大阪府都市開発3000系電車

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大阪府都市開発3000系電車
泉北3000系3506以下6両編成(2006年3月 浅香山駅)
泉北3000系3506以下6両編成
(2006年3月 浅香山駅
基本情報
製造所 東急車輛製造
製造年 1975年 - 1990年
製造数 56両
主要諸元
軌間 1067 mm
電気方式 直流1500V(架空電車線方式
最高運転速度 100 (110※) km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
自重 (3500形)27.0 t
(3000形)38.0 t
全長 20,825 mm
全幅 2,740 mm
全高 4,160 mm
車体材質 ステンレス
駆動方式 歯車式平行可とう駆動式
制御装置 電動カム軸式抵抗制御
制動装置

発電ブレーキ併用

電磁直通ブレーキ
保安装置 ATS-N/ATS-PN
備考 ※は南海本線内でのデータ
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大阪府都市開発3000系電車(おおさかふとしかいはつ3000けいでんしゃ)は、大阪府都市開発(現・泉北高速鉄道)の通勤形電車

1975年から製造を開始し、1990年までに計56両が製造された。

本項では南海電気鉄道に譲渡された南海3000系電車についても記述する。

概要[編集]

FS-379形台車

相互乗り入れを行っている南海の保有する6200系をベースに設計されているが、製造コスト削減と複数の車体製造メーカーの製造入札に対応するため、車体は同一形状ながら外板のみステンレス、内部構体は普通鋼製のいわゆるセミステンレス構造となった。足回りは100系と同一の台車(S型ミンデン台車)を採用。ただし、南海6200系とは異なり本系列は南海高野線三日市町駅以南の急勾配区間への乗り入れを想定していないために抑速ブレーキ用の抵抗器を持たない。また本系列の1次車は登場時非冷房車であり、屋根上には100系や南海6000系に準じたベンチレータが搭載されていたが、1977年製造の2次車以降は泉北初となる冷房装置を搭載して落成し、1次車も新造後2年以内に全車冷房化されている。行先表示器の書体は更新前の南海のフォーマットに準じているが英字が追加されている。和泉中央駅が開業するまでは南海高野線の旧幕が使われていた。

1985年以降に増備された4両編成3本は、車体構造が内部構体もステンレス製となりオールステンレス仕様となった。

全車が東急車輛製造で製造された。

内装[編集]

  • 直接照明(蛍光灯カバーなし)
  • セミステンレス車の客用ドアの室内側はステンレス無塗装
  • 妻窓は金属支持
  • パイプ式荷棚
  • 赤色の座席モケット(優先席は灰色)
  • パイプの座席仕切り(肘掛のみで、握り棒は存在しない)
  • 緑色の床

内装リニューアル[編集]

2017年8月に出場した3519編成より、7020系に準じた内装へのリニューアルが施工されている。

主な施工箇所は以下の通り。

  • 座席モケットの変更
  • 化粧板・床材の貼り替え
  • 客用ドアの室内側に戸挟み警告の黄色線を追加

オールステンレス仕様車[編集]

オールステンレス車(3519編成)

4両編成3本、計12両が存在する。車体構造以外の従来車との変更点は、列車無線アンテナの形状と取り付け位置が変更されたことと、客用ドアの室内側が化粧板仕上げとされたことである。また、台車に台形の補強材も追加されている[1]

1990年落成の3523・3524が最終新造車である。

50番台[編集]

泉北3000系50番台 3554以下6両編成
(2006年3月 三国ヶ丘駅

編成の自由度を向上させるため、6両編成の一部から中間車2両を抜き取り、先頭車化改造を行った番台区分である[2]。1999年度に、中間車6両が2両編成3本に改造された。種車がセミステンレス仕様車のため、50番台車もすべてセミステンレス車体である。 前照灯は7000系と共通のコンビランプ(ただし尾灯と前照灯の配置が逆)を配置し、運転台機器には100系の廃車発生品の一部が流用された。また、中間車のドア配置が元々不均等だったため、難波中百舌鳥)方の車両と和泉中央方の車両でドア配置に若干の差がある。また本グループには改造時に車椅子スペースが設置された。和泉中央寄りのモハ3552では乗務員室後部の両端に座席が設置されておらず、開放的なスペースになっている。

改造された直後は元の6両編成時代の車両と常時連結されていたが、2005年10月16日のダイヤ改正で3000系4両編成の運用[3]が増え、検査などにより4両編成が不足する場合に一部の50番台2両編成を切り離して4両編成を捻出することが行われるようになった。

50番台編成の新旧対照は次のとおり。

  • 3019-3020(元3511編成)⇒3551-3552
  • 3023-3024(元3513編成)⇒3553-3554
  • 3029-3030(元3517編成)⇒3555-3556

編成[編集]

編成表[編集]

6両編成

 
← 難波
和泉中央・三日市町 →
   
形式 クハ3501
(Tc)
モハ3001
(M1)
モハ3001
(M2)
モハ3001
(M1)
モハ3001
(M2)
クハ3501
(Tc)
製造年 備考
車両番号 3501 3001 3002 3003 3004 3502 1975年 廃車済
(2007年)
3503 3005 3006 3007 3008 3504
3505 3009 3010 3011 3012 3506
3507 3013 3014 3015 3016 3508

3507編成の3015 - 3016は3509編成に組み込み。

4両編成(セミステンレス車)

 
← 難波
和泉中央・三日市町 →
   
形式 クハ3501
(Tc)
モハ3001
(M1)
モハ3001
(M2)
クハ3501
(Tc)
製造年 備考
車両番号 3509 3015 3016 3510 1977年
3511 3017 3018 3512 1979年
3513 3021 3022 3514 1980年 南海へ譲渡
(2012年)
3515 3025 3026 3516 1980年
3517 3027 3028 3518 1981年

4両編成(オールステンレス車)

 
← 難波
和泉中央・三日市町 →
 
形式 クハ3501
(Tc)
モハ3001
(M1)
モハ3001
(M2)
クハ3501
(Tc)
製造年
車両番号 3519 3031 3032 3520 1986年
3521 3033 3034 3522 1989年
3523 3035 3036 3524 1990年

2両編成(50番台)

 
← 難波
和泉中央・三日市町 →
   
形式 モハ3551
(Mc1)
モハ3552
(Mc2)
改造年 備考
車両番号 (3019⇒)3551 (3020⇒)3552 1999年
(3023⇒)3553 (3024⇒)3554
(3029⇒)3555 (3030⇒)3556 南海へ譲渡
(2012年)

泉北高速鉄道では4両以下の編成が単独で営業運転される列車がないため、編成同士または別の編成と組んで運用される。

変遷[編集]

スカートが設置された50番台
(2015年8月23日 天下茶屋駅

4次車(3513編成・3515編成、1980年6月竣工)と5次車(3517編成、1981年6月竣工)は、当初以下に示す変則編成で落成した。

  • 3513編成 (3513-3021-3022-3514)
  • 3515編成 (3515-3023-3024-3516)
  • 3517編成 (3517-3025-3026-3027-3028-3029-3030-3518) 暫定編成の8両編成のまま、1981年11月の準急10両化まで運用された

その後、3515編成から中間車の3023-3024が3513編成へ転用されて同編成は6両編成となり、3515編成には3517編成の中間車3025-3026が新たに組み込まれた。この結果、3513編成・3517編成が6両編成、3515編成が4両編成とそれぞれ再編された[4]

1996年7000系営業運転開始後、先頭車の運転台後側の側面に「SEMBOKU」のロゴプレートを順次取り付けた。

1999年より前述の通り3511編成・3513編成・3517編成(いずれも6両編成)から中間車2両を抜き取り、先頭車化改造の上で50番台に区分した。

2006年より老朽化による廃車が発生し、6両編成であった3501編成のうち中間車2両 (3001-3002) を除く4両 (3501-3003-3004-3502) が廃車となった。3001-3002は2次車の3507編成(4両編成)に組み込まれたが、翌2007年7020系1次車6両の導入に伴って同編成および3001-3002は廃車となり、当初より冷房車として落成した2次車からも廃車が発生した。2008年には7020系2次車12両の導入によって3503編成・3505編成の6両編成2本が廃車となり、非冷房で落成した1次車は全廃となった。なおここまでの廃車で発生した台車は南海6100系の6300系改造に転用された[5]

2009年2月ごろに3509・3517・3555編成にスカートが試験的に取り付けられた。のちに3513編成・3515編成・3519編成・3553編成などにも追加設置され、3518・3551 - 3555を除く全先頭車にスカートが設置された。

2012年11月のダイヤ変更にて10両編成運用が削減されたことで4両編成3本(3513・3515・3517編成)および2両編成1本(3555編成)が運用離脱・除籍され、その後は南海電鉄に車両ごと譲渡され後述の3000系となった。

時期は不明であるが、3519編成の戸閉装置は新型のものに交換されている(50番台は改造時に全車交換済み)。ドア上部の形状が斜めになっており、広告枠(主に路線図を表示)が小さくなっていること、扉開閉速度が未交換車より遅いところから容易に判別できる。

南海3000系電車[編集]

南海3000系 3516以下8両編成
2017年4月4日 粉浜駅

2012年11月23日に実施されたダイヤ変更に伴い、3513編成・3515編成・3517編成(以上4両編成)、および3555編成(2両編成)が余剰となったため、2012年12月27日付で大阪府都市開発の車両としては除籍され、南海電気鉄道の千代田検車区羽倉崎検車区へと回送された[6][7]。このうち、3517編成・3555編成については他の2編成より先に千代田工場に入場し、全般検査と整備を受けていたが、2013年5月24日に南海色で出場[8]、同年9月28日に竣工し南海本線[9]で営業運転を開始した[10]。続いて3513編成・3515編成も千代田工場に入場し、出場後南海本線内にて試運転が実施され[11]、2013年10月7日付で竣工した[12]

なおこの転属改造の際、3517編成+3555編成の3518号車と3555号車は中間閉じ込め化され(運転台機器や先頭車両としての外見はそのまま)、転落防止幌が取り付けられ、6両固定編成となっている。元泉北線車両のため、他の転落防止幌がスクリーン型なのに対しこの際に取り付けられたのは、他の南海線車両同様の互い違いのタイプとなっている。この固定編成化により、3517号車の貫通幌が撤去されている。

また、3513編成と3515編成も機器の関係上4両編成単独運用は行われておらず、これら同士で8両編成を組んで営業運転に就いている。3513編成の3514号車には泉北線時代にスカートが取り付けられていなかったため、この転属の際に取り付けられた。

登場時の車内の座席はワインレッド(スプリングクッション)であったが、2016年3月に8300系と同じ茶色のモケット(ラボックススポンジゴムクッション)に交換された。ただし、客用ドアの室内側はステンレス無塗装のままである。

運用[編集]

泉北線[編集]

4両編成5本(3509・3511・3519・3521・3523編成)と2両編成2本(3551・3553編成)の24両が運用されており、4両編成を2本・4両編成1本と2両編成2本を併結した8両編成、または4両編成と2両編成を併結した6両編成で区間急行準急行各駅停車(泉北高速線内折返し列車のみ)に用いられる。 平日朝ラッシュの泉北区急難波行きの8両編成前から4両目(4号車)は「女性専用車」で、4号車となることのある泉北方先頭車(3502形)にステッカーが貼られている。

南海高野線[編集]

上記区間急行準急行として、難波駅 - 中百舌鳥駅間のみで運用される。1989年9月3日のダイヤ改正以前は南海高野線の三日市町まで乗り入れていた[13]

南海線転属車[編集]

4両編成3本(3513・3515・3517編成)と2両編成1本(3555編成)が運用されているが、前述の通り3517編成と3555編成は6両固定編成となっており、3513編成と3515編成は8両編成を組んで運用される。 前者は急行から普通まで6両編成が充当される全ての運用に入る。そのため基本的に同線の9000系6両編成車と共通運用である。 後者は同線の8両組成編成と共通運用でラッシュ時の空港急行を中心に設定されている8両編成運用に充当される。そのためこの2編成には泉北線在籍時代には無かった女性専用車両の設定が和歌山市方先頭車になされた(その後2015年12月5日改正で泉北線列車にも女性専用車両が設定されたことにより現在は泉北線所属の編成にも設定されている)。 なお、この8両は常時3513F+3515Fの順に併結されていて実質8両固定編成となっていて女性専用車両に当たるのは3514(難波方から4両目)のみであるが和歌山市方の先頭になる3516にもステッカーが貼りつけされている(ただし常に下りの先頭に立つため機能はしていない)。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『鉄道ピクトリアル』(電気車研究会刊)1995年12月臨時増刊(特集:南海電気鉄道)号74頁に、竣工当時6両編成だった3521編成を、3523・3524増備の際に3521編成から3035-3036を抜き取って4両編成を組成している旨と併せて掲載。
  2. ^ 『鉄道ファン』(交友社刊)1999年10月号117頁「POST」欄右下に「泉北高速鉄道に先頭車化改造車が登場」として掲載。加えて当該編成の新旧対照もそちらの説明文に内包している。
  3. ^ 4両編成単独での運用はないものの、10両運転の減少により4両編成を2本併結して8両編成として運用される列車が増えた。
  4. ^ 鉄道ピクトリアル』(電気車研究会刊)1985年12月臨時増刊(特集:南海電気鉄道)号196頁に掲載。
  5. ^ これにより南海6100系は発展的解消を遂げた
  6. ^ 【南海】元泉北高速鉄道3000系が南海本線を回送(鉄道ホビダス)
  7. ^ 泉北高速3000系が千代田工場へ(鉄道ニュース)
  8. ^ もと泉北高速3000系が南海色で出場(鉄道ニュース)
  9. ^ 南海本線用となったのは、同線7000系の老朽化が深刻だったこと、また勾配抑速ブレーキ使用時に長時間の使用に耐えうる容量の抵抗器を積載しておらず、最大33‰の連続急勾配のある高野線三日市町以南への入線が不可能であったことを踏まえ、最大急勾配が25‰以下で運用制限の無い南海線系統へ導入すれば合理的に使用できると判断した結果である。南海本線には7000系の置換え用として8000系が既に導入されていたが、南海の経営状況では新型車両による全面置き換えが難しい状況であった。
  10. ^ 【南海】3000系営業運転開始(鉄道ホビダス)
  11. ^ もと泉北高速鉄道3000系が8両編成で試運転(鉄道ニュース)
  12. ^ 『鉄道車両年鑑 2014年版』
  13. ^ 大阪府都市開発(編) 『「流れの創造」大阪府都市開発30年のあゆみ』、147頁。