渋沢駅

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渋沢駅
北口(2004年3月21日)
北口(2004年3月21日)
しぶさわ - Shibusawa
OH 39 秦野 (3.9km)
(6.2km) 新松田 OH 41
所在地 神奈川県秦野市曲松一丁目1-1
駅番号 OH 40
所属事業者 OdakyuGroup logo2.svg 小田急電鉄
所属路線 OH 小田原線
キロ程 65.6km(新宿起点)
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
27,741人/日
-2014年-
開業年月日 1927年昭和2年)4月1日
南口(2008年1月6日)
駅南北連絡通路を南口側から撮影(2004年3月21日)

渋沢駅(しぶさわえき)は、神奈川県秦野市曲松一丁目にある、小田急電鉄小田原線である。駅番号はOH 40

概要[編集]

標高163mで、小田急電鉄線で最も標高が高い所にある駅。さらに西隣の新松田駅との駅間距離は6.2kmで、小田急電鉄で最も距離が長い。小田急ロマンスカーCMではよく渋沢 - 新松田間で撮影された風景を見ることができる。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有している。初電から7時15分までは駅員無配置となる。改札階からホーム階へはエレベーター及びエスカレーターが設置されている。

のりばは海側(東側)を1番ホームとして、下表のようになる。

2014年度の設備投資計画にて行先案内表示器の新設が盛り込まれた[1]

のりば[編集]

渋沢駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 OH 小田原線 下り 小田原箱根湯本方面
2 上り 相模大野新宿千代田線方面

利用状況[編集]

2014年度の1日平均乗降人員は27,741人である[2]。近年の乗降人員・乗車人員の推移は下表のとおり。

年度別1日平均乗降・乗車人員[3]
年度 1日平均
乗降人員[4]
1日平均
乗車人員[5]
1982年(昭和57年) 21,353
1995年(平成07年) 15,768
1998年(平成10年) 15,063
1999年(平成11年) 14,903
2000年(平成12年) 14,538
2001年(平成13年) 28,213 14,381
2002年(平成14年) 27,832 14,172
2003年(平成15年) 27,791 14,055
2004年(平成16年) 27,799 14,081
2005年(平成17年) 27,060 13,727
2006年(平成18年) 27,468 13,939
2007年(平成19年) 27,789 14,090
2008年(平成20年) 28,244 14,316
2009年(平成21年) 27,834 14,094
2010年(平成22年) 27,434 13,857
2011年(平成23年) 27,369 13,824
2012年(平成24年) 28,035 14,170
2013年(平成25年) 28,298 14,314
2014年(平成26年) 27,741

駅周辺[編集]

路線バス[編集]

すべての路線が神奈川中央交通グループにより運行されている(後述の廃止代替路線を除く)。

渋沢駅北口

  • 1番乗り場
  • 2番乗り場
    • 渋02 - 大倉行
    • 渋05 - 戸川台経由 高砂車庫前行
    • 秦12 - 上河原経由 秦野駅行
    • 秦51 - 菩提経由 秦野駅行
    • 秦53 - 菩提経由 高砂車庫前行
    • 秦54 - 戸川台経由 秦野駅行
  • 乗り場番号なし
    • 上地区乗合自動車「行け行けぼくらのかみちゃん号」
      • 湯の沢線 - 湯の沢団地行
      • みくるべ線 - みくるべ行
      • 柳川・八沢線 - 柳川経由 八沢行
湘南神奈交バスが運行していた神02 - 04系統の廃止に伴い、地域および市による「上地区公共交通協議会」が組織され協議の結果、廃止翌日の2011年10月1日より同協議会が運行主体となり愛鶴タクシーが受託する実証運行が開始された。なお、運行期限は2012年9月までとされている。
ワゴンタクシーを使用し、以上の3路線を当所を始発・終着点として運行している。なお、土曜・休日・年末年始は運休となる。[6]

渋沢駅南口

  • 渋03 - 峠行/千村台行
  • 渋04 - 千村台行

歴史[編集]

橋上駅舎になる前の渋沢駅(1988年頃)
  • 1927年昭和2年)4月1日 - 開業。「直通」の停車駅となる。なお、各駅停車は新宿 - 稲田登戸(現・向ヶ丘遊園)間のみの運行であり、当駅までの運行はなかった。
  • 1945年(昭和20年)6月 - 従来、新宿 - 稲田登戸間のみの運行の各駅停車が全線で運行されることとなり、各駅停車の停車駅となる。同時に「直通」は廃止される。
  • 1946年(昭和21年)10月1日 - 準急が設定され、停車駅となる。
  • 1949年(昭和24年)10月1日 - 急行が復活し、停車駅となる。
  • 1955年(昭和30年)3月25日 - 通勤急行が設定され、停車駅となる。
  • 1960年(昭和35年)3月25日 - 通勤準急が設定され、停車駅となる。
  • 1993年平成5年)2月17日 - 山小屋風の橋上駅舎と南北自由通路が完成し、供用開始。その際、合わせて「丹沢高原」と改称する案が出されたが、採用には至らなかった。
  • 2004年(平成16年)
  • 2007年(平成19年)3月25日 - 南口ロータリー竣工。同年3月26日から供用開始。
  • 2012年(平成24年)3月17日 - 本厚木以西での区間準急の設定がなくなり、停車駅から外れる。
  • 2014年(平成26年)12月23日 - 秦野市の市制60周年記念事業の一環で、接近メロディーにZARDの楽曲(上り線は『負けないで』、下り線は『揺れる想い』)を採用[7]

駅名の由来[編集]

駅所在地が「中郡西秦野村大字渋沢(当時)」であったことによる。なお、「渋沢」とは、柴の生えている沢の「柴沢」が転訛したものとも、一面に渋柿の木が生えていた沢から転じたものとも、「しぼんだ沢」が転じたものとも言われている。

隣の駅[編集]

OdakyuGroup logo2.svg 小田急電鉄
OH 小田原線
快速急行・急行・準急・各駅停車
秦野駅 (OH 39) - 渋沢駅 (OH 40) - 新松田駅 (OH 41)

なお、1945年に当駅と大秦野駅(現・秦野駅)の中間地点付近に軍需工場が完成し、工員輸送のための駅が新設されることとなり、ホームは完成したが、その時点で終戦を迎えたため、駅が設置されることはなかった。

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]