコンテンツを提供〜全国のファミリーレストランでアンパンマン、クレヨンしんちゃん、ガンダム等のゲームが楽しめる!〜”. バンダイ、バンプレスト、バンダイネットワーク. バンダイ (2003年4月30日). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月6日閲覧。
  30. ^ ファミレス向けエンターテイメント端末「プラスe」に『りょー子先生の診療室』登場!”. 電撃オンライン. KADOKAWA (2001年12月3日). 2015年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月5日閲覧。
  31. ^ a b c d "「プラスe」専用ゲームを拡充 セガ"日経MJ2002年4月16日付、7ページ
  32. ^ 「ジェイ・シー・エム マネキンコメディー、外食店向けに配信」日経MJ2002年11月21日付、7ページ
  33. ^ "大人が大好き「名作劇場」ムーミンショップ ラスカルイベント 懐かしさ+感動"2003年8月21日付、24ページ
  34. ^ 「ファミレスでリカちゃん注文 タッチパネルで好み選ぶ」日経MJ2003年3月4日付、1ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]