早稲田騒動

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早稲田騒動(わせだそうどう)は、1917年(大正6年)に早稲田大学で発生した学校騒動・学園紛争である。

概要[編集]

次期学長の座をめぐって第2代学長天野為之と初代学長高田早苗が争い、それぞれを支持する学生たちを巻き込んで世を騒がせた事件。石橋湛山尾崎士郎が天野派のリーダーとして活躍した。大隈重信の忠告で天野が学長を辞し、新学長として商学部教授平沼淑郎平沼騏一郎の兄)が就任することで収束を迎えた。当時早大生だった尾崎士郎が『人生劇場』の中で取り上げた。

騒動後に早大を去った人々[編集]

罷免された者[編集]

辞職した者[編集]

退学した学生[編集]

外部リンク[編集]

  • 恩賜記念館 - プロテスタンツ(いわゆる恩賜館組)の活動拠点となった赤煉瓦の建物

参考文献[編集]

関連項目[編集]