歴史地理学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

歴史地理学(れきしちりがく、英語: historical geography)は、空間を軸とする地理学と、時間を軸とする歴史学という対立関係を越えて、時間・空間を同格に併存させて取り扱う研究分野である。過去の特定の時代の空間パターンを分析したり[1][2]、過去の物資の流通形態を考察するなど、地理学の方法論を歴史の分野に――または逆に――適用した学問である。

かつては、こうした方法論は歴史学の一分野とも捉えられていたが、20世紀になってドイツフランスなどで歴史的景観の変遷が地理学の一分野で盛んになり、それが世界中に広まった。特に1960年以降の計量革命の影響も相まって、より複雑な空間分析が盛んになってきたが、一方で人間の歴史的な存在から、伝統的な人文主義地理学の考え方も残っており両者の融合が今後の課題ともいえる。

日本における展開[編集]

地理学者の立場から初めて歴史地理学史を研究した山口(1943)は、日本における歴史地理学の系譜を、「歴史地理学派」と「京都の歴史地理学派(人文地理学派)」に分類している。これを受け、川合(2013)は「日本歴史地理研究会系」と「京都帝国大学系」の2つの系譜から歴史地理学史を記述している。

日本歴史地理研究会系の歴史地理学[編集]

1899年、日本歴史地理研究会(1907年に日本歴史地理学会と改称)が設立された。その中心となったのが、帝国大学国史科(現東京大学文学部)を卒業した喜田貞吉である。喜田は機関紙『歴史地理』を発刊し、古代史を主として多数の論考を発表した。日本歴史地理学会においては、東京帝国大学の関係者のみならず地誌研究者や郷土史家も活動に参画し、大正期以降の郷土史・地方史研究の発展に寄与することとなった。

この系譜において注目されるのが、吉田東伍の事績である。吉田は小学校教員、読売新聞記者などの経歴を経たのちに地誌の編纂を志し、1895年に『大日本地名辞書』を起稿した。吉田は13年にわたって独力で編纂作業を行い、全11冊におよぶ大地誌を作り上げた。その記載は歴史地理に重点を置いており、日本歴史地理学の先駆書とされる。

京都帝国大学系の歴史地理学[編集]

明治中期に在野の郷土史研究と結び付いて発展した日本歴史地理研究会系に対し、その後のアカデミズムの中心となったのは京都帝国大学系の歴史地理学だった。この系譜の源流を作ったのは小川琢治である。小川は東京帝国大学理科大学地質学科を卒業したのち、1908年に京都帝国大学史学科(現京都大学文学部)に地理学教室を開いた。これは第一高等学校時代の同級生であった内田銀蔵(当時、史学科の開設委員を務めていた)の考えによるとされる[3]。これは日本において初めて設置された地理学教室であった。小川は大学時代の専攻であった地質学のほか、畿内垣内集落や孤立荘宅(散村)の研究を進め、歴史的観点に基づく集落地理学の基礎を作った。

また、初代助教授であった石橋五郎は、「唐宋時代の支那沿海貿易並貿易港に就て」と題する卒業論文を提出して東京帝国大学史学科を卒業していた。石橋はその後も『歴史地理』に歴史地理的研究を発表していたが、明治40年代以降は過去よりも現在に重点を置いた研究を進めた。

京都帝国大学地理学教室における初期の研究は、集落形態起源論をはじめとする景観復原的研究が中心となった。特に、1933年に小牧実繁が発表した「時の断面」説(後述)は、その後の日本の歴史地理学の方向性を決定づけることとなった。小牧はその後地政学に傾倒したが、門下の米倉二郎藤岡謙二郎などが「時の断面」説を継承した。米倉は小川や小牧の影響を受けつつ研究を進め、綿密な文献的考証と実地踏査によって条里制研究の画期を成した。藤岡は「時の断面」説を発展させて「景観変遷史法」を提唱したほか、1966年には野外歴史地理学研究会を創立し、戦後の歴史地理学を牽引した。

研究対象[編集]

プリンスによる分類[編集]

イギリスの地理学者プリンス(H.Prince)は、歴史地理学の研究領域を3つに分類した[4]

①Real world(現実世界・実在的世界)[編集]

現実の地表空間を扱う。多くの歴史地理学的研究はここに該当する。史料批判を経た史資料を用いて景観を復原し、過去における客観的な地理像を描くことを目的とする。その手法においては様々な理論が提唱されている。街道の整備と城下町の発達の関係の分析、歴史的な町並みの成立経緯の研究などがテーマとして挙げられる。

②Imagined world(認識された世界・主体的世界)[編集]

人々の認識上の地表空間を扱う。80年代以降の人文主義的地理学の興隆によって発展した領域である。「生きられた空間」論に基づき、人々が空間・場所に対して抱いていた認識を研究する。地理的イメージの分析に際しては、絵図をはじめとして、文学作品、紀行文、地誌など多様な資料が用いられる。

③Abstruct world(抽象化された世界・抽象的世界)[編集]

抽象化された地表空間を扱う。「新しい地理学」の影響を受けて発展した分野であり、地理空間理論が過去の地表空間にも当てはまるか検証することが目的とされ、抽象化、理論化、法則定立を志向する。具体的な研究としては、弥生時代の集落に対してティーセン理論を適用したもの[5]、空間的相互作用モデルによって御蔭参りの空間的拡散を検証したもの[6]などがある。

参考文献[編集]

  • 有薗正一郎,遠藤匡俊,小野寺淳ほか編『歴史地理調査ハンドブック』古今書院,2001年

  第1章はweb上で閲覧可能:吉田敏弘「歴史地理学とは?」

  • 川合一郎「近代日本における歴史地理学学説史 : 2つの系譜」早稲田大学教育・総合科学学術院教育学研究科博士論文,2013年
  • 菊池利夫「小川琢治先生と京都大学の地理学教室」地学雑誌,93-3,1984年
  • 山口貞雄『日本を中心とせる輓近地理学発達史』済美堂,1943 年

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 藤岡謙二郎、1967、『人文地理ゼミナール 歴史地理』、大明堂
  2. ^ 山村亜希、竹中克行(編)、2015、「現実世界の歴史地理」、『人文地理学への招待』、ミネルヴァ書房 ISBN 978-4-623-07229-3 pp. 183-201
  3. ^ 菊池(1984),51頁
  4. ^ 有薗,遠藤,小野寺ほか(2001),4-5頁
  5. ^ 出田和久「弥生時代集落の空間的配置--ティーセンの多角形による若干の予察的検討」地理学報,28,1992年,87-94頁
  6. ^ 杉浦芳夫「地域体系との関連でみた江戸明和期の“御蔭参り”の空間的拡散」地理学評論,51,1978年,621-642頁

外部リンク[編集]