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デュラン・デュラン

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DURAN・DURANから転送)
デュラン・デュラン
2005年4月5日、カナダトロントでのライブ
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ウェスト・ミッドランズ バーミンガム
ジャンル
活動期間 1978年 -
レーベル
公式サイト Duran Duran Official Website
メンバー
旧メンバー

デュラン・デュラン英語: Duran Duran)は、イギリスロックバンド1978年イングランド中部・バーミンガムにて結成された。1980年代前半のニューロマンティックNew Romantic)といわれるムーブメントやMTVブームの火付け役。バンド名はジェーン・フォンダが主演したSF映画『バーバレラ』(1968年)で登場する悪役「デュラン・デュラン(Durand-Durand)博士」より。当時バンドの登竜門となっていた、バーミンガムのクラブ『バーバレラ』が、同映画から命名されていたため、バーバレラでの演奏を目指す意思を表明したものである。

略歴

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  • 1978年ニック・ローズ(キーボード)、ジョン・テイラー(ギター)、サイモン・コリー(ベース)、スティーヴン・ダフィ(ボーカル)の4人によって結成される。ところが半年後にコリーとダフィが脱退。すぐに代わりのボーカルとしてアンディ・ヴィケットが加入する。そして、その年の暮れにロジャー・テイラー(ドラム)が加入。しばらくは、この4人で活動する。なお、ローズは、デュラン・デュラン結成時まで、キーボードの演奏歴がほとんどなく、取材に対して「自分はタイプライターを叩くのが上手だったので、キーボードもすぐに上達すると思った」と答えている[5]
  • 1979年、ボーカルのヴィケットが脱退。
  • 1980年、後任のベーシスト探しが難航し、ジョン・テイラーがベーシストへ転向する。そしてジェフ・トーマス(ボーカル)、アラン・カーティス(ギター)が加入しバンドは5人編成となる。ところが数か月後にトーマスとカーティスは脱退。そして後任のギタリストとしてアンディ・テイラーが加入。しかしボーカル探しは難航しバンドはオーディションに踏み切る。そんな中、サイモン・ル・ボンがボーカルとして採用される。採用された理由は「ルックスの良さ」「魅力的な声」「歌が上手い」そしてオーディションを受けた人たちの中でル・ボンだけが「詩や曲を書き溜めたノート」を持参していたからである。曲も書けて歌の上手いボーカルとしてル・ボンはバンドに迎え入れられ、ようやくメンバーが固定される。
  • 1981年2月、シングル「プラネット・アース」(英12位)でデビュー。
4月、シングル「ケアレス・メモリーズ」(英37位)リリース。
6月、1stアルバム『デュラン・デュラン』リリース。全英チャートで3位を記録。2度目の全英ツアーを行う。
7月、シングル「グラビアの美少女」(英5位)リリース[6]
9月、パリ、ブリュッセルなどでライブ。その後、全米ツアーを行う。
11月、シングル「マイ・オウン・ウェイ英語版」(英14位)リリース。
12月、3度目の全英ツアーを行う。
  • 1982年4月、PV撮影のため、スリランカへ。
4月25日 - 5月1日、初来日公演。東京、大阪、名古屋で5公演を行う。
5月、シングル「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」(英5位)リリース。2ndアルバム『リオ』(英2位)リリース。
6月から8月にかけて、北米ツアーを行う。8月からはブロンディのオープニング・アクトだった。
8月、シングル「セイヴ・ア・プレイヤー」(英2位)リリース。
9月から10月に、ヨーロッパ・ツアーを行う。
10月30日から、全英ツアーを行う。
11月、シングル「リオ」(英9位/アメリカでは1983年4月、最高位14位)リリース。
12月、ビルボード・チャートに「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」が77位に初登場。1983年3月、最高位3位を記録。
  • 1983年3月、シングル「プリーズ・テル・ミー・ナウ」(英1位/米4位)リリース。
4月、映像クリップ集『デュラン・デュラン』リリース。
6月、1stアルバム『デュラン・デュラン』に「プリーズ・テル・ミー・ナウ」を追加収録して、アメリカと日本で再リリース(米10位)。
2ndアルバム『リオ』が、アメリカで最高位6位を記録。
7月、イギリス王室主催のチャリティ・コンサートに出演。
9月、ジョン・テイラーとロジャー・テイラーが、プロモーションのため来日。
10月、シングル「ユニオン・オブ・ザ・スネイク」(英3位/米3位)リリース。
11月、3rdアルバム『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』(英1位/米8位)リリース[7]
  • 1984年、シングル「ニュー・ムーン・オン・マンデイ」リリース。そして「ザ・リフレックス」が全米(6月23日付〜6月30日付の2週連続)、全英で初のシングルチャートNo.1を獲得。続く「ワイルド・ボーイズ」は全米(12月15日付〜1985年1月5日付の4週連続)、全英共に第2位だった。
  • 1985年、シングル「セイヴ・ア・プレイヤー」(米16位)がアメリカで発売。サイドプロジェクトも始動。ジョン・テイラーとアンディ・テイラーがドラマーに元シックトニー・トンプソン、ボーカルにロバート・パーマーを従えパワー・ステーションを結成。アメリカでヒットする。ル・ボン、ローズ、ロジャー・テイラーはアーケイディアを結成し、アルバムにスティングデヴィッド・ギルモア土屋昌巳などの参加で話題を呼ぶ。同年7月13日に行われたライヴエイドに参加(参加会場は母国のイギリスではなくアメリカフィラデルフィアJFKスタジアム)。「007 美しき獲物たち」「ユニオン・オブ・ザ・スネイク」「セイヴ・ア・プレイヤー」「ザ・リフレックス」を披露。なおパワー・ステーションも参加している。そしてシングル「007 美しき獲物たち」が2週連続第1位(7月13日付-7月20日付)を獲得(なお全英では第2位)。ロジャー・テイラー(実家の農家に専念するために脱退。後にアルバム『サンキュー』に2曲参加)とアンディ・テイラー(4thアルバム『ノトーリアス』に数曲参加)が脱退する。
  • 1986年、ローズ、ジョン・テイラー、ル・ボンの3人で活動は続行。アルバムのセッションには後にメンバーとなるフランク・ザッパ・バンド、ミッシング・パーソンズでの活動で知られるウォーレン・ククルロ(ギター)、及び元アヴェレイジ・ホワイト・バンドスティーヴ・フェローン(ドラム)が参加。
  • 1987年、シングル「ノトーリアス」が全米2位(1月10日付)を記録(全英7位)。
  • 1988年、10月に5thアルバム『ビッグ・シング』を発表。シングル「アイ・ドント・ウォント・ユア・ラヴ」が12月3日付のチャートで全米4位(全英14位)を記録。この曲を最後にしばらくバンドはトップ10ヒットから遠ざかる。
  • 1989年、ウォーレン・ククルロとスターリング・キャンベル(ドラムス)が正式メンバーとして迎え入れられる。
  • 1990年、6thアルバム『リバティ』を発表するが、ツアーは行われなかった。クリスマス前、キャンベルがニューヨークへ帰り、それっきり戻って来なかった。
  • 1991年、4人での活動を始める。
  • 1993年に発表の7thアルバム『デュラン・デュラン(ザ・ウェディング・アルバム)』からのシングル「オーディナリー・ワールド」と「カム・アンダーン」の大ヒットでシーンに復活。新しい世代のファンの獲得に成功する。
  • 1995年、カバーアルバム『サンキュー』を発表。
  • 1997年、バンド結成時からのメンバーであったジョン・テイラーが脱退。再びバンドは停滞期に突入する。
  • 2001年、オリジナルメンバー5人が再会し、再び5人揃って活動を開始。それを受けてククルロがバンドを脱退。
  • 2003年、日本を皮切りに米国、豪州などでツアーを展開、成功を収める。
  • 2004年、復活第一弾10thアルバム『アストロノート』を発表。
  • 2005年、ロジャー・テイラーが足の小指を「骨折」した為、予定されていた日本ツアーをすべてキャンセル。しかし、日本ツアー予定日当日にロジャー・テイラーが元気にドラムを叩く姿が海外で放送された為、各方面で物議を醸す。代わって8月、summer sonic 2005の東京・大阪両会場で公演。併せて東京で1日だけの単独ライブも行った。
  • 2006年、アンディ・テイラーが再度バンドを脱退し、ミュージシャンを引退した。
  • 2007年7月1日、コンサート・フォー・ダイアナに参加。
7月7日、Live Earth コンサートに参加。
11月、11thアルバム『レッド・カーペット・マサカー〜美しき深紅〜』発表。
Duran Duran live(2005年)

逸話・その他

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  • ジョン・テイラー、ロジャー・テイラー、アンディ・テイラーとテイラー姓の人物が三人いるが、いずれも血縁関係はない。
  • 初来日時に『夜のヒットスタジオ』に出演した際、司会の芳村真理が「何か知っている日本語はありますか?」と質問し、ル・ボンが話した言葉は「コンヤ、ドウ?(今夜、どう?)」であった。これは同じく司会の井上順が教えたと言われている。
  • ロキシー・ミュージックの影響もあるのか女性モデルや女優を起用したミュージックビデオをよく好む。(サイドプロジェクトのパワー・ステーションアーケイディア も多い)
Reema Ruspoli(Rio)、Perri Lister(Chuffeur)、Sheila Ming(Hungry Like The Wolf)、Grace Jones(A View to a Kill)、Christy Turlington (Notorious)、Tess Daly(Violence of Summer、Serious)、Myka Dunkle(Electric Barbarella)、Naomi CampbellCindy CrawfordHelena ChristensenEva HerzigovaYasmin Le Bon(Girl Panic!)
  • ダイアナ元皇太子妃が彼らの大ファンで、旅の時にはアルバム『リオ(Rio)』のカセットテープをいつも持参していたと言われている。
  • アルバム『リオ』のジャケットに描かれた女性の正体が42年を経て明らかになる。当時ファッションモデルの仕事をしていた Marcie Huntはデュラン・デュランのファンだったが、自分の写真が元になっていることには気づかず知らされて驚いてしまう。参考にされた雑誌は『Rio』がリリースされる15ヶ月前の『ヴォーグ・フランス英語版』誌の1981年2月号だった[9]

メンバーと担当楽器

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全期間を通じ、ニック・ローズがバンドリーダーを務める。

第1期 1978年

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  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard/tapes/rhythm machine
  • ジョン・テイラー(John Taylor)[注 1] - guitar
  • サイモン・コリー(Simon Colley) - bass guitar/clarinet
  • スティーヴン・ダフィ(Stephen Duffy) - vocal/bass guitar

第2期 1978年 - 1979年

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  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - guitar
  • アンディ・ヴィケット(Andy Wickett) - vocal
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums[注 2]

第3期 1980年

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ジョン・テイラーがベースに転向。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums
  • ジェフ・トーマス(Jeff Thomas) - vocal
  • アラン・カーティス(Alan Curtis) - guitar

第4期 1980年 - 1985年

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デビュー・シングル「Planet Earth / Late Bar」 - 4thアルバム『Arena』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums
  • アンディ・テイラー(Andy Taylor) - guitar

第5期 1986年 - 1988年

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5th『Notorious』、6th『Big Thing』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar

+

  • ウォーレン・ククルロ(Warren Cuccurullo) - guitar(ゲスト/5th、6th)
  • アンディ・テイラー(Andy Taylor) - guitar(ゲスト/5th)
  • ナイル・ロジャース(Nile Rodgers) - guitar(ゲスト/5th)
  • スティーヴ・フェローン(Steve Ferrone) - drums(ゲスト/5th、6th)
  • スターリング・キャンベル(Sterling Campbell) - drums(ゲスト/6th)

第6期 1989年 - 1990年

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7th『Liberty』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ウォーレン・ククルロ(Warren Cuccurullo) - guitar
  • スターリング・キャンベル(Sterling Campbell) - drums

第7期 1991年 - 1996年

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8th『Duran Duran (The Wedding Album)』、9th『Thank You』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ウォーレン・ククルロ(Warren Cuccurullo) - guitar

+

  • スティーヴ・フェローン(Steve Ferrone) - drums(ゲスト/8th、9th)
  • ヴィニー・カリウタ(Vinnie Colaiuta) - drums(ゲスト/8th)
  • ファーガス・ジェラルド(Fergus Gerrand) - drums(ゲスト/8th)
  • テリー・ボジオ(Terry Bozzio) - drums(ゲスト/9th)
  • トニー・トンプソン(Tony Thompson) - drums(ゲスト/9th)
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums(ゲスト/9th)
  • エイブ・ラボリエル Jr.(Abe Laboriel Jr.) - drums(ゲスト/9th)
  • アンソニー・J.・レスタ(Anthony J. Resta) - drums(ゲスト/9th)

第8期 1997年 - 2001年

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10th『Medazzaland』、11th『Pop Trash』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ウォーレン・ククルロ(Warren Cuccurullo) - guitar/bass guitar

+

  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar(ゲスト/10th、11th)
  • スティーヴ・アレキサンダー(Steve Alexander) - drums(ゲスト/10th)
  • アンソニー・J.・レスタ(Anthony J. Resta) - drums(ゲスト/10th)
  • ジョン・トンクス(John Tonks) - drums(ゲスト/11th)
  • グレッグ・ビソネット(Greg Bissonette) - drums(ゲスト/11th)

第9期(再結成第4期) 2001年 - 2006年

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12th『Astronaut』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums
  • アンディ・テイラー(Andy Taylor) - guitar

第10期 2006年以降

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13th『Red Carpet Massacre』、14th『All You Need Is Now』、15th『Paper Gods』、16th『Future Past』録音。

  • ニック・ローズ(Nick Rhodes) - keyboard
  • サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon) - vocal
  • ジョン・テイラー(John Taylor) - bass guitar
  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor) - drums

+

  • ドミニク・ブラウン(Dominic Brown) - guitar(ゲスト/13th、14th)

ディスコグラフィ

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スタジオ・アルバム

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ライブ・アルバム

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コンピレーション・アルバム

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日本でのテレビ出演

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日本公演

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1982年「The Rio Tour」1982年4月15日 - 12月1日
1984年「Sing Blue Silver Tour」1983年11月12日 - 1984年4月17日
1987年「The Strange Behaviour Tour」1987年3月16日 - 1988年1月15日
1989年「The Big Live Thing」1988年11月11日 - 1989年4月26日
1993年「NO ORDINARY WORLD TOUR」1993年3月22日 - 1994年4月12日
2001年「POP TRASH TOUR」2000年7月21日 - 2001年6月22日
2003年「78-03 TOUR / The Reunion Tour」2003年7月7日 - 2004年10月3日
  • 7月7日:大阪城ホール
  • 7月8日:Zepp Fukuoka
  • 7月10日:名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 7月11日 - 12日:日本武道館
2005年「The Astronaut Tour」2005年1月13日 - 2006年11月11日
2008年「The Red Carpet Massacre Tour」2007年10月28日 - 2008年12月14日
  • 4月14日:Zepp Tokyo
2017年「The Paper Gods Tour」2015年6月20日 - 2018年2月21日

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ジョン・テイラーという名前の有名人は何人かいるが、いずれも別人である。
  2. 同じ英国のバンドクイーンにもロジャー・テイラーというドラマーがいるが別人である。

出典

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  1. Carpenter, Susan [英語版] (2005年4月7日). “Fans are still hungry for Duran Duran”. The Baltimore Sun. 2020年12月15日閲覧.
  2. Dolan, John (2015年9月11日). Duran Duran Paper Gods Review”. Rolling Stone. 2020年12月14日閲覧。
  3. Erlewine, Stephen Thomas. Duran Duran | Biography & History”. AllMusic. RhythmOne. 2020年12月14日閲覧。
  4. Cairns, Dan. Synth pop: Encyclopedia of Modern Music”. The Times. 2011年6月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月14日閲覧。
  5. 雑誌「キーボードスペシャル」1986年6月号のインタビューより。インタビューでは実際に初期のニック・ローズはタイプライターの「QWERTY」の代わりに、シンセサイザーのキーボードに「CDEFGAB」のシールを貼って演奏していたと答えている。
  6. Cleopatra Records release rare 1979 Duran Duran 'Girls on Film' EP featuring Andy Wickett Torched Magazine
  7. セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー   ガーディアン 21 July 2022 閲覧
  8. デュラン・デュラン、エミネム、ドリー・パートンらロックの殿堂入り”. BARKS. 2022年11月8日閲覧。
  9. Slingerland, Calum (2024年6月12日). Duran Duran's 'Rio' Cover Model Identified After Four Decades”. Exclaim!. 2025年12月14日閲覧。

外部リンク

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