スズキ・メソード

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才能教育研究会
英語: Talent Education Research Institute
前身 全国幼児教育同志会
後継 才能教育研究会
設立年 1946年
種類 公益社団法人
地位 公益法人認定法
目的 才能教育の普及
本部 長野県松本市深志3-10-3
貢献地域 日本の旗 日本
会長 早野龍五(第5代会長2016年就任)
ウェブサイト http://www.suzukimethod.or.jp/

スズキ・メソード英語: Suzuki method)は、公益社団法人才能教育研究会(さいのうきょういくけんきゅうかい、英語: Talent Education Research Institute)が普及推進している活動で、音楽を通じて心豊かな人間を育てることを目的とする教育法の一つ。20世紀日本のヴァイオリニスト鈴木鎮一によって創始され、日本アメリカなどで教育活動が展開されている。主な活動は音楽教育であるが、それが本来の目的ではなく、音楽によって子供の心を豊かにし、自信をつけることにあるとしている。

理念[編集]

「どの子も育つ、育て方ひとつ」

歴史[編集]

日本での成立[編集]

1932年(昭和7年)、帝国音楽学校のヴァイオリン教授であった鈴木鎮一の下に、当時4歳の江藤俊哉が父親に連れられてきた。同様の早期教育を望む親子が次々と現れる中で、鈴木は母国語と同じように耳から音楽を教える母語教育法を確立していく。

戦災と疎開を経て、鈴木は1946年(昭和21年)に長野県松本市に松本音楽院を開設。あわせて全国幼児教育同志会を発足させるが、2年後の1948年(昭和23年)に才能教育研究会と改称し、さらに1950年(昭和25年)に文部省(現文部科学省)より「社団法人 才能教育研究会」として認可され、今日に至るスズキ・メソード普及の主体となった。鈴木鎮一は会長としてこれを率い、井深大が名誉会長としてこれを支援した。

鈴木鎮一の没後は、2000年から豊田耕兒が第2代会長を務め、2008年から中嶋嶺雄、中嶋の急逝に伴い2013年から慎一の姪である鈴木裕子が、2016年からは早野龍五が会長に就いている。

海外への展開[編集]

1964年(昭和39年)以来、鈴木は毎年10人、5歳から13歳くらいまでの生徒を海外演奏旅行に連れて行った。これは「テン・チルドレン・ツアー」と呼ばれ、1994年(平成6年)まで30年間にわたり、20ヵ国384都市で483回にわたるコンサートを行なっている。なお、最初の「テン・チルドレン」には、後述する大谷康子早野龍五が含まれていた。

アメリカでは、1975年(昭和50年)ハワイ州で第1回世界大会を開催。さらに1978年(昭和53年)、鈴木は日米親善コンサートのため100名の児童を率いて渡米。アメリカ側の100名の児童も加わってケネディ・センターで行われたコンサートには、娘エイミーをスズキの教室に通わせるジミー・カーター大統領夫妻も臨席した。

これらの活動によってスズキ・メソードは広く普及し、アメリカ各地で公教育にも取り入れられた。1999年(平成11年)の映画ミュージック・オブ・ハート』でメリル・ストリープ演じる主人公のヴァイオリン教師が用いたのもスズキ・メソードである。2011年(平成23年)現在では日本の生徒数をはるかに凌ぐ30万人が学んでいる。

ヴェネズエラでは、鈴木初期の門人である小林武史1971年(昭和46年)に招かれ、スズキ・メソードに基づく教授法を伝えたことで、同国の文化政策エル・システマ成立に大きな役割を果たした。[1]

スズキ・メソード音楽教室[編集]

今日、日本のスズキ・メソード音楽教室には、ヴァイオリン科・チェロ科・フルート科・ピアノ科がある。ヴァイオリン科が最も歴史が長く、最も生徒数が多い。

生徒数は才能教育研究会の公表によれば世界中に40万人強、日本国内では1万人弱で小学生以下が大半を占める。長野県に本部があり、日本全国に大きな支部が15、小さな支部が相当数ある。

卒業制度[編集]

スズキ・メソードには生徒の明確な目標を定めるために『卒業制度』というものがある。

教室のレッスンは、基本的にスズキ・メソード発行の教本を順に習っていくが、教本の各巻はスズキ・メソードが設ける「科」とほぼ対応している。(上級になると教本を使わず市販の楽譜を用いる場合もある。)生徒は各科の課題曲として決められた曲目をかつてはテープMD、現在はCDなどに録音し、長野県の才能教育研究会本部に送って採点を受ける。録音の機会は1年に1回、秋ごろである。合格すると、卒業証書が送られてくる。

ただし、録音をせずに次の練習曲に進むことも出来る。どの科にも共通だが、1つの科を何年もかけて卒業する生徒もいれば、1年のうちに複数の科を卒業してしまう生徒もいる。これはそれぞれの生徒の進度に合わせる。

なお、ヴァイオリン科の「才能教育課程」はもとは「研究科一期」という名前だったが、豊田耕兒会長になってからテクニックなどあらゆる面で一つの区切りとなる過程として名称が変更された。

卒業曲[編集]

ヴァイオリン科

進路[編集]

全課程(あるいは才能教育課程)を修了した者は、国際スズキ・メソード音楽院へ進んでスズキ・メソード指導者となる、あるいはより専門性の高い音楽教育を受けて職業音楽家になるなどのキャリアを選択するが、早期教育によって涵養された能力を音楽以外の分野で開花させる者も多く、鈴木鎮一はむしろそれをスズキ・メソードの誇りとした。

なお、鈴木鎮一は現在の国立音楽大学で教鞭を取ったものの、斎藤秀雄とドイツ留学時代以来の友人であり、スズキ・メソード確立のきっかけとなった門人江藤俊哉が後に桐朋学園大学前学長となり、また現学長の堤剛が鈴木のチェロ指導曲集に模範演奏を寄せているように、桐朋学園大学との関係が深い。後述する出身者に散見されるように、スズキ・メソードで始めた者が、職業音楽家を志して「弦の桐朋」へ進むケースも珍しくない。

行事[編集]

夏期学校[編集]

毎年7月末から8月初めにかけて、長野県松本文化会館をメイン会場に一週間ほど開催される。朝早くからの各曲目に分かれてのグループレッスンや、夕方から夜にかけてのコンサートなどが行われる。全国の会員の社交場にもなっている。鈴木鎮一が亡くなった1998年(平成10年)には『鈴木先生をしのぶコンサート』が行われた。

グランドコンサート[編集]

かつては毎年3月下旬に全国から東京へ生徒を集めて一大コンサートを行うのが恒例であった。

第1回は1955年(昭和30年)に全国大会として東京体育館で開催され皇太子明仁親王・皇太子妃美智子(現在の今上天皇皇后美智子)、高松宮宣仁親王同妃秩父宮妃らの臨席する中、約1200人の生徒が演奏を披露した。第2回は翌年名古屋の金山体育館で開催され、以後も東京・横浜・名古屋など場所を移しつつ毎年開催された。

1966年(昭和41年)第12回からは日本武道館で開催されるようになり、1992年(平成4年)第38回からはグランドコンサートと名を変え、鈴木鎮一の没後も2004年(平成16年)第50回までは毎年開催されていた。その後数年おきの開催となり、2007年(平成19年)に第51回、2009年(平成21年)に第52回を開催。2011年(平成23年)には第53回を開催するため準備を進めていたが、直前に東日本大震災が発生したため急遽中止となった。

2018年(平成30年)4月4日、9年ぶりとなる第53回グランドコンサートが両国国技館で開催され、今上天皇皇后高円宮妃の臨席する中、各科約2500人の生徒が演奏を披露。さらにエル・システマジャパンの指導する福島県相馬市岩手県大槌町の子どもオーケストラが共演した。

プログラム[編集]

2004年の例

  1. ヴァイオリン(オーケストラ伴奏)
    1. メンデルスゾーン、協奏曲ホ短調、作品46、第3楽章
  2. フルート
    1. チャイコフスキー、『くるみ割り人形』より「葦笛の踊り」
    2. ドリゴ、セレナーデ
    3. メンデルスゾーン、「歌の翼に」
    4. ギス、アマリリス
    1. 正統邦楽会の皆様による祝賀演奏
    2. 唯是震一、わらべ歌
    3. 羽根つき・提灯行列・アイヌの子の踊り
  3. チェロ
    1. フォーレエレジー
    2. サン=サーンス、『動物の謝肉祭』より「白鳥」
    3. ウェブスター、スケルツォ
    4. パガニーニ、『妖精の踊り』より「主題」
    5. パーセルリゴードン
    6. フランス民謡、むすんでひらいて
  4. ピアノ
    1. モーツァルト、ロンド
    2. J. S. バッハ、ガヴォット
    3. クレメンティ、ソナチネ作品36の3、第1楽章
  5. オーケストラ 合唱付き(指揮 大賀典雄 / ソニー名誉会長)
    1. ヘンデル、ハレルヤ・コーラス オラトリオ 『メサイア』より
  6. ヴァイオリン
    1. ヴィヴァルディ、2つのヴァイオリンのための協奏曲、作品3の8 イ短調 第1楽章
    2. フィオッコ、アレグロ
    3. ウェーバー、カントリーダンス
    4. ヴィヴァルディ、協奏曲 イ短調 第1楽章
    5. ドヴォルザーク、ユーモレスク
  7. 全科による合奏
    1. トマ、『ミニヨン』よりガヴォット
    2. ウェーバー、狩人の合唱
    3. ヘンデル、オラトリオ『ユダス・マカベウス』より合唱
    4. J. S. バッハ、メヌエット第二番
    5. 鈴木鎮一、楽しい朝・アレグロ
    6. 外国民謡、こぎつね・ちょうちょう
    7. 鈴木鎮一、きらきら星変奏曲

最後の鈴木鎮一作曲『きらきら星変奏曲』は、スズキ・メソード音楽教室のどの科でもレッスンで最初に習う、特別な意味を持った曲であり、全国大会でも唯一参加者全員が演奏する。

スズキ・メソードが育んだ人々[編集]

鈴木鎮一に師事した者(時期順)[編集]

その他の主な出身者(50音順)[編集]

海外のスズキ・メソード経験者(アルファベット順)[編集]

参考文献[編集]

  • 才能開発は0歳から(角川(主婦の友)、ISBN 4-07-922998-4、1939年)
  • 歩いて来た道(音楽之友社刊、1960年)
  • 愛に生きる―才能は生まれつきではない(講談社現代新書 86、ISBN 4-06-115486-9、1966年)
  • 才能は愛で育つ―鈴木鎮一の人と哲学(エヴリン・ハーマン (著)、畑野 将顕 (翻訳)、角川(主婦の友)、ISBN 4-07-919921-X、1984年)
  • 現代の覚者たち (共著、致知出版社(致知選書)、ISBN 4884741595、1988年)
  • 子供の幸を/おねがい(才能教育研究会・編纂、全音楽譜出版社、ISBN 4-11-321122-1、1998年)
  • 奏法の哲学(全音楽譜出版社、ISBN 4-11-810131-9、1998年)
  • 前奏と名古屋の子守り歌 キラキラ星の主題によるパラフレーズ(才能教育研究会・編纂、全音楽譜出版社、ISBN 4-11-321123-X、1998年)
  • 音楽の車―鈴木鎮一の生涯と才能教育運動によせて(本多 正明 (著)、全音楽譜出版社、ISBN 4-11-810132-7、2004年)
  • スズキ・メソードと子供の教育(熊谷 周子 (著) 、ドレミ楽譜出版社 、ISBN 4810888258、2004年)
  • 音にいのち在り(DVD付)(社団法人 才能教育研究会 広報委員会 文献史料部会 編集、社団法人 才能教育研究会、ASIN B0011NJTLQ、2007年)

脚注[編集]

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  1. ^ 『エル・システマ―音楽で貧困を救う 南米ベネズエラの社会政策』 山田真一 教育評論社 ISBN 9784905706335

外部リンク[編集]