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猛暑

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猛暑(もうしょ)とは平常の気温と比べて著しく暑いときのことである。主にの天候について用いられる。世界気象機関が推奨する定義は「最高気温の平年値を、連続5日間以上、5℃以上上回ること」としている[要出典]が、各国はそれぞれの気候傾向によって様々な定義で運用している。日本国内においては2007年以降、1日の最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」と言う[1]

原因とメカニズム

一般に夏季において背の高い(上空の高い所から地表まで鉛直に長い構造の)高気圧に覆われて全層に渡って風が弱く、周囲の比較的冷たい空気や湿気の流入が弱く快晴状態場合や、南(南半球の場合は北)から継続的に暖気が入った時に起こりやすい。内陸の盆地山間部では周囲の山岳により外部の大気との混合が妨げられ、熱い空気がその場にとどまりやすいやすい(熱気湖)ことや、どの方向から風が吹いても、フェーン現象(風炎現象)が起こりやすいので、他の地域よりも暑くなりやすい。主な観測地点は山形県山形市山梨県甲府市京都市大分県日田市などがある。

フェーン現象が発生すると、山脈の風下部では山から吹き降りてきた乾燥した高温の風によって盛夏でなくても猛暑となりやすい。主な観測地点は東日本や東北の日本海側、夏季の関東平野(特に北部)などがある。関東平野は西側に山脈があるので、西風が吹いたときにこの現象が起こりやすい。一方、西日本には2000m以上の山が存在しない(西日本最高峰愛媛県石鎚山(いしづちさん)で1982m、中国地方では鳥取県大山(だいせん)で1729m、九州本土では大分県の九重山中岳(くじゅうさんなかだけ)で1791m)ため、水分の放出が充分に行われず吹き下ろしの風に水分が含まれているので、気化熱が昇温を緩和するので、フェーン現象による気温の上昇は東日本ほど激しくない。東日本には富士山北アルプス南アルプスをはじめとする2000m以上の山や山脈が多いため、同現象による気温の上昇が大きくなる。気象官署での観測史上2番目の40.8℃が山形市で記録された1933年7月25日日本海に台風があり、2000m級の飯豊連峰を南西の風が吹き下りたことによりフェーン現象が発生した。しかし、当日は風速が弱く、日射よる昇温も大きかったと考えられる。

フェーン現象が起きると、冬季ですら25℃を超えることがある。例えば2009年2月14日には静岡県静岡市で26.2℃、同熱海市網代で25.4℃、神奈川県小田原市で26.1℃、同海老名市で25.3℃などを記録したが、当日は南から暖かい空気が入っていたことや、西側にある山地を越える際にフェーン現象が起こったことが原因と考えられる。

2010年の極端な猛暑は、ラニーニャ現象が一因とされる。研究や過去の統計から、ラニーニャ現象が発生するとフィリピン近海の海水温が上昇するため、上昇気流が発生する。その北に位置する日本付近では下降気流が発生し、太平洋高気圧の勢力を強くする(同様に、南海上に台風が存在する場合も台風の上昇気流を補うようにして、太平洋高気圧が強くなる)。そのため、日本付近が猛暑となりやすいと考えられている。他には、1955年、1964年、1973年、1984年、1985年、1995年、1999年、2007年が該当する。ただし、1954年、1970年、1971年、1988年のようにラニーニャ現象が起きていた年でも冷夏になったことや、1991年、1997年、2002年のようにエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず猛暑になったこともあるので一概には言えない。また地球温暖化が進むと、フィリピン付近の海水温上昇により太平洋高気圧の勢力が強大化して、日本付近は猛暑になりやすいという予測もある。

また、三大都市圏を中心とする都市部での最低気温の高温記録[2]が相次いだり、熱帯夜の増加や冬日が著しく減少しているのは、ヒートアイランド現象によって気温が底上げされていることが一因と考えられる。さらに東京都心で39.5℃など南関東周辺で観測史上最高の高温記録が相次いだ2004年7月下旬はヒートアイランド現象に加えて背の高い高気圧、フェーン現象が重なった例である。

しかし、猛暑の原因となり得るものはこれだけではない。ダイポールモード現象が発生すると日本付近では高気圧が強まり猛暑になりやすいとされている。この例として、1994年、2001年、2006 - 2008年、2012 - 2013年などがある。通常、この現象は2年連続で起こることは珍しいが、2006 - 2008年は3年連続で起こった[3]。これは、観測以来前例がないとされる。また、太平洋中央部の赤道付近で水温が上昇するエルニーニョもどきと呼ばれる現象が起きると、その海域で対流活動が活発になり、それを補うようにして北太平洋の高気圧が強まるので、日本付近は暑くなりやすいとされる。2004年などがこれに当てはまる。また、この年は猛暑と同時に記録的な豪雨に見舞われたが、同じくエルニーニョもどきが原因と見られている。

他にも、北極振動北大西洋振動が冬の間に負の状態が続くとオホーツク海高気圧が弱まり猛暑になりやすいという考えや、近年日傘効果をもたらす大規模な火山噴火19921993年冷夏の一因として1991年ピナツボ山(フィリピン)の噴火が挙げられる。1816年夏のない年も火山噴火が原因とされる)が起きていないため猛暑が何年も連続するとの指摘もある。また、猛暑の原因が揃っていても冷夏の要因となるような現象が起こって相殺されることもあり確実に猛暑となるとは言えない。

なお、1982年、1983年、2003年、2009年、2014年のように暖春の年でも冷夏になったこともあれば、1978年、1984年、2010 - 2012年のように寒春の年でも記録的な猛暑になったこともあるので、春が涼しかったからといって必ず猛暑にはならないとはいえない。

近年の猛暑異変

日本では1913年頃までは夏の気温が著しく低く毎年のように冷夏が続いていた。特に1902年は平年を2.22℃、1913年は1.51℃も下回り、気象庁の統計史上最も寒い夏となっている。その後も、1983年までは2年以上連続で猛暑になることはなく、1993年までは冷夏の頻度も高かった。しかし、1994 - 2002年に当時の平年値では9年連続で猛暑になり(ただし、1995年の北陸および沖縄県、1996・1998年の北日本、1997年の南西諸島、1999年の西日本、2000年の奄美、2002年の北海道は冷夏になっている)1994年以降、猛暑となる年が急増している。特に1994年や1995年8月、1998年8月の西日本と南西諸島、1999年の北日本及び9月、2000年の北日本及び7月、2001年7月(特に東日本)が当時としては著しく暑かった。1996年と1997年は全国平均でも平年並みであるが、1996年は7月中・下旬が、翌年は7月上旬がかなりの高温になった。その後も東日本以北で冷夏となった2003年を挟み(但しこの年も南西諸島では猛暑であった。また九州南部以南を除き、7月は記録的に涼しかったが、6月はやや温暖、かつ8月下旬-9月は顕著な残暑に見舞われるなど冷夏の規模は小さかった)、2004 - 2008年も5年連続の猛暑となった。2004年は6月後半から7月、2005年は6・9月、2006年8月、2007年は8 - 9月、2008年7月 - 8月前半が著しかった。2004・2005年の南西諸島、2006年の東北および東日本、2008年の北日本は平年並みになったが、どの地域でも冷夏にはならなかった。

2010年以降の高温記録続出

さらに、比較的涼しかった2009年を挟んで(この年は8月を中心に平年よりも涼しく、残暑も厳しくなかったが、冷夏の規模は2003年よりも小さい上、九州南部以南では平年よりも暑かった)、2010年は1994年を大幅に上回る観測史上最も暑い夏になった。この年は6月中旬から9月中旬までの長期にわたって安定した高温が続き、平年よりも寒い時期がほとんどなかった。これにより、多くの地点で平均気温の最高記録や熱帯夜などの最多日数を更新している。特に8月は平年よりも2℃以上高い所が多く、北海道、東北、関東、北陸、四国、中国地方のそれぞれ一部の地域では+3.0 - 3.7℃に達し(当時の平年値)、北-西日本の77の気象官署で月平均気温の最高記録を更新した。9月上旬も38℃以上の記録が相次ぎ、月平均でもかなりの上位に入り、札幌市、岐阜市、名古屋市などの9地点の気象官署では9月の平均気温が過去最高になった。2011年は前年よりも記録の更新は少なかったものの、3ヶ月平均で観測史上5位、2012年8月は同第3位、9月は同1位、2013年8月は同5位、3ヶ月平均で同4位の高温を記録している。旬平均で見れば以下の表の通り、以前にも増して記録の更新が続出している(これは、2010年以降、高温傾向が弱まっている冬や春とは対照的である)。当時としての1位になったものは太字で示している。

特に、東・西日本の2010年9月と翌年6月、北日本の2012年9月は同月としての最高気温の更新が多数あった。2010年からは概して言えば北日本ほど、西日本では日本海側が偏差が大きい傾向にある。

上記の通り、ラニーニャ現象やダイポールモード現象、エルニーニョもどきが発生している夏は猛暑になりやすいが、1996年1997年2000年2002年2005年2011年は、夏の期間にこれらの現象が起こっていなかったにも拘らず猛暑になっている。

1994 - 2013年の20年間のうち猛暑年は18年に達し(2003年と2009年を除く全ての年が当てはまる)、猛暑が恒常化している。これに関しては地球温暖化も影響していると考えられるが、それだけが全ての原因とは考えにくく、様々な気象要因が考えられている。特に、2010年はラニーニャ現象により太平洋高気圧が強められたこと、オホーツク海高気圧がほとんど形成されなかったこと、寒気の影響を受けにくかったこと、偏西風が日本付近で北に大きく蛇行していたため、南からの暖気が入りやすい上、ブロッキング現象により太平洋高気圧が長期間居座りやすかったこと、上空のチベット高気圧が強かったこと、北半球の対流圏全体の気温自体が記録的に高かったことが日本付近の高温をかさ上げしたなど、猛暑になりやすい要因がそろっていたことが原因とみられている[4]

この状況がいつまで続くかはわからないが、仮に2020年頃まで続いた場合は、平年値の大幅な上昇が懸念される。これによって、以前は暑夏とされていた夏が平年並みになったり、平年並みとされていた夏が冷夏として扱われることになる。

影響

フランスなどを襲った2003年夏の熱波における気温の平年差。内陸部を中心に8 - 10℃以上高い地域がある。

冷房などの空調設備の稼動増により電力需要が急増する他、ビールや清涼飲料水、冷菓、氷菓、殺虫剤虫除け及び虫刺され用薬などの販売が大きく伸び外出先ではプール海水浴場、河川浴森林浴また冷房の効いた屋内施設などの利用者が増えるなど経済活動によい影響(経済効果)がある。しかし電力需要供給量を超えた場合は停電となり、多大な被害が出ることもある。例えば、1987年7月23日には首都圏大停電が起こった。

熱中症脱水症状の件数も増し、体力が奪われるので免疫力が弱まり、他の病気にもかかりやすくなる。外気温が高いときは、冷房が効いた室内との温度差が大きくなるため、体温調節も難しくなり、体への悪影響もある。それだけではなく夏風邪のウイルスは高温多湿を好むので、その状態が長く続いたときはより多く繁殖する。実際に2010年8月は、夏風邪が例年の2倍程度流行した[5]。また、短時間で飲食物が腐敗しやすくなり、雑菌の繁殖も早くなるので、食中毒の危険性が高まるなどの悪影響も多い。温暖化が進むことによってマラリアデング熱などの熱帯性の感染症が日本で流行することも懸念されている。

猛暑の年はが豊作になる事が多いが、が出る時期の高温により品質が低下するという側面もある。

猛暑が長期間継続した場合、少雨による渇水や旱魃が起こりやすく、森林火災が起こりやすくなる。また対流活動が活発化(地表付近が暑くなることによって、上空との温度差が大きくなる)して大気が不安定になりやすく雷雨や局地的な集中豪雨の発生が増え、強くなる傾向にある。例えば、2008年は局所的な豪雨が多く、ゲリラ豪雨と呼ばれた。

また、海水温も上昇するので竜巻が発生しやすくなるとの指摘もある。海水は陸地に比べて熱容量が大きく、長期間猛暑が続くと、多量の熱が貯熱される。そのため、猛暑が収束してもすぐには冷めないので、尾を引きやすい。実際に、2010年(日本周辺における海面水温は、統計がある1985年以降で最も高かった[6])は被害を及ぼした竜巻の発生数が26個と平年の約2倍に上った。

なお、大暑夏の翌年の夏は冷夏になりにくいことが知られている。実際に1978年(観測史上3位)、1984年(同8位)、1990年(同6位)、1994年(同2位)、2000年(同7位)、2004年(同5位)、2010年(同1位)、2011年(同4位)の翌年にあたる1979年(平年差:+0.22℃)、1985年(同+0.04℃)、1991年(同+0.19℃)、1995年(同‐0.05℃)、2001年(同+0.50℃)、2005年(同+0.48℃)、2011年(同+0.88℃)、2012年(同+0.55℃)はどの年も全国的な冷夏にはならなかった。現在のところ、この原因は分かっていないが、記録的な夏の高温は、翌年の夏にも影響を及ぼしている可能性がある。

過去の猛暑

世界

1936年
米国大部分
1976年
イギリス
1980年
米国全域
2000年
米国南部
2001年
米国東部
2003年
ヨーロッパ全域
米国全域
2006年
ヨーロッパ全域
米国東部
2007年
ヨーロッパ南東部
2009年
オーストラリア南部
2010年
ロシア西部
中国全域
米国東部
ヨーロッパ南部
2011年
米国中東部・カナダ東部
2012年
米国本土 - アラスカ州ハワイ州を除く48州で、7月の平均気温は平年より1.8℃高い観測史上最高の25.3℃となった[7]
2013年
オーストラリアの広範囲・ブラジル東部 - 2013年1月の平均気温は、統計がある1910年以降で最も高かった[8]リオデジャネイロでは43℃の観測史上最高気温を記録した[9]
中国南部[10] - 上海では7月の平均気温が32.0℃(平年差:+3.4℃)、7月26日と8月6日の最高気温は40.6℃に達した。
タジキスタン - ソ連からの永遠の独立を記念して植樹されたセコイアが、45℃の熱波により枯れる被害があった[11]

日本

明治時代

1893年
西日本に限られるが、明治時代としては珍しく暑さが厳しかった。岐阜県岐阜市では7月の月平均最高気温が35.3℃に達した。
1909年
全国的な猛暑にはならなかったが、新潟県新潟市で当時の気象官署としては最も高い39.1℃を記録した。

大正時代

1922年
6-7月は平年並みに経過したが、8月の暑さが厳しかった。福井県福井市では8月20日に38.5℃を記録した。なお、当時の平年値の統計期間にあたる1891 - 1920年は極端に寒い夏が多いため、平年値自体が現在よりもかなり低かった。そのため、現在の平年値をやや上回る程度でも、当時としては極端に高かったとみられる。
1923年
前年に続き、8月のみの猛暑となったが、6・7月が寒かったので、3ヶ月の平均気温は平年を下回った。8月3日には徳島県鳴門市撫養町(むやちょう)の区内観測所で42.5℃を記録した。
1924年
6月が極端に寒かったので、3ヶ月平均では平年並みにとどまったが7月の暑さが厳しく、平均気温は+1.33℃と当時としては最も高かった。7月11日には北海道札幌市で35.5℃を記録し、観測史上初めて35℃を超えた。翌日は同帯広市で、道内では最も高い37.8℃を記録した。2013年現在でもこの記録は破られていない。同じ日に岩手県盛岡市でも37.2℃、8月23日にも千葉県勝浦市で34.9℃を記録した。また、札幌市の真夏日日数は31日に達し観測史上最も多い。

昭和時代

1927年
この年は7月のみの猛暑になったが、7月22日に愛媛県宇和島市で当時の気象官署では最も高い40.2℃を記録した。
1930年
6月はやや寒かったが、7月の暑さが厳しく、8月も平年よりもやや暑かった。
1933年
全国平均で+0.57℃と、1961年に更新されるまで最も暑い夏であった。特に、7月の平均気温が平年よりも1.36℃(観測史上6位)、8月も0.26℃高かった。前述の通り、7月25日に山形市で40.8℃を記録している。7月23日にも岩手県宮古市で37.3℃を記録した。
1942年
7月下旬から8月中旬にかけては全国的に顕著な高温となり、名古屋市の39.9℃のほか福島市(39.1℃)、長野県松本市(38.5℃)、同飯田市(37.7℃)、三重県伊賀市上野(38.8℃)、東京都八丈島(34.8℃)、高知県室戸岬(35.0℃)、同土佐清水市(35.5℃)、富士山(17.8℃)と、多くの地点でこの年に観測された最高気温が現在でも史上1位の記録となっている。名古屋では7月の平均最高気温が35.2℃、京都市では35.0℃に達した。また、京都市では35℃以上の日数が36日を数え、観測史上最も多い。また区内観測所の記録では愛知県豊田市で41.8℃、瀬戸市奈良県御所市(41.0℃)など東海地方から中国・四国地方の内陸部を中心に17地点で40℃以上を観測した。
1946年
北・東日本で猛暑となった。特に、北日本では平年を1.5℃上回り、観測史上3位タイになっている。7月16日には長野県軽井沢で最高気温34.2℃、栃木県奥日光で最高気温30.2℃、山梨県河口湖で35.4℃、北海道稚内市でも8月22日に最高気温31.3℃を記録した。
1955年
空梅雨で梅雨期間の降水量が少なく、梅雨明けも全国的に早かった。太平洋高気圧が北へ張り出しやすかった影響で7月は特に北日本、東日本で顕著な高温となり北日本では1978年と並ぶ記録的に暑い7月になった。8月以降は東日本以西ではやや涼しくなったが、北日本では引き続き平年よりも暑かった。なお、この年の猛暑は1954年春から1956年冬にかけて発生したラニーニャ現象が一因とみられる。
1961年
全国的に猛暑となり、干害が発生した。また、豪雨台風の接近も多かった。この年は9月以降も高温傾向が著しく、当時としては極めて稀に見る顕著な残暑、暖秋となった。なお、この年は猛暑になりやすいとされるラニーニャ現象は発生していなかった。
1964年
西日本から東日本にかけて猛暑となり、水不足が各地で発生した。水不足の影響で1964年東京オリンピックの開催も危ぶまれた時期もあり、東京では「東京砂漠」などと呼ばれた。この年もラニーニャ現象が起こっていた。
1967年
梅雨明け後は全国的に晴れて厳しい暑さとなった。兵庫県洲本市では観測史上最も高い36.7℃を記録した。盛夏期は降水量がほぼ全国的にかなり少なく、西日本では干害の被害が発生した。
1973年
6月は梅雨寒が続いたが梅雨前線の活動は梅雨期間を通して不活発で少雨傾向が著しく、7月には全国的に平年よりかなり早い梅雨明けとなった。7 - 8月は太平洋高気圧に覆われて厳しい暑さが続いた。岡山県津山市では38.0℃を記録した。空梅雨の影響で水不足干害も発生した。この年もラニーニャ現象が起こっていた。
1978年
夏平均では、平年よりも1.16℃高く、当時としては観測史上1位、2012年現在でも同3位を維持している(1994年と2010年がこの年を上回った)。記録的に梅雨明けが早く7月上旬から最高気温が35℃を超える猛暑となり北日本から関東地方北陸地方にかけての多くの地点で夏(6月から8月)の平均気温が観測史上最も高く昭和時代では有数の猛暑年となった。北海道留萌市で35.0℃、同羽幌町で34.4℃、同紋別市で36.3℃、同夕張市で34.2℃、青森県深浦町で37.9℃、同八戸市で37.0℃、秋田県秋田市で38.2℃、同能代市で39.1℃、山形県酒田市で40.1℃、同鶴岡市で39.9℃、同新庄市で37.4℃、富山県高岡市伏木で39.4℃(観測史上2位)、新潟県相川町で37.0℃、同新潟市で38.5℃(観測史上2位)など北日本を中心とした多数の地点観測史上最高気温を観測した。特に能代市の記録は2013年現在でも北東北での最高気温となっている。東京でも8月21日から24日まで4日連続で35℃を越え、2010年(7月21-24日および8月15-18日)2013年(7月7-10日)と並ぶ観測史上1位タイを保持している。この年は太平洋高気圧の勢力(特に北への張り出し)が非常に強く、快晴状態が続き猛暑に加え梅雨明け後の降水量が少なく水不足が深刻化した。しかし、その一方で南西諸島だけは冷夏となり、地域差が極端に大きかった。なお、この年は顕著な猛暑になったにも拘らず、大規模なラニーニャ現象は発生していない。
1984年
前年11月からこの年の5月にかけては20世紀後半では有数の低温で1980年から1983年にかけては冷夏が続き冷害が頻発したため、この年も冷夏になるのではないかと懸念されていたが、6月以降は一転して高温傾向に転じ、夏の平均気温は平年を1℃ほど上回る猛暑となった。東京都八王子市では9月3日に39.2℃を記録した。猛暑に加え、春以降は降水量が少ない状態が続いたため、西日本を中心に水不足が発生した。この年は6月頃から規模の大きいラニーニャ現象が発生し翌年秋まで継続した。
1985年
6月はオホーツク海高気圧が発達して梅雨寒が続いたが7月には解消して暑い日が多くなり、8月は多くの台風が接近したためフェーン現象が頻発し、最高気温の月平均は兵庫県豊岡市で35.2℃、新潟県小出町で34.7℃、年最高気温は富山県高岡市伏木で38.5℃など、上位11地点のうち9地点が北日本および北陸地方から山陰地方の日本海側であった。8月の平均気温は新潟市で29.2℃など、観測史上最高になった所もあった。8月9日に北海道広尾町で35.0℃、9月1日には石川県小松市で37.8℃の観測史上最高気温を記録している。この年はラニーニャ現象が前年から継続していた。

1990年代

1990年
6月は温暖な上、降水量は少なく梅雨明け後は各地で最高気温が35℃を越す記録的な猛暑となり、各地で水不足となった。特に西日本で猛暑が著しく猛暑日の日数は大分県日田市で43日、京都市で28日、大阪市で20日に達した。秋以降も太平洋高気圧の勢力が例年以上に強かったため、9月もやや高温になったが降水量は多かった。また台風の上陸が多く11月30日には台風28号和歌山県白浜町に上陸し、観測史上最も遅い日本への上陸記録となった。また、この年はかなりの猛暑であったにも拘らず、ラニーニャ現象は起こっていない。
1991年
6月は全国的に、7月は東日本以西で高温が持続した。特に6月は全国平均で2013年現在でも観測史上第1位の平均気温となっている。夏季の平均気温も東北地方を除き1971-2000年の平年を上回った(東北地方は当時の平年値でも平年並みで、現在は平年値が上昇したので、中国地方、九州北部、東海北陸でも平年並みになっている)。また東京では梅雨明け後の7月下旬の平均気温は29.6℃、平均最高気温は33.7℃となるなど、全国的に顕著な梅雨明け十日となった。但し8月に入ると発達したオホーツク海高気圧の影響を受けて南西諸島を除き低温となり、東北地方を中心に冷害も発生した。さらに梅雨後半の前線の活発化などもあって、不順な夏という印象も大きい。南西諸島では夏期間を通じて高温が持続し、観測史上1位となる記録的な猛暑年となった。この年は冷夏になりやすいとされるエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になった。
1994年
3ヶ月平均で平年を1.18℃上回り、当時としては観測史上最高の猛暑となった(2010年に記録が破られた)。梅雨明けが早く、全国各地で最高気温が35℃を超える暑さとなり、40℃を越えた地域も3ヶ所(アメダス)あった。8月の月平均気温が大阪市で30.2℃、広島市で30.1℃となり沖縄県石垣市以外の国内では観測史上初めて月平均気温が30℃を突破し(特に7月中旬から8月上旬の1ヶ月間では、大阪市の30.8℃を筆頭に東海地方以西の19ヶ所で平均気温が30℃以上となる)名古屋市と大阪市では最高気温の月平均が35℃を超えた。京都市では最高気温が4日間連続して39℃を超え、最高気温の旬平均が37.9℃(任意の5日間では39.2℃)に達した。大分県日田市では22日間連続を含む計45日間猛暑日を観測した。東京都心でも8月3日に東北地方に上陸した台風11号に南風が吹き込んだため最高気温39.1℃を観測した。米は豊作であったが空梅雨で降水量が少なかったことが災いし、全国的な水不足に見舞われた。なおこの年は9月以降も残暑が厳しく、10月以降も季節の進行がかなり遅く顕著な暖秋だった。この猛暑や残暑の要因として、ラニーニャ現象は起きていなかったが、インド洋の西側の海水温の上昇によってエルニーニョ・ラニーニャ同様に世界的異常気象を引き起こすダイポールモード現象が指摘されている。
1995年
梅雨入りの6月は寒かったが、7月下旬以降は太平洋高気圧に覆われ晴れた日が続き、北日本を除いて前年に引き続き猛暑となった。大阪市(30.3℃)、名古屋市(30.1℃)、岐阜市(30.3℃)で月平均気温が30℃を超え、名古屋市と岐阜市では最高気温の月平均がそれぞれ36.0℃、36.1℃に達した。この年は猛暑の原因となるラニーニャ現象が発生していた。このように8月は記録的高温に見舞われたものの9月に入ると南西諸島を除き一転して平年並みからやや低い気温で推移し、1990年代以降では珍しく残暑は一時的であった。
1996年
東海地方から南西諸島を中心に暑夏となった。7月上旬に一時低温となったものの6月はやや温暖で、また7月中旬から8月中旬までの盛夏期は高温多照となり、特に西日本で顕著となった。また夏季の平均気温が平年並みであった関東でも8月中旬は顕著な高温となり、8月15日には東京大手町で観測史上第3位となる38.7℃、茨城県つくば市館野で観測史上第1位となる37.8℃、同北茨城市で35.7℃、東京都府中市で38.9℃を記録した。一方でこの年はオホーツク海高気圧の勢力も強くその影響を大きく受けた北海道や東北北部では平年よりも涼しく、期間を通して北冷西暑の夏となった。また全国的に8月下旬から9月上旬は低温傾向に転じ、1990年代以降では珍しく残暑が殆どない早い秋の訪れとなった。
1997年
北・東日本を中心に、梅雨の合間となる6月下旬はかなり暖かくなり、7月上旬に顕著な猛暑に見舞われた。特に関東地方の7月上旬は記録的猛暑となった。7月5日には、埼玉県越谷市で40.2℃、同埼玉市で38.7℃、同熊谷市と同鳩山町、群馬県館林市で39.9℃、茨城県水戸市で38.4℃、栃木県宇都宮市で38.7℃などを記録した。しかし、8月は北日本でかなり涼しくなり、その他の地域でも平年を下回ったところが多く気温の変化が大きかった。また、9月も平年を下回り残暑は厳しくなかった。
1998年
西日本から南西諸島にかけて暑夏となった。特に西日本太平洋側では8月の平均気温は記録的な高温となった。宮崎県宮崎市(29.8℃)、同日南市油津(29.2℃)、同都城市(28.1℃)、高知県土佐清水市(28.8℃)、同室戸岬(27.2℃)、愛媛県宇和島市(28.7℃)などでは8月の平均気温が、猛暑で有名な2010年をも凌ぎ、観測史上1位になっている。また前年に引き続いて東日本から西日本では6月下旬から7月上旬はこの時期としては稀に見る猛暑に見舞われ、特に関東地方では7月上旬が記録的に暑かった(群馬県上里見町で観測史上第1位となる40.3℃、東京大手町で36.1℃など)。他方で、北日本は8月を中心に平年よりも涼しかった。
1999年
北日本では平年よりも1.5℃も暑く、1994年を上回る観測史上3番目に暑い夏、東日本でも8月を中心に暑さが厳しかった。特に、北海道では平年を1.7℃も上回った。太平洋高気圧が例年より北へ張り出しやすかったため、北海道でも多くの地域で連日最高気温が30℃以上の真夏日となった。北海道函館市では33.6℃を記録した。札幌市青森市秋田市などでは夏の平均気温が観測史上最も高かった。一方、太平洋高気圧の西への張り出しは弱く、さらに前線熱帯低気圧、暖湿気流などの影響を受けやすかった西日本と南西諸島では曇りや雨の日が多く、気温は平年並かやや涼しかった。9月以降も全国的に残暑が極めて厳しく10月の本州でも連日真夏日になるなどかなり暖かい日が続き、顕著な暖秋となった。この年の猛暑、残暑はラニーニャ現象による影響とみられる。

2000年代

2000年
北・東日本を中心に厳しい暑さが続いた。特に北日本では前年に引き続いて顕著な高温となった。但し大気の状態が不安定な日が多く、全国的ににわか雨雷雨が起こりやすかった。東・西日本では梅雨明けが早く7月以降は降水量が少ない状態が続いたため水不足となる地域があった。なお前年ほどではないものの残暑が厳しかった。
2001年
6月下旬はかなり暖かく、関東・甲信地方の梅雨明けは7月1日と、1951年以降で最も早かった。7月は太平洋高気圧が本格的に強まって東北南部から南西諸島の広範囲で猛暑となり、特に東日本で著しかった。東京都心、埼玉県熊谷市をはじめ関東地方の多くの地点では観測史上最も暑い7月になった。7月24日には群馬県前橋市で40.0℃、静岡県佐久間町(現在は浜松市天竜区)で40.2℃など、同天竜市(現在は同市同区)で39.9℃など記録を更新した。沖縄県那覇市でも35.6℃に達し、観測史上初めて35℃を越えた。この暑さが8月まで続き、残暑も厳しくなるかと思われたが[12]、北日本太平洋側や関東地方では、8月以降発達したオホーツク海高気圧の影響で冷たい北東風が吹き込みやすかったため8月は一転して涼しく、曇りや雨の日が多くなった。ただし、この影響が少なかった西日本以南では8月前半まで記録的な暑さが続いた(西日本は東日本以北に比べてオホーツク海高気圧の影響を受けにくい)。西日本における8月上旬の平均気温は+1.4℃と1961年以降で2番目に高い。8月中旬に台風11号が上陸したあとは全国的に一気に涼しくなり猛暑、暖秋傾向が著しい2000年代以降としては盛夏期は比較的短く秋の訪れも早かった。なお北日本では7月に東北南部で猛暑となった以外は天候不順気味で、東北北部の梅雨明けは特定できなかった。この暑さは、ダイポールモード現象が原因と考えられている。
2002年
1991年と同様、冷夏になりやすいとされるエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になった。北日本を除き7月から8月上旬が暑く、東・西日本を中心に2000年から3年連続で猛暑となった。この年はオホーツク海高気圧、太平洋高気圧共に勢力が強く梅雨明け後は最高気温35℃以上の日が連続した。8月中旬に台風13号が接近し通過後は一気に涼しくなるが、8月終盤から再び厳しい暑さとなり9月上旬まで残暑が継続した。一方でオホーツク海高気圧の勢力も強かったため、北海道は東部を中心に平年よりもかなり涼しく、東北地方では活発な前線が停滞したため集中豪雨が頻発した。
2004年
6月は記録的に暖かく、全国的に梅雨明けは早かった。7月は各地で1994年や2001年に匹敵するような猛暑となった。7月20日には東京都心で39.5℃、翌21日には山梨県甲府市で40.4℃など観測史上1位の最高気温を記録した。1994年や2010年とは異なり、8月は平年並みか、やや涼しい地域が多かった。しかし、9月に入って再び高温に転じた。梅雨期も高温で経過したため真夏日の日数が非常に多く熊本市が105日、京都市と大阪市で94日、東京都心で70日となり観測記録を更新した。しかし相次いで台風が接近、上陸し風水害塩害が頻発したため1994年とは違い米の出来は平年並みにとどまった(地域別でみると天候が安定した東北地方太平洋側や関東地方、甲信(東山)地方で豊作、台風の影響を受けやすかった九州地方では不作となるなど地域差が大きい)。この猛暑の要因は太平洋高気圧が例年より北に偏って張り出したため、日本列島が高気圧の圏内になったものとされている。その他にも都市部ではヒートアイランド現象も要因のひとつに挙げられる。この年は、台風の上陸数が10個に達し、観測史上最も多いことも特徴として挙げられる。
2005年
7月は前年のような著しい猛暑とはならなかったものの、前年に引き続き6月が記録的に暖かく、8月は前年よりも暑かったので、3ヶ月の平均気温は2年連続で上位となった。宮崎県日南市油津では7月26日に37.6℃、高知県四万十市中村では8月10日に39.7℃を記録した。真夏日日数は日田市が109日、熊本市が106日を記録した。6月は西日本を中心に記録的な少雨だったが7月は一転して大雨となり盛夏期も太平洋高気圧の張り出しが不安定で曇りや雨の日も多く雷雨が多発するなど、高温とはいえやや天候不順気味な夏だった。9月は前年と同程度か、地域によってはそれ以上に残暑が厳しかった。
2006年
6月は天候による気温差があったが東北南部以南では平年よりもやや暖かかった。7月は天候不順気味で全国的に梅雨明けが遅く広範囲で記録的大雨となったが、8月に入ると一転して各地で猛暑に見舞われた。関西・瀬戸内地方を中心に月平均気温が29℃を超えたほか大阪市では最高気温の月平均が35.0℃となった。北東気流台風の影響でそれほど高温にならなかった東北地方太平洋側から関東・東海地方の沿岸部を除き、8月の平均気温は全国的に顕著な高温となり、寒暖差があったものの夏季の平均気温は全国的に高くなった。2006年夏の大雨、猛暑の要因は太平洋高気圧オホーツク海高気圧とも勢力が強く偏西風が蛇行したことが挙げられる。なお、この年の7月の記録的大雨に対しては気象庁平成18年7月豪雨と命名した。ただし8月の暑さが厳しかった割には、9月の残暑は厳しくなく、平均気温は平年並みかやや寒かった所が多かった。
2007年
6月は空梅雨気味で温暖な日が多く、北日本で記録的高温となった地点があった。梅雨明けが関東・甲信・北陸地方以北では8月にずれ込むなど、7月は北日本から九州北部の広範囲で低温となった。しかし8月中旬は本州付近で太平洋高気圧に覆われ晴天が続き、関東・東海地方を中心に顕著な猛暑となった。最高気温が40℃以上を観測した地点が5ヶ所・のべ7日間(内アメダスが4ヶ所・6日間)にものぼり8月16日には岐阜県多治見市埼玉県熊谷市で40.9℃を観測し、1933年に山形市で記録した国内最高気温40.8℃を74年ぶりに更新した。7月涼しかったものの6月は温暖、8月が顕著な高温であったため結果的に夏の平均気温は北陸、近畿を除き平年を0.0 - 0.4℃前後上回る高温となった。北海道は0.8℃も上回った。9月は台風9号が東日本を縦断した以後に太平洋高気圧の勢力が強まり、特に西日本では平年を3℃前後上回る残暑が続いた。西日本を中心に全国の気象台・観測所153地点のうち64地点で9月の月平均気温の最高記録を更新し真夏日日数は熊本市が99日、鹿児島市が96日など九州各地で85日以上を記録した。また札幌市で現地の観測史上最も遅い真夏日を、大阪市で全国歴代2番目に遅い猛暑日を観測した。なお2007年の記録的な猛暑や残暑は地球温暖化が原因という指摘もあるが、その他には2007年春から発生しているラニーニャ現象および、ダイポールモード現象が原因の一つと考えられる。
2008年
6月は全国的に平年よりも寒かったが7月に入ると全国的に平年を大きく上回る高温に転じ、特に西日本を中心に厳しい暑さが続いた。愛知県東海市で7月25日から27日に3日間連続で日最高気温が38℃以上を記録し、また27日には大阪市で日最低気温が29℃以上となるなど前年8月に匹敵する高温を各地で記録した。7月中旬 - 8月中旬の最高気温平均値は名古屋市で35.4℃、京都市で35.1℃など1994年、1995年などの年に匹敵する猛暑となった。東海以西では真夏日猛暑日の日数が軒並み平年を大きく上回り、観測史上有数の記録となった地点が多かった。この高温・少雨・多照傾向は8月前半までの長期間に亘って持続し、8月上旬に気象庁の異常気象分析検討会として検討された。8月下旬になるとオホーツク海高気圧の影響などによりようやく全国的に低温傾向となり厳しい猛暑から解放されたものの7月から8月中旬までの顕著な高温傾向が反映され、夏の平均気温は東日本から沖縄・奄美地方にかけて高かった。高温傾向は東海〜西日本で顕著であったが、7月から8月前半の高温傾向が比較的小さく8月下旬の低温が顕著となった東北・北海道では夏平均気温は平年並みかやや涼しかった。また特に8月下旬は大気の状態が不安定であったため広い範囲でにわか雨や雷雨が起こりやすく前線を伴った低気圧の影響で東海地方や関東地方で豪雨となり、大きな被害が発生した(詳しくは平成20年8月末豪雨および2008年夏の局地的荒天続発を参照)。前年ほどではなかったが、この年も残暑は厳しく、一時的に涼しくなった8月下旬から一転して9月は再び全国的な高温に転じた。また、この年は2006年から3年連続でダイポールモード現象が起きていた。

2010年代

2010年
観測史上最も暑い夏」と呼ばれている。6月下旬、北海道各地では日最高気温が足寄町で37.1℃、北見市で37.0℃を観測するなど平年を15℃以上も上回り、釧路市では6月としての従前の最高気温を4.1℃も上回り観測史上最高気温を大幅に塗り替えた。東日本以西でも、同月28日に三重県津市で35.6℃を記録するなど平年よりも暖かい6月になった所が多かった。結果的に同月の平均気温は平年を1.07℃(当時使われていた平年値では1.24℃)上回り、観測史上5番目に暖かかった。7月17日とその翌日に、九州北部から東北北部までの全域が一斉に梅雨明けしたと同時に、急激に暑くなり、21日には群馬県館林市で38.9℃、翌日には岐阜県多治見市で39.4℃など38℃以上を記録する場所もあった。同月の平均気温は全国平均で平年を1.29℃(同1.42℃)も上回り観測史上11番目に暑く、大船渡市、仙台市、千葉市では過去最高を更新した。特に東北では+2.3℃にもなり1978年、1955年に次いで3番目に暑い7月、大船渡市、仙台市、千葉市では、同月の平均気温が最高になった。同月の28〜31日頃は曇りや雨の所が多く、暑さの峠は越えたのではないかという見方もあった。しかし、この解消は一時的なもので、8月1日からは再び全国で猛烈な暑さとなり、同月の平均気温は大阪市と岡山市で国内歴代2位タイの30.5℃、高松市で30.4℃を観測するなど島しょ部を除く本土での観測記録を更新した。それ以外にも仙台で27.2℃、東京で29.6℃、京都市と福山市で30.1℃、広島市と福岡市で30.3℃など、77地点で観測史上最高になった。また最高気温の月平均は兵庫県豊岡市で35.7℃、大分県日田市で35.6℃、京都府舞鶴市と広島県福山市、鳥取県鳥取市で35.5℃、京都市、大阪市、福岡市で35.2℃、広島市で35.1℃に達した。9月1日、気象庁は6月から8月の平均気温が平年比+1.46℃(当時使われていた平年値では+1.64℃)に達して、1994年を大きく上回る観測史上最高となるなど記録的な猛暑となったのでこの夏の猛暑を異常気象と認定した。特に8月の平均気温は平年を2.00℃(同+2.25℃)も上回り「観測史上最も暑い1ヶ月」と呼ばれている。また、9月中旬までの残暑も非常に厳しく、1日には242地点、2日には62地点、3日には90地点、4日には144地点で9月としての最高気温を更新した。岐阜県八幡市で39.1℃、群馬県上里見と愛知県東海市で38.8℃など38℃以上を記録した地点も多かった。同月22日にも千葉県茂原市で36.7℃、静岡県静岡市で36.3℃、山梨県甲府市で35.7℃など、非常に遅くまで激しい暑さが続き、盛夏期が極端に長かったこともこの夏の特徴として挙げられる。全国の月平均でも+1.45℃(同+1.79℃)に達し、当時としては観測史上4位になった(2012年が1位になったので、現在は5位に落ちている)。帯広市、札幌市、岐阜市、名古屋市などの9地点で、同月の平均気温が過去最高を記録した。また、熱帯夜の年間日数は仙台で10日(平年:1.4日)、金沢で44日(同:13.5日)、東京で56日(同:27.8日)、名古屋で87日(同:19.5日)、京都で42日(同:20.7日)、鳥取で30日(同:7.8日)など、多くの地点で観測史上最多を記録し、平年の2-4倍程度に達した地点も少なくなかった。鹿児島市と下関市では51日連続で熱帯夜が続き、本土では最長記録を更新した[13]。この年は前年夏に始まったエルニーニョ現象が春に終わり、夏に差し掛かるころからラニーニャ現象が始まっていたことも原因と見られている。
なお、9月5日に京都府京田辺市で最高気温39.9℃を観測したが、後日、観測機器にツタが絡まっていたことが判明し、公式記録として認められず、幻に消えた。また、2010年の漢字には「」が選ばれた。この夏の暑さが社会に与えた影響が、絶大であったことを象徴している。
2011年
盛夏期は前年や翌年、翌々年のような極度の高温にはならなかったが、3ヶ月の平均では前年に引き続き、極端に高くなった。6月中旬までは、平年並かそれよりも寒かったが、夏至の日にあたる6月21日に急に暖かくなり、翌日は群馬県館林市で36.5℃、同伊勢崎市で36.2℃など計13地点で、35℃を超えた。更に、24日は、埼玉県熊谷市で39.8℃(この年に観測された最高気温でもある)、同鳩山町で39.4℃、同寄居町で39.2℃、館林市で39.3℃となるなど全国53地点で猛暑日を観測し65地点で6月の観測史上最高気温を記録した[14]6月29日山梨県甲州市で38.5℃、同甲府市で38.1℃となるなど全国74地点で猛暑日を観測し、71地点で6月の観測史上最高気温を観測した[15]。6月下旬の平均気温は東日本で平年比+3.8℃、西日本で平年比+3.3℃とそれぞれ2005年の平年比3.3℃、2.8℃を大きく上回り1961年の統計開始以来最も暖かかった[16]。三重県上野市では観測史上最も暖かい6月になった他、千葉市で35.0℃、名古屋市で35.8℃、岐阜市で36.2℃、彦根市で35.2℃、大阪市で35.4℃など多くの地点で6月としての最高気温を更新した。7月上旬は北日本で3.0℃(観測史上1位)、東日本で2.8℃(同2位)、中旬は北日本で2.1℃(同4位)、東日本で2.9℃(同1位)平年を上回り、前年の同時期を凌ぐ猛烈な暑さが続いた。特に、19日は114地点で35℃を越え、館林市と鳩山町で38.7度を記録した。また、富士山山頂でも22日に、観測史上2番目に高い17.4℃を記録した[17]。しかし、7月後半に気温が急上昇した前年とは反対に、同月下旬には平年並みかやや涼しくなった。当然ながら、この涼しさも上・中旬の高温を相殺するには程遠く、7月の平均気温は全国平均で平年より1.05℃、北・東日本で1.0-1.8℃ほど、西日本では0.1-0.8℃ほど暑かった。8月も前半の暑さが厳しく10日には青森県六ヶ所村で34.2℃、福島県船引で34.4℃(翌年には34.6℃を記録)、同二本松市で36.6℃を、11日には釧路市で31.1℃(観測史上2位)、14日には福井県小浜市で38.1℃、18日には神奈川県小田原市で36.6℃の観測史上最高気温を記録した。平均気温は北海道では平年よりも1.1℃ほど、東北北部で0.7℃ほど、その他の地域でも奄美地方を除き0.1-0.6℃ほど暑かった。また、滋賀県彦根市では3ヶ月平均気温が前年と並ぶ観測史上1位、金沢市と福井市で同2位、西表島では8月の平均気温が28.9℃に達し、1998年に並んで同1位となった。しかし、一時的に低温になったので、前年の同月ほどの極端な高温にはならなかった。また、前年とは異なり、期間を通して気温の変動が大きかった。熱帯夜の日数も記録的に多く東京で49日(翌年も同じ日数に達した)、名古屋で40日などは観測史上2位になっている。9月以降も前年や翌年ほどではなかったものの、残暑が著しく厳しかった。釧路市や横浜市などの5地点では、同月の平均気温が観測史上2番目に高かった。同月上旬は北日本で平年よりも2.5℃暑く当時としては観測史上2位(翌年に更新されたので現在は3位)、中旬は北日本で1.7℃高く第4位(同5位)、東日本で平年よりも3.1℃高く第1位(同1位タイ)の高温を記録した。
この年の猛暑や残暑の影響を受けて、マツタケの国内生産量が過去2番目に少ない36トンにとどまった[18]
2012年
北・東日本および西日本日本海側では3年連続の著しい猛暑となった。6月は寒く、7月7日までは35℃を超えなかった。7月上旬の時点でも、2010年とは異なり冬の間に北極振動が負になっていなかったこと、ラニーニャ現象も発生していなかったことから、今年は猛暑にならないと予想されていた[19]。同月8日に沖縄県石垣市伊原間(いぱるま)で同県としての最高気温となる36.1℃を記録したが、14日頃までは極端な暑さにはならなかった。しかし、15日頃から厳しい暑さになり、17日には群馬県館林市で39.2℃、同伊勢崎市で39.1℃、同前橋市で38.0℃、福島県白河市で観測史上最高となる36.0℃を記録した。20-23日頃は一時的に暑さが収まったが、24日頃から再び厳しくなり、特に31日は、この年最多となる170地点で35℃を超え、青森県むつ市で34.7℃、福井県美浜町で37.1℃を記録している。8月は前年を上回る厳しい暑さが続き、1日には鳥取県青谷町で観測史上最高となる38.0℃を、2日には福岡市で観測史上2位となる37.5℃を記録した。月平均気温は全国平均で平年よりも1.13℃高く、観測史上3位になった。盛岡市、宇都宮市、前橋市など、計15地点で8月の平均気温が観測史上2番目に高かった。夏季全体で見た場合の平年比は北日本+0,7℃、東日本+0.6℃、西日本+0.4℃と、前年よりもそれぞれ、0.3、0.3、0.1℃低い。ただし、特に8月中旬からは北日本から山陰にかけての日本海側中心に記録的な暑さが続き、8月の平年比は北海道で+1.1℃、東北は+1.9℃、関東甲信+1.4℃、北陸+1.7℃、中国+1.6℃となり、その後、9月下旬までの記録的な高温へと経過した。北日本と東日本の8月下旬の平均気温は記録的に高く、北日本では1961年以降で最も暑かった。新庄(山形県)、若松(福島県)、境(鳥取県)などの計5地点で夏の猛暑日日数の最大値を更新した。西日本太平洋側でも平年を0.1- 0 .4℃ほど上回ったが、高気圧の中心から離れていたため東日本以北や、フェーン現象によって高温になりやすかった日本海側のような著しい高温にはならなかった。7月には、高気圧の縁に沿って暖かく湿った気流が九州北部付近に流れ込んだため、記録的な豪雨になった(平成24年7月九州北部豪雨)。9月16日には北海道襟裳岬で26.2℃の観測史上最高気温を、翌日には新潟県上越市大潟町で37.6℃、富山市で36.8℃、その翌日には新潟県胎内市中条町で37.5℃、同村上市で37.0℃、青森市と秋田市で36.1℃など、9月としての最高気温を、北日本の日本海側を中心に78地点で記録した。これは、台風16号が朝鮮半島から日本海北部を通過したことによって、南から暖気が入り込んだ上、フェーン現象が起こったことが原因と見られている。また、同月の平均気温は近畿以東の計51地点で最高になった。特に、北海道羽幌町、同旭川市、青森市、盛岡市などの13地点では4-4.6℃も高かった。この年も、ダイポールモード現象が起きていた[20]
2010年と同様、海水温も記録的に高くなり、特に北海道周辺は9月中旬に平年よりも4.6℃も高かった[21]。9月17日には小樽市付近の定置網ジンベエザメ(全長3.5mのオス)がかかり、その後おたる水族館に提供された。北海道でジンベエザメがかかるのは初めてで、地元の長年やってきた漁師も驚きを隠せないでいる。また、釧路市付近の海でも8月下旬からマンボウがかかり始め、1日には1000匹に達したという。以前も同じ海域でマンボウがかかることはあったが、これほど多いのは一度としてなかった[22]
2013年
前年は記録的な高温にならなかった西日本太平洋側や南西諸島も含め、3ヶ月及び全ての地方を通して高温になった。特に8月中旬は暑さが厳しく高知県四万十市江川崎で41.0℃の国内最高気温を更新した。降水量は東・西日本の太平洋側及び奄美では記録的に少なかった一方、山口県、島根県などの日本海側ではこれまで経験したことがないような豪雨に見舞われた。
その他
19201929(7月のみ)、194819501951年(北日本のみ)、1953年(奄美のみ)、1956年(南西諸島のみ)、1971年(南西諸島のみ)、19721975年(北海道のみ)、1980年(南西諸島のみ)、1987年(東日本のみ)、19881993年(沖縄県のみ)、2003年(南西諸島のみ)、2009年(沖縄県のみ)

夏期(6、7、8月)の各年の平年比

出典:日本の地域平均気候データ、季節の地域平均気候表・気象庁

  • :平年比+1.5℃以上
  • :平年比+0.6〜+1.4℃
  • :平年比+0.1〜+0.5℃
  • :平年比-0.5〜0.0℃
  • :平年比-1.4〜-0.6℃
  • :平年比-1.5℃以下
北日本 東日本 西日本 沖縄・奄美
1951年 +0.4 -0.8 -1.3 -1.2
1952年 -0.2 -0.8 -1.0 -0.5
1953年 -0.9 -1.0 -0.5 +0.1
1954年 -2.2 -1.8 -1.4 -0.2
1955年 +1.2 +0.4 -0.1 -0.8
1956年 -1.6 -0.9 -0.5 +0.3
1957年 -0.9 -1.0 -1.1 -0.4
1958年 -0.4 -0.6 -0.3 -0.8
1959年 -0.5 -0.6 -0.4 -0.4
1960年 +0.0 -0.3 -0.1 -0.5
1961年 +0.9 +0.4 +0.4 0.0
1962年 0.0 -0.4 -0.7 -0.2
1963年 -0.2 -0.2 -0.2 -0.4
1964年 -0.6 0.0 0.0 -0.8
1965年 -0.8 -0.6 -0.7 -0.7
1966年 -1.0 -0.8 -0.5 -0.7
1967年 +0.3 +0.2 +0.2 -0.2
1968年 -0.2 -0.8 -1.1 -0.8
1969年 -0.7 -0.9 -0.8 -0.8
1970年 0.0 -0.8 -0.9 -0.3
1971年 -0.8 -0.4 -0.2 +0.4
1972年 +0.4 -0.5 -0.8 -0.6
1973年 +0.4 -0.1 -0.1 -1.0
1974年 -0.6 -0.9 -1.1 -0.9
1975年 +0.1 -0.4 -0.4 -0.7
1976年 -1.1 -1.4 -1.2 -0.9
1977年 -0.4 -0.7 -0.5 -0.1
1978年 +1.9 +1.1 +0.6 -0.6
1979年 +0.1 +0.1 -0.2 -0.4
1980年 -1.2 -1.1 -1.2 +0.4
1981年 -0.8 -0.6 -0.2 -0.5
1982年 -0.4 -1.5 -1.4 -0.8
1983年 -1.8 -0.9 -0.4 0.0
1984年 +1.3 +0.5 +0.4 -0.1
1985年 +0.3 -0.1 -0.1 -0.8
1986年 -1.1 -0.9 -0.5 -0.2
1987年 -0.2 +0.2 -0.3 -0.2
1988年 -0.7 -0.9 -0.6 +0.4
1989年 -0.1 -0.9 -0.9 -0.2
1990年 +1.0 +0.8 +0.9 +0.1
1991年 +0.2 +0.1 0.0 +0.8
1992年 -0.4 -0.6 -1.0 -0.5
1993年 -1.9 -1.8 -1.5 +0.3
1994年 +1.3 +1.3 +1.1 +0.1
1995年 -0.1 +0.1 0.0 -0.2
1996年 -0.7 -0.1 +0.1 +0.2
1997年 -0.2 +0.1 -0.1 -0.7
1998年 -0.7 0.0 +0.5 +0.7
1999年 +1.5 +0.4 -0.3 -0.1
2000年 +1.3 +0.7 +0.4 -0.3
2001年 -0.1 +0.8 +0.6 +0.7
2002年 -0.5 +0.6 +0.4 0.0
2003年 -1.3 -0.9 -0.6 +0.4
2004年 +0.9 +1.0 +0.9 -0.1
2005年 +0.7 +0.5 +0.6 0.0
2006年 +0.4 +0.1 +0.5 +0.2
2007年 +0.6 +0.1 +0.2 +0.4
2008年 -0.1 +0.2 +0.3 +0.4
2009年 -0.4 -0.2 -0.1 +0.2
2010年 +2.2 +1.5 +0.8 +0.1
2011年 +1.0 +0.9 +0.5 +0.3
2012年 +0.7 +0.6 +0.4 +0.1
2013年 +1.0 +1.1 +1.2 +0.7
2014年 +1.2 +0.5 -0.3 +0.3
2015年 +0.6 +0.3 -0.5 +0.6

猛暑日

猛暑日(もうしょび)とは気象庁が2007年4月1日に予報用語の改正を行い、日最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」と制定した用語である[1]。制定前の2006年までは、非公式ではあるが「酷暑日(こくしょび)」などと言われていた。ただし「酷暑」が気象庁の予報用語として定義されているのに対して、「猛暑」は定義されていない。近年の温暖化傾向もあり北海道を含む各都道府県で毎年のように観測されているが、沖縄県は海洋性気候なので観測例は少ない。ちなみに、沖縄県での観測史上最高気温は、石垣市伊原間(いぱるま、2012年7月8日)および南城市糸数(2013年8月6日)で観測した36.1℃である。

  • 年間最多日数 - 45日 大分県日田市(1994年)
  • 連続日数 - 22日 大分県日田市(1994年7月3日から24日、1990年7月19日から8月9日)
  • 最も早い猛暑日 - 5月13日 埼玉県秩父市、群馬県前橋市など(ともに1993年)
  • 最も遅い猛暑日 - 10月9日 新潟県糸魚川市(2013年)[23]
  • 日最高気温 - 41.0℃ 高知県四万十市江川崎(2013年8月12日)[24]
  • 日最高気温の月平均 - 36.2℃ 岐阜県多治見市(1995年8月)[25]

脚注・出典

  1. ^ a b 猛暑日”. コトバンク. 2014年7月23日閲覧。
  2. ^ 東京などの都市化が激しい場所は、最高気温よりも最低気温の上昇が激しいことが知られている。
  3. ^ 低緯度域気候変動 2012年のダイポールモード現象について
  4. ^ 気象庁|日本の異常気象 異常気象の情報と要因に関する情報
  5. ^ 熱中症ばかりじゃない…夏カゼも猛暑で流行中
  6. ^ 気象庁|臨時診断表 2010年8月の日本周辺海域の海面水温について
  7. ^ 米 先月は観測史上最も暑い1か月”. 日本放送協会. 2012年8月9日閲覧。
  8. ^ 気象庁 気候系監視速報(2013年1月)
  9. ^ 2013年、世界各地で異常気象の年明け ナショナルジオグラフィックニュース
  10. ^ 気象庁|2013年7月以降の中国南部の高温・少雨について
  11. ^ 「永遠の独立」記念したセコイア、熱波で枯死 タジキスタン
  12. ^ 異常猛暑 犯人はインド洋? 日本経済新聞 2001年7月22日
  13. ^ 沖縄県も含めれば、石垣島の94日間(2009年7月6日 - 10月7日)が最長記録になっている。
  14. ^ 暑い! 埼玉・熊谷で39.8度、6月の最高更新 猛暑日は全国53地点 産経ニュース 2011年6月24日
  15. ^ 6月なのに…山梨で38度超 列島また記録的猛暑 47NEWS 2011年6月29日
  16. ^ 6月下旬の暑さ、50年間で最高=九州では記録的大雨-気象庁 時事ドットコム 2011年7月1日
  17. ^ 観測史上1〜10位の値( 年間を通じての値) 富士山
  18. ^ 猛暑で国産マツタケ7割減 2011年、過去2番目の少なさ
  19. ^ 今夏は猛暑じゃない⇒気象学者が「北極振動」から予測した今夏は猛暑の可能性低い 北極圏の気圧分析で 日本経済新聞
  20. ^ ダイポールモード現象
  21. ^ 気象庁|臨時診断表 平成24年9月上・中旬における北海道周辺海域の海面水温について
  22. ^ 小樽でジンベイザメ、釧路でマンボウ―北海道で次々南洋魚!海水温異常上昇
  23. ^ アメダスにおける観測。この日は平成25年台風第24号から変化した低気圧の接近により、フェーン現象が起こった。気象台観測では1991年9月28日の富山県高岡市伏木。
  24. ^ 気象台における観測では40.9℃の埼玉県熊谷市(2007年8月16日)。
  25. ^ 気象台における観測では36.1℃の岐阜県岐阜市(1995年8月)。

関連項目

外部リンク