紅い眼鏡/The Red Spectacles
『紅い眼鏡/The Red Spectacles』(あかいめがね・ザ・レッド・スペクタクルズ)は、1987年に公開された日本の映画。監督は押井守。パートカラー作品である。
概要
[編集]1987年にキネカ大森などで公開された[1]。また、プロモーションの一環として、同じ世界観に立つラジオドラマが映画公開前に放送された。
それまでもっぱらアニメを手がけてきていた押井守の初実写監督映画作品である。後にケルベロス・サーガと呼ばれる押井守の作品群の第1作に当たる。
ストーリー
[編集]「対凶悪犯罪特殊武装機動特捜班」、略称特機隊という組織が警察に創設された近未来。武装強化服「プロテクトギア」に身を包んだ特機隊は犯罪者の脅威となったものの、その苛烈な捜査手法が批判を招いて解散命令が下された。しかし一部の隊員はそれに従わずに反乱を起こす。都々目紅一も同僚の鷲尾みどり・烏部蒼一郎と反乱に加わったが、追い詰められ、紅一は二人を残して国外に逃亡する[2]。数年後、紅一は帰国する。だが、紅一は警察にマークされ、襲われる身の上だった。捕らえられた紅一は公安警察の室戸文明から拷問混じりの尋問を受ける。そこからの脱出と再度の尋問を繰り返し、その間に出会った過去の仲間からは彼らとの立場の違いを聞く。そうした出来事のどこまでが夢なのかがはっきりしないまま、紅一はホテルのシャワールームで死体となっていた。紅一の持っていたトランクにはプロテクトギアではなく、大量のサングラス(レンズが赤い)が入っていただけだった。
キャスト
[編集]- 都々目紅一:千葉繁 - 主人公。常にサングラスをかけている。帰国時はトレンチコートを着込み、巨大なトランクを携えている。
- 鷲尾みどり:鷲尾真知子 - 特機隊での紅一の同僚。「射的屋のミドリ」との異名を持つ。反乱の際に腿を負傷し、国外逃亡を断念する。数年後の世界では文明の情婦となっていた。
- 烏部蒼一郎:田中秀幸 - 特機隊での紅一の同僚。通称アオ。反乱の際に重傷を負い、国外逃亡を断念する。数年後の世界では賭けビリヤードで生計を立てていた。
- 室戸文明:玄田哲章 - 公安警察官。元特機隊関係者を目の敵にし、紅一を捕らえて尋問する。押井守が後に原作・脚本・監督を手がけたアニメ『御先祖様万々歳!』にも同名のキャラクターが登場しており、役者も同役を演じた玄田哲章が演じている。
- 少女:兵藤まこ - 帰国した紅一の周囲にたびたび現れる、赤いスカーフをかぶった少女。数年後の世界では映画館で彼女の映像が流れ、町中に彼女の巨大な写真が飾られたりしている。
- 撞球場の中年男:永井一郎
- タクシーの運転手:大塚康生(声は永井一郎) - 帰国した紅一が利用する「会話タクシー」の運転手。会話は車内の電話越しにおこなう。
- 月見の銀二:天本英世 - かつて紅一の情報提供元だったプロの立喰師。
- ホテルのフロント:及川ヒロオ
- 蕎麦屋の主人:品田冬樹 - 立ち食いが非合法化された数年後の世界で、闇の立ち食い蕎麦屋を営む。
- チンピラ:西村智博 - 映画館のトイレにいた男。紅一の拷問で「闇の立ち食いそば屋」の場所を教える。
この他にも、古川登志夫(中年男の仲間)、立木文彦(文明の部下)等が出演しているため、一部では「声優映画」と言われている。また、草尾毅が死体役で出演しており、これが彼にとって芸能界の初仕事であった。
スタッフ
[編集]- プロデューサー:斯波重治、林大介
- 原作・脚本・監督:押井守
- 脚本・助監督:伊藤和典
- 撮影:間宮庸介
- 照明:保坂芳美
- 編集:森田清次
- 音楽:川井憲次
- プロテクトギアデザイン:出渕裕
- エンブレムデザイン:高田明美
- 製作協力:鵜之沢伸・鈴木敏夫
製作
[編集]当初は、声優の千葉繁のプロモーション・ビデオを作るという話で16mmフィルムで撮影する500万円規模の作品として1986年1月に企画されたが、徐々に話が大きくなり、35mmフィルム撮影の映画製作にまで膨らんでいた[3][4]。千葉は押井が監督を務めていたアニメ『うる星やつら』の人気キャラクター「メガネ」を演じており、製作したオムニバスプロモーションは『うる星やつら』の音響製作会社、プロデューサーの斯波重治も同社の音響監督であった[3]。本作のプロテクトギアも『うる星やつら』に登場するメガネのパワードスーツが起源である[5]。
出演者は主演の千葉を始めとして、『うる星やつら』で共演していた声優やアニメ業界関係者[6]が多く参加。千葉らのスケジュールを考慮し、撮影は土、日、月曜日の深夜を中心に行われたという[7]。スタッフも脚本の伊藤和典など『うる星やつら』の関係者が参加し[8]、その他には日本映画学校の学生を起用した[9]。小道具もスタッフの持ち込みという自主製作映画に近い体制で(安価な小道具の調達、拾い物の活用、ロケ現場の清掃作業、撮影スケジュールに合わせたセット構築など、美術スタッフの作業は過酷を極めた[10])、当初16ミリフィルム撮影で500万円から600万円の予算を予定していたがプロカメラマンを起用して35ミリフィルムで1000万円という話になり[11]、最終的に2500万円になったものの、かなりの低予算で仕上げている。プロデューサーの斯波は自宅を抵当に入れて製作費を捻出し、出演者はノーギャラと一部で言われているが、実際にはギャラを払っている。ただしお願いして通常の出演料の半分の額だったという[12]。大量の眼鏡が出るシーンがあるが、フレームを買う予算も無く全国のファンに呼びかけてフレームの寄付を募った程で、返礼に高田明美デザインの特製ステッカーが送られた。後年冒頭のヘリシーンで殆ど(予算)持っていかれたと制作スタッフがインタビューに応えている[要出典]。
事前のアニメ雑誌等での記事では、主人公が着用する特殊強化服のプロテクトギアが前面に出されて、あたかもアクション映画であるかのようであったが[13]、実際には迫力のあるアクションはプロローグのみ、後はその後日談と言う構成[14]、映像はほぼモノクロ、台詞中心のストーリー構成で粗が見えないように夜間シーン中心[7]という節約に勤しんだ演出となった。ジャン=リュック・ゴダールの『アルファヴィル』と鈴木清順の『殺しの烙印』、ウォルター・ヒルの『ウォリアーズ』が参考にされている[4]。さらにアニメ監督である押井守らしく、事前に絵コンテを描き、それにあわせて役者が演技する形になっている[15]。
学生時代には映画青年で8ミリフィルムで実写の自主制作映画も作っていた押井は、これを機に実写方面にも表現の幅を広げることになった。ちなみにこの方法はアニメ・実写問わず形を変えて度々使用することになり、押井の弟子と言われる神山健治のテレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』にも引き継がれている。
音楽には斯波重治により川井憲次が起用された[16]。その理由は、低予算でも多彩な音を作れるという事情によるものであったが、以後の押井作品には欠かせない存在となる。
その川井が作曲したメインテーマ曲「The Red Spectacles」は、1989年から新日本プロレスに参戦したサルマン・ハシミコフを始めとするソ連出身の格闘家のレッドブル軍団、1998年から総合格闘技イベントPRIDEに参戦したウクライナの格闘家イゴール・ボブチャンチンの入場曲に採用され、本作を見たことのないプロレスファン・格闘技ファンにもお馴染みとなっている[17]。
主なロケ地
[編集]- お台場(13号埋立地) - 紅一がヘリで逃亡するシーン。当時はほとんど何もない空き地であった。
- 山形空港 - 山形県東根市。撮影当時東京サミットが開催され羽田、成田両空港の警備が厳しく撮影は不可能であった。そこで「トキワ館」ロケの際利用した山形空港が空港ロケの地になった。背後に映る航空機は全日空の羽田-山形線で、当時は山形新幹線開業以前とあって、全日空路線の中でも高い搭乗率を誇っていた。
- キネカ大森 - エレベーターのシーン。本作が公開された劇場で西友大森店内にある。メインスタッフ、キャストによる舞台挨拶が行われた。
- トキワ館 - 山形県上山市にあった伊藤和典の実家の映画館。1990年代に閉館。2021年に建物が解体され現存しない。
- 新百合ヶ丘駅 - 冒頭の空港内からタクシー乗り場まで。文明が紅一を追うシーンの印象的な螺旋階段やタクシー乗り場は今でも健在だが、植え込みが育っていたり開発が進んだりしており多少印象は異なる。
- 愛国工業工場跡 - 違法立ち食い蕎麦屋、拷問室、蒼一郎の部屋など。東京都小平市にあった。跡地はエコス小平店(現TAIRAYA小平店)となっている。
- オリエンタルホテル- 紅一が宿泊したホテルで、作中では波止場通りを左に曲がった港町十三番地にあるという設定。文明配下の部隊の襲撃を受けるが撃滅。神奈川県横浜市石川町駅近くの大丸谷坂にあった。もと船員相手の「チャブ屋」とよばれた宿泊施設。『あぶない刑事』などテレビドラマの撮影にも頻繁に使用されていたが、1990年代初めに廃業。
ビデオグラム
[編集]公開後VHS、LD化された後、ほど無く廃盤。2003年2月にDVD-BOX「押井守シネマ・トリロジー 初期実写作品集」においてDVD化され、単体版は2010年4月にリリースされた。
2024年に、クラウドファンディングで資金を集める形で4K化するプロジェクトが進められている[18]。
反響
[編集]斯波はこの作品の予告編を、自身が音響を担当した『天空の城ラピュタ』の収録最終日に宮崎駿と高畑勲に見せて感想を求めたが、宮崎はキョトンとして何も言わず、高畑は「判断のしようがない」と終始曖昧に言葉を濁していたという[19]。宮崎はその後、本作のパンフレットに「押井さんについて」と題した文章を寄稿している。この中では、自分が脚本で押井が監督するはずだったアニメ映画(『アンカー』を指すとみられる)がつぶれてスケジュールが空いたときに二人で知床まで自動車旅行をした話のあとに、「ぼくは実写映画に関心も興味もない。時たま、ほんとに時たまの気まぐれな観客の立場から出る気はない。だから、押井さんが映画少年をいまだにひきずっているのを見ると、アニメーションの監督を実写の人がやるような違和感しか感じない」と述べた上で、本作には押井が「何を考えているか」が「いちばんはっきり表現されていると思った」、(本作を見ているうちに)「70年のバリケートの中にいる高校生の彼が、俺にとって現実と呼ぶに価するのはこの瞬間だけだといまも叫んでいる気がした」と記している[20]。
ラジオドラマ(『紅い眼鏡を待ちつつ』)
[編集]オリジナル版
[編集]映画公開に先駆けて、1987年1月26日 - 30日にラジオ日本の『ペアペアアニメージュ』内にて5夜(全6回)に渡って放送された[21][22]。
再録音盤
[編集]オリジナルマスターが所在不明となったため、押井守が推敲・加筆修正した台本に基づいて2000年に再録音(音楽も2曲川井憲次により新たに作曲した)されたものが、2000年9月刊行の『犬狼伝説・全』に特典CDとして付属。サウンドトラックCD新装版『Original Soundtrack 紅い眼鏡 - The Red Spectacles - Complete Revival』にはリマスタリングされた原盤を使用した。
- 第一夜 「ケルベロスの夜-機甲刑事の栄光と没落」
- 第二夜 「ケルベロスの夜-犬の名は都々目紅一」
- 第三夜 「立食師たちの夜-マッハ軒立食師撲殺事件・異聞」
- 第四夜 「立食師たちの夜-師よ神話の人となるか」
- 第五夜 「立食師たちの夜-犬は戦いの闇に舞い降りるか」
他ケルベロス・サーガ作品との違い
[編集]本作以外のケルベロス・サーガ各作品では、「首都圏治安警察機構」、通称「首都警」として描かれる組織が、本作でのみ「首都圏対凶悪犯罪特殊武装機動特捜班」となっている。当時はシリーズ化の予定はなく、後に設定を変更した(ただし、パラレルワールド的な見方も可能であるようである)。設定上の最大の違いは、前者が国家警察(警察庁)でもなく、自治体警察(警視庁)でもない国家公安委員会直属の第三の警察力として設立されたのに対し、後者が警視庁内の一組織という点である。
階級についても「首都警」では現実の警察と同様(ただし警部補から警視長までしか存在せず)なのに対し、本作で紅一らは「上級刑事」と呼ばれている。
本作および『ケルベロス-地獄の番犬』と、『犬狼伝説』以降ではプロテクトギアのデザインが違う。
プロテクトギアのデザインは「全身黒色のボディーアーマー」「ドイツ軍風ヘルメット」「赤い双眼のゴーグルをもつフェイスマスク」という共通項以外はケルベロス・サーガ各作品によってさまざまである。使用される軽機関銃は本作や『犬狼伝説』ではMG34、『ケルベロス-地獄の番犬』や『人狼 JIN-ROH』ではMG42である。
脚注
[編集]- ^ ほぼ同時期の1987年4月24日から5月15日までシネマスコーレにおいて上演されている。撮影に使用されたプロテクトギアの展示やグッズの販売もあった。“シネマスコーレ過去の作品集 1987年の上演作品”. シネマスコーレ. 2011年7月19日閲覧。
- ^ オープニングのバックに記される年表で、反乱があったのは1995年とされている。
- ^ a b 『B-CLUB』Vol.16、バンダイ、1987年、p.20
- ^ a b アニメージュ編集部編『ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版』2004年、徳間書店、p.114 ISBN 978-4197202294
- ^ 押井守『映像機械論メカフィリア』大日本絵画、2004年、p.23 ISBN 978-4499227544
- ^ 漫画家のゆうきまさみ、メカニック・デザイナーの出渕裕がエキストラで参加。
- ^ a b 『ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版』p.115
- ^ 『映像機械論メカフィリア』p.36
- ^ 「じんのひろあきインタビュー」『前略、押井守様。』野田真外編著、フットワーク出版、1998年、p.109
- ^ 『B-CLUB』Vol.11、バンダイ、1986年、p.67
- ^ アニメージュ編集部編『ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版』2004年、徳間書店、p.114
- ^ 『まんだらけZENBU』61号、まんだらけ出版、2013年、p.221。斯波重治インタビューより。
- ^ 渡辺隆史、井上伸一郎「対談 編集長が覗いた押井守の奇妙な世界」『キネ旬ムック 押井守全仕事 増補改訂版 「うる星やつら」から「アヴァロン」まで』キネマ旬報、2001年、p.70 ISBN 978-4873765600
- ^ 肝心のプロローグと本編の間は映画『ケルベロス-地獄の番犬』で描かれる。
- ^ 『ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版』p.53
- ^ 『ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版』p.54
- ^ 杉江松恋「第七章 固有戦略論 押井守作品ファイル 紅い眼鏡」『押井守論』日本テレビ、2004年、p.253
- ^ 山崎健太郎 (2024年4月30日). “押井守実写デビュー作「紅い眼鏡」、4Kデジタルリマスター化プロジェクト開始”. AV Watch 2024年5月18日閲覧。
- ^ 『ロマンアルバム・エクストラ 天空の城ラピュタ』徳間書店、1986年
- ^ これらのあとに、押井作品のキャラクターが相互の人間関係に「ふみこまない」ことへの不満を述べ、「押井さんの登場人物が他者に手をさしのべ、ウソッパチでもその時だけの真情でも、気まぐれでもいいから、他人と泥くさいかかわりをジタバタする作品こそ、ぼくは観たい」と続けている。
- ^ 押井守『すべての映画はアニメになる』徳間書店、2004年、p.393 ISBN 978-4198618285
- ^ 原口正宏「押井守検証インタビュー」『前略、押井守様。』野田真外編著、フットワーク出版、1998年、p.346 ISBN 978-4876892853
- ^ ラジオドラマ