南海7000系電車

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南海7000系電車(なんかい7000けいでんしゃ)は、南海電気鉄道の一般車両[1]通勤形電車)。本項では7100系電車についても記載する。

概要[編集]

南海本線の輸送力増強を図るのと、1973年(昭和48年)に実施された架線電圧の600Vから1500Vへの昇圧で従来使用されていた1201形・1551形2001形1501形などの旧形車を置き換えるため、1963年(昭和38年)から1973年にかけて製造された20m級片側4扉の高性能車である。1963年から1968年(昭和43年)にかけて製造された7000系と、1969年(昭和44年)から1973年にかけて製造された7100系があり、両系列は扉の構造と扉間の窓配置が異なるが、性能は同一である。

7000系は南海本線・空港線で、7100系は南海本線・空港線・和歌山港線加太線多奈川線で使用されており、ともに10000系と併結して、特急「サザン」の自由席車両として運行されることもある。

両系列ともに普通鋼製車体であり、海岸に近い所を走るため塩害による老朽化が懸念されている。登場当初は7000系全車と7100系1次車は非冷房車だったが、後の車体更新の際に冷房装置を搭載した(ただし、7100系1次車は大掛かりな車体更新をしていない)。7100系2次車は登場当初から冷房車である。

制御方式はともに抵抗制御だが、超多段式バーニア制御器を採用し、スムーズで衝動の少ない乗り心地の良い加速を実現している。ただし、定格速度が高く設定されているので、弱め界磁制御の速度域までにノッチオフすると遮断までに電流の絞り込みを行わないため衝動が大きい。また、両系列とも空気バネ台車を採用している。

従来、7000系と9000系のみが女性専用車両の対象であったが、2007年8月に実施されたダイヤ改正以降は7100系も対象に加わった。

7000系[編集]

南海7000系電車
南海7000系 和歌山市駅
南海7000系 和歌山市駅
基本情報
製造所 帝國車輛工業
近畿車輛
東急車輛製造
製造年 1963年 - 1968年
製造数 90両
引退 2015年10月3日
廃車 2015年10月
主要諸元
編成 4両(13編成)、2両(10編成)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1500V架線給電
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 3.7 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
全長 20,725 mm
全幅 2,740 mm
全高 4,160 mm
車体材質 普通鋼
主電動機 直流直巻電動機
MB-3072-B 375V
主電動機出力 145kW×4
駆動方式 WNドライブ
歯車比 85:16 (5.31)
制御装置 超多段式バーニア抵抗制御方式
VMC-HTB-20F,VMC-HTB-20A
制動装置 電磁直通空気ブレーキ
(発電ブレーキ併用、応荷重装置付)
直通予備ブレーキ
テンプレートを表示
非冷房・旧塗装時代の7000系(1987年ごろ。浜寺公園駅にて撮影)

1963年から1968年までの5年間に帝國車輛工業近畿車輛東急車輛製造(大阪製作所)で90両が製造され、2015年時点で南海本線用車両としてはもっとも使用年数が長かった。2007年より廃車が開始され、2015年10月に運行を終了した(詳細は後述)。

車体の基本スタイルは普通鋼製であること以外は前年から製造された6000系とほぼ同一で、1959年から製造された1521系・2051系に準じる。1521系からの変更点は、前照灯が当初からシールドビーム2灯であること、窓が2段上昇窓であること、室内の換気装置がファンデリアに変更されていることなどである。製造時の車体塗装は2051系と同じ緑の濃淡のツートンカラーであった。

6000系がオールステンレスで導入されたのに対し、当系列は普通鋼で導入されているのは、オールステンレス車はまだ開発されたばかりで高価格であったことに加え、当時は南海本線の踏切事故が非常に多く、衝突事故に際して修繕を容易にするという目的もあったためである[2]。現行の南海本線系統に運用される通勤形では唯一の片開き扉車両で、南海本線の主力車の一つである。片開き扉を採用する通勤形は南海では最後であり、日本の大手私鉄においては6000系および、京浜急行電鉄800形と併せて、2010年代までまとまった車両数が在籍していた。

登場当初は難波方からモハ7001形(Mc, 制御電動車)+クハ7901形(Tc、制御車)+モハ7001形 (Mc) +サハ7801形(T、付随車)+モハ7001形 (Mc) の5両編成であった。なお、将来6両運転を開始する時にはT車を新造した上でTc車をMc車に改造し、Mc+T+Mc編成2組で組成する計画であった。そのため、Tc車はパンタグラフの取付が容易にできる構造となっていた。1966年に6両運転を実施することになり、その際3M3Tの6両で走行テストを行った結果、性能上充分対応できることが判明したためTc車のMc車への改造は見送り、Mc+T+T+Mc+Mc+Tcで組成することとなった。6両編成へ組み替える時T車は番号の若い順から揃えられ、不足分は新造で補った。また、2両固定編成は難波方から和歌山市方に組成されるようになった。7000系の最終製造年となった1968年製造分は普通列車運用向けに4両固定編成のみ製造された[3]

1983年から冷房化および車体更新を実施し、集電装置も下枠交差式パンタグラフに変更されている。この時、4両固定編成では補助電源装置が電動発電機 (MG) から静止形インバータ (SIV) に変更され、和歌山市方Mc(制御電動車)にのみ搭載し、すべてのモーター(難波方Mc車4個と和歌山市方Mc車4個の合計8個)を難波方Mc車のみで制御するようになり(ユニット化)、このときに制御器の種類も変更された。なお、非冷房時代でも1977年12月から翌年8月にかけて、4両(基本)編成のうち7001F・7005F・7009F・7021F・7051F・7053Fの6編成24両には、前面・側面に方向幕の設置工事を行っている。残りの編成には冷房化と同時に方向幕の設置工事が行われた[4]

上記のユニット化により、4両固定編成に補助電源装置は1基のみの搭載とされた。これが故障した時のことを考慮し、営業運転時に4両固定編成を単独で使用することが一部を除いて制限されていた。同様の理由により9000系4両固定編成も単独運用が制限されている。

本系列においてはその後、実際に車両故障を起こしたため営業運転での4両固定編成単独運用をとりやめ、2両固定編成か4両固定編成の本系列もしくは7100系と併結して、6両ないし8両で運用されるようになった。1994年ごろからは、8両運用を中心に7100系との混結編成が組成されるようになった。

特急急行区間急行準急行普通車、そのほか、特急「サザン」の自由席車両として、4両固定編成の10000系と連結し、8両編成で走ることもあり、特急「ラピート」を除くすべての種別の運用につくことが可能である。2両編成は過去に支線区(加太線、多奈川線、天王寺支線)での運用実績がある。

ちなみに、千代田工場への送り込み・返却回送時には4両固定編成単独で運転されることもある。そのほか、2両固定編成を2本連結した4両編成による営業運転もまれに行われており、この4両が特急「サザン」の自由席車両に用いられることもある。

従来、基本的に普通車は4両編成で運用されていたため、車体更新後は主に急行などの優等列車に使用されていたが、1990年代からは6両編成で運転される普通車が増え(特に2005年11月のダイヤ改正以降)、本系列による普通車も多く見られるようになった。

片開き扉は通勤形電車としては旧型の機構であり、両開き扉の普及にともない大規模で頻繁な乗降のある車両には不向きであることが判ってきた。本系列においては、両開き車と同等の広さを確保しているため、扉の開閉速度を速くすることで、開閉時間は両開きと大きな差はない。しかし、ドアエンジン装置の入手が困難になっているという問題がある。

座席の長さや位置などの関係上、南海本線の車両では最も着席定員が多いものの、車椅子スペース設置などのバリアフリー対応はしていない。

廃車[編集]

上述のとおり、塩害問題には長年悩まされている。製造から40年以上が経過しているものの、1980年代に大規模な更新工事を全車に施すことで、一旦は問題が解決された。しかし、関西国際空港連絡橋で海上を走行する空港線開業による同線への運用増加や、まもなく全編成が更新から20年経過となる(一部の車両は25年に達する)など、同車の老朽化が問題となっていた。

このため南海は、2007年8月ダイヤ改正で高野線から南海本線2000系の一部の編成を転属させて普通車での運用を開始し、7001F・7005F・7015Fの3編成合計10両を置き換えた。これらの編成はすでに廃車されており、2007年10月までに解体が完了している。同年11月3日の「南海電車まつり」では、これら解体車両の部品が販売された。

さらにその後、新車8000系の導入により、2008年7月10日付で7009F・7013Fの計8両が廃車、解体された。なお7013Fは基本編成で冷房化まで方向幕を装備しなかった編成として廃車となった最初の事例となった[5]。こちらも引き続き「南海電車まつり」で2編成からの解体部品が販売されている。

また2009年に入ると2連口としては7015F以来2年ぶりに同年5月18日付で7003F・7007Fの2本が、ほかに2010年1月29日付では4連口としては7029Fの1本の計8両が廃車・解体された[6]。これによって3形式すべてのトップナンバーが消滅した。

続いて2011年1月24日付で7023F・7039Fの2連2本、計4両が[7]、2012年4月23日付では7011F・7035Fの2連2本、さらに同年5月28日付でも7025Fの4連1本、計8両がそれぞれ廃車・解体された[8]。また2013年に入ると同年8月10日付で7041Fの4連1本、7027Fの2連1本が、加えて同年12月30日付で7033F・7047Fの4連2本、2度で計14両がそれぞれ廃車・解体された[9]

以降も2008年3月に営業運転を開始した8000系や、その後継である8300系、さらには泉北高速鉄道より購入した3000系が増備されることにより、7000系の代替廃車を進めており[10]2015年8月9日に現行塗装車と2連車が消滅した[11]。リバイバル塗装車の7037Fも、同年9月30日をもって営業運行を終了し、同年10月3日さよなら運転をもって運用を終了した[12][13][14]

先に登場した6000系はオールステンレス車体であるがゆえに2017年現在も全車が在籍しており、車体の構造が明暗を分けた。

旧塗装リバイバル車両[編集]

2005年でのリバイバル塗装の7037F 萩ノ茶屋駅
2005年でのリバイバル塗装の7037F 萩ノ茶屋駅
2015年でのリバイバル塗装の7037F 萩ノ茶屋駅
2015年でのリバイバル塗装の7037F 萩ノ茶屋駅

1992年までに全車両が現行塗装に変更されたが、南海創業120周年記念キャンペーンの一環として2005年10月1日より2006年7月4日まで7037Fと7027Fの6両が旧塗装である緑のツートンカラーの塗装に変更して運用された[15]。翌5日に千代田工場にて現行塗装に戻された。これらの車両はのちに、ほかの7000系と共通の運用となった。

2015年には、同社創業130周年を迎えることと同年9月末をめどに当系列が運行を終了することを記念し、当系列と特急サザン10000系の1編成ずつに上記のような「懐かしの緑色」が再塗装され、同年6月13日から8月31日までは130周年記念の、9月中は引退記念のヘッドマークを掲出して運行された[16]。当系列は約3ヶ月半での運行となるが、旧塗装が復活するのは9年ぶりのことであった。サザンのデビュー当時に準じた塗装での運行は2016年3月までの予定。サザンの旧塗装が施されるのは約20年ぶりのことであった[17]。上記のとおり、このリバイバル塗装編成が、本系列で最後に運行された車両となった。

7100系[編集]

南海7100系電車
南海7100系 諏訪ノ森駅にて
南海7100系 諏訪ノ森駅にて
基本情報
製造所 近畿車輛
東急車輛製造
製造年 1969年 - 1973年
製造数 152両
主要諸元
編成 4両(18編成)、2両(21編成)
制御装置 超多段式バーニア抵抗制御方式
VMC-HTB-20A
備考 主要諸元の7000系との共通事項は除外
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初期更新車の車内(床敷物の色調が濃い)

本系列は1973年架線電圧1500Vへの昇圧において、1201形2001形など戦前から戦後まもない時期に製作された600V専用の老朽化した電車を置き換えるべく、前述の7000系のマイナーチェンジ車として登場した。

本系列は7000系の客用ドアを両開きに変更し、客室側窓の開閉方法も操作性向上の観点から一段下降式に変更されており、その他集電装置の位置や台車など、細部の変更を行っている。2015年10月に7000系が引退したことにより片開きがなくなり本線を走る通勤車両は本系列を含めすべて両開きとなった。高野線に導入された6100系(現・6300系)は本系列のステンレス車体バージョンである。

1969年から1973年にかけて近畿車輛東急車輛製造[18]で152両が製造された[19]。製造両数は、南海の車両史上最も多いもので、この記録は2009年現在も破られていない。

1次車[編集]

1次車 (7101F - 7117F)はモハ7101形(Mc, 制御電動車)+サハ7851形(T, 付随車)+サハ7851形 (T) +モハ7101形 (Mc) の4両編成9本が製造された[20]。このグループは非冷房で登場し、7000系登場時と同じく菱形パンタグラフを使用していた。一部の編成は落成後高野線に一時的に配属されていたことがあるが、これは6100系車両の導入予定年度が1969年度になる予定であったものが、1970年度にずれ込んだためである[21]。1979年から1982年にかけて冷房化改造され[22]、この際に下枠交差形パンタグラフに交換されている[23]。なお、改造後は後述の2次車以降と併結可能となったが、実際には改造済みの4両編成を分割の上、さらに別の4両編成と組成して6両編成で運用されることがほとんどであった[23](非冷房編成はそのまま4連で運用され、難波方先頭車への貫通幌も装着されなかった)。方向幕は1978年に同系4次車・6100系4次車・22000系3次車から取り外した前面のみのタイプを設置していたが、冷房化完了後の1983年から1984年にかけて側面にも設置して外観美を統一した[23]。1985年より局部更新工事が開始されたものの施工は半数の18両にとどまった[23]。その後1996年に2両が事故で廃車となり、他の1次車も更新開始直後の計画見直しや1000系の増備により2003年7月までに廃車・解体された[24]。しかし編成単位で6両丸ごと廃車されるのではなく、6両編成から中ほどの2両を抜き取って廃車し、残った4両は改めて廃車する手法がほとんどの編成で取られていった。これらの台車は6100系の6300系化に活用されているほか[25]、制御装置などの各種機器も後年製造・改造されたさまざまな系列に流用されている。なお、電動発電機水間鉄道1000形(1001編成)に流用された。また、前頭部のドアの車両番号表示は、この1次車のみ廃車まで打たれていなかった。

2次車以降[編集]

1970年から1973年にかけて製造された2 - 6次車 (7121F - 7197F) は急行運用を中心に使用する目的で製造されたため、新製時より冷房を搭載している[21]。これらのグループは4両編成とモハ7101形 (Mc) +クハ7951形(Tc, 制御車)の2両編成が製造されている[20]。モハ7101形は当時の非冷房車と区分するため7119と7120、さらにMc+T+T+McとMc+Tcの6両単位で作られたため、7124以降は4の倍数の車番が、さらに7197Fが2両組成の関係で、7198も欠番になっている[21]。サハ7851形は製造過程で7898まで達し、これ以上増やすと7900台に入りクハ7901形と番号が重複するため、7899と7900は欠番、形式より若い車番 (7843 - 7850) がある[26]。また、方向幕は2・3次車は搭載していなかったが、1972年製造の4次車は前面のみ付けられ、1973年製造の5・6次車は側面にも方向幕を付けている[22](後に全車設置)。6次車は昇圧後の1973年10月に竣工したため1500V単電圧仕様となっている[22]。また、連結器のジャンパ栓(受)も3本から4本に増設されており、1次車とは区別が明確になった。1989年から更新工事を実施しており、側面綱体をブロック工法により取替、外板・屋根鋼板の全面張替、内張デコラの新調、床材の取替、前頭部のドアへの車番表示打ちが行われた[23][22]1990年後半になると更新内容が変更され、排障器の設置(これについては初期の更新車も後に取付[27])、乗務員室の車掌台側に仕切戸の設置、種別・行先表示器の大型化、車椅子スペースの設置が施工されている[28]。ただし、初期にリニューアルされた、4両組成の7133F、7137F、7153F、2両組成の7127F、7131F、7143Fは座席の長さに変化はなく、側面方向幕も小型で白幕のまま(現行の黒幕化されても、7000系や、6000番台系列と同じ小型サイズ)、車椅子・ベビーカースペースは設置されていない。

2000年に住ノ江車庫での事故で4両固定編成であった7161Fのうち、難波方2両が廃車になったが、2013年現在、4両固定編成18本、2両固定編成21本(7161Fの残存車含む)の114両が在籍しており、これは南海で最大の車両数である。

7000系と同じく南海本線・空港線で、空港特急「ラピート」を除く全種別の運用に入るが、先述したように7000系は4両編成単独で運用することがほぼなくなったため、4両編成で普通車に使用されることが多くなった。しかし2005年のダイヤ改正以後、全体的に6両編成の列車が増えたため本系列も6両編成を組成して、急行や区間急行に使用される機会が増え、また8両編成の運転では、2007年6月から女性専用車(4両組成の4号車に当たる、モハ7101形偶数番号車)の設定がなされたため、8月11日のダイヤ変更以降、従来の7000系との併結による8両編成のほか、7100系単独での8両編成も組成されるようになった。2009年4月時点では、一般的には7000系と連結して8両運転をされることが多かったが(この場合、7000系の2両固定編成を2本連結した4両編成との連結時は難波方に、4両固定編成との連結時は和歌山市方に置かれる[29]。)、近年では前述の7000系の廃車が進んでいるために、7100系単独での6両・8両編成も組成されることが増えている。旧塗装の時代(7000系冷房化以前)では当時数少ない通勤冷房車だったために1000系(旧)とともにもっぱら6両編成で自由席特急や急行運用に就くことが多かった。

こちらも使用年数は長く[30]、製造から40数年に達しており、更新後から数えてもやはり半数以上が20年以上に達している。こちらも徐々に老朽化が目立つようになり、特に窓に関しては、列車同士のすれ違いの際に大きな衝撃が発生することなどが問題となっている。しかしながら製造時期・更新時期ともに7000系より若く、7000系の廃車を優先していることもあり、2003年の元非冷房車全廃後は、2014年まで車両数に変化はなかった。しかし、新型車両の8300系2015年10月8日に営業運転を開始したことに伴い、7100系も同年から一部の編成で廃車が発生している。

また、2007年には初期更新車の7153Fに局部更新工事が施されたが、外板の交換および再塗装のみで床板の交換や車椅子スペースや運転席の乗務員仕切りの設置は行われていない。

なお在来車における新塗装化やCI導入による側面のロゴタイプ変更も本系列から最初に導入している(前者は1992年3月19日出場の7173Fから、後者は1993年4月2日出場の7151Fからそれぞれ採用開始[31]、後者のロゴタイプのフォントは前者より狭くなったため、狭くなった分側面のストライプを延長した)。

ワンマン運転対応車両[編集]

2両固定編成車の一部は2000年ワンマン運転対応改造が施工され[24]、加太線・多奈川線、和歌山港線で2200系とともに使用されるなど、多彩な運用を見せている。本線での仕様も考慮してワンツーマン切替スイッチを設けている[28]。またワンマン改造されていない7100系や7000系との連結運転は可能である[24]。2005年のダイヤ改正で支線用ワンマン編成の運用が減ったため、7100系ワンマン編成の一部が本線でも運用されているが[32]、ワンマン機器が邪魔になる理由から必ず4両固定編成の中間(3・4号車)に挿入されて6両編成となった状態で使用されている[28]。また、稀に8両編成(難波方1 - 4号車に「女性専用車」の入ってる4両組成と、和歌山市・関空方7 - 8号車にワンマンカー非対応の2両組成に挟まれた5 - 6号車に必ず入る。)での運用も行うこともある。しかし時折もとの2両固定編成単独の状態に戻って支線運用に復帰するなど、運用は一定していない。

観光列車「めでたいでんしゃ」へリニューアル[編集]

南海電鉄では2014年11月から加太線沿線の魅力を発信するプロジェクト「加太さかな線プロジェクト」を進めてきていたが、その一環として7100系ワンマン車1編成 (7187F) を、加太を代表する海の幸「」をモチーフにした観光列車「めでたいでんしゃ」にリニューアルし、2016年4月29日より運行を開始した[33]。このめでたいでんしゃは「加太の鯛」と「淡嶋神社の縁結び」をイメージし[33]、乗るだけでおめでたい気分になる電車、ずっと乗っていたくなるような愛(め)でたくなるような電車、「おめでたい」と「愛でたい」が出会って生まれた電車をコンセプトにしている[34]。内装デザインは魚が車内を泳ぐイメージを表現し、優しさと温かみを感じる車内にした[33]。外装デザインは「加太の鯛」をイメージしたうろこ柄をシンプルに表現し[33]、ピンクを基調とした塗装に変更した[35]

2017年10月7日から、2編成目となる水色の「めでたいでんしゃ」が運行を開始した[36][37]

事故車のその後[編集]

7161Fの残存車2両 (7890 - 7162) は本系列の7123F (7123 - 7951) の2両固定編成車を難波方に併結して4両編成で運用され、2005年のダイヤ改正以降は上記のワンマン編成 (7167Fもしくは7187F) を組み込んで6両編成となる場合もあり、普通から急行まで充当されていた。2012年4月のダイヤ改正前には自由席特急にも充当された。この変則編成 (7123 - 7951 - 7890 - 7162) は2015年12月9日付で廃車された。[38]

今後の予定[編集]

7000系は2008年度以降、8000系の導入(2014年度までに52両)、2000系の南海本線転属、泉北高速鉄道3000系の南海への移籍により廃車が進み、残りの車両についても、2015年10月3日に実施された引退記念イベントをもって営業運転を終了しており[14]、同年10月8日より営業運転を開始した8300系への置き換えで全廃となった。

現在は8300系の導入により7100系が置き換えられているが、7100系は前述の局部更新工事を施工している車両が増加している。なお、2012年度導入の新型ATSや、防護無線については、原則的にすべての車両に設置している。

保存[編集]

7000系 静態保存車(右:旧塗装、左:新塗装)

2014年9月27日みさき公園内にオープンした「わくわく電車らんど」にて、1980年代~90年代の姿を再現した旧塗装(7033)と末期の姿の現塗装(7041)の先頭車カットボディの2両が展示されている[39]

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の車両 - 鉄道博物館 - 南海電気鉄道
  2. ^ 1970年代半ばまで南海本線の高架区間は難波駅から天王寺支線との合流地点(天下茶屋駅の北側)までしかなく、地平を走行する区間がほとんどだったためである。
  3. ^ 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、60-61頁。 
  4. ^ 「私鉄車両めぐり」、『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、電気車研究会、1995年、 230頁。
  5. ^ 「車両データバンク」、『鉄道ファン』2009年9月号特別付録、交友社2009年その項目内には「サハ7807・7808は近畿府県合同防災訓練実行委員会へ、同年8月9日付で車体のみ無償譲渡(同年度近畿府県合同防災訓練で使用)」との記事も別途記載されている。
  6. ^ 「車両データバンク」、『鉄道ファン』2010年9月号特別付録、交友社、2010年
  7. ^ 「車両データバンク」、『鉄道ファン』2011年9月号特別付録、交友社、2011年。
  8. ^ 「車両データバンク」、『鉄道ファン』2013年8月号特別付録、交友社、2013年。
  9. ^ 「車両データバンク」、『鉄道ファン』2014年8月号特別付録、交友社、2014年。ただし7041号車については保留との記載あり。
  10. ^ 福原栄二「特集:南海電気鉄道 車両総説」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月号増刊、電気車研究会、2008年、 48頁。
  11. ^ 南海7000系現行塗装車が消滅へ”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2015年8月10日). 2015年8月10日閲覧。
  12. ^ 「さようなら7000系 最後の懐かしの緑色サザン8両編成に乗って住之江車庫で撮影しよう!」 (PDF) - 南海電気鉄道(2015年9月8日)
  13. ^ 南海電鉄創業130周年&さようなら7000系記念企画|南海電鉄
  14. ^ a b 住ノ江検車区で南海7000系の引退記念撮影会開催 - railf.jp (2015年10月4日) 2015年10月16日閲覧
  15. ^ この編成の運行予定は、登場当初より2005年12月31日まで南海電気鉄道の公式ホームページに掲載されていた。
  16. ^ 南海7000系7037編成の先頭車ヘッドマークが変更される
  17. ^ 【南海】創業130周年&さようなら7000系記念企画 「懐かしの緑色」の特急サザンを運行します (PDF)
  18. ^ 東急車輛製の7100系は、1970年までは大阪製作所で製造されたが、1971年に大阪製作所での鉄道車両の製造をやめたため、1971年以降は横浜製作所で製造された。
  19. ^ 本系列の製造終了以後、2015年登場予定の8300系まで近畿車輛への発注はなく、東急車輛 (後の総合車両製作所) に一本化されていた。
  20. ^ a b 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 248頁。
  21. ^ a b c 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、62頁。 
  22. ^ a b c d 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 249頁。
  23. ^ a b c d e 「私鉄車両めぐり」、『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、電気車研究会、1995年、 232頁。
  24. ^ a b c 「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 48頁。
  25. ^ 「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 50頁。
  26. ^ 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、63頁。 
  27. ^ 「南海電気鉄道 車両履歴表」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 283-285頁。
  28. ^ a b c 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 250頁。
  29. ^ 7000系の4両固定編成を和歌山市方に置いた連結も可能であるが、制御関係からこの編成は実現していない。
  30. ^ 本線系統では7000系についで2番目に長い。
  31. ^ 「私鉄車両めぐり」、『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、電気車研究会、1995年、 215頁。
  32. ^ 「南海電気鉄道 列車運転の興味」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 207頁。
  33. ^ a b c d 4月29日(金・祝)加太さかな線に観光列車がデビュー! 「めでたいでんしゃが泳ぎだす」 (PDF)”. 南海電気鉄道 (2016年2月25日). 2016年5月4日閲覧。
  34. ^ 2016年4月29日加太さかな線に「めでたいでんしゃ」が、泳ぎだす。いえ、走りだします。”. 南海電気鉄道. 2016年5月4日閲覧。
  35. ^ “列車がタイづくし…南海加太線に「めでたい」電車が登場”. 朝日新聞. (2016年4月28日). http://www.asahi.com/articles/ASJ4X3G9PJ4XPXLB003.html 
  36. ^ 加太の海をイメージした水色の「めでたいでんしゃ」今秋デビュー! (PDF)”. 南海電気鉄道 (2017年8月23日). 2017年8月26日閲覧。
  37. ^ 水色「めでたいでんしゃ」GO! 南海・和歌山市駅で出発式 2017年10月8日 産経ニュース
  38. ^ 「大手私鉄車両ファイル 車両配置表」、『鉄道ファン』2016年8月号特別付録、交友社、2016年。
  39. ^ 【南海】みさき公園に「わくわく電車らんど」が開館RM News2014年9月29日配信

関連項目[編集]