相馬裕子
| 相馬裕子 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 相馬裕子 |
| 別名 | 姉御、相馬ちゃん、あじゃ、 そうまっち、相馬社長 |
| 出生 | 1970年9月12日(41歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 東海女子高等学校卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | シンガーソングライター |
| 活動期間 | 1991年 - |
| レーベル | Ki/oon SONY |
| 事務所 | スタック・コーポレイション |
| 公式サイト | そうまひろこ公式 |
相馬 裕子(そうま ひろこ、1970年9月12日 - )は、愛知県名古屋市北区出身のシンガーソングライターである。 東海女子高等学校(現・東海学園高等学校)卒業。スタック・コーポレイション所属。
目次 |
[編集] 来歴
9月に相馬家の三人兄弟の末っ子として生まれる。
中学時代にバンドのボーカルとして参加する。
東海女子高等学校(現・東海学園高等学校)へ進学。漫画研究会に所属していた。
高校卒業後の進路で両親と衝突する。
高校卒業後は地元のライブハウスで、ボーカリストとして活動を始める。生活が苦しいアマチュア時代が始まるが、実家へは仕送りをする。
『New Pep Sound Audition』で表現力を評価され、デビューの足がかりを作る。
上京する。ザ・バードコーポレーションに所属し、祐天寺駅付近で数年過ごす事になる。
4月、KBS京都が当時東京から発信していた『KBS京都はいぱぁナイト水曜日』のアシスタントに抜擢され、のほほんとしたキャラクターで人気を集める。6月、ソニー・レコード Trefortレーベル(のちのキューンレコード)から作品をリリースし、デビューする。
アルバム制作でアイルランドを訪れ、レコーディング中に相馬本人が大ファンであるアイルランドの代表的シンガー・メアリー・ブラックとの出会いを果たす。またアイルランドでは自動車事故に遭遇するものの、奇跡的に無傷であった(『相馬図鑑』で当時の映像が公開された)。
1st.シングル「未来を描く鳥」が水野真紀の出演する日本テレビ系テレビドラマ『パパっ子ちゃん』の主題歌に起用される。ドラマには相馬本人も居酒屋シーンで「ほっけください」と注文する客役で出演している。
TVKで放映された『ガールポップ'94』で加藤いづみ等とメインパーソナリティを務める。4th.アルバム『愛が教えてくれたもの』から「東京の空」がヒットし、プロモーションビデオがテレビ音楽番組で放映される。スローテンポが持ち味ながら、アップテンポの曲であったため、注目された。12月末、一身上の都合で所属事務所とレコード会社を辞める。芸能活動の「充電期間」としてパソコン雑誌で挿絵などを書くイラストレーター的活動を行い、イラストデザインが郵便局のキャラクターに採用されたことがある。
10月に研音と契約する。
ポリグラムから発売された「星に願いを」は江角マキコ等が出演するフジテレビ系テレビドラマ『こんな私に誰がした』の主題歌に起用される。ラジオ番組『相馬裕子のCHEERS!!』をスタートさせ、番組内で企画された相馬本人自筆の新聞『週刊HIROKO』はFAXボードで全国で取り寄せられるものであった。このサービスが画期的だったため、地方FMからの発信にも関わらず全国的な人気を博し、次第に相馬の活動を支える軸となった。
沢田聖子が所属するSMC(Shoko Music Company)に移籍(事務代行が目的で、「客分」としての扱い)。
SKY PerfecTV!のテレビドラマ『進歩と調和』で、病気がちな妻・泉ヒロコを好演。女優としての一面も見せる。
3月に公式ホームページを公開する。
自主的に立ち上げたレーベルWoodよりアルバム『de light』を発売し、今までの作品に無い独自の世界を表現。
『相馬裕子のCHEERS!!』の296回目の放送では、相馬本人が虫垂炎手術のため、今野登茂子が代役を務めた。
10月に『相馬裕子のCHEERS!!』の10周年イベントを開催する。11月にホームページをリニューアルする。
1月にK-MIXで本人編集の「月刊HIROKO」がポッドキャスティングでスタートし、同時にデビュー15周年のアルバム『Adam』を制作する。また、発表した全アルバムを月毎で歌い尽くすライブ『相馬図鑑』も名古屋・関西・東京で始める。4月から『相馬裕子のCHEERS!!』がポッドキャスティングに登場した。
5月からSKY PerfecTV!のテレビ番組『I'm Here』のナビゲーターを担当する。
7月から大阪・愛媛・福岡・札幌・静岡・名古屋・京都・東京の8箇所を回る20周年ツアーを開催。
[編集] 人物
- あだ名・呼び名が複数あり、「姉御」「相馬ちゃん」「あじゃ」「そうまっち」「相馬社長」等と呼ばれている。
- のほほんとした雰囲気で、のんびりした性格に見られがちであるが、自分の意見を明確に発言し、行動する快活な面を持つ。
- 趣味・特技も多く有する。イラストは、高校時代には漫画研究会に所属して芸術センスに長けており、プロ並の腕前を持っている。また、バイク、スキューバーダイビング、スカイダイビング、カートなどのスポーツにもチャレンジする。
- 猫好き。実家では絶えず猫を飼っていたためで、代々の飼い猫には「ミー」と名づけていた。
- 引越し回数8回を経験する、「引越し魔」である。
- 理想の男性は、遠くで大きく輝く六等星のような人(手塚治虫のブラック・ジャックの「六等星」に由来している)。
- 歌手デビューの契機は、「(アマチュアで)ライブハウスで歌うのは二十歳までだ。それ以降歌いたいならプロになれ。」という父親の発言であることを、1996年の斎藤慶子が司会を務める音楽牧場で明らかにしている。
- 芸能の交友関係としては、加藤いづみ、奥井亜紀、相沢友子、井上昌己、馬場俊英、吉川みき、古川昌義、広瀬香美、峠恵子等と親しく、「ライヴ『相馬図鑑』が厳しい興行ながら、周囲の人々に対しては感謝の言葉や気遣いを絶やさない暖かい人」との人物評を得ている。
- アルバム『de light』の発売に関しては、メジャーレーベルから企画盤を断り、インディーズの第1弾としてリリースしている。
[編集] 主な作品
[編集] アルバム
- 『Wind Songs』(1991年6月21日、ソニー・トレフォート)
- 『空と海の出会う場所』(1992年6月21日、Ki/oon)
- ※上記2作品発売時は、本人ナレーションのサンプルCDがレコード店で無料配布された。
- 『永遠を探しに』(1993年3月21日、Ki/oon)
- 『愛がおしえてくれたもの』(1994年4月1日、Ki/oon)
- 『Recollections』(1995年6月21日、Ki/oon)
- 『Prism』(1996年12月16日、マーキュリー)
- 『de light』(2001年8月25日、a-net)
- ※予約者には特典のビデオが配布された。
- 『Adam』(2006年9月20日、Wood)
- 『ゴールデン☆ベスト 相馬裕子』(2006年9月20日、Sony)
- 『Eve』(2007年6月21日、Wood)
- 『fine』(2009年11月11日、Wood)
[編集] シングル
- 『未来を描く鳥』(1993年4月21日、Ki/oon)
- 『恋なんてしたくない』(1993年12月1日、Ki/oon)
- 『私、泣いた』(1996年8月26日、マーキュリー)
- 『CHEERS!』(1996年8月26日、マーキュリー)
- 『星に願いを』(1996年11月4日、マーキュリー)
- 『LION in the ZOO』(1997年2月26日、マーキュリー)
※CD購入方法
- メジャーレーベルの物はほぼ廃盤である。なお、インディーズ以降(『de light』以降)の作品は公式サイトで通販を行っている。
[編集] 出演した主なラジオ番組
- はいぱぁナイト 水曜日(通称・はい水) 1991年4月〜1994年9月(KBS京都)
- 「CREATIVE COMPANY 冨田和音株式会社」(通称・冨カン)内のコーナー番組 相馬裕子・風の祭日 1992年4月〜1994年3月(CBC放送)
- 98マルチメディアステーション 1994年4月〜1996年3月(TOKYO FM他でネット)
- 葉祥明美術館〜風の詩 1994年10月〜1995年4月(CBC放送)
- あなたとRAPPORT 1994年10月〜1999年3月(FM愛知)
- SOUND DISCOVERY 1996年10月〜1997年3月(FM富士)
- 相馬裕子のCHEERS!! 1996年10月〜現在もオンエア中(K-MIX)
- ギャルポップセンセーション 1997年4月〜?(東北放送)
- 相馬裕子5階1号室 2001年7月〜9月(Kiss-FM KOBE)
[編集] 外部リンク
- 不定期で本人のメッセージが読めるほか、メールマガジン(不定期)の購読、CD・オリジナルグッズの購入も可能。
- 毎週月曜日番組終了後に番組編集版がポッドキャスティング・MP3で聞けるほか、本人手書きの週刊HIROKOの最新版は毎週放送終了後ここで閲覧できる。番組へメッセージを送る事も可能。
- 音楽配信サイト。キューンソニー時代及び、『fine』の楽曲をダウンロードできる。