ダッソー

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ダッソー
Dassault
本店所在地 フランスの旗 フランス
設立 1929年
代表者 シャルル・エデルステンフランス語版(最高経営責任者)
関係する人物 セルジュ・ダッソー
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ダッソー (Dassault) はマルセル・ダッソーが創立したフランス複合企業で、親会社はグループ・ダッソー (Groupe Industriel Marcel Dassault (GIMD)、または単にGroupe Dassault)。航空機メーカーのダッソー・アビアシオン (Dassault Aviation) がグループ起源の企業であり、グループ・ダッソーがダッソー・アビアシオンの株式50.21%を保有している。大手日刊紙のル・フィガロCADソフトウェアCATIA V4,V5,V6で知られるダッソー・システムズなどを傘下に持つ。

本社はサン=クルーにあり、2011年現在の会長兼最高経営責任者シャルル・エデルステンフランス語版Charles Edelstenne)、名誉会長はマルセルの息子セルジュ・ダッソー

ダッソー・アビアシオン[編集]

第一次世界大戦中に航空技術者マルセル・ブロックMarcel Bloch; ブロシュとも)はプロペラ機の設計を担当し、1930年にマルセル・ブロック社 (Société des Avions Marcel Bloch) が創設された。1936年、同社はSNCASO社 (Société Nationale de Constructions Aeronautiques du Sud-Ouest) に統合され、国営化されたが、ブロック自身は設計者としてとどまった。ブロック社は第二次世界大戦で戦闘機MB150などを開発したが低性能な上に欠陥が多く、しかも生産は遅延して戦力とならなかった。ブロックは、1936年12月12日、SNCASOとは別にSAAMB社Société Anonyme des Avions Marcel Bloch)を設立し、この会社が現在のダッソー・アビアシオン社の創設とされている。

マルセル・ブロックはユダヤ人であったため、戦争中は収容所に入れられた。マルセルの兄、ダリウス・ブロックレジスタンス運動において名乗った変名であるダッソー(「突撃」を意味する)というマルセル・ダッソー (Marcel Dassault) に戦後改名し、社名も1947年12月20日マルセル・ダッソー社 (Avions Marcel Dassault) に変更した。1971年ブレゲーと合併し、ダッソー・ブレゲー社 (Avions Marcel Dassault-Breguet Aviation; AMD-BA) 社となったが、オーナーへの配慮で1990年にダッソー・アビアシオン社(Dassault Aviation)に改名した[1]

販売機種[編集]

ル・フィガロ[編集]

ダッソー・システムズ[編集]

その他のグループ企業[編集]

  • シャトー・ダッソー (Château Dassault) ワイナリー
  • アールキュリアル (Artcurial) オークション
  • ソシエテ・ド・ヴェイキュル・ゼレクトロニーク(SVE) (Société de véhicules éléctriques) 電気自動車プラグインハイブリッドカーCleanova(クレアノヴァ)開発
  • イモビリエール・ダッソー (Immobilière Dassault) 不動産
  • ソジテク (Sogitec) シミュレーション、統合ロジスティックス・サポート・システム
  • S.A.B.C.A. 航空機機器
  • ダッソー・ファルコン・ジェット (Dassault Falcon Jet)
  • ダッソー・ファルコン・セルヴィス (Dassault Falcon Service)

関連項目[編集]

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出典[編集]

  1. ^ Management changes since 1986, Dassault Aviation. 2010-09-01.

外部リンク[編集]