南海22000系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
22005

南海22000系電車(なんかい22000けいでんしゃ)[1]とは、南海電気鉄道に在籍していた一般車両(通勤形電車)で、「ズームカー」の一系列。「通勤ズーム」「角ズーム」とも通称される。

本項では本系列の改造(車体更新)により派生した系列のうち2200系電車2230系電車についても記載する。和歌山電鐵に引き継がれた2270系電車については和歌山電鐵2270系電車を参照のこと。

概要[編集]

21001系(奥)との並び

高野線の山岳区間直通運行用(大運転 = 全区間運転)高性能車としては、21001系1958年 - 1964年に新製した。大運転は急行として運行するために、当時宅地開発の進行で乗客数が急激に増加していた河内長野駅以北で、4両編成の車内は相当な混雑を呈していた。そこで21001系に河内長野以北で2両増結し6両編成で運行することで混雑緩和を図ることを目的に[2]1969年に導入された。

形式はモハ22001形で、奇数車-偶数車で編成を組む。元来増結用が目的であったため、本系列は全て2両編成で新製されている。

2両単位での使用が可能になっているが、4両編成のときは、4の倍数の数字の車両番号が極楽橋寄りを向くように通し番号で揃えられていた(例:22001-22002-22003-22004)。

車体は普通鋼製で、客用ドアは1.3m幅の両開き扉と、一枚下降式の側窓を採用した。前面は21001系の非貫通型に対し貫通型となった。7100系を17m2扉車にしたようなスタイリングで、座席も全席ロングシートである。奇数車にパンタグラフが2基装備されている。

制御方式は抵抗制御で21001系と同一性能だが、電装品は1973年架線電圧1500Vへの昇圧に対応して複電圧仕様とされ、一台の制御器で4個の電動機を制御する21001系の1C4M方式から、南海としては初採用の1C8M方式に変更された。主制御器は偶数車に装備されている。台車は21001系と同じ住友金属FS-17(FS-317)である。

1969年に上記の目的で1次車、22001-22002 - 22007-22008の4本8両が新造された。

1970年に大運転に一部残っていた旧型車の1251形を全て置き換える目的で2次車、22009-22010 - 22027-22028の10本20両を新製し、極楽橋駅直通にも編成を2本併結して充当するようになった。2次車ではパンタグラフは下枠交差式となり、冷房装置の設置準備工事がされている。

最終増備車である1972年度の3次車、22029-22030・22031-22032の2本4両は2次車に準拠しているが、新製時から分散式の冷房装置が搭載され、また、前面には方向幕が設置された。

製造は2次車までは東急車輛製造大阪製作所が担当したが、旧帝國車輛工業から継承したこの工場での鉄道車両製造は1971年で打ち切られたため、それ以後に発注された3次車については東急車両横浜製作所が担当した[3]

1・2次車も後に冷房化改造がされ(この際には前面のみならず側面にも方向幕を設置し、3次車も1975年に側面方向幕を追設)、1次車ではパンタグラフが菱形から下枠交差式に変更されている。なお、冷房化されて以降も1次車と2・3次車とでは電動発電機の形式が違う(1次車はTDK-3736-A、2・3次車はTDK-3725-A)。

1990年以降、21001系の代替として2000系が新製されると、本系列は21001系に加えて2000系とも併結するようになる。その併結運用時代の1992年11月ダイヤ改正で高野線急行が金剛駅に停車するようになり、これに伴い高野線のダイヤ乱れが常態化するようになった。このダイヤ改正時点で本系列は、支線区に残っていた吊り掛け非冷房車1521系等の置換え用と、一部は大運転で継続して使用するために更新・改造の上、全車両を車号変更する計画であり、このため1993年以降改造が実施されたが、その後の計画変更により、大運転用は2000系に統一する方針に変更され[4]、大運転からは離脱することになった。

これにより、22001-22002・22003-22004・22017-22018・22021-22022の4編成8両は、更新改造されることなく1997年 - 1998年に廃車された。このうち、22003-22004の2両については、熊本県熊本電気鉄道に譲渡され、200系電車に改造された。なお、22021編成を除き、一度南海本線系の支線と汐見橋線へ転用させていた。

改造・改番[編集]

本系列は1993年以降の更新により以下の系列番号を与えられた。

  1. 2200系
  2. 2230系
  3. 2270系

2200系・2230系は2008年の時点で、汐見橋線高師浜線多奈川線などの支線運用についている。2270系は貴志川線で運用された後、2006年4月1日に同線とともに和歌山電鐵に引き継がれている。

なお、2200系・2230系については、下記「天空」を除いてモハ2201形・モハ2231形の第2パンタグラフ(連結面側)は使用が停止されている。

車両番号対照表 - 2200系 / - 2230系 / - 2270系
区分 製造時車両番号 改造後車両番号 備考
1次車 モハ22001-モハ22002 廃車解体
モハ22003-モハ22004 廃車後熊本電気鉄道へ譲渡(モハ201-モハ202→モハ201A-モハ202A
モハ22005-モハ22006 モハ2201-モハ2251
モハ22007-モハ22008 モハ2202-モハ2252
2次車 モハ22009-モハ22010 モハ2233-モハ2283
モハ22011-モハ22012 モハ2231-モハ2281
モハ22013-モハ22014 モハ2203-モハ2253 観光列車「天空」用に再改造の上、モハ2208-モハ2258に改番。
モハ22015-モハ22016 モハ2232-モハ2282
モハ22017-モハ22018 廃車解体
モハ22019-モハ22020 クハ2705-モハ2275 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡(たま電車
モハ22021-モハ22022 廃車解体
モハ22023-モハ22024 クハ2706-モハ2276 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡(おもちゃ電車
モハ22025-モハ22026 クハ2703-モハ2273 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡(うめ星電車
モハ22027-モハ22028 クハ2704-モハ2274 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡
3次車 モハ22029-モハ22030 クハ2701-モハ2271 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡(いちご電車
モハ22031-モハ22032 クハ2702-モハ2272 貴志川線移管により和歌山電鐵へ譲渡
表の編成中左側の車両がなんば加太汐見橋貴志寄り、右側の車両が和歌山港高師浜多奈川極楽橋和歌山寄り。


2200系[編集]

2200系電車(2008年1月13日 多奈川線深日港駅
写真の2203編成は「天空」へ再改造されている。

22005・22007・22013編成から2201-2251 - 2203-2253の3編成6両が改造された。形式は元奇数車がモハ2201形、元偶数車がモハ2251形となった。

当初から支線運行用に更新改造した2230系と異なり、大運転で継続使用する目的で車体内外装を更新し、同時に車椅子スペースも設置している。しばらく高野線で急行などで使用されていたが、2000系の追加新製によって、支線用に転出した。側面方向幕は更新改造に際し、7100系後期更新車と同様のサイズに拡大されている。支線転出時に後述の2230系と同様に改造工事が行われたが、貫通幌枠は残されており、また車体のかさ上げ工事も行っていない[5]。その後、2000年ワンマン運転対応改造が施工され、このときにドアチャイム盲導鈴が設置された[6]。ただし2203-2253は後述の「天空」へ改造されるため、高野線へ再び里帰りすることとなった。


観光列車「天空」[編集]

2009年7月3日に運行開始された高野線山岳区間(橋本駅 - 極楽橋駅間)の観光列車「天空」(てんくう)[7]用に2203編成[8]が再改造され、改造車の形式称号・車両番号はモハ2208形2208-モハ2258形2258となった[9][10][11]。車両番号の下2桁"08"は橋本の「ハ」を、"58"は高野山の「コーヤ」を表しているとのことである[12]

「天空」海側 「天空」山側
「天空」海側
「天空」山側

改造内容は以下の通り。

  • 2258の後扉が埋め込まれ、客用窓になっている。また、その内側には海側(極楽橋に向かって右側)にスタンドテーブル、山側に畳敷きのスペースが設置されたイベントスペースとなっている。
モハ2258 固定クロスシートとイベントスペース
モハ2258
固定クロスシートとイベントスペース
  • 2208の前扉内側に固定式の柵が設置され、その部分が展望デッキとなった。通常は前扉を開放した状態で運行するが、従来どおり前扉を閉じての運行も可能である。
モハ2208 展望デッキ
モハ2208
展望デッキ
  • 海側の側窓が、運転台扉と前扉の間を除いて連続窓に改造された。また、2208では改造部分の下に小窓を設けている。
  • 座席は木目調で、車端部がテーブル付きの固定クロスシート、扉間は海側に向いた2列のロングシートとなった。ロングシート部分は「ワンビュー座席」と名づけられ、後部座席からの展望を良くするため段差が付けられている。
モハ2258車内 モハ2208車内
モハ2258車内
モハ2208車内
  • 塗色は、濃緑色地に前面・扉間窓下に赤を配したものになっており、2258の前面には更に金色の帯が2本追加されている。橋本側の2208の前頭部側面は、後述の連結の関係から妻側と同じ塗装が施されている(通常は先頭として使用されないため)。また、扉間中央に「天空」のロゴマーク、戸袋部分に50‰勾配と南海のCIマークを用いたオリジナルのズームカーロゴマークが配置されている。
  • 2000系・2300系と併結する関係上、運転台側の連結器は電気連結器付きの密着連結器に戻されている。これに伴い、併結面となる2208の前面に貫通幌が装着された。

なお、運行開始に先がけて同年4月29日から6月20日まで、期間中の土曜・休日のうち全7日にプレ運行が実施された[13]。営業運転は、勾配区間運転時の安全上の理由から[14]、橋本寄りに2300系または2000系の2両編成を自由席車として連結し、4両編成で運転する。2009年12月25日にはイベント列車として橋本駅以北にも入線し、難波寄りに2300系を連結の上、難波駅まで運転された。

2230系[編集]

22011・22015・22009編成から2231-2281 - 2233-2283の3編成6両が改造された。形式は元奇数車がモハ2231形、元偶数車がモハ2281形となった。

本系列は、1521系非冷房車が運用されていた各支線の冷房化を目的として改造されている。そのため、後から転入してくる先述の2200系とともに各支線区のリニューアルに大きく貢献した。

上記の2200系との違いは、2両編成単独運用を前提としているために正面貫通路の幌枠及び貫通幌を撤去、電気連結器の撤去、各駅のホーム高さとの兼合いから床面高を6cm上げていることなどである。また、側面方向幕が2200系と異なり拡大されていないことや、正面貫通幌枠が撤去されていることから、2200系との外観の識別は容易である。また2200系とは異なり戸閉装置も更新されていない。その後、2000年に2200系と同様にワンマン対応改造工事が行われた[6]


2270系[編集]

22029・22031・22025・22027・22019・22023編成から2701-2271 - 2706-2276の6編成12両が改造された。元奇数車は電装解除されクハ2701形、元偶数車がモハ2271形となった。

貴志川線近代化・合理化の一環として1201形を置き換えるために投入された。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 南海電気鉄道の車両形式#南海における「〜系電車」の表記についてを参照されたいが、1521系およびキハ5501形以降の製造である本系列の名称は末尾0で表記するのが正しく、22001系と末尾1とするのは誤りである。南海の公式ホームページ内の「鉄道博物館:天空2200系」及び「電車グッズ:ネクタイピンセット」内の記述にも22000系との表記がある。
  2. ^ その後大運転急行は橋本駅以北の乗客増に伴い、更に編成長を長くする歴史をたどり、1995年 - 2003年の間は河内長野駅以北で朝ラッシュ時に10両運転を実施するまでに至っている。
  3. ^ このため1・2次車の銘板は「東急車輛 大阪」だが、3次車の銘板は「東急車輛 東京」である。
  4. ^ 2005年より、大運転には2300系も充当されている。
  5. ^ 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 265頁。
  6. ^ a b 「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 48頁。
  7. ^ “高野線観光列車の愛称が「天空」に決定!” (PDF) (プレスリリース), 南海電気鉄道, (2008年12月15日), http://www.nankai.co.jp/company/news/pdf/081215.pdf 
  8. ^ 鉄道ファン』2009年6月号、交友社2009年
  9. ^ 『RAILFAN』2009年6月号、鉄道友の会2009年
  10. ^ 南海2200系「天空」が試運転を実施”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2009年3月27日). 2012年10月14日閲覧。
  11. ^ 鉄道ピクトリアル』(電気車研究会)2009年8月号ではモハ2201形・モハ2251形のままとなっている。
  12. ^ 完成披露会・プレ運行パンフレット
  13. ^ “観光列車「天空」プレ運行を実施” (PDF) (プレスリリース), 南海電気鉄道, (2009年3月27日), http://www.nankai.co.jp/company/news/pdf/090327_3.pdf 
  14. ^ 『鉄道ピクトリアル』2009年8月号、電気車研究会、2009年

外部リンク[編集]