初期仏教
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| 仏教 |
| 基本教義 |
| 縁起 四諦 八正道 三法印 四法印 諸行無常 諸法無我 涅槃寂静 一切皆苦 |
| 人物 |
| 釈迦 十大弟子 龍樹 |
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初期仏教(しょきぶっきょう)とは、釈迦が生きていた時代を含み、釈迦の死後およそ100年から200年間までの間の仏教をいう。この時代の仏教を原始仏教または根本仏教とも呼ぶことがあるが、「原始」・「根本」という言葉にはさまざまな価値的な判断の意味が含まれるため、ここでは中立的な時間的に先であることを示す「初期仏教」という用語を使用する。
仏教の教えは歴史的に展開・変容を繰り返してきたが、根本分裂によって部派仏教に分かれる前の仏教をとくに「初期仏教」と呼ぶ。
当初の仏教は、長い間記憶で継承されており、多聞(釈迦の教えを多く聞いた)などが褒め言葉になっていた。
文書化された時代には、初期経典群を分析すると、既に釈迦の教えが様々に理解されていたことが分かる。 例えば、最初期経典『スッタニパータ』も今までは釈迦の教えに近いとの説が強かったが、「これは隠者文学でありインド伝統的な思想の傾向が強い、本来の釈迦の教えは、伝統的な僧集団が伝えた相応部経典の方に含まれる」という説も起こっている。
ただし、学問的には「釈迦の基本思想は縁起又は因縁、四諦、八正道などである」ことは合意されている。
また、釈迦の死後、その教えは広くさまざまな地方に広まったが、釈迦の死後約500年経った西暦紀元前後になると、「大乗(大いなる救いの乗り物)仏教」と自ら宣言をする集団が現れる。大乗仏教は論敵とした説一切有部などの部派仏教を「専門的な煩瑣な哲学論議に陥ち入り、自己の解脱を中心にしている小乗(自分しか救わない小さな乗り物)仏教」として批判し、多くの新しい経典を生み出していった。これも大乗仏教の立場からは「釈迦の本来の/当初の教え」に戻る運動として自覚し信仰されていた。