ナスノカオリ

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ナスノカオリ
欧字表記 NASUNO KAORI
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1968年4月7日
死没 1997年7月28日(30歳没・旧表記)
パーソロン
ナスノホシ
母の父 フォウティラージュ
生国 日本の旗 日本
栃木県那須郡那須町
生産 那須野牧場
馬主 那須野牧場
調教師 稲葉幸夫東京
競走成績
生涯成績 27戦8勝
獲得賞金 7866万4300
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ナスノカオリ日本競走馬、および繁殖牝馬である。1971年桜花賞優勝馬で、全妹優駿牝馬優勝馬のナスノチグサがいる。

  • なお、当項目での馬齢旧表記(数え年)で記述する。

経歴[編集]

当歳 - デビュー前[編集]

1968年4月7日那須野牧場にて誕生。

3歳時(デビュー後)[編集]

1970年7月25日嶋田功を鞍上に福島競馬場での新馬戦( 1000メートル)でデビュー。結果は2着に終わったが、約半月後の8月15日福島競馬場での新馬戦(芝 1000メートル)で初勝利を挙げる。

その後は1ヶ月ごとにレースに出るローテーションでキャリアを積み、10月4日の東京競馬場での200万条件下競走(サルビア賞)で後に優駿牝馬(オークス)を勝つライバル馬カネヒムロを抑えて1着となり、クラシック競走出走への足掛かりとなるオープン入りを果たした。更に、その年の暮れの中山競馬場での3歳オープン競走に1着となり、3歳時は7戦3勝とまずまずの滑り出しであった。

4歳時[編集]

1971年3月28日阪神競馬場での第5回4歳牝馬特別(東)で重賞初挑戦。結果は、人気薄の関西馬・エリモジェニーに首差の2着と敗れたが、能力の高さを示した。

4月18日開催のの第31回桜花賞では、前走の結果が高く評価され1番人気に支持される。レースは1枠1番と最内枠からの発走であったが、雨上がりの不良馬場の中で2番人気のスズランパス、3番人気のエリモジェニーが馬群に沈む中、2着に入ったホマレマツに2馬身差をつけて堂々の優勝。重賞初制覇を飾ると同時に嶋田功に初の八大競走制覇をプレゼントした。

その勢いを駆って、1ヶ月後の5月16日、オークストライアルの第6回4歳牝馬特別(西)に出走。1番人気こそヤマアズマに奪われたものの、桜花賞馬の貫禄を見せて重賞2連勝を飾った。

連勝の勢いに乗り、6月5日開催の第32回優駿牝馬に出走。桜花賞と同じ1枠1番に入り、1番人気に支持されたが、2400mの距離と不良馬場が合わなかったのか、重馬場巧者のカネヒムロに屈する10着と大敗した。

その年の秋はビクトリアカップへ向かう選択肢もあったが、優駿牝馬の結果から2400mは合わないと判断され、中距離重賞路線を選んだ。しかし、牝馬東京タイムズ杯では斤量差5キロのこの年の年度代表馬トウメイ(斤量59キロ)に子供扱いの5着、カブトヤマ記念では同斤量の牡馬・カツタイコウ(斤量55キロ[1])の3着、クモハタ記念では斤量差6キロの古馬・トウショウピット(斤量57キロ)の4着と、いま一つの結果であった。

5歳時[編集]

1972年、明けて5歳となったが、前年以来のスランプからなかなか脱出することは出来ず、京王杯スプリングハンデキャップ安田記念[2]に出走するも、いずれも7着に終わった。

スランプ脱却の為、夏から秋にかけてはローカル競馬に戦場を求めたナスノカオリは、9月3日のBSN杯(新潟競馬場)で1着となり、前年のオークストライアル以来の勝ち星を挙げた。その後は10月1日の新潟日報賞(新潟)と10月29日の河北新報杯(福島)で1着。この河北新報杯勝利が現役最後の勝ち星となった。

その年の暮れ、12月17日開催の第17回有馬記念にナスノカオリは出走。主戦騎手の嶋田功が落馬負傷によって療養中であった為、小島太を鞍上に迎えてのレースであったが、見せ場を作ることなく9着と敗れた。これが現役最後のレースとなり、引退する。

引退後[編集]

引退後は繁殖入りしたが、数年に一度しか産駒が育たないという具合で仔出しがとても悪く、これといった産駒は出せずに終わり、オープン馬2頭を輩出した妹ナスノチグサに大きく後れを取った。初仔にして唯一の後継牝馬ナスノアロマ(1975年産・父ラディガ)を通じて現在も牝系子孫は残っているが、今ひとつ活躍馬は出ていない。

兄弟馬[編集]

2歳下の全妹ナスノチグサ1973年オークス、1974年新潟記念1975年京王杯オータムハンデキャップ】が有名である。なお、チグサはカオリと違い気性がかなり荒かったが、母親似なのは妹のチグサの方であった。

血統表[編集]

ナスノカオリ血統トウルビヨン系 / Pharos、Fairway 4×5=9.38%、Tourbillon 5×5=6.25%(父内)、Lady Juror 5×5=6.25%(母内)、Blandford 5×5=6.25%) (血統表の出典)

*パーソロン
Partholon
1960 鹿毛
父の父
Milesian
1953 鹿毛
My Babu Djebel
Perfume
Oatflake Coup de Lyon
Avena
父の母
Paleo
1953 鹿毛
Pharis Pharos
Carissima
Colonice Abjer
Colonis

ナスノホシ
1962 黒鹿毛
Faux Tirage
1946 鹿毛
Big Game Bahram
Myrobella
Commotion Mieuxce
Riot
母の母
*ロゼッタ
Rosetta
1954 栗毛
Fair's Fair Fair Trial
Fairy Godmother
Rose Marie Autopay
Diversity F-No.13-a


脚注[編集]

  1. ^ 同年代の牝馬は2キロ減の為、実質2キロ軽量。
  2. ^ 当時はまだ現在のようなGI競走では無い。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]