大分ヒートデビルズ

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大分ヒートデビルズ
原語表記 大分ヒートデビルズ
愛称 デビルズ
チームカラー デビルズブルー
創設年 2004年
所属リーグ 日本の旗 bjリーグ
本拠地 大分県別府市
アリーナ ビーコンプラザ
収容人数 8000人
代表者 三牧雅明
ヘッドコーチ 小川忠晴
優勝歴 {{{優勝歴}}}
公式サイト 公式サイト
ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ
1st
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Template(ノート 解説)プロ・バスケチームpj


大分ヒートデビルズ(おおいた-、英語名 Oita HeatDevils)は、日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)に所属するバスケットボールチーム。本拠地は大分県別府市。運営母体は株式会社大分ヒートデビルズ。2008年11月設立。ホームアリーナはビーコンプラザおよびべっぷアリーナ

目次

[編集] 概要

チーム名の「ヒートデビルズ」は、地元の別府温泉の「熱」とファン(ブースター)の熱気、有名な観光スポット「別府地獄めぐり」の「地獄」の番人「閻魔様」ならぬ、鬼=「デビル」をイメージした造語。チームカラーは「デビルズ・ブルー」。チームのマスコットキャラクター「DeeDee君(ディーディー君)」は、赤鬼の姿をしている。

[編集] チームカラー

  • チームカラーはデビルズブルー。

[編集] ユニフォームスポンサー

[編集] 過去のユニフォームスポンサー

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  • みやこプロジェクト(パンツ)

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

  • 2005~OZAKI

[編集] チームの特徴

  • アンディー・エリスクリス・エアーといったビッグマンを揃えつつも、ボールを持ったら相手陣内に入って得点を狙う走るバスケを展開している。しかし、ゲーム終盤に息切れし、相手に大量失点を許す試合が多い。08-09シーズンは与那嶺翼をPGに据えたが、エリス、エアーら外国人を総替えし、三友康平青木勇人ら主力日本人も抜けたため、プレイオフに進出した06-07シーズンの布陣と比べてかなり貧弱な顔ぶれとなってしまっている。また、シュート力の低い選手が多く、得点の上がらない一つの要因になっている。

[編集] アリーナでの演出

  • かつて大分ヒートデビルズに在籍していた相手チームの選手を大き目の声で紹介している。
  • 選手がゴールを決めると、選手が事前にリクエストした曲を流す。例えば、鈴木裕紀がゴールを決めた場合DJ OZMA「純情~スンジョン~」を流す。

[編集] 歴史

2005-2006シーズン

初年度の2005-2006シーズン、ヒートデビルズの布陣ではセンターのヒューズやフォワードのハートマンらが高さのあるフロントラインを構成していた。長距離シュートを得意とするホプキンスもチームの得点源。フォワードの栗野はドラフトで全体1位指名を受けて入団した。

初年度前半はチーム成績が低迷し、ヘッドコーチのジョワン・オールドハムがシーズン途中で解雇された。代わってアシスタントコーチだった桶谷大がヘッドコーチ代行に就任した。以降はチーム成績が上向いたものの最終的には15勝25敗と4位の仙台89ERSと3ゲーム差がつき、プレイオフ出場を逃した。ガードの鈴木裕紀はスリーポイントシュートの成功率でリーグ首位に立ち、ベスト5に選ばれた。

2006-2007シーズン

2006-2007シーズンは桶谷ヘッドコーチの下、プレイオフ進出を果たす。1stラウンド(準決勝)では大阪エヴェッサに敗れるも63-69と大健闘を見せ、3位決定戦で新潟アルビレックスBBを下しシーズン3位となった。

2007-2008シーズン

2007-2008シーズンを前にエクソンモービルの元会長、ローレンス・ロール氏の長男で個人投資家であるビンス・ロール氏が資本参加。増資した3048株(1株5万円)のうち1700株を取得。発行済み株式(3918株)における持ち株比率は43.4%となり、1816株(46.4%)を所有する矢野裕史社長に次ぐ大株主となる。外国資本による日本国内のプロスポーツチームへの直接出資は初めてとなる。

シーズンは新規参入の琉球ゴールデンキングスライジング福岡に初勝利を献上するなど、苦戦を強いられる。大阪、高松が上位争いをしている間に、福岡とのプレイオフワイルドカード争いに巻き込まれる。大分は一時は大きく突き放すが、終盤に失速。福岡が3位でプレイオフワイルドカード争いの座を経た。福岡は高松にも勝ち、プレイオフに進出した。シーズン終了後、2007-2008シーズン終了まで契約を結んでいたヘッドコーチの桶谷大が成績不振と本人の希望より、早期解任が決定した。

2008-2009シーズン

今年から国体の成年バスケットボール競技にbj選手にも出場が認められることになり、2008年の大分国体には与那嶺、君塚、佐藤の3選手がbj選手として初めて出場した。しかし、1回戦で福島県代表に敗れた。 ヘッドコーチには、桶谷に代わり昨シーズンまでプレイングアシスタントコーチ(選手とアシスタントコーチを兼任)だった小川忠晴が就任。フリーエージェントによる移籍で新潟アルビレックスBBから佐藤公威を獲得し、外国人は昨シーズンのメンバー全員を入れ替えた。ライジング福岡から移籍したジェフリー・プライスをはじめ、2mを超える長身の選手を揃えた。

しかし財政難から3年続けてドラフト指名を見送り、練習生であったセネガル人選手も日本バスケットボールリーグ2部機構のチームと契約した。また、昨年までプレイしていた、三友康平青木勇人ら日本人選手は他のbjのチームやJBLのチームへ移籍、もしくは現役を引退、クリス・エアーアンディー・エリスら外国人もチームを去り、10人という少数精鋭でシーズン開幕を迎えた。

昨シーズンまでのチームとは一変し、スケールダウンした戦力の大分は富山グラウジーズ滋賀レイクスターズには勝ち越したものの、ライジング福岡に1勝した以外は全敗、特に12月以降は6連敗、9連敗、15連敗と苦戦を強いられた。(この間の連敗を止めた相手はいずれも滋賀だった)得点力が上がらず、平均得点が2桁以上だったのは前出のプライスを含む外国人3人だけ、平均得点でも埼玉ブロンコスや滋賀レイクスターズよりも2点以上下回った。勝ち星も昨シーズンの19勝から半分以下の8勝で、その過半数の5勝は滋賀からあげたものだった。

08-09シーズンは対戦相手よりも財政難、経営難という敵に苦しめられたシーズンであった。チーム経営はいまだに苦しく、3年間で約2億の赤字を計上しているとされ、さらにロール氏からの出資も打ち切られている事も判明し、チーム経営には予断を許さない状況である。対策として、レプリカジャージや当日自由席引換券6枚、当日割引券3枚などがついた360°ブースタープロジェクトとして、ブースタークラブ入場者3000人、平均観客動員数3000人を目標とした。2008年12月に旧運営会社である大分バスケットボール・コミュニケーションから、株式会社大分ヒートデビルズに事業を引き継ぐことになった。新会社に引き継いだ初年度の経営は約3500万円の赤字で、経営改善は見られたが、未だに経営は苦しい状態である。

[編集] 主な成績

年度 レギュラーシーズン 最終結果 HC 備考
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2005-06 15 25 0.375 16.0(3.0) 80.3 84.3 -4.0 5位 5位 ジョワン・オールドハム
桶谷大(代行)
bjリーグ初年度
2006-07 22 18 0.550 7.0 82.6 81.2 +1.4 4位 3位 桶谷大
2007-08 19 25 0.432 7.0(3.0) 84.3 86.4 -2.1 西4位 -
2008-09 小川忠晴

ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している

[編集] 個人別タイトル

[編集] スタッフと選手

[編集] スタッフ

役職 名前
ヘッドコーチ 小川忠晴
アスレティックトレーナー 堀口陽子
通訳兼マネージャー 土井敦史

[編集] 選手

No. 名前 P 生年 身長、体重 出身 前所属
3 鈴木裕紀 PG 1977 181cm、70kg 神奈川県 新潟アルビレックスBB
23 佐藤公威 G 1984 186cm、84kg 新潟県 新潟アルビレックスBB
28 小原匡博 G 1982 171cm、67kg 東京都 千葉ピアスアローバジャーズ
30 デビッド・ライカル F 1984 203cm、100kg 米国カリフォルニア州 Los Angeles Lightning(IBL)
33 与那嶺翼 PG 1983 173cm、67kg 沖縄県 日本体育大学
34 リオン・ブリスポート PF/C 1977 207cm、108kg 米国ニューヨーク州 ヴァンダ・プシーウカット(フィンランド)
45 ジェフリー・プライス PF/C 1985 204cm、110kg 米国ミシシッピ州 ライジング福岡
50 ジェームス・ウィルキンソン PF/C 1981 206cm、116kg 米国ケンタッキー州 Sanitarias
52 佐藤博紀 SG 1982 185cm、85kg 千葉県 大塚商会
55 君塚大輔 G/F 1983 188cm、75kg 神奈川県 順天堂大学

[編集] 過去の所属選手

No. 名前 P 生年 身長、体重 出身 前所属
5 シャノン・ロング 1977 198cm、98kg 米国 カンザスシティ (ABA)
11 末松勇人 1982 192cm、85kg 大分県 専修大学
金苗祥充
提嶋政志
18 マイキー・マーシャル 1981 193cm、102kg 米国 バーミンガムバレッツ(イングランド)
22 レナード・ホプキンス 1982 190cm、86kg 米国 北テキサス大学
23 陰承民 1979 195cm、86kg 韓国 九州産業大学
34 ゲイブリエル・ヒューズ 1980 213cm、107kg 米国 カハ・リオハ(スペイン)
50 ジャック・ハートマン 1975 208cm、102kg 米国 ロングビーチABA
1 三友康平 1980 179cm、67kg 福岡県 福太郎クラブ
6 島袋脩 1982 187cm、75kg 沖縄県 天理大学
8 水町亮介 1981 185cm、81kg 佐賀県 新潟アルビレックスA2
12 ジェイソン・ブラクストン 1982 192cm、90kg 米国 ウェリントン・セインツ(ニュージーランド)
17 早川大史 1982 205cm、95kg 山梨県 東京日産自動車販売
29 ジャスティン・アレン 1981 203cm、98kg 米国 ノースウェスト・タスマニアサンダー(オーストラリア)
31 小川忠晴 1969 194cm、94kg 山口県 新潟アルビレックス
34 青木勇人 1974 193cm、91kg 神奈川県 東京アパッチ
40 クリス・エアー 1983 208cm、110kg 米国 Loyola Marymount(NCAA)
69 アンディー・エリス 1980 211cm、115kg 米国 ベシクタシュ・イスタンブール(トルコ)
12 ダカリ・ウォレス G 1984 183cm、78kg 米国ミシシッピ州 Jackson Jam(MBEL)

[編集] 外部リンク