現代貨幣理論

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現代貨幣理論 (げんだいかへいりろん、英語: Modern Monetary Theory、略称はMMT)、現代金融理論(げんだいきんゆうりろん)、あるいは新表券主義(しんひょうけんしゅぎ、英語: Neo-Chartalism)とは、現代経済の貨幣が借用書により成立していることを捉え、政府は税収に制約される必要はなく、任意の自国通貨建て国債発行により財政支出量を調整することで、望ましいインフレレベルを目指す経済政策を行うことを理論的主柱としている。

これまでの多くの経済理論では、政府の財政赤字が拡大すれば同時に金利上昇と景気悪化を招くとし、政府の国債発行の拡大は望ましくないとした財政均衡主義が主張されてきた。一方でMMTでは財政赤字拡大では景気悪化を招くとは限らずマネーサプライ増加によるインフレ圧力がかかるのみとしており、この対立から多くの議論を呼んでいる。また、政府は将来の支払いに対して非制限的な支払い能力を有していることから、政府の債務超過による破綻は起こりえないとし、赤字国債発行の限度はインフレ率によって示されるとしている[1]。ただし、支持者からも全ての国家で通用する理論ではなく、基軸通貨国又は政府の借金の外国人保有率や外貨通貨建てのモノの割合が低く、自国民が国債のほとんどを保有している国でしか通用しないとの立場を取る支持者もいる[2]

概要[編集]

MMTでは不換貨幣を通貨単位として用いることによる過程と結果とを特に分析した理論となっている。ここでいう不換貨幣とは、例えば政府発行紙幣が挙げられる。すなわち、「貨幣的主権を持つ政府は貨幣の独占的な供給者であり、物理的な形であれ非物理的な形であれ任意の貨幣単位で貨幣の発行を行うことができる。そのため政府は将来の支払いに対して非制限的な支払い能力を有しており、さらに非制限的に他部門に資金を提供する能力を持っている。そのため、政府の債務超過による破綻は起こりえない。換言すれば、政府は常に支払うことが可能なのである」[3]

MMTは政府によって作られた不換貨幣が自国通貨として使われているような近代経済を扱う。国家が主権を有する貨幣システムにおいては、中央銀行は通貨を発行することができるが、貨幣発行のような水平的な取引は資産と負債とで相殺されるためネットの金融資産を増やすわけではない。「政府のバランスシートにおいてあらゆる政府発行の貨幣性商品は資産として計上されない。政府自らは貨幣を所有しないのである。あらゆる政府発行の貨幣性商品は負債として計上される。政府支出によりこのような貨幣性商品は作られ、課税・国債発行によりこのような貨幣性商品は消えていく。」[3] 赤字支出に加えて、株価の上昇などによる評価効果もネットの金融資産を増加させうる。MMTではVertical moneyは政府支出を通じて還流の過程に入るとする。法定不換貨幣に課税することは「強制力を持つ民間の納税義務」という形で貨幣そのものに対する需要を創出し、法定不換貨幣の流通を促す。加えて、罰金、各種料金、ライセンスも貨幣への需要を創出する。[4][5]。政府は政府自身の意志に基づいて(独自)通貨を発行することができるため、MMTは政府支出(政府の赤字支出もしくは黒字予算)に関連する課税水準は政府が政府活動の資金を集めるための手段ではなく、実際には政策手段であり、これに「公的な雇用提供プログラム(Job guarantee program)」など他の様々な政策をあわせることによりインフレーション失業率を操作することができると主張する。

現時点では、支持者からも理論が用いられる国は、自国の通貨価値が他国に左右されない基軸通貨のドルを持っているアメリカ、政府の借金のほとんど自国民が消化している上に、ゼロ金利下かつ物価上昇率が低い日本ぐらいとしている。反対派はアメリカではインフレが起きた際に、それを止める目的でドルの金利上昇や利上げが起きた場合に基軸通貨ドルを借りている途上国を中心に世界経済に混乱をもたらすこと、日本では今後にこのまま財政赤字が拡大して、インフレ懸念による預金引き出しラッシュが起きた場合と日本国債の日本人保有率や円建て国債率が低下して、外国人保有率・外貨建て債権率が上昇することで円の対外信用が下落したと判断した外国人債権者らによる円の売却ラッシュが起きた場合にはハイパーインフレが起きるとの声がある[6][7][2]

背景[編集]

MMTはゲオルク・フリードリヒ・クナップ英語版貨幣国定説英語版(チャータリズム Chartalism とも)やen:Alfred Mitchell-InnesCredit theory of Moneyアバ・ラーナーen:Functional financeハイマン・ミンスキーの銀行システムに対する観方、en:Wynne Godleyen:Sectoral balancesアプローチから得られた考え方をまとめあげたものである[8]

クナップは1905年に通貨とは「法による創造物」であり、商品によるものではないと論じた[9]。これが書かれた当時は金本位制がまだ存在しており、「通貨単位の価値はその通貨が含む貴金属の量もしくは交換が保証されている貴金属の量に依存する」という従来の考え方にクナップは金属主義と名前をつけた。この考え方とは対照的に、クナップは国家は単なる紙としての通貨を創造することができ、「その国家の納税においてこの通貨が受け入れられる限り」これを法定通貨として商品と交換可能な通貨にすることができると論じた[9]

その当時一般的だった通貨観は、貨幣とは物々交換経済から発展し、多少の使用価値があり耐久性のある交換の仲介物となったものである、というものであった。しかし、Randall WrayやMathew ForstaterのようなMMTの支持者は、初期の古典派経済学の著作に散見される課税主導の紙としての通貨というChartalist的な観方を支持する一般的な議論を述べている[10]。この初期の古典派経済学の研究者とは、例えばアダム・スミスジャン=バティスト・セイJ.S.ミルカール・マルクスウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズなどである[11]

ケインズ本来の意図から外れ、市場均衡理論を前提とし、第二次世界大戦後に主流となったオールド・ケインズ派や、新古典派ミクロ経済学の理論を基礎にし、1980年代に登場して主流派経済学として認知されたニュー・ケインズ派とは異なり、ケインズの貨幣概念(信用貨幣論)に忠実に従い、不確実性を問題の中心に据えて経済を論じてきたポスト・ケインズ派経済学は、異端の地位へ追いやられていたが、少数ではあるが優れた経済学者たちによって、独特の理論的発展が進められてきた。その中には、金融不安定性仮説を提唱したハイマン・ミンスキーやその弟子のL・ランダル・レイも含まれる。レイは、国定信用貨幣論を基礎に、ケインズのマクロ経済学アバ・ラーナー機能的財政論[12]を統合し、MMTを提唱した。この理論はポスト・ケインズ派の一つの到達点であると言える[13]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ https://38news.jp/economy/13499
  2. ^ a b MMT(財政赤字は問題ない)は、やはり危険”. WEDGE Infinity(ウェッジ) (2019年4月1日). 2019年5月12日閲覧。
  3. ^ a b Éric Tymoigne and L. Randall Wray, "Modern Money Theory 101: A Reply to Critics," Levy Economics Institute of Bard College, Working Paper No. 778 (November 2013).
  4. ^ Mosler, Warren. "Soft Currency Economics", January 1994
  5. ^ Tcherneva Pavlina R. "Chartalism and the tax-driven approach to money", in A Handbook of Alternative Monetary Economics, edited by Philip Arestis & Malcolm C. Sawyer, Elgar Publishing (2007), ISBN 978-1-84376-915-6
  6. ^ 財政赤字を容認する「MMT理論」は一理あるが、やはり危険な理由”. ダイヤモンド・オンライン. 2019年5月12日閲覧。
  7. ^ 日本は「トンデモ経済理論」MMTの成功例か 「財政健全化」は経済政策の目的ではない | JBpress(日本ビジネスプレス)” (日本語). JBpress(日本ビジネスプレス). 2019年5月12日閲覧。
  8. ^ Fullwiler, Scott; Kelton, Stephanie; Wray, L. Randall (January 2012), “Modern Money Theory : A Response to Critics”, Working Paper Series: Modern Monetary Theory - A Debate, Amherst, MA: Political Economy Research Institute, pp. 17–26, http://www.peri.umass.edu/fileadmin/pdf/working_papers/working_papers_251-300/WP279.pdf 2015年5月7日閲覧。 
  9. ^ a b Knapp, George Friedrich (1905), Staatilche Theorie des Geldes, Verlag von Duncker & Humblot 
  10. ^ (Wray 2000)
  11. ^ Forstater, Mathew (2004), Tax-Driven Money: Additional Evidence from the History of Thought, Economic History, and Economic Policy, http://www.cfeps.org/pubs/wp-pdf/WP35-Forstater.pdf 
  12. ^ ①民間金融資産は、国債発行の制約とはならない。財政赤字はそれと同額の民間貯蓄を生み出す。②政府は、自国通貨発行権を有するので、自国通貨建て国債が返済不能になることは、理論上あり得ないし、歴史上も例がない。政府は、企業や家計とは異なる。③財政赤字の大きさ(対GDP比政府債務残高)などは、財政危機とは無関係である。④財政赤字の大小を判断するための基準は、インフレ率である。インフレが過剰になれば、財政赤字は縮小する必要がある。デフレであるということは、平成日本の財政赤字は少なすぎるということ。⑤税は、財源確保の手段ではない。税は、物価調整や所得再分配など、経済全体を調整するための手段である。(中野剛志『奇跡の経済教室』KKベストセラーズ、pp.328-329)
  13. ^ 中野剛志『富国と強兵』東洋経済新報社、2016年、pp.113-114

参考文献[編集]

外部リンク[編集]