篠崎史紀

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篠崎史紀
生誕 (1963-01-18) 1963年1月18日(55歳)
出身地 日本の旗 日本
福岡県北九州市
学歴 ウィーン市立音楽院
ジャンル クラシック音楽
担当楽器 ヴァイオリン
共同作業者 NHK交響楽団
公式サイト http://maro.shinozaki-vn.com/

篠崎 史紀(しのざき ふみのり、1963年1月18日 - )は、福岡県北九州市生まれの日本のヴァイオリニスト。その容貌から「MARO」の愛称で親しまれている。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

鈴木鎮一の薫陶を受け音楽教室を主宰していた幼児教育の先駆者である父篠崎永育と母美樹のもとに生まれ、3歳よりヴァイオリンの手ほどきを受ける。1978年高等学校1年の時、第32回全日本学生音楽コンクール全国大会高校生の部で第1位、1979年史上最年少で北九州市民文化賞を受賞した。

ウィーン留学[編集]

高校卒業後の1981年ウィーン市立音楽院に留学し、ヴァイオリンをトーマス・クリスティアンに師事する。1982年、ウィーン・コンツェルトハウス大ホールにてヨーロッパデビューを飾る。その演奏は、「信頼性のあるテクニック、遊び心もある音楽性」(『ヴィーナーツァイトゥング』紙)、「真珠を転がすような丸く鮮やかな音色、魅惑的な音楽性」(『フォルクスシュティンメ』紙)と各メディアから賞賛される。1983年イヴリー・ギトリスと知己を得て師事。また、バリリ弦楽四重奏団、アマデウス弦楽四重奏団のメンバーに室内楽を師事した。留学中、ヴィオッティ国際音楽コンクール室内楽部門で第3位、第20回ボルドー国際音楽祭で銀賞を受賞し、ヨーロッパの主要コンクールで受賞実績を重ね、ヨーロッパを中心に活動を続け、1984年にはアメリカのワシントンで開催されたタコマ国際音楽祭においてアメリカ・デビューを果たす。以後オーストリアを中心にフランス、イタリア、スイス、アメリカ、ブルガリアなどの国際音楽祭に招聘され、ヨーロッパ、アジア、アメリカで幅広い活動を行っている。[1]

帰国後[編集]

1988年、ウィーン市立音楽院を修了して帰国し、群馬交響楽団コンサートマスターとなる。1991年読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、1997年4月に、NHK交響楽団のコンサートマスターに就任した。以来N響をリードし、数多くの指揮者、団員からの厚い信頼を得る。また、ハレー・ストリング・クァルテット、アンサンブルSAKRA、イシハラ・リリック・アンサンブル、サントリーフェスティヴァル・ソロイツ、ヴィルトゥオーゾ・アンサンブル・パルテノンなどの室内楽団でも活動している。次世代の育成にも力を注ぎ、1996年より東京ジュニアオーケストラソサエティの音楽監督を務めている。2001年、福岡県文化賞を受賞、2008年、北九州市文化大臣に任命。[2]

近年の活動[編集]

NHK交響楽団第1コンサートマスターを務める他、篠崎史紀とN響メンバーによる室内合奏団で活動することもある。

2004年より、銀座王子ホールにおいて、毎回1人の作曲家をテーマに、奏者と聴衆の心が一体となれる音楽の社交場「MAROワールド」を企画し出演している。また2007年より福岡では毎年プロアマの境界を超え、「楽興の時〜室内楽セミナー&演奏会~」において、アマチュアからプロフェッショナルまで幅広く共に音楽を楽しみ学ぶという趣旨のもと室内楽を指導し、共演している。熊本ではプロフェッショナルとアマチュアが共演し、その演奏が出来上がるまでのリハーサルを公開する、斬新な音楽会「マロ塾」を開催。またMAROの人柄に魅せられ集まる国内主要オーケストラのコンサートマスター及び首席奏者等により「マロオケ」を結成し、不定期に同窓会のように集まり演奏会を開催。2014年N響入団以来コンサートマスターとして長年にわたり活躍し、同団の声価を高めた貢献に対し第34回有馬賞を受賞[3]2016年「マロオケ」初の東京サントリーホールでのモーツァルト6大交響曲演奏会マロオケ2016公演は大成功に終わる。

2016年、指揮者広上淳一と出演のNHK Eテレ『学校で教えてくれないクラシック』は大きな反響を呼び、2017年に第2弾が放送される。2016年には東京ジュニアオーケストラソサエティが20周年を迎えた。2017年、N響90周年記念ヨーロッパ公演ソロでは「言葉にならないくらい神がかっていた」とイギリス紙で評される。2017年10月24日25日開催の王子ホール25周年ハッピーバースデイ・コンサートでは「MAROワルード」が32回を迎えた。2018年4月よりEテレ『クラシック音楽館』にて案内役を務める。昭和音楽大学、東京藝術大学、桐朋学園大学にて後進を育成。WH0国際医学アカデミーライフハーモニーサイエンス評議会議員。あおによし音楽コンクール奈良アドヴァイザー。

MAROワールド[編集]

王子ホールが"MARO”と創る音楽の社交場。毎回1人の作曲家をテーマにして”MARO”がホスト役となり、新進気鋭の俊英たちを含む音楽仲間、マロカンパニーのメンバーと演奏するシリーズである。

マロオケ[編集]

Meister Art Romantiker Orchesterの頭文字をとって通称マロオケ。指揮者を置かない巨大室内楽の感覚で、"MARO"の愛称で親しまれている篠崎とその仲間(マロカンパニー)を中心に創るオーケストラ。開催時期は不定期でマロの呼びかけに、国内主要オーケストラのコンサートマスターや首席奏者俊英が勢ぞろいする、同窓会のように突然集まって演奏会が開かれるオーケストラ。合言葉はドイツ語の musizieren(ムジツイーレン)spielen(シュピーレン)。最高の男たちによる、音楽を楽しみ冒険するロマン溢れるオーケストラである。

東京ジュニアオーケストラソサエティ[編集]

定期演奏会や各種施設訪問によるチャリティーコンサートなどの活動に積極的に取り組み、日本の様々なプロオーケストラで活躍する演奏家を講師陣に、小学生から大学生までの幅広い世代の楽団員による、質の高い演奏活動を展開している。レッスンや演奏を通じ、相互の親密なコミュニケーションによって生まれる「インタープレイ」による真のアンサンブル精神を学び豊かな感性を養う子供たちが主役のオーケストラである。

楽興の時〜室内楽セミナー&演奏会〜[編集]

素晴らしい曲、素晴らしい共演者、素晴らしい聴衆。篠崎史紀をゲストに迎え、その音楽的瞬間を届ける。若い音楽家達を「室内楽」を通じ、一流の演奏家との共演によって育てていこうという思いから始まったこの企画。篠崎の「真珠のような鮮やかな音色」と「魅力ある音楽性」が結集して訪れる音楽的瞬間。近年では小学生の子供たちと共演。子供たちの感性の扉を魔法のごとく広げて行く。その音楽づくりは、魔法の「音楽レシピ」として一般公開している。

ニックネーム[編集]

「まろ」のニックネームで親しまれている。小学生時代、教科書の浮世絵の画像を見ながら、友人が東洲斎写楽の役者絵を指しながら、「この絵に似ている」と言ったところ、作者名を誤って、歌麿の「まろ」があだ名になった。留学時代に、「しのざきふみのり」という名前が呼びにくく「ミドルネームはないか」と聞かれたので、上記エピソードを思い出して「MARO」といったところ、「マリオ」「マリア」に似て呼びやすい、と定着した[4]

レコーディング[編集]

  • 「ロマンティック アルバム」
  • アレンスキー/ 弦楽四重奏1番、2番」
  • 「アレンスキー/ ピアノ五重奏&ピアノ三重奏曲第1番
  • 「シェーンブルンの人々」
  • 「宵の明星」
  • 「郷愁」
  • 「アレンスキー/ピアノ三重奏曲第1番、第2番
  • 「レゾネート・エターナリー」Violin&Organ Duo
  • 「スラブの憧れ/SLAVIC ADORATION」
  • 「フラーリッシュ・エターナリー」Violin&Organ Duo
  • 「薔薇の騎士 / Der Rosenkavalier」

著作[編集]

  • 「ルフトパウゼ ウィーンの風に吹かれて」(出版館ブック・クラブ、2006年)
  • 「絶対!うまくなるヴァイオリン100のコツ」(ヤマハミュージックメディア、2015年)

監修[編集]

  • ヴァイオリン·ピアノ楽譜集「MARO's Palette」(ヤマハミュージックメディア、2009年)
  • 「篠崎史紀のヴァイオリン上達練習法バンドラの箱」(DVD、アジア・インターネット・サービス、2012年)

脚注[編集]

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外部リンク[編集]