茨城中学校・高等学校
茨城中学校・高等学校 | |
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北緯36度23分20秒 東経140度27分27.6秒 / 北緯36.38889度 東経140.457667度座標: 北緯36度23分20秒 東経140度27分27.6秒 / 北緯36.38889度 東経140.457667度 | |
過去の名称 | (旧制)茨城中学校 |
国公私立の別 | 私立学校 |
設置者 | 学校法人茨城 |
併合学校 | 水戸学院(昭和時代) |
理念 | 報恩感謝 |
校訓 |
真理と正義を愛する 強健な身体と不屈の精神を養う 協同友愛の念を厚くする |
設立年月日 |
1841年 (水戸藩藩校弘道館(旧制・茨城中学校) |
創立記念日 | 10月3日 |
創立者 | 飯村丈三郎 |
共学・別学 | 男女共学 |
中高一貫教育 | 併設型 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科国際教養コース |
学期 | 2学期制 |
学校コード |
D108320100013 高等学校) C108320100015 (中学校) | (
高校コード | 08503A |
所在地 | 〒310-0065 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
茨城中学校・高等学校(いばらきちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、茨城県水戸市八幡町にある私立中学校・高等学校。略称は茨中・茨高(いばちゅう・いばこう)。日本三大藩校の一つである弘道館の流れを組み国内屈指の歴史を持つ、県内最古の私立高等学校・中学校である。また、県内最古の中高一貫校である。中学校からの入学者に中高一貫教育を提供し、高等学校においては、高校からの入学者と3年次から混合する併設混合型中高一貫校。
私学で藩校(水戸藩「弘道館」、1841年)を起源とする数少ない[1]学校で、学校としては国内屈指の歴史をもつ。
概要
[編集]1841年(天保12年)、水戸藩により藩校として設立された弘道館を起源とする私立学校である。明治維新を経て1872年に弘道館が閉鎖されて以来、水戸学を信奉する学者により私塾が次々と開かれたが、いずれも閉鎖や廃絶を繰り返していた。その中で1924年(大正13年)、飯村丈三郎は弘道館の流れを汲む唯一の私塾であり経営困難に陥った水戸学院の支援を持ちかけられ、1927年2月5日(昭和2年)、飯村が巨額の私財を投じ、私立茨城中学校(旧制)が創設された。建学の精神は、飯村が終生の信条とした「報恩感謝」である。
戦後の学制改革を経て、1948年(昭和23年)、「茨城高等学校」(新制)となり、茨城中学校(新制)を併設した。ここに現在の茨城高等学校・中学校の原型が定まった。
創立以来男子校であった。また、中高一貫教育でなく[2]、茨城中学校から茨城高等学校へ進学するには、比較的容易ではあったとはいえ、原則として形式上入学試験を受ける必要があった。外部の高校を受験するのは原則として自由であったため、茨城中学校を卒業予定の生徒の多くが茨城県立水戸第一高等学校をはじめとする県立高等学校を受験し、茨城大学教育学部附属中学校とならび、水戸一高に多くの合格者を出すことが一つの売りでもあった。
1977年に創立50周年を迎え、「茨城高等学校 茨城中学校 創立50周年記念会館(建造物に記されている表記ママ)」が建築開始。木造2階建てであり、2023年時点でもかるた競技部等の文化部で使用されているが、老朽化が進んでおり、客観的に見ても改修が求められる状態になっている。
1995年(平成7年)、中高一貫教育課程に移行し、その年度の入学生から段階的に男女共学化し[3]、高等学校を進学校としてより充実させる方向に舵を切った。茨城高等学校は、それに合わせ1998年(平成10年)に男女共学、茨城中学校からの入学生に対して中高一貫教育課程を提供するとともに、それとは教育課程を異にする高校課程からの入学生も募集した。
中高一貫制度の導入、男女共学化は学校に新風をもたらした。カリキュラムを一新し、多様な教育活動が実践され、大学合格実績の飛躍につながった。中学体育祭が現在の4色対抗戦となったのも、中高一貫化の翌年の1996年(平成8年)である。
ただし、1995年以降導入した中高一貫教育も、学校教育法第71条に基づいて文部科学省により正式に中高一貫教育を認定された学校ではなかった。2008年(平成20年)4月より、茨城中学校・茨城高等学校の2校によって、併設型中高一貫教育を行うことが文部科学省から認定された。認定により、法令に基づいたカリキュラムの特別編成を行うこと(中等教育学校に適用される規定の適用)が可能となった(ただし、教育課程を異にする高等学校からの入学生も募集している。)。
男女共学の開始当初、中・高とも女子生徒の募集は全体の3割であったが、2010年代には、徐々に女子の募集が増えてきており、男女比率はほぼ1対1となっている。
2008年9月から2011年3月の間に、木目を基調とした明るい雰囲気の新校舎(新A棟・新B棟)の新設がなされた。それらは、耐震、防犯の面でも強化が施されている。C棟には物理、生物、化学のそれぞれの実験室を備えている。
2019年(令和元年)、医療系学部への進学希望者が多いため、長年行われてきた「医歯薬外部連携講座」を発展、拡充する形で、「医学コース」を設置した。茨城県の医師不足解消の一翼を担うべく、地域医療を志す医師、医療人の育成を目指している。さらに2020年(令和2年)には、グローバル人材の育成を目的とし、海外大学との連携や約6ヶ月の海外留学をカリキュラムに含む「国際教養コース」を設置した。同年、医学コースは国立病院機構水戸医療センターと、茨城高等学校・中学校としてカリフォルニア大学デービス校国際教育センターと、それぞれ連携協定を締結した。
2021年現在、茨城中学校は県内に10校程度しか存在しない私立中学校の一つである。茨城高等学校は全日制課程に普通科を設置している。
2027年に創立100年を迎え、卒業生は3万人を越える。それに伴い、「茨城高等学校 茨城中学校 創立50周年記念会館」の真横に、「学習支援センター」が建築されることとなっている。[4]「学習支援センター」建築予定地は2022年頃までは「橋本コーポ」という集合住宅であった。立ち入りを禁止とする立て看板が設置されているため、学校法人が買収したものと考えられる。
2026年には学習支援センター(仮称)が竣工される。[4]
教育方針
[編集]建学の精神
[編集]建学の精神は、創立者の飯村丈三郎の精神に由来して「報恩感謝」となっており、これに基づく形で3項目の校訓がある。[5]
- 建学の精神:「報恩感謝」 (創立者・飯村丈三郎による)
- 社会報恩のため質実剛健で社会奉仕の念の強い人物の育成
校訓
[編集]中高一貫教育の利点を生かして中学校・高等学校の所定カリキュラムを概ね5年で終わらせ、高校3年時には大学受験に向けた復習・対策を実施する。また、体系的な中高一貫教育の実現の為に以下の3つの期間を設けている。[5]
高校から入学する生徒は高入生と呼称され、中学から進級した一貫生とは区別される。高校1年と高校2年では、一貫生はAからD組を、高入生は、EからG組を(国際教養コースはH組)使用し、高校3年次に、一貫生と高入生をあわせたクラス編成を行う。これは、茨城中学校と他の国公私立中学校と学習スピードが違うことにより生まれた一貫生との授業進度の差を埋めるための措置である。だが、定期試験では、一部科目が一貫生と高入生は同じ試験を受ける。
- 前期:中学1・2年次 - 知的好奇心育成期
- 中期:中学3・高校1年次 - 知識発展統合期
- 高校1年次
- 高入生 - 芸術における選択科目(音楽・美術・書道)を除き、全員が同じ科目を学習する。
- 中高一貫生
- 国際教養コース - 海外や国内の有名大学の授業と、ネット上での協働学習を行う。
- 高校1年次
- 後期:高校2・3年次 - 知力実力完成期
- 高校3年次
- 全学生- 「国立理系」「国立文系」「私立理系」「私立文系」の4教程からの選択となる。
学校生活関連
[編集]- 学生の本分は勉学に励み務めることであるとし、アルバイト、自動車やバイクの運転免許取得は原則として禁止している。
- 第2土曜日以外の土曜日には午前中に限り授業が行われる。但し祝日との兼ね合わせで稀に変更になるケースも認められる。
- 携帯電話の扱い
- 中学校:教室後ろの棚に電源を切って保管する。登校時から下校時まで一切の使用を認めない。(緊急時を除く)
- 高校:廊下のロッカーに電源を切って保管する。登校時から下校時まで一切の使用を認めない。使用した場合や着信音が作動した場合は補導が行われる。
生徒像
[編集]茨城中学校・高等学校は以下の生徒像を求めている。[5]
- 建学の精神「報恩感謝」に共鳴し、社会や他者のために尽力できる生徒
- 高い教養と豊かな人間性にもとづく人間的成長への意志を有する生徒
- 知的好奇心に富み、生涯を通じて学び続ける意志を有する生徒
- 多様な価値観を認め合い、仲間との協働を通じ創造的活動を実践できる生徒
- 母校の歴史と伝統を重んじ、弘道館から受け継ぐ文武不岐の実践を志す生徒
校風
[編集]茨城高等学校は、茨城県立水戸第一高等学校や茨城県立日立第一高等学校とともに生徒の要望によって、1972年に服装を自由化したことで知られる。1995年(平成7年)の中高一貫制導入に合わせて、茨城中学校は制服を一新し、茨城高等学校は改めて制服を導入した。
授業
[編集]授業は6年間の中高一貫教育を行うために、公立の中学校や高等学校とは、方針や形式を異にする点が多い。
例えば、中学1年次と中学2年次で公立学校の中学の学習を終わらせ、中学3年次より、高等学校の学習を開始するといった点が挙げられる。[7]
茨城中学校・高等学校における授業タイムテーブル | ||
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開始時刻 | 終了時刻 | |
登校完了時刻 | 8:30 | |
1 | 8:40 | 9:30 |
2 | 9:40 | 10:30 |
3 | 10:40 | 11:30 |
4 | 11:40 | 12:30 |
5 | 13:10 | 14:00 |
6 | 14:10 | 15:00 |
7(高校に限る) | 15:10 | 16:00 |
茨城中学校・高等学校ブランドカラー
[編集]茨城高等学校は青色、茨城中学校はやや暗い赤色のものがブランドカラーとして採用されているとされる。両者共に、丸みを帯びた星型の中央部に「高」「中」と印されたものが、学校のロゴマークとして使用されている。
茨城中学校・高等学校ブランドカラーが用いられた製品
[編集]茨城中学校・高等学校グレードカラー
[編集]茨城中学校・高等学校では学年ごとのカラーを定めるが、厳密には学年(グレード)のカラーではなく、入学年次によって定められるカラーである。以下にその詳細を示す。
高等学校(中学校)の入学年次 | カラー | |
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2026(2023) | 2020(2017) | 水 |
2025(2022) | 2019(2016) | 赤 |
2024(2021) | 2018(2015) | 黄 |
2023(2020) | 2017(2014) | 緑 |
2022(2019) | 2016(2013) | 白 |
2027(2024) | 2021(2018) | 青 |
茨城中学校・高等学校グレードカラーが用いられた製品
[編集]茨城中学校・高等学校は1995年に制服制を導入した。2024年度より茨城中学校の女子制服の仕様が変更になっているため、それらの事項も含めて、制服についてを以下に記す。
制服における学校シンボルマークの扱い
[編集]なおブレザーに左胸に印される冠章(かんしょう)とは以下のものである。
- 赤い円の中に金色文字のブラックレター体で「I(アルファベットのアイ)」と印される。
- 青い円が赤い円を囲んでおり、赤い円に沿う形で「IBARAKI JHS SND SHS」と金色文字で印される。JHSはJunior High School(中学校)、SHSはSenior High School(高等学校)を示す。
- 円の中に冠が描かれる。
- 円を囲むように麦を模した図が描かれる。
- 最下部に緑色の帯が描かれ、内部にEST-1927と印される。ESTはEstablish(創立)を示す。
その他制服の左胸に印される略章(りゃくしょう)とは以下のものである。
- 盾型の線の中にブラックレター体で「I(アルファベットのアイ)」と印される。
- 一般的に水色の線で印される。
制服の種類
[編集]制服の名称 | デザイン | 種類 | 学校シンボルマークの扱い | 素材 | 着用に関する基準
許可されているものは可 許可されていないものは無表記 | |||
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茨城中学校 | 茨城高等学校 | |||||||
男子 | 女子 | 男子 | 女子 | |||||
ワイシャツ | 白 | 半袖
長袖 |
略章 | 可 | 可 | 可 | 可 | |
ポロシャツ | 白 | 半袖 | 略章 | 伸縮性 | 可 | 可 | 可 | 可 |
ブレザー | 紺 | 長袖 | 冠章 | 可 | 可 | 可 | 可 | |
セーター | 紺 | 長袖 | 略章 | 可 | 可 | 可 | 可 | |
ベスト | 紺 | 袖なし | 冠章 | 可 | 可 | 可 | 可 | |
ネクタイ | おおよそ赤:白:銅:白:赤:紺の色が1:1:3:1:1:10の比率の順で縞模様となる。 | 可 | 可 | |||||
ネクタイ | おおよそ紺:白:銅:白:紺:赤の色が1:1:3:1:1:10の比率の順で縞模様となる。 | 可 | 可(2024年度以降) | |||||
スラックス | 紺色の生地に黒に近い藍色の線が十字に交わるもの。 | 夏用
冬用 |
可 | 可 | ||||
スラックス | 限りなく黒に近い灰色の生地に薄く緑や灰色の縞模様が入る。 | 夏用
冬用 |
可 | 可 | ||||
リボン※ | 両端に凹ボタンが着いており、それを襟の裏側の凸ボタンにはめ込むもの ここでの凹ボタン・凸ボタンというのはスナップボタンのことである。赤色の布地に白色の水玉模様。 | 可(2023年度入学生まで) | ||||||
セーラー風襟ブラウス※ | 白色。リボンを装着する為の凹ボタンが存在した。 | 半袖
長袖 |
可(2023年度入学生まで) | |||||
スカート※ | 紺色の生地に黒に近い藍色の線が十字に交わるもの。 | 夏用
冬用 |
可 | |||||
ジャケット | 紺色。胸元の隙間からリボンを出す。 | 可(2023年度入学生まで) | ||||||
スカート | 限りなく黒に近い灰色の生地に薄く緑や灰色の縞模様が入る。 | 夏用
冬用 |
可 | |||||
予備用スカート | 明るめのデザイン。ボックススカート。 | |||||||
カバン | 黒色 | 冠章 | 購入必須 | |||||
体操服 | 紺色基調。グレードカラー導入。 | 半袖シャツ(白)
長袖上着(紺色) 半袖ズボン 長袖ズボン |
購入必須 | |||||
体育用シューズ | グレードカラー導入。 |
施設
[編集]2024年現在では、茨城中学校・高等学校は以下の施設を保有するので以下の表に記す。[9]
棟号 | 主な用途 | 竣工日 | 備考 |
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A棟 |
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2011年 | 鉄筋コンクリート造・4階建て |
B棟(旧7号館) |
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平成初期 | 鉄筋コンクリート造・3階建て |
C棟 |
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2011年 | 鉄筋コンクリート造・3階建て |
D棟(旧5号館) |
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平成初期 | 鉄筋コンクリート造 |
E棟 |
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鉄筋コンクリート造 | |
創立50周年記念会館 |
1977年建設開始 | 木造・2階建て | |
第1グラウンド |
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第2グラウンド |
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第3グラウンド |
食堂
[編集]半地下に食堂施設を所有している。教員及び高校生が昼の時間帯に使用可能。文化祭時には一般開放。
創立50周年記念会館
[編集]茨城中学校・高等学校の校舎から道路を挟み、南西の方向に位置する施設。旧制茨城中学校が1977年に創立50周年を迎え、「茨城高等学校 茨城中学校 創立50周年記念会館(建造物に記されている表記ママ)」の建築が開始された。木造2階建であり、青みを帯びたグレー(俗に言うロシアンブルーカラー)の外壁を持つ。2023年時点でもかるた競技部等の文化部で使用されている。
温水プール
[編集]視聴覚ホール
[編集]300名が収容可能とされる。[10]
図書室
[編集]約60,000冊の蔵書を持つとされる。[10]
学校文化
[編集]茨城中・高は、水戸藩の藩校である弘道館やそこで形成された水戸学の流れを汲み、学校図書館は、弘道館の蔵書を引き継いでいる。明治維新後に弘道館の蔵書のほとんどが国有とされたが、1945年(昭和20年)8月2日未明の水戸空襲により焼失した。このため、茨城中学校・茨城高等学校がわずかに引き継いでいた1万余りの史料が、現存するものでは大半を占めている。現在は、茨城県立歴史館が弘道館より引き継いだ史料を委託管理している。
教育課程
[編集]- 医学コース(中学3年次より加入が可能)
- 医療系学部への進学を希望する生徒を対象に、医学部進学に必要な学力・知識に加え、医療に携わる上での倫理観や使命感を育み、将来医療人として社会に貢献できる人材を育成する。
国際教養コース(高校1年次より加入が可能)
- 異文化の多様な価値観に対応する柔軟性と、確固たるアイデンティティーを兼ね備え、報恩感謝の理念を世界で実践できる真の国際人を育成する。
- 約6ヶ月の海外留学を必須としており、生きた英語を習得させると同時に、異文化圏の生活環境に一人身を置く経験の中、主体性、自立心を育て、総合的な人間力の形成を図る。
- また、国内においても、協同探究活動を通し、コミュニケーション能力、コラボレーション能力、問題解決能力、プレゼンテーション能力を育成する。
- 高校2年次に、ニュージーランドへの半年間の留学がある。
休業日
[編集]以下は休業日である。休業日とは授業が休みの日を指す。教職員の出勤そのものが行われない日は「休校日」と呼称される。
- 日曜日
- 第2土曜日
- 国民の祝日
- 昭和43年茨城県条例第3号に基づく県民の日
- 創立記念日
- 学校始休業日
- 夏季休業
- 冬季休業
- 2学期制の導入に伴う休業
- 学年末休業日(俗に言う春季休業)
部活動とその実績
[編集]茨城中学校・高等学校のホームページの記載に準ずるものとする。
現存する部活動
[編集]- 茨城中学校
- 軟式野球部
- 平成20年度 水戸地区夏季大会 準優勝
- 平成20年度 水戸地区新人戦 準優勝
- 平成21年度 水戸地区春季大会 優勝
- サッカー部
- 男子バスケットボール部
- 女子バスケットボール部
- 男子バレーボール部
- 卓球部
- 公式テニス部
- 男子ソフトテニス部
- 女子ソフトテニス部
- 弓道部
- 軟式野球部
- 茨城高等学校
- 野球部
- サッカー部
- 男子バスケットボール部
- 女子バスケットボール部
- 男子バレーボール部
- 卓球部
- 平成26年4月 関東高校水戸地区予選 県大会出場
- バドミントン部
- 硬式テニス部
- 平成26年度 新人選手権大会男子団体 県2位 関東選抜出場
- 平成27年度 新人選手権大会男子団体 県3位
- 平成28年度 関東大会県予選男子団体 茨城県ベスト4
- 平成28年度 全国総体県予選男子団体 茨城県ベスト4
- 弓道部
- 放送部
- JRC部
- フォーク部
- 茨城中学校・高等学校 共通
- 陸上部
- 剣道部
- 水泳部
- 吹奏楽部
- 吹奏楽コンクール茨城県大会 高校A部門 25回連続金賞(1997年〜2023年)
- 吹奏楽コンクール東関東大会 高校A部門 20回出場
- 全日本高等学校吹奏楽大会in横浜 9回連続出場(2014年~2023年)
- 美術部
- 競技かるた部
- 史学部
- 生物部
- 化学部
- 囲碁・将棋部
- 英語部
- 漫画研究部
- コンピューター研究部
- 柔道部
- 空手同好会
- 図書部
年間行事
[編集]基本的には新年度の4月から行われる順に記す。
- 4月
- 始業式
- 着任式
- 入学式(中学・高校合同、在校生は臨時休校。)
- 新入生への催し(中学・高校)
- 部活動紹介
- 対面式
- 新入生オリエンテーション
- 遠足
- 毎年4月に行われている。行き先は、関東地方各地や福島県、都内など様々である。
- 異文化体験合宿(中学3年希望者)
- 毎年4月に、福島県のブリティッシュヒルズに研修へ行く。
- 5月
- 前期生徒会役員選挙
- 第一回定期試験
- 6月
- 体育祭(中学)
- 毎年6月の第一日曜日に開催される。
- 第二回定期試験(6月後半から7月初旬のうち4日間)
- 茨祭(高校)
- 文化祭である。毎年、6月の最初の週末2日間に開催される。「いばさい」という読みが定着しつつあるが、正しい読み方は「いばらさい」である。
- 体育祭(中学)
- 7月
- 林間学校(中学2年)
- 7月後半に、中学2年を対象に福島県内で磐梯山などを巡る。(学年によって様々)
- 林間学校(中学2年)
- 8月
- 夏季課外授業
- 登校日(創立者の墓参)
- 第三回定期試験
- 9月
- 前期クラスマッチ(全学年)
- 中学は学校、高校はひたちなか市総合運動公園で行われる。
- 後期始業式
- 水泳大会(中学)
- 前期クラスマッチ(全学年)
- 10月~12月
- 研修旅行・修学旅行(中学3年,高校2年)
- 中学3年は京都、高校2年はカナダ・シンガポール・台湾から各生徒が行き先を1つ選択でき、高校ではホームステイが行われる。
- 第四回定期試験(中学全学年、高校1年生は中学3年研修旅行が行われてから1-2週間後に行われ、高校2年生は、修学旅行前に行われる)
- 研修旅行・修学旅行(中学3年,高校2年)
- 後期生徒会役員選挙
- 芸術鑑賞(全学年)
- 茨城県民文化センターで毎年行われる。茨高寄席では、三遊亭小遊三が過去に出演している。その他にも、管弦楽などの公演が開催されている。
- 12月
- 冬季課外授業
- 1月
- マラソン大会(全学年)
- 国営ひたち海浜公園で行われる。中学生は6km、高校生は10km走る。2010年代までは「創立記念マラソン」として11月の創立記念日に行われていたが、温暖化の影響により2020年代より冬休み明けの1月に開催されるようになった。
- マラソン大会(全学年)
- 2月
- 弁論大会(高校2年生)
- 3月
- 後期クラスマッチ(高3生除く全学年)
- 中学・高校共に学校で行われる。2011年3月11日(東日本大震災当日)は2011年度の後期クラスマッチが行われていた。第1体育館で閉会式が行われていたときに最初の揺れ(14時46分)が発生したが、死者やけが人を出すことはなかった。
- 共通テスト激励会(高校)
- 高校3年生と教員のみで行われる。
- 合唱大会(中学)
- 毎年、卒業式前日の午前に開催。午後からは会場設営が行われる。なおCOVID-19の事情に伴い、平成31年から令和4年の間は休止とされていたが、令和6年に再開。
- 離任式・卒業式
- サイエンス研修(希望者)
- 春休み中に希望者が西表島や小笠原諸島、屋久島などに1週間ほど泊まり込みで自然学習体験をする。
- 後期クラスマッチ(高3生除く全学年)
沿革
[編集]経緯
[編集]1841年(天保12年)に設立された水戸藩の藩校である弘道館の流れを組んでいる。明治維新の後、伝統を保つために関係者が自彊舎を設立し、弘道学舎、水戸塾、水戸学院として昭和にまで存続した。1927年(昭和2年)に政界・財界で活躍していた飯村丈三郎が、水戸学院を引き継ぐ形で旧制私立茨城中学校を設立した。
第二次世界大戦後の学制改革により、1948年(昭和23年)に旧制茨城中学校は新制の茨城高等学校に改組して、同時に新制の茨城中学校を併設した。
両学校の設置者の学校法人茨城は、男女共学・中高一貫教育体制の導入を決定し、1995年(平成7年)から茨城中学校は男女共学になり、1998年(平成10年)には茨城高等学校も男女共学になった。
- 1927年(昭和2年) - 飯村丈三郎が財団法人茨城中学校を設立。第1学年の入学生が160名(募集は100名)、第2学年の入学生(編・転入生)が47名(募集は50名)であった。同年の8月に東京大手町の交通事故により飯村丈三郎没。同時に、弓道部が設立。
- 1928年(昭和3年)- 籠球部・庭球部 発足。
- 1931年(昭和6年) - 社団法人茨城中学校後援会 設立。
- 1932年(昭和7年) - 旧・校歌作成、校長の本多文雄が作詞。作曲は宝塚歌劇団作曲部長の津久井裕喜によるもの。
- 1933年(昭和8年) - 野球部 発足
- 1934年(昭和9年) - 水泳部県大会総合優勝
- 1935年(昭和10年)- 籠球部初の全国大会出場
- 1936年(昭和11年)- 籠球部県大会優勝
- 1937年(昭和12年) - 創立10周年記念式開催
- 1938年(昭和13年) - 野球部が県大会初優勝。同年に第一応援歌作成。祇園寺の梅林を借用し運動場を拡張。
- 1939年(昭和14年)- 陸上部100M関東大会優勝
- 1940年(昭和15年)- 水泳部全国大会総合優勝
- 1941年(昭和16年)- 毎週火曜日の朝に教練を実施。増改築・運動場の拡張が行われる。
- 1942年(昭和17年)- 農地開墾勤労奉仕
- 1945年(昭和20年)- 茨城県内の私学が閉鎖し、学校の工場化が行われる。水戸空襲が起きるが、学校は空襲の被害を免れた。
- 1946年(昭和21年)- 授業料が倍額に引き上げ。
- 1948年(昭和23年) - 「旧制・茨城中学校」を「新制・茨城高等学校」に改組、「新制・茨城中学校」を併設する。新制高等学校、新制中学校としてそれぞれ50名の新入生を募集。
- 1949年(昭和24年)- 旧制中学校最後の卒業式。生徒会会則完成。
- 1950年(昭和25年)- 第一回文化祭
- 1951年(昭和26年)- 新制第一回修学旅行
- 1955年(昭和30年)- 生徒会規約の改正により、中学生徒会が独立。
- 1956年(昭和31年) - 野球部が昭和31年秋季関東地区高等学校野球大会で優勝。レスリング部、柔道部、ボクシング部が国民体育大会に出場。中学の吹奏楽団が結成。
- 1957年(昭和32年) - 現校歌制定、創立30周年記念式典。
- 1962年(昭和37年) - 飯村丈三郎像 除幕式
- 1965年(昭和40年)- 旧・中学校舎完成。水泳部連続国体出場。
- 1966年(昭和41年) - 青年の像 除幕式。中高一貫Aコース(1学級のみ)を開始。
- 1967年(昭和42年)- ボクシング全国大会総体ライトミドル級優勝
- 1968年(昭和43年)- 中高体操部全県大会優勝
- 1970年(昭和45年) - 体育館(現・第一体育館)や弓道場、屋内プールも竣工される。
- 1972年(昭和47年) - 茨城高等学校の服装を自由化。
- 1983年(昭和58年) - 茨城中学校・茨城高等学校の新校旗を制定。
- 1988年(昭和63年) - 中高一貫Aコースを中断。
- 1995年(平成7年) - 男女共学・中高一貫教育を導入し茨城中学校が共学化、茨城中学校・茨城高等学校ともに制服制定。
- 1997年(平成9年) - 茨城県民文化センターにて創立70周年記念式典が行われる。新校舎である7号館、第2体育館、室内温水プールが完成する。
- 1998年(平成10年) - 茨城高等学校が共学化。
- 2003年(平成13年) - 創立者、飯村丈三郎の生誕150年を迎える。
- 2004年(平成14年)- 全教室が冷暖房を完備。[14]
- 2007年(平成19年) - 創立80周年記念式典
- 2008年(平成20年) - 記念事業の一環として、高校校舎増改築・耐震工事を開始、学校教育法第71条に基づく正式な併設型中高一貫教育校となる
- 2011年(平成23年) - 新校舎(A棟・C棟)完成。東日本大震災で被災し、体育館の内1棟が使用不可に。
- 2012年(平成24年) - 体育館の震災復旧工事が完了。
- 2019年(令和元年) - 医歯薬外部連携講座を基に医学コース設置。
- 2020年(令和2年)
- 国際教養コース設置。
- 国立病院機構水戸医療センターと本校医学コースが連携協定を締結。
- カリフォルニア大学デービス校 (UC Davis) 国際教育センターと連携協定を締結。
- 2021年(令和3年)- GIGAスクール構想への措置としてChromeOSを搭載した生徒用PCを導入。
- 2022年(令和4年) - 国際医療福祉大学と連携協定を締結。
歴代理事長(校主)・校長
[編集]校主
[編集]- 初代:飯村丈三郎(昭和2年2月 - 昭和2年8月)
- 2代:中崎憲(昭和2年8月 - 昭和17年3月)
- 3代:飯村雄(昭和17年4月 - 昭和20年12月)
- 4代:穴沢清次郎(昭和21年1月 - 昭和26年3月)
理事長
[編集]- 初代:竹内勇之助(昭和26年3月 - 昭和36年7月)
- 2代:大内俊三郎(昭和36年12月 - 昭和48年4月)
- 3代:長谷川正三(昭和48年5月 - 昭和50年3月)
- 4代:大津順一(昭和50年6月 - 昭和61年3月)
- 5代:柴田清伊知(昭和61年4月 - 平成5年3月)
- 6代:立枝功男(平成5年4月 - 平成12年3月)
- 7代:横山充孝(平成12年4月 - 平成13年8月)
- 8代:荒川汪(平成13年9月 - 平成23年8月)
- 9代:種田誠(平成23年9月 - 令和6年3月 )
校長
[編集]- 初代:伊藤正弘(昭和2年3月 - 昭和6年8月)
- 2代:中崎憲(昭和6年9月 - 昭和6年11月)
- 3代:本田文雄(昭和6年12月 - 昭和21年3月)
- 4代:田沢次郎(昭和21年4月 - 昭和21年9月)
- 5代:根本景行(昭和21年10月 - 昭和23年5月)
- 6代:加唐卯之助(昭和23年6月 - 昭和27年12月)
- 7代:折原徹(昭和28年1月 - 昭和31年2月)
- 8代:岩上二郎(昭和31年3月 - 昭和47年7月)
- 9代:柴田清伊知(昭和47年8月 - 昭和52年3月)
- 10代:海野庄一(昭和52年4月 - 昭和55年3月)
- 11代:石田彦治(昭和55年4月 - 昭和58年3月)
- 12代:中村尭繁(昭和58年4月 - 昭和61年3月)
- 13代:海野庄一(昭和61年4月 - 平成4年3月)
- 14代:堀江通明(平成4年4月 - 平成7年3月)
- 15代:濱崎厚(平成7年4月 - 平成12年3月)
- 16代:大内光(平成12年4月 - 平成18年6月)
- 17代:大窪範光(平成18年4月 - 平成27年3月)
- 18代:大塚真澄(平成27年4月 - 平成30年3月)
- 19代:鬼形正人(平成30年4月 - 令和3年3月)
- 20代:梶克治(令和3年4月 - )
提携校
[編集]著名な出身者
[編集]- 岩上二郎(茨城県公選4 - 7代知事、元参議院議員、元科学技術政務次官、初代清真学園中学校・高等学校理事長、旧制・茨城中学校卒業)
- 橋本昌(元茨城県知事、新制・茨城中学校卒業)
- 大畠章宏(民主党衆議院議員、茨城5区、国土交通大臣(第15代)、経済産業大臣(第13代)、新制・茨城高等学校卒業)
- 高野守(民主党前衆議院議員、比例北関東ブロック(茨城4区)、新制・茨城高等学校卒業)
- 岡部英明(自由民主党前衆議院議員、新制・茨城中学校卒業)
- 大谷明(ひたちなか市長)
- 加藤浩一(元水戸市長)
- 中井川浩(元衆議院議員・ジャーナリスト)
教育
[編集]文化界
[編集]- 鶴田卓彦(元株式会社日本経済新聞社代表取締役、旧制・茨城中学校卒業)
- 根本宣彦(東北放送アナウンサー、新制・茨城高等学校卒業)
- 愛風ゆめ(元宝塚歌劇団月組娘役、新制・茨城中学校卒業)
- 能島征二(彫刻家、日本芸術院会員。日展常務理事。社団法人日本彫刻会常務理事。茨城県美術展覧会会長)
- 飛田展男(声優・俳優)
- 戸部公爾(声優・俳優)
- 磯山純(シンガーソングライター)
- 寺門亜衣子(NHKアナウンサー)
- 今湊敬樹(フジテレビアナウンサー)
- 地雷魚(作家)
スポーツ界
[編集]実業家
[編集]アクセス
[編集]茨城中学校・高等学校は「末広門(すえひろもん)」と「正門」の2つの校門が存在する。末広門は生徒や教職員の通勤・通学用であり、外部の人が訪れる際には使用できない。学校の敷地は国道118号線に沿うかのような形で東西に伸びているため、118号沿いに最寄りのバス停が2つ存在する。前者の校門の最寄りバス停留所が「末広町2丁目」となり、後者の最寄りのバス停留所が「茨城高校入口」となる。
水戸駅から県道118号線を経由し、茨城大学に至るには、茨城交通及び関東鉄道の2つの事業者のバスが路線を所有しているが、関東鉄道バスを利用する場合は「末広町2丁目」と「茨城高校入口」の2つのバス停は一切停車しないため、関東鉄道のバスが停車する「上水戸入口」か「大工町」のバス停を経由する必要が有る。前者が末広門の最寄りであり、後者が正門の最寄りである。それらの情報を以下に分かりやすく図示しておく。このセクションでは茨城中学校・高等学校を「学校」と表記する。
- JR水戸駅 から 学校
- 徒歩にて約50分
- 自転車にて約20分
- 自家用車(タクシー)にて15分
- バスにて (最寄りのバス停留所のみを記す)
- 茨城交通バス「水戸駅(北口)」7番乗車口 → 「茨城高校入口」「末広町2丁目」
- 通勤・通学などの混雑時間帯の場合は20分程度を、それ以外の閑散時間帯は15分前後を要する。
- 茨城交通バス「水戸駅(北口)」4番乗車口 → 「八幡宮入口」・「栄町2丁目」
- 市内循環(内回り)を用いる場合は、「水戸駅(北口)」から「八幡宮入口」・「栄町2丁目」まで約13分、その停留所から学校の正門までは徒歩で5~8分前後を要する。
- 関東鉄道(茨城交通)バス「水戸駅(北口)」→ 「大工町」
- 「水戸駅(北口)」から「大工町」停留所まで約13分、その停留所から学校の正門までは徒歩で約15分を要する。
- 茨城交通バス「水戸駅(北口)」7番乗車口 → 「茨城高校入口」「末広町2丁目」
- JR赤塚駅 から 学校
- 徒歩にて約60分
- 自転車にて約25分。ルートに依っては傾斜が多数。
関連項目
[編集]- 弘道館 - 水戸学
- 飯村丈三郎
- トゥルーラブストーリー2 - PlayStation用の恋愛ゲーム。同作の舞台である青葉台高校のモデルとなっている[15]。
- 日本の高等学校設立年表
- 茨城県中学校一覧
- 茨城県高等学校一覧
- 旧制中等教育学校の一覧 (茨城県)
- 旧制中学校
脚注・出典
[編集]- ^ 藩校を起源とする私立学校として他に修道中学校・修道高等学校がある。
- ^ この時代の茨城中学校の教育課程は公立学校に準じたものであった。
- ^ 1995年度に茨城中学校に入学した中高一貫第1期生は、女子49名を含む166名であった。
- ^ a b 茨高・茨中創立百周年記念会報「報恩感謝」第3号 令和5年9月30日 発行:茨高・茨中百周年準備委員会
- ^ a b c d “教育方針”. 2023年12月24日閲覧。
- ^ a b “茨城高等学校パンフレット”. 2024年6月16日閲覧。
- ^ a b “茨城中学校パンフレット”. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “本校の制服|茨城高等学校・茨城中学校”. 2024年7月1日閲覧。
- ^ 『令和6年度 茨城中学・高等学校 PTA・蒼穹会 総会議案』茨城高等学校、2024年。
- ^ a b 2022年度用 茨城県高校受験案内. 声の教育社. (2021-07). pp. 30-31
- ^ “茨城高等学校・中学校(web.archive.orgによるアーカイブ)”. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “「報恩感謝」第三号”. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “茨高・茨中創立百周年記念会報「報恩感謝」第4号”. 2024年6月28日閲覧。
- ^ “茨城高等学校・中学校(web.archive.orgによるアーカイブ)”. 2024年6月16日閲覧。
- ^ スタッフロールに本校の名前が「取材協力」としてクレジットされている。