テクニカラー (企業)

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テクニカラー
Technicolor SA
種類 公開会社
市場情報 Euronext: TCH
OTC Pink: TCLRY
本社所在地 フランスの旗 フランス
フランスイシー=レ=ムリノー
設立 1893年(トムソンSAとして)
1914年(テクニカラーInc.として)
業種 メディア産業
代表者 フレデリック・ローズCEO、レミ・ソッター会長
売上高 約34億49百万ユーロ (2013年)
従業員数 14,639人(2012年末)
主要株主 ベクター・キャピタル
外部リンク http://www.technicolor.com
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テクニカラー(Technicolor, SA)は、フランスパリに本社を置くマルチメディア家電企業。旧名はトムソン社(Thomson SA)、トムソン・マルチメディア(Thomson Multimedia)。ユーロネクスト・パリ(旧パリ証券取引所)に株式を上場しており、またOTCピンク店頭取引)でも株式が取引されている。

MP3フォーマットの特許ライセンスを保持している。またDVDフォーラムBlu-ray Disc Associationの創立メンバーに名を連ね、映像分野において世界的に影響力を持つ企業である。

米国ではRCAのブランドで家電事業を行っている。[1]また、放送機器はグラスバレー (grass Valley) 、映画関連機器はテクニカラー (Technicolor) のブランド名で全世界で事業を行っていた。

2010年1月に社名をトムソンからテクニカラーに変更した。

なお、情報サービス業のトムソン(現トムソン・ロイター)や、ニードルベアリングやメカトロニクスの日本トムソン (Nippon THOMPSON) との関連性はない。

沿革[編集]

創業[編集]

1853年にイングランドマンチェスターで生まれた発明家エリフ・トムソンは、5歳でアメリカ合衆国フィラデルフィアに家族と共に移住し、その後1880年、エドウィン・J・ヒューストンと共にトムソン・ヒューストン社(en)を創業。1892年、同社がエジソン総合電気社(Edison General Electric Company)と合併し、ゼネラル・エレクトリック社となった。

1893年、フランス・パリでトムソン・ヒューストン・フランチャイズ社(Compagnie Francaise Thomson-Houston (CFTH))がゼネラル・エレクトリック関連会社として創業された。1966年にオチキス(Hotchkiss et Cie)と合併し、トムソン・ヒューストン・オチキス・ブラント(Thomson-Houston-Hotchkiss-Brandt)社となりトムソン・ブラントと改名。トムソン・ブラントの電機部門は無線電信公社(Compagnie Générale de Télégraphie Sans Fil (CSF))と合併し、トムソンCSF社となった。

国営化と防衛産業分離、家電事業撤退[編集]

1982年にトムソン・ブラントとトムソンCSFは共に社会党ミッテラン大統領政権下で国営化された。トムソン・ブラントはトムソンSA(Thomson SA)と改称され、トムソンCSFと再合併した。1988年、傘下のトムソン・コンスーマーエレクトロニクス(後にトムソンSAに改称)はGEからRCA及びGEブランドのテレビや他の家電製品の製造販売権を獲得し、交換として医療機器事業をGEに譲渡した。1995年、フランス政府はトムソンの家電部門(トムソン・マルチメディア)と防衛産業部門(トムソンCSF)を分離、1999年に民営化をした。トムソンCSF社は2000年にイギリスの防衛機器企業レイカル(Racal Electronics)を買収しタレス・グループに改称。

2004年に中華人民共和国TCLグループと合弁企業「TTE」を設立、RCAブランドとトムソンのテレビDVD生産事業を担当させる。TTEはテレビ生産で国際的・飛躍的に成長し、2005年にはトムソンは販売権もTTEに譲渡した。さらにトムソンはインドのビデオコン・グループにブラウン管テレビ生産事業を売却。2006年にはTTEのフランス拠点を閉鎖し、欧州市場向けトムソンブランドのテレビ生産を中止した。

デジタル映像事業と財務危機[編集]

2000年にトムソン・マルチメディアはイギリスのカールトン・テレビジョンからテクニカラー社(Technicolor)を買収、放送管理・施設機器事業に参入した。2002年にはグラスバレー・グループ(Grass Valley Group)を買収。さらにITVからムービング・ピクチャー・カンパニーを買収。2004年にはPRNも買収。2005年にタレス・グループから放送・マルチメディア機器部門を買い戻した。

2009年に財務状況が悪化し、倒産を避けるための合理化案としてグラスバレーとPRNの売却を示唆した[2]

2010年にはテクニカラー(Technicolor SA)に社名を変更。多角化した子会社への投資縮小を行ない、グラスバレー及び放送機器は投資ファンドのフランシスコ・パートナーズに売却した[3] 。PRNを含む放送事業は仏系投資ファンドFCDEに売却した[4]

近年、トムソンブランドでの家電製品の販売を再開。2012年、投資集団のベクター・キャピタルがテクニカラーに16.7億-19.1億ユーロの規模で資本注入(29.94%までの少数株主を維持)を受ける。ベクター・キャピタルから取締役を受入れた[5]

グループ企業[編集]

日本[編集]

1954年RCAの日本国内における同社の知的財産を管理する日本法人として「アメリカン・エレクトロニック・エンタープライゼス・リミテッド社」を設立。その後、RCAがゼネラル・エレクトリック(GE)に吸収合併され、更にGEの映像・音響部門がトムソンに売却されながらも日本法人は存続。1999年に「株式会社RCA技術研究所」から「株式会社トムソン マルティメディア技術研究所」に名称変更。2003年には本社の名称変更に伴い現在の「株式会社トムソン技術研究所」となった。

関連項目[編集]

  • mp3PRO
  • グラスバレー (企業):2002年から2010年、トムソン社の傘下にあった米グラスバレー・グループ(Grass Valley Group)の日本子会社。

脚注[編集]

  1. ^ 1987年 米GEからテレビ部門を買収し、関連商品のGEブランドは3年間、RCAブランドは永久使用を条件とした。
  2. ^ “Thomson to Sell Grass Valley”. tvtechnology.com. (2009年1月29日). http://www.tvtechnology.com/article/73816 2009年1月29日閲覧。 
  3. ^ [1]
  4. ^ [2]
  5. ^ [3]

外部リンク[編集]