奥山清行

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奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、日本工業デザイナーで、世界的な自動車デザイナーとして知られる。日本以外では「ケン・オクヤマKEN OKUYAMA)」の名前で活動している。イタリアピニンファリーナ社デザインディレクターを経て2006年9月に独立。イタリア在住。

アメリカ合衆国アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン学部長・同校客員教授中華人民共和国中国中央美術学院客員教授、多摩美術大学客員教授、金沢美術工芸大学客員教授、名古屋芸術大学特別客員教授、東北芸術工科大学大学院客員教授、イタリアピニンファリーナ社顧問(現在退任)、山形カロッツェリア研究会代表、グッドデザイン賞選考副委員長、ニュートンデザイン代表。

目次

[編集] 来歴

GMポルシェで研鑽を積み、イタリアのデザイン会社ピニンファリーナに於いて日本人初のチーフデザイナーに就任(採用の決め手は自動車のデザイン画ではなく、アニメ風イラストの作品集だった[1])、エンツォ・フェラーリマセラティ・クアトロポルテなどのカーデザインを担当した。特にエンツォ・フェラーリのデザインに関しては、「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした男」として話題となり、その後世界中の自動車メーカーからデザイン依頼が殺到したと言われている。2006年にピニンファリーナ社を退社。

電車航空機船舶等のデザインで活躍してきたが、特に世界的にはカーデザイナーとして名が知られており、アメリカのニューズウィーク誌は奥山を『新世紀に活躍する日本人』として紹介した。

現在は家具(カッシーナ他)やロボット化粧品眼鏡腕時計、変わったところではテーマパークのデザインも手掛ける。 また、「地元の伝統技術を活かして付加価値の高い商品を開発し海外に展開する」という概念の基、自身の出生地である山形での活動に力を入れており、自ら立ち上げた山形工房ブランドを中心に、家具(天童木工)や照明急須等のデザインも手掛けており、シンプルな形態を保ち素材の持ち味を活かすデザインで話題を呼んでいる。

2007年に、岩手県MODIと組みKEN OKUYAMA CARSを設立。2008年に公道を走ることができるレーシングカースタイルの車を、ジュネーブのモーターショーに出展。

[編集] 年表

  • 1986年:(株)ミケロッティ・ジャパンが主催した、第3回ミケロッティ・デザイン コンペティションでグランプリ該当なしの優秀賞を受賞。
  • 2006年8月:ピニンファリーナ社を退社。
  • 2006年8月:トリノロサンジェルス東京山形にて個人事務所開設する事を発表。
  • 2007年:KEN OKUYAMA CARSを設立。

[編集] 代表作

その他多数

[編集] 著作

  • 『人生を決めた15分 創造の1/10000』(ランダムハウス講談社,2008年)
  • 『フェラーリと鉄瓶―一本の線から生まれる「価値あるものづくり」』(PHP研究所,2007年)
  • 『伝統の逆襲 / 日本の技が世界ブランドになる日』(祥伝社,2007年)

[編集] 脚注

  1. ^ NHKハイビジョン特集『デザインルームの6ヶ月 イタリア・スーパーカー誕生』(2006年3月11日放送)

[編集] 外部リンク

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