恵方巻
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恵方巻、恵方巻き(えほうまき)は、節分に関西地方で多く食べられる巻き寿司。「恵方寿司」とも呼ばれる。
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[編集] 概説
節分の夜にその年の恵方(歳徳神の在する方位)に向かって目を閉じて願い事を思い浮かべながら[要出典]太巻きをまるかじり(関西弁では「まるかぶり」)するのが習わしとされている。
商売繁盛、無病息災、願い事が叶う、その年必ず幸運が訪れる、厄落とし等の意味を持つともされる[要出典]。七福神に因んで、かんぴょう、キュウリ、シイタケ、だし巻、うなぎ、でんぶ等七種類の具を入れて、福を食べるという意味合いもあるらしい[要出典]。
起源には色々な説があるが、その一つが大阪・船場で行われていた「丸かぶりすし」を元に広げられたと言われる[要出典]。
[編集] 発祥
恵方巻の起源はいくつもの説がある。その一つに江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったという説がある[要出典]。
節分の日は暦の上で春を迎える立春の前日にあたるので、一年の災いを払うための厄落とし、年中行事として行われた。また豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が偶々節分の前日に巻き寿司のような物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしているという説もある。
その他にも恵方巻の発祥地の候補には、和歌山(紀州)、滋賀(近江)等があるがいずれも確かなものではない。以後恵方巻の習慣は、昭和初期の大阪では船場の商人の間で行なわれていたようで節分の「丸かぶりずし」の広告チラシも作成された。しかし、「一気に丸かぶりしなければいけない」ということは、海苔の販促として恵方巻を売り出した、「たこ昌」の代表取締役である山路昌彦の作り話とも言われる。
[編集] 大阪での復活
戦後に一旦廃れたが、1973年から大阪海苔問屋協同組合が作製したポスターを寿司屋が共同で店頭に貼り出し、海苔を使用する巻き寿司販促キャンペーンとして広められた。翌1974年には大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙いとして節分のイベントで海苔巻きの早食い競争をはじめたこと、1977年に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った海苔の販売促進行事などが契機となって、復活することとなった。
[編集] 各地への販売促進
道頓堀で行われた販売促進イベントがマスコミに取り上げられて関西に広がり、その後はコンビニで販売されるようになって全国で販売促進キャンペーンが行われている。
商業的に売り上げの落ちる1月後半~2月初旬の販売イベントとして、主にコンビニエンスストア(以下CVS)を中心として各地で展開。セブン-イレブンが先駆けであり、1989年に広島県の加盟店オーナーの発案により販売を開始した。中国、関西、九州の各地方など西日本での販売を経て、1998年にCVSで全国への販売促進を開始した。ローソンも2001年より、ファミリーマートでも2003年より全国への販売促進PRを開始し、その他のCVSでも2003年~2004年を境にして全国で行われた。
2007年頃からは便乗する形でロールケーキを「恵方巻き(恵方ロール)」として販売するケースまでも出てきている。
1990年代以降、毎年1月初頭から節分期間まで、全国でテレビCMを放映したり、スーパーマーケットが販促活動を行うなどPRをおこなっている。
愛知県を本社所在地とするミツカンが行った調査では恵方巻の認知度の全国平均は2002年には52%だったが2006年には92.5%で、「実際に食べた」と答えた人の全国平均(2005年)は62%との事であるが、マーケットを広げるための企業調査として、恵方巻の習慣の無い地域では実感とかけ離れた割合であると疑問の声もある。
[編集] 本来の意図
近年のこのイベントの日本全国への広まり方は、バレンタインデー・ホワイトデー・オレンジデーの菓子贈答と同じく、海苔業界やコンビニ業界(主にセブンイレブン)など関係業界の主導のもと販売促進を目的とした傾向があり、次のような批判の声があがっている。
- 本来の意図を持たない海鮮巻き・丸かぶりロールケーキなどの登場でその意義が全く理解されていない
- そもそも恵方巻自体がもともと関西固有の習慣であり、節分に恵方巻を消費するのが当然といった販売が本来あった地方ごとの節分の伝統を破壊している
[編集] 外部リンク
- 恵方巻認知度調査 (ミツカン 2006年1月13日)
- 節分1:恵方巻(丸かぶり寿司)の謎を解明 (著者:三浦康子)All About(2006年1月24日)

