比屋根渉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
比屋根 渉
東京ヤクルトスワローズ #0
Hiyane wataru.jpg
2012年5月13日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県島尻郡東風平町(現:八重瀬町
生年月日 1987年6月20日(27歳)
身長
体重
180 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト3位
初出場 2012年4月1日
年俸 1,600万(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

比屋根 渉(ひやね わたる、1987年6月20日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手外野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

沖縄尚学高では3年春の第77回選抜高等学校野球大会中堅手のレギュラーとして出場。50m走6秒2の俊足や長打力のあるバッテング[1]でチームのベスト8進出に貢献した。2季連続の出場となった第87回全国高等学校野球選手権大会では2回戦敗退に終わった。

高校卒業後は城西大学に進学。野球部では1番打者として活躍し、4年時の秋には打率.421を記録し首位打者を獲得。2年時の春と4年時の春秋の3回ベストナインに選出された。

大学卒業後は、日本製紙に入社。石巻野球部では1年目から中堅手のレギュラーに定着、同年の第81回都市対抗野球大会では同チーム創部25年目での初出場に貢献した。翌2年目はJABA東京スポニチ大会で同チームのベスト4進出に貢献、これによってプロ注目選手となった[2]。同年は東日本大震災の影響で練習のできない時期が続いたが精神的に成長し[3]、10月27日のプロ野球ドラフト会議東京ヤクルトスワローズから3位指名を受け契約金5500万円、年俸1000万円(いずれも推定)で入団契約を結んでいる[4]

プロ入り後[編集]

2012年4月1日の対読売ジャイアンツ戦で相川亮二の代走として初出場すると、二盗を決める。4月8日には初スタメン出場を果たした。主に代走として出場42試合ながら11盗塁を記録した。

プレースタイル・人物[編集]

50m5秒95を記録する俊足を活かした走塁と守備には定評があり、社会人時代にパンチ力のある打撃を身につけた[5]。高校の後輩にあたる伊志嶺翔大に近い俊足強打の外野手と評される[5]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 ヤクルト 43 51 44 11 12 0 0 0 12 2 11 4 2 1 3 0 1 1 1 .273 .327 .273 .599
2013 63 176 156 30 39 5 1 1 49 10 14 6 4 1 14 0 1 20 1 .250 .314 .314 .628
2014 56 142 125 17 29 4 0 0 33 7 10 4 11 0 5 0 1 21 3 .232 .267 .264 .531
通算:3年 162 369 325 58 80 9 1 1 94 19 35 14 17 2 22 0 3 42 5 .246 .298 .289 .587
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

年度 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2012 23 22 0 1 0 .957
2013 50 80 2 2 1 .976
2014 54 78 0 5 0 .940
通算 127 180 2 8 1 .958
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 0 (2012年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 読売新聞、2005年3月22日付朝刊、P.54
  2. ^ 横浜 日本製紙石巻のスピードスター・比屋根を指名へ”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月27日). 2011年10月31日閲覧。
  3. ^ 朝日新聞、2011年10月28日付朝刊、P.38
  4. ^ スポニチ 2011年ドラフト交渉状況
  5. ^ a b 【ヤクルト3位】比屋根渉“被災地のスピードスター”俊足に強打加わった”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月27日). 2011年10月31日閲覧。

関連項目[編集]