姜昌一

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姜昌一
各種表記
ハングル 강창일
漢字 姜昌一
発音: カン・チャンイル
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姜 昌一カン・チャンイル、1952年 - )は、大韓民国の政治家。民主統合党所属。日韓議員連盟幹事。

概要[編集]

歴史学者として[編集]

ソウル大学を卒業後、東京大学大学院人文学部に留学。「近代日本の朝鮮侵略と大アジア主義 : 右翼浪人の行動と思想を中心に」で博士論文。[1] 帰国後は培材大学校の教授に就任。2003年に開催された「日本の、我が国の歴史わい曲の真相を明らかにする南北共同学術討論会」に参加し、「大日本帝国が朝鮮を強制占領し、永久にそして完全に支配するために朝鮮民族抹殺政策を展開した」と持論を講義して注目を集めた。[2] また、東京大学在学中に収集した東京大学所蔵の資料を含む日本植民地時代の貴重な資料を済州大学に寄贈するなどの活動も行っている。[3]

政治家として[編集]

2004年から国会議員として活動。2011年5月24日、ロシアが実効支配している日本固有の領土である北方領土の一つである国後島を、日本国の許可を得ずに訪問し[4]、日本国から抗議をうけると「日本側の一方的な論理」としてロシアの実効支配を改めて支持を行った[5]。日本の教科書や防衛白書竹島の領土問題が記載されていることに強硬な姿勢を示してきたが、「親日派」の子孫を糾弾する運動に加え、日本の右翼をリストアップして入国を禁止するべきとの意見を表明するなどの主張もしている。

2015年に成立した慰安婦問題日韓合意については、「(合意は)国家を拘束する条約や協定ではなく、安倍(晋三)政権と朴槿恵政権の約束にすぎない」として、合意が無効であると主張しており、[28]韓国人慰安婦に対して「いつか日本国王や首相が来てひざまずいて謝罪するでしょう」と励ましている。[29]

経歴[編集]

  • 生年月日:1952年1月28日
  • 出生地:済州道(現済州特別自治道済州市 
  • 学歴
  • 経歴
    • 1991年4月〜2004年3月:培材大学校日本学科教授、教務処長
    • 1995年2月〜2003年11月:済州4・3研究所所長
    • 2001年5月〜2003年5月:光州5・18記念財団理事。アジア平和人権韓国委員会委員長
    • 2004年4月:第17代総選挙。ウリ党地域区候補(済州市甲選挙区)として立候補、当選。
    • 2004年5月〜2008年5月:第17代国会議員(ウリ党大統合民主新党統合民主党
    • 2004年〜2007年7月:ウリ党済州道党委員長
    • 2004年7月〜2007年4月:(国会)行政自治委員会委員、韓米FTA(自由貿易協定)特別委員会委員、
    • 2005年:アジア平和院連帯会議運営委員会委員長
    • 2006年7月〜2007年12月:独島守護兼歴史歪曲対策特別委員会委員。
    • 2008年4月:第18代総選挙。統合民主党地域区候補(済州市甲選挙区)として立候補、再選。
    • 2008年5月〜2012年5月:第18代国会議員(統合民主党→民主党民主統合党
    • 2008年6月〜2010年5月:(国会)国土海洋委員会委員
    • 独島守護対策特別委員会委員長、知識経済委員会委員
    • 民主党中央委員
    • 2012年4月:第19代総選挙。民主統合党地域区候補(済州市)として立候補、3選。
    • 2012年5月〜現在:第19代国会議員(民主統合党→民主党→新政治民主連合

出典:네이버 인물검색 강창일(ネイバー人物検索 姜昌一)、大韓民国国会ホームページ국회의원 소개」(国会議員紹介)

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ 「日本の歴史わい曲」テーマに学術会議 2003年03月03日17時13分 中央日報/中央日報日本語版 [2]
  3. ^ 朝鮮日報 2012/09/13 韓国野党議員、植民地時代の資料を大学に寄贈 /済州
  4. ^ 北方領土:韓国国会議員、国後島へ 竹島対策委員長、政府は「無関係」毎日新聞2011年5月25日(2011年5月27日閲覧)
  5. ^ 統合ニュース  2012年 09月 16日(日) 国後訪問の韓国議員、日本の独島領有権主張をけん制 [3]

リンク[編集]