ジョン・アンダーソン (音楽家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジョン・アンダーソン
Jon Anderson
Jon Anderson with ukulele 2.jpg
サンパウロでのライヴ(2011年12月)
基本情報
出生名 John Roy Anderson
出生 1944年10月25日(70歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド ランカシャー アクリントン
ジャンル プログレッシブ・ロック
シンフォニック・ロック
ポップ・ロック
ニューエイジ・ミュージック
職業 歌手
作詞家
作曲家
画家
ギタリスト
ハープ奏者
担当楽器 キーボードパーカッションハープギター
活動期間 1968年 - 現在
共同作業者 イエス
ウォリアーズ
ジョン・アンド・ヴァンゲリス
ABWH
キング・クリムゾン
公式サイト Official website
ジョン・アンダーソン(1977年8月30日)

ジョン・アンダーソンJon Anderson, 本名John Roy Anderson, 1944年10月25日 - )はイギリスミュージシャンヴォーカリスト作詞家プログレッシブ・ロック・バンド、イエスの元・リード・ヴォーカリストであり、中心人物であった。

来歴[編集]

イギリスアクリントン出身。父はスコットランド系、母はアイルランド系のイギリス人だった。学校を卒業し、15歳から様々な職を転々とする。地元のサッカークラブチームであるアクリントン・スタンリーFCへ入る夢も持っていたが、165cmという小柄な体型からあきらめるしかなかった。1962年ザ・ウォーリアーズに兄のトニー・アンダーソンと共にボーカリストとして加入。1967年に解散した。その後、ハンス・クリスチャンの芸名のシンガーとしてシングル盤2枚を発表している。

1968年にメイベル・グリアーズ・トイショップに在籍していたクリス・スクワイアと出会い、意気投合した彼らはビル・ブルーフォードピーター・バンクストニー・ケイと共にイエスを結成し、1969年にデビュー・アルバム『イエス・ファースト・アルバム』を発表する。1976年には初のソロ・アルバム『サンヒローのオリアス』を発表している。

1979年リック・ウェイクマンと共にイエスを脱退する。その後しばらくソロ活動を行うが、1983年にイエスに復帰し『ロンリー・ハート』が大ヒットを記録する。しかし、音楽性の違いから1988年にまたしてもバンドを脱退。1989年にはイエスのキャリア中に出会ったメンバーとアンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウ(略称:ABWH)名義でアルバム『閃光』を発表している。1990年にはABWHとイエスの合体という形で、アンダーソンはイエスに復帰した。

ギリシャ人のキーボード奏者・ヴァンゲリスとの連名で共作アルバムを数枚発表し、時々、ライヴでも共演している。

1992年には喜多郎の作品に参加し、喜多郎と共にワールド・ツアーを行なっている。

2008年に体調不良を理由にイエスでのシンガーとしての活動を、バンドおよびマネージメント・サイドから拒否され、現在はイエスでの活動を行なっていない。イエスは代理のシンガー、ベノワ・ディヴィッドを擁立して2008年以降、ライヴ活動を行ない、2012年にはジョン・デイヴィソンに交代している。

2008年にスロバキア人作曲家のピーター・マハイヂクは、ジョン・アンダーソンが歌うSadness of Flowingという曲が収録されたNamahというタイトルのアルバムを出した。2009年には、アンダーソンとマハイヂクはブラチスラヴァのTribute to Freedomコンサートにて共演し、2012年にはロンドンオリンピックの一環として、サドラーズウェルズ劇場にてジョイントコンサートを開いた。

アンダーソンは2009年以降、ソロ・シンガーとしてライヴ活動中。2010年秋にはリック・ウェイクマンとの共演の英国ツアーを「プロジェクト 360」の名義で行ない、連名のスタジオ録音アルバムとライヴ・アルバムを発表している。

2012年にはスロバキアのシンガーソングライター・Miroslav Žbirkaとライヴで共演した。

2013年にはアイスランドのバンド Todmobile とライヴで共演した。

2014年にバイオリニストのジャン=リュック・ポンティとのバンド「アンダーソン・ポンティ・バンド」を結成し、活動を開始した。同年7月に、Kickstarter での同バンドへの投資募集を発表している。

三弦ギターであるストラムスティックの奏者としても知られている。

家族[編集]

かつて、アフリカ系イギリス人であるジェニファー・ベイカーと婚姻をしており(1970年~1995年)、2人の娘、デボラ・アンダーソンジェイド・アンダーソン、息子のダミアン・アンダーソンもミュージシャンとして活動をしている。1997年にジェーン・ルーテンバーガーと再婚した。2009年にはアメリカの市民権を取得した。

ディスコグラフィ[編集]

イエス、ABWH[編集]

特記が無い限り全てイエスの作品。詳細はイエスの作品も参照

ソロ・アルバム[編集]

※イエスでデビューする以前の1968年に、アンダーソンはハンス・クリスチャンという芸名のソロ・シンガーとして2種のシングル盤を発売している。(「Never My Love / All Of The Time」および「Autobiography Of A Mississippi Hobo / Sonata Of Love」)

The Warriors[編集]

  • You Came Along b/w Don't Make Me Blue (1964)
  • Bolton Club 65 (1965)

コラボレーション[編集]

ジョン・アンド・ヴァンゲリス名義

  • ショート・ストーリーズ - Short Stories (1979年)
  • フレンズ・オブ・ミスター・カイロ - The Friends of Mr. Cairo (1981年)
  • プライヴェイト・コレクション - Private Collection (1983年)
  • ベスト・オブ・ジョン・アンド・ヴァンゲリス - The Best of Jon & Vangelis (ベスト盤 1984年)
  • ページ・オブ・ライフ - Page of Life (Arista盤 1991年)
  • Wisdom Chain (CDシングル 1991年)
  • Chronicles (ベスト盤 1994年)
  • Page of Life (OmTown盤 1998年)

喜多郎

  • レイディ・オブ・ドリームス - Dreams (1992年 別ジャケット、内容の違う盤あり)

ジョン・アンダーソン・アンド・リック・ウェイクマン名義

  • The Living Tree (2010年)
  • The Living Tree in Concert Part One (2012年)

参加作品[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ [1], Peter Machajdik
  2. ^ [2], CD Namah