九州鉄道

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九州鉄道
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後継路線 官設鉄道鹿児島本線
軌間 1067mm


九州鉄道(きゅうしゅうてつどう)は、明治時代に存在した九州私設鉄道会社である。北九州市門司区に旧本社の建物が残存し、2003年から九州鉄道記念館として利用されている。

概要[編集]

九州鉄道は、九州初の鉄道路線を開通した会社である[1]

1887年(明治20年)、松田和七郎、藤金作、伊丹文右エ門、渋谷清六、白木為直、嘉悦氏房の六名が会社設立発起者総代となり、福岡・熊本・佐賀の各県令に呼びかけて創立した。 1888年(明治21年)、政府に設立認可され、初代社長に高橋新吉が就任した。

初の路線は1889年(明治22年)に開通した博多駅 - 千歳川仮停車場間であり、後に鹿児島本線の一部となった[1]

その後幹線や筑豊鉄道との合併により筑豊の運炭路線を得るなど、新線建設・他の鉄道会社との統合により北九州・西九州地域を中心に九州島内の広域で路線網を拡大し、堅調な経営基盤を築いていた(特に後者については、筑豊炭田からの石炭輸送の好調ぶりから、1899年(明治32年)以降は貨物収入が旅客収入を上回る状況が続くなど、同鉄道の後期における主力収入源として重宝されていた)が、1906年(明治39年)公布の鉄道国有法により1907年(明治40年)7月1日に国有化された。

沿革[編集]

路線の詳細な沿革については各路線記事を参照のこと。

保有路線[編集]

1906年9月末時点

車両[編集]

開業時に蒸気機関車や客車にドイツ製の車両を導入したことが特色である。経営基盤が脆弱であったことから、線路状況と輸送量に合わせて最適の機関車を使い分けるイギリス流の運用はせず、汎用の同形機関車を大量に導入して機関車の保守費低減を図った。後期には、アメリカ製の機関車を大量に導入している。

蒸気機関車[編集]

形式1 (1 - 3)
1889年・ホーエンツォレルン製。車軸配置0-4-0 (B) のタンク機鉄道院45形 (45 - 47)
形式4 (4 - 10, 11 - 14, 19 - 22, 29 - 33)
1889年 - 1894年・独クラウス製。車軸配置0-4-0 (B) のタンク機。 → 鉄道院10形 (10 - 32)
29, 33は紀和鉄道に譲渡
形式15 (15 - 18, 23, 24, 27, 28, 34 - 38, 39 - 45, 114, 115)
1890年 - 1898年・独クラウス製。車軸配置0-6-0 (C) → 鉄道院1400形・1440形 (1400 - 1413, 1440 - 1446)
形式25 (25, 26)
1894年・シャープ・スチュアート製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機 → 鉄道院1530形 (1530, 1531)
形式46 (46 - 49)
1896年・ボールドウィン製。車軸配置2-6-0 (1C) のテンダ機鉄道院8200形 (8200 - 8203)
形式55 (55 - 66)
1897年・米スケネクタディ製。車軸配置4-4-0 (2B) のテンダ機 → 鉄道院5700形 (5709-5720)
形式67 (67 - 70, 100)
ナスミス・ウィルソン製。車軸配置2-4-2 (1B1) のタンク機 → 鉄道院600形 (656 - 660)
形式71 (71)
1889年・米ボールドウィン製。車軸配置0-4-0 (B) のサドルタンク機。旧筑豊鉄道1。1900年、八幡製鉄所に譲渡。
形式72 (72)
1889年・米ボールドウィン製。車軸配置0-4-2 (B1) のタンク機。旧筑豊鉄道2。1900年、八幡製鉄所に譲渡。
形式73 (73, 74, 80 - 84, 87 - 89, 97, 98)
1890年 - 1895年・米ボールドウィン製。車軸配置2-6-2 (1C1) のタンク機。旧筑豊鉄道3, 4, 10 - 14, 17 - 19, 27, 28 → 鉄道院3300形 (3306-3317)
形式75 (75, 76)
1880年・英バルカン・ファウンドリー製。車軸配置2-4-2 (1B1) のタンク機。筑豊鉄道が山陽鉄道から譲受。旧5, 6 → 鉄道院700形 (715, 700)
形式77 (77, 78, 85, 86)
1892年 - 1894年・米ボールドウィン製。車軸配置2-6-0 (1C) のテンダ機。旧筑豊鉄道7, 8, 15, 16 → 鉄道院8000形 (8000 - 8003)
形式79 (79)
1892年・米ボールドウィン製。車軸配置2-6-0 (1C) のテンダ機。旧筑豊鉄道9 → 鉄道院8050形 (8050)
形式90 (90, 91)
1894年・米ボールドウィン製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧筑豊鉄道20, 21 → 鉄道院1320形 (1320, 1321)
形式92 (92 - 94)
1895年・米ボールドウィン製。車軸配置0-8-0 (D) のタンク機。旧筑豊鉄道22-24 → 鉄道院4030形 (4030 - 4032)
形式95 (95, 96)
1895年・米ボールドウィン製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧筑豊鉄道25, 26 → 鉄道院1010形 (1012, 1013)
形式99 (99, 100)
1895年・米ボールドウィン製。車軸配置2-6-0 (1C) のテンダ機。旧筑豊鉄道29, 30 → 鉄道院8000形 (8004, 8005)
形式102 (102 - 113)
1898年・米ブルックス製。車軸配置2-6-0 (1C) のタンク機 → 鉄道院2820形 (2820 - 2831)
形式116 (116 - 127, 142 - 153)
1898年 - 1899年・米スケネクタディ製。車軸配置4-4-0 (C) のテンダ機 → 鉄道院5700形 (5721-5732)
形式128 (128 - 139)
1898年・米スケネクタディ製。車軸配置2-8-0 (1D) のテンダ機 → 鉄道院9500形 (9500 - 9511)
形式140 (140, 141)
1898年・米クック製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧伊万里鉄道1, 2。1899年近江鉄道に譲渡
形式154 (154 - 165, 191 - 227, 252 - 263)
1899年 - 1906年・米スケネクタディ(アルコ)製。車軸配置2-6-0 (1C) のテンダ機 → 鉄道院8550形 (8550-8610)
形式166 (166, 170)
1894年 - 1896年・米ボールドウィン製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧豊州鉄道1, 5→ 鉄道院1320形 (1322, 1323)
形式167 (167 - 169, 171 - 173)
1894年 - 1896年・米ボールドウィン製。車軸配置2-6-2 (1C1) のタンク機。旧豊州鉄道2 - 4, 6-8 → 鉄道院3300形 (3318 - 3323)
形式174 (174-185)
1897年 - 1899年・米ピッツバーグ製。車軸配置2-6-2 (1C1) のタンク機。旧豊州鉄道9-20 → 鉄道院3400形 (3400-3411)
形式186 (186 - 189)
1897年・スイス・ロコモティブ (SLM) 製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧唐津鉄道1 - 4 → 鉄道院1500形 (1500 - 1503)
形式190 (190)
1897年・スイス・ロコモティブ製。車軸配置0-6-0 (C) のタンク機。旧唐津鉄道5。1904年八幡製鉄所に譲渡
形式228 (228 - 251)
1906年・米アルコ・スケネクタディ製。車軸配置2-6-2 (1C1) のタンク機 → 鉄道院3100形 (3100 - 3123)

客車[編集]

著名なもののみ記す。

2号御料車
ドイツ・バンデルチーペン社製の二軸御料車。
九州鉄道ブリル客車
国有化直前にアメリカ合衆国のブリル社に発注された豪華客車編成であったが日本到着は九州鉄道の国有化後となり充分に活用されなかった。「或る列車」とも称される。

車両数の推移[編集]

年度 機関車 客車 貨車
1889 3 20 46
1890 14 38 107
1891 18 55 138
1892 22 53 246
1893 24 53 352
1894 26 68 410
1895 38 84 653
1896 49 94 838
1897 94 164 2,060
1898 141 236 2,612
1899 153 304 3,558
1900 159 302 3,822
1901 184 366 4,505
1902 196 384 4,874
1903 202 386 4,964
1904 207 390 5,376
1905 220 390 5,690
1906 244 392 6,348
  • 「私設鉄道現況累年表」『鉄道局年報』明治40年度(国立国会図書館デジタルコレクション)
  • 合併会社より引継ぎ
    • 1897年筑豊鉄道機関車30両、客車22両、貨車1,022両[3]
    • 1898年伊万里鉄道機関車2両、客車8両、貨車20両[4]
    • 1901年豊州鉄道機関車20両、客車52両、貨車595両[5]
    • 1902年唐津鉄道機関車5両、客車15両、貨車184両[6]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 中園敦二(2014年12月8日). “雑記帳:九州初の鉄道である九州鉄道(現JR九州)が開業して…”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  2. ^ 「鉄道布設免許状下付」『官報』1888年6月30日(国立国会図書館デジタル化資料)
  3. ^ 日本国有鉄道百年史』第4巻、571頁
  4. ^ 『日本国有鉄道百年史』第4巻、586頁
  5. ^ 『日本国有鉄道百年史』第4巻、577頁
  6. ^ 『日本国有鉄道百年史』第4巻、583頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]