止観

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止観(しかん)とは仏教瞑想のことである。サンスクリット語から「奢摩他(サマタ)・毘鉢舎那(ビバシャナ)」と音訳されることもある。

一般的な意味としては「禅」、あるいは坐禅(座って行う瞑想)と同義である。ただし、明確には禅という用語は梵語の音写である禅那(ゼンナ)を縮めたものであり定(じょう)・静慮と訳され、仏教での位置づけと一般での理解とはずれが存在する。

仏教では瞑想を「止」と「観」の二つに大別する。止(サマタ瞑想)とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。また観(ヴィパッサナー瞑想)とは、不動の心が智慧のはたらきとなって、事物を真理に即して正しく観察することである。このように、止は禅定に当たり、観は智慧に相当している。「止」だけでなく「観」を重視するところに、仏教の瞑想法の特徴がある。

止観の語は、特に天台宗において多用される。智顗の『小止観』や『摩訶止観』といった書物は、坐禅の詳細なマニュアルであり、天台宗だけでなく禅宗においても参照される。

[編集] 関連文献

  • 高田明和 『心と体がととのう「天台小止観」』 春秋社、2009年
  • 鎌田茂雄 『体と心の調節法 「天台小止観」に学ぶ』 大法輪閣、1994年、新版2001年 

[編集] 関連項目

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