佐呂間町

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さろまちょう
佐呂間町
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 オホーツク総合振興局
常呂郡
団体コード 01552-1
面積 404.94 km²
総人口 5,406
住民基本台帳人口、2016年6月30日)
人口密度 13.4人/km²
隣接自治体 北見市紋別郡遠軽町湧別町
町の木 オオバボダイジュ
町の花 エゾムラサキツツジ
町技 ソフトボール
佐呂間町役場
町長 川根章夫
所在地 093-0502
北海道常呂郡佐呂間町字永代町3番地の1
Saroma town hall.JPG
外部リンク 佐呂間町

日本地域区画地図補助 01540.svg

佐呂間町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

北緯44度00分56秒東経143度46分43秒
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
幌岩山からみたサロマ湖。手前が佐呂間町、奥は北見市常呂町である

佐呂間町(さろまちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内の常呂郡にある

町名の由来は、アイヌ語のサロマペッsar-oma-pet(葦原・にある・川)から。

現況[編集]

佐呂間町はかぼちゃの生産も多く、「シンデレラ夢」というイベントが開かれる。

佐呂間町では、市町村合併協議については当初遠軽地区7町村(遠軽町、生田原町丸瀬布町白滝村上湧別町、湧別町、佐呂間町)との協議を進める予定だったが、財政不安の理由で海側3町が離脱し、海側3町に常呂町を加えた協議を進める予定だったが、網走市、あるいは北見市を生活圏としてきた常呂町首脳が遠軽町に生活圏が変わることを恐れ離脱した。

3町での任意協議会が設立され、協議は順調に進めていた。ところが、新町名をめぐって佐呂間町と常呂漁協が対立。3町の合併後の新町名は「サロマ湖町」という案を発表したが、常呂漁協が生産地の混乱等を理由に反対。常呂町が離脱した以上、サロマ湖町と名乗るべきではあったのだが、佐呂間町は柔軟に対応し「サロマ町」とすることを決定し、常呂町は北見市と合併する。

ところが、住民投票で湧別町が「サロマ町」という名に反対。そのため湧別町が離脱し、協議会も解散。佐呂間町は今後、自立か北見市(または遠軽町)との合併を余儀なくされる。

地理[編集]

オホーツク総合振興局中部に位置。北部はサロマ湖に接する。南部は丘陵地帯。

気候[編集]

佐呂間町
雨温図説明
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気温(°C
総降水量(mm)
出典:[1]

オホーツク海沿岸部やサロマ湖畔では夏と冬の温度差は比較的少ないが、内陸は寒い。

歴史[編集]

  • 1894年明治27年) 青森県東津軽郡出身の鈴木甚五郎が浜佐呂間に入植する(佐呂間町の開基)。
  • 1901年(明治34年) サロマベツ原野殖民地区割設定。
  • 1911年(明治44年)4月21日 栃木県谷中村民がサロマベツ原野(現栃木地区)へ移住。※足尾鉱毒事件の被災者が入植。
  • 1915年大正4年)4月 二級町村制施行、鐺沸村(とうふつ)となる。
  • 1915年(大正4年)11月 常呂村(のちの常呂町、現北見市)へ一部を分割、村名を佐呂間村に改称。
  • 1948年昭和23年)4月 若佐村(現若佐地区[1])を分村。
  • 1950年(昭和25年)11月 下湧別村(現湧別町)の一部を編入(現在の若里地区)。
  • 1953年(昭和28年)4月 町へ昇格、佐呂間町となる。
  • 1955年(昭和30年) 町内に13字を設置(富武士、浪速、幌岩、下佐呂間、仁倉、知来、幸町、永代町、宮前町、東、北、西富、若里)
  • 1956年(昭和31年)9月 佐呂間町、若佐村廃止。両町村を合わせて新たに佐呂間町が設置される。
  • 1971年(昭和46年)4月21日 栃木地区13戸の農家が集まり栃木県知事と県会議長宛に3回目の帰県請願書を提出。
  • 1994年平成6年) 開基100年。
  • 2006年(平成18年)11月7日 午後1時20分ごろ、竜巻により佐呂間町若佐で作業用のプレハブ小屋数棟が巻き込まれ、建物とともに飛ばされ下敷きとなった9名が死亡、負傷者23名を出した(北海道佐呂間町竜巻災害参照)。
  • 2007年(平成19年)11月2日 釧路信用組合佐呂間支店が同組合北見支店に業務継承し、遠紋エリアから撤退。

(時系列は全て、日本標準時

経済[編集]

産業[編集]

サロマ湖沿岸部では漁業が発達、ホタテカキの養殖が盛ん。丘陵部では農業(畑作)、酪農林業が発達。

特産品はカボチャ

立地企業[編集]

  • 東洋ゴム工業冬期タイヤテストコース(佐呂間町字西富)
  • 森永乳業株式会社佐呂間工場

農協・漁協[編集]

  • 佐呂間町農業協同組合(JAサロマ)
  • 佐呂間漁業協同組合
  • 常呂漁業協同組合佐呂間支所

金融機関[編集]

郵便局[編集]

  • 佐呂間郵便局(集配局)
  • 浜佐呂間郵便局
  • 若佐郵便局
  • 北見栄郵便局
  • 富武士簡易郵便局
  • 若里簡易郵便局

公共機関[編集]

警察[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

海外[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography01552.svg
佐呂間町と全国の年齢別人口分布(2005年) 佐呂間町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 佐呂間町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
佐呂間町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 10,311人
1975年 9,307人
1980年 8,666人
1985年 8,389人
1990年 7,801人
1995年 7,252人
2000年 6,666人
2005年 6,393人
2010年 5,896人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

  • 中学校
    • 佐呂間
  • 小学校
    • 佐呂間、浜佐呂間、若佐

交通[編集]

空港[編集]

鉄道[編集]

かつては湧網線が通っていたが、現在は廃止されている。町内には浜床丹仮乗降場床丹駅若里仮乗降場佐呂間駅堺橋仮乗降場興生沢仮乗降場知来駅紅葉橋仮乗降場仁倉駅浜佐呂間駅が設置されていた。

バス[編集]

佐呂間バスターミナル

網走バスが運行していた網走方面、中湧別方面(国鉄湧網線廃止代替バス)、北海道北見バスが運行していた留辺蘂方面、遠軽方面は2010年(平成22年)10月1日に廃止されている。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

祭事[編集]

  • サロマ湖100kmマラソン 6月下旬
  • オホーツクサイクリング 7月
  • シンデレラ夢まつり 9月 町の特産品カボチャをテーマにしたお祭り

観光[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

その他[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 栃木、富丘、朝日、武士、若佐、川西、中園、啓生、栄、大成、共立の各字に相当する地区。

外部リンク[編集]