長門美保
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長門 美保(ながと みほ、1911年(明治44年)6月23日 - 1994年(平成6年)11月11日)は福岡県出身のソプラノ歌手。
[編集] 経歴
幼時をドイツで過ごす。東京音楽学校在学中にマーラーの交響曲第二番のソリストとなる。1933年同校を卒業。1934年の第3回日本音楽コンクールで第1位に入賞し、ドラマチック・ソプラノとして藤原歌劇団の「ローエングリン」「フィデリオ」などにフリーで主演し声楽家として活躍。1939年(昭和14年)には、永田絃次郎と「愛馬進軍歌」を吹き込み大ヒットする。同年、永田絃次郎と「出征兵士を送る歌」も吹き込み、こちらも大ヒットする。
戦後は夫の鈴木雄詞と長門美保歌劇団を結成、1946年11月「蝶々夫人」で旗あげ公演を行った。訳詩・演出も手掛け、東欧圏のオペラや「ミカド」をはじめとする大衆に親しみやすいオペレッタの紹介などオペラ運動に邁進。ヨーロッパ各国から数々の勲章を受章する。1954年の第5回と1955年の第6回のNHK紅白歌合戦に出場し、第6回紅白は長門の歌のラジオ中継の音声が現存する。
198X年「クイズ面白ゼミナール」に出演。
1994年(平成6年)死去。享年83。
