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エポナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エポナ像。フランス、モゼル県フレマンで発掘。

エポナ(Epona)は、ガロ=ローマ宗教英語版[注 1]における、ロバラバなどの女神

ユウェナーリス(『風刺詩集』)やアープレーイウス(『転身物語』)、テルトゥリアーヌス(『弁明』『異教徒について』)、ミヌキウス・フェーリクス英語版(『オクターウィウス』)がエポナ信仰に言及している( § 古典ローマ文学参照)[1]

語源

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その名前は「ウマ」を指す古代ケルト語 *epos から派生している[1][2][3][5]

語尾-onaは、単に神名英語版につける -on 語尾の女神系 -ona(マトロナ英語版などの例に同じ)とも考えられるが[6]、異説では、ona はケルト語で聖なる「泉」や「水源」の語義があるとされる[7][8][注 2]

概要

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馬の守護神であり[1]図象では主に横乗り(サイドサドル乗り[10])の乗馬姿か、馬の間で玉座に座った女性の姿で表される[1][4]。あるいは子馬の傍らの立像で表される[10]

持物としてはパテラ英語版(皿)やコルヌー・コーピアエ(果物をいれた宝角[1])や[11][3][12]、果物そのもの[13][14][11]、パン、麦の穂やその束[3][16]を手に持った姿や、馬(牝馬や子馬[17][19])を従えた姿もあらわされる[1]

よって豊かさや多産といった豊饒の女神の側面も指摘される[20][21]。エポナはまた、馬の守護神のみならず、馬関係の人間、すなわち騎手騎兵チャリオット戦車の御者を含む)からに関するあらゆる職業(馬丁厩務員)、また生産(ブリーダー)の守護者である[22][23]

さらには、馬に関する商業や運輸全般に携わる者も加護するとされ[24]、乗馬で旅する旅人の守護神ともされる[26]

さらには死の女神の一面があるとも推論されており[27]、彼女(やその馬も[27]死後の世界の旅の案内役(プシューコポンポス英語版)だったとみられ[28][20][31]、死後の世界との関係も指摘される。

図象は現在のフランス東部で多く発見され、このあたりが信仰の中心であったと考えられている。ガーイウス・ユーリウス・カエサルガリア遠征においてウェルキンゲトリクスとの決戦の舞台となったアレシアもこうした宗教的中心地であった。

エポナの名称解釈「馬の泉」( § 語源)をヒントに、サロモン·レーナック英語版(1903年)は、エポナ女神はもともと馬型であったが、擬人化の影響で人の姿で表せるようになったのだろう、という仮説を提唱している[32][9]

エポナの影響はマビノギオンの「リアンノン英語版(リアノン、フリアノン、ライエノン)」の中にも見ることができる。

ローマ帝国におけるエポナ信仰

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エポナはケルトにおける馬や騎兵の社会的位置から厚く信仰され[33]ガリアだけでなくイベリア半島グレートブリテン島イタリア半島北部、ドナウ川流域などでもその信仰はみられた。

女神エポナはローマ軍の補助軍の騎兵たちの間でも信仰され[33]12月18日の祭礼の日はケルト由来の神では唯一ローマ暦に取り入れられた[34]

ユウェナリスやアープレーイウスの作品(cf. § 古典ローマ文学参照) から推し量るに、おそらくローマ帝国のあちこちで一般的に、厩舎にはエポナへの祭壇が捧げられていたものと考えられる[4][18][35]。また、エポナはだんだんと騎兵の崇拝対象の様相が濃くなっていったが、これはガリアがローマに併呑される歴史(多くのケルト人が騎馬兵としてアウクシリア支援部隊に組み込まれるようになった[36][33])ことによるもので、本来は、おそらく平和的な女神であったろうことが、図像学的にうかがえる[37]

古典ローマ文学

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エポナ像(紀元2–3世紀)。ルクセンブルクのコンテルン英語版出土
—ルクセンブルク国立歴史美術博物館英語版

エポナ信仰については、数々のローマン人の文筆家が言及しているが、これほど実証があるケルト神も珍しい[38]。とはいえ、列挙できる作家は多くとも、得られる情報はそう多くはない[39]

もっとも古い言及の一つが、ユウェナリスの『風刺詩集英語版(Satvrae)』(紀元100–127年頃) にみつかる。語り手が執政官が馬に興味を持つことを風刺するくだりだが、エポナ信仰が厩舎と結びつくことがわかる[40]

また、アープレーイウス『黄金のロバ』(『転身物語』、紀元2世)では、主人公がギリシア北部(馬の畜産で有名なテッサリア[11])に来て、厩舎の柱の窪(ニッチ)にエポナ像の小祠(エディクラ)が備わっているのを目にするが、摘みたてのバラの花輪で飾られていた:[41]

上の二例が示唆する通り、エポナの出土品が厩舎跡で見つかった例はある( § 厩の出土例参照)。

考古学的な傍証

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厩の出土例

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エポナの碑文が厩から見つかった例としては、ダキア州のアプルム (要塞)英語版の跡の出土例がある(現今のルーマニアのアルバ・ユリア市に所在)。属州総督プラエトリウム英語版(軍事官庁)付の厩舎でみつかった[44]

また、ポンペイ遺跡[注 5]からみつかった、ロバに横乗りし、小脇に子供を抱えた女神像の例がある。このフレスコ絵画は、厩舎の壁にララリウム祭壇がもうけられ、壁のみ(ニッチ)に描画されていた。暫定的にエポナと同定できるが、確定はできない[注 6][46][47][48]

脚注

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注釈

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  1. ガリアのケルト神崇拝と古代ローマの主教英語版の習合。
  2. Reinach (1903)はここからエポナは当初は馬型の女神という仮説を提唱した[8][9]
  3. 原訳文では「"馬頭観音エポナ"」と「エポナ」をルビで表記
  4. 参照:Graves (1950, p. 82)による自由英訳が、Aldhouse-Green (2004)に引用される[41]。このロバート・グレーヴスによる訳の "the Mare-headed Mother"は脚色で、同様に和訳で"馬頭観音エポナ"と作りこんだ箇所は単に「エポナ」と換言した。
  5. Regio IX, Ins. 2, nr. 24
  6. すなわちロバとも関わりがあり、『黄金のロバ』にも登場するイシスの可能性も挙げられる[45]

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 マイヤーベルンハルト 著、鶴岡真弓・平島直一郎 訳「ケルト辞典」創元社、2001年、46頁。ISBN 4-422-23004-2
  2. Gaidoz, Henri (June 1887). “The Religion of the Gauls”. The Celtic Magazine 12 (115): 361.
  3. 1 2 3 Monaghan, Patricia [英語版] (2014) [2004]. “Historical Cycle”. The encyclopedia of Celtic mythology and folklore. Facts on File. pp. 157–158. ISBN 9781438110370.
  4. 1 2 3 疋田 (2003), p. 558.
  5. 疋田は*epu(属格 *eponos)とする[4]
  6. Delamarre, X. (2003). Dictionnaire de la langue gauloise. 2nd edition. Paris, Editions Errance. pp. 163–164
  7. Crumley, Carole (2013-10-24). Regional Dynamics Burgundian Landscapes in Historical Perspective. Elsevier. p. 295. ISBN 978-0-323-14402-5
  8. 1 2 3 Reinach, Salomon (July–August 1903). “Nouvelles Eponas”. Revue archéologique. 4ème serie 2: 348–350.
  9. 1 2 Paton, James M. (1904). “American Journal of Archaeology”. The Journal of the Archaeological Institute of America. Second Series 8: 323.
  10. 1 2 Coulter, Charles Russell; Turner, Patricia [英語版], eds. (2013). “Epona”. Encyclopedia of Ancient Deities. Routledge. ISBN 9781135963972.
  11. 1 2 3 Linduff (1979), p. 821.
  12. Reinach (1895), p. 194, 要約 VIII に Nos. 2, 4, 28, 30 をパテラとコルヌコピアの両方を持つ例を挙げ、他にもいずれかを持物とする例を分類する。
  13. Reinach (1895), p. 194.
  14. Aldhouse-Green (1984), p. 146.
  15. 1 2 3 Aldhouse-Green, Miranda (2017). “9. Women and Goddesses in the Celtic World §The mistress of animals”. In Sutcliffe, Steven J.. Religion: Empirical Studies. Lit. ISBN 9781351904810
  16. Aldhouse-Green (1984), p. 146 and (2017)[15]
  17. Reinach (1895), p. 195, 要約 XI に Nos. 8, 9, 15, 26, 28 を列挙するとおり、単数の子馬(poulain)の例が多いようである。.
  18. 1 2 Irby-Massie, Georgia (2018). Military Religion in Roman Britain. Brill. pp. 154–155. ISBN 9789004351226
  19. Aldhouse-Green (1984), p. 195: "On stelae dedicated to her, she is often depicted with mares and/or foals"とあるように、複数の牝馬や子馬を伴う例がある。 Aldhouse-Green(2017)等では、大英博物館蔵のエポナのブロンズ像を挙げて、二匹の子馬をともない、麦の穂の束を持つ構図であるとする[15][18]
  20. 1 2 Eliade, Mircea (1978). A History of Religious Ideas: From Gautama Buddha to the triumph of Christianity. University of Chicago Press. p. 148
  21. Aldhouse-Green (1984), pp. 146, 196.
  22. “Statuette équestre d'Épona”. Bulletin des Musées royaux d'art et d'histoire. 3ème série 2 (5): 124–125. (September 1930).
  23. Green, Miranda Jane (1993). Celtic myths. University of Texas Press. pp. 60–61. ISBN 9780292727540
  24. Turcan, Robert (1996) The Cults of the Roman Empire, p. 23 apud Jovičić & Bogdanović (2017), p. 38
  25. Gillespie, Caitlin C. (2018). Boudica: Warrior Woman of Roman Britain. Oxford University Press. p. 148. ISBN 9780190609078
  26. Gillespie (2018)[25] 所引 Linduff (1979); Aldhouse-Green (2003) "Poles apart ? Perceptions of gender in Gallo-British cult-iconography", pp. 102–106.
  27. 1 2 Plisnier, Marie (2010). “Iron Age Oddity; Unusual Animal Remains”. In Hily, Gaël; Lajoye, Patrice; Hascoët, Joël et al.. Deuogdonion: mélanges offerts en l'honneur du professeur Claude Sterckx. Rennes: TIR. p. 539. ISBN 9782917681114
  28. Aldhouse-Green (2017): "at the great cemetery of Horgne au Sablon.. Onon relief from this site Epona rides.. and behind them walks a human figure whom some have interpreted as the soul of a deceased believer being led to the otherworld".[15]
  29. Forcey, Colin (1998). “Whatever Happened to the Heroes? Ancestral Cults and the Enigma of Romano-Celtic Temples”. Theoretical Roman Archaeology Journal 1997: 90. doi:10.16995/TRAC1997_87_98.
  30. Ross, Anne (1975). “A wooden statuette from Venta Belgarum”. Antiquaries Journal 55: 336. "guiding the souls of the departed to the otherworld of Celtic belief (quoted by Forcey)"
  31. 疋田 (2003), p. 558所引 Forcey (1998)[29]、後者は Ross (1975)[30]より引用している。
  32. Reinach: "représentée par une cavale(牝馬で表象)"[8]
  33. 1 2 3 Linduff (1979), pp. 828–829, 837: "Surely the devotion was carried by Gallic auxiliary soldiers to their new posts"、疋田 (2003), p. 558所引
  34. 疋田 (2003), p. 558。CIL1 p. 253, p. 337 の碑文に拠る
  35. “Epona” . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 9 (11th ed.). 1911. p. 708.
  36. Mackintosh (1995), p. 30.
  37. Kazakevych, Gennadii (2021). “Horse-rider image on the coins of the eastern celts and the cult of celtic war goddess”. Ukrayinsʹkyy Numizmatychnyy Shchorichnyk 5: 81–92.
  38. Green, Miranda Jane (1996). Celtic Goddesses: Warriors, Virgins, and Mothers. G. Brazille. p. 184. ISBN 9780807614051
  39. Hernández Guerra (2011), pp. 248–249.
  40. Satire VIII, vv. 155–57:
  41. 1 2 Aldhouse-Green, Miranda (2017). An Archaeology of Images: Iconology and Cosmology in Iron Age and Roman Europe. Taylor & Francis. pp. 232–233. ISBN 9781134527779
  42. Hernández Guerra (2011), p. 248, n6, にラテン原文をスペイン訳付きで掲載
  43. アプレイウス 著、呉茂一国原吉之助 訳「黄金のロバ」グーテンベルク21、n.d.
  44. Husar, Adrian (1995). “The Celtic Gods in Roman Dacia”. Acta Musei Napocensis 32: 89–90. (google)
  45. Reinach (1895), p. 193.
  46. Reinach (1895), p. 193 No. 60
  47. Mackintosh (1995), p. 31.
  48. IX.2.24 Pompeii. Stables and scuderia. Excavated 1870 (Part2). のサイトに、幾つかの記録写真を掲載。 Stanley A. Jashemski (1961) のものはカラーで、より古いものはくぼみの周りの絵も含めた全体像である。

参考文献

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  • Linduff, Katheryn M. (1979). “Epona: A Celt among the Romans”. Latomus 38 (4): 817–837. JSTOR 41531375.