四元数

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数学におけるハミルトンの四元数(しげんすう、quaternionクオータニオン)は、3つの虚数単位を持つ超複素数系のひとつである。

口頭では「クオータニオン」と呼ばれることも多い。

目次

[編集] 概要

四元数は発見者ウィリアム・ローワン・ハミルトン1843年)の名前にちなんでハミルトン数とも呼ばれる。四元数全体の成す集合はしばしば H または \mathbb{H} と書かれる。ハミルトンはもともと、ガウス平面と複素数との対応の類似として、空間の点とその運動をよく反映した数体系として実三次元の超複素数系(三元数)を構成しようと試みたがうまくいかず、しかし、四元数の体系を発見することによってその目的を果たした。

各種の代数理論やベクトル解析は四元数の刺激を受けて発展したものであり、その意味で歴史的な意義は非常に大きかったが、四元数それ自体の応用が為されるまでは一世紀ほどの長時間を要した。さしたる実用性も見出せず、ハミルトンを崇拝する四元数カルト的な一党があったこともあり、一時四元数そのものがタブー視されていたという側面もある。有名なところではマクスウェル電磁方程式の四元数を用いた定式化を行っているが、一般に用いられるのはベクトル表記によるものである。その後1980年代以降の急速な情報処理機材の進歩に伴って発展した立体画像コンピューターグラフィックスや人工衛星の姿勢制御などに欠くべからざる理論となった。

−1 の平方根の存在を肯定することにより得られた複素数(二元数)では、乗法に左右の対称性(交換法則 ba = ab)が成立するが、四元数においてはもはや乗法の交換法則は一般的には成立しない。交換法則が成立しない体系の例として、行列の積や三次元ユークリッド座標空間におけるベクトル積が挙げられるが、これらは密接な関係を持っていることが知られている。これらの体系では、交換法則は成立しないが、ある種の交代性(歪対称性)が共通した演算規則として含まれており、四元数の虚部を三次元の座標空間とみたとき、四元数はその性質をよく反映する体系となる。

全ての四元数の虚部は三次元座標空間の一点と同一視することができ、さらに実部はその点における特別なスカラの物理量を代表させることも可能である。空間の中の有限個の点によって代表される物体は、これらの点の数と同数の四元数の集合によっても代表できると考えられる。四元数の和・差は座標空間内の平行移動に対応し、四元数による内部自己同型 (∃aH; xaxa−1) は座標空間内に(原点を中心とする)回転を引き起こす。内部自己同型ではノルムが保たれるから、とくに単位四元数絶対値が 1 であるような四元数;単位クオータニオン)を三次元空間内の回転に対応させることができるが、単位四元数の乗法逆元は共役四元数として得られるので、回転を表す代数的な演算は除算を用いることなく四元数の乗法に帰着される。

単純な掛け算では旋回の赤道面内の点は正しく旋回するが、赤道面から離れた点では誤差が生ずると言う問題がある。この誤差を解消するためには、

  1. 実部と虚部を分けて演算する。
  2. 共役四元数を利用する。
  3. 左側からの積と右側からの積を計算し差を採る。

などの工夫が行われる。従来、物体の並進と旋回を計算する演算は、四行四列の行列を掛ける方法が広く普及していたが、この行列に比べ四元数は要素数が少なく、従って計算量も少なくて済む利点が再認識された。

実部がゼロであるような四元数を、純虚四元数と呼ぶことにし、前述の点の位置を純虚四元数で表すと、演算の一部を省略することができ、かつ歪除去の工夫も簡略化できる。さらに純虚四元数は三次元ベクトルと同一視できる性質を備えており、二つの純虚四元数の積の虚部はベクトル積であり、その実部はスカラー積の符号を変えたものであると見ることができる。三重積は、ベクトルを使った定義は複雑・難解だが、純虚四元数を用いれば簡単・明解な定義となる。このように、四元数は演算速度の改善のみならず、理論的思考過程の簡素化にも効果があり、今後の進展が期待される。

[編集] 定義

四元数全体の成す集合 H には、実数全体の成す R 上の {1, i, j, k} を基底とする 4 次元ベクトル空間としての構造

\mathbb{H} := \{x\cdot 1 + yi + zj + wk \mid x,y,z,w\in\mathbb{R}\}
(x + yi + zj + wk) + (x' + y'i + z'j + w'k): = (x + x') + (y + y')i + (z + z')j + (w + w')k,
\lambda(x+yi+zj+wk) := \lambda x +\lambda yi + \lambda zj + \lambda wk (\lambda\in\mathbb{R})

に加えて、次のように乗法が定義されている:

  1. 積は結合法則を満たし、和に対して分配法則を満たす。
  2. i 2 = j 2 = k2 = ijk = −1 。

四元数の積は、多項式と見なして掛け算を行い、上記の規則にしたがって基底の計算を行って、再度四元数の形に整理するという手順と思うことができる。

[編集] 基底の代数構造

詳細は「四元数群」を参照

i 2 = j 2 = k2 = ijk = −1 という規則から、

  • ij = −ji = k,
  • jk = −kj = i,
  • ki = −ik = j

などが得られ、基底とそのマイナス元を合わせて考えた集合 Q8 = {±1, ±i, ±j, ±k} が乗法について閉じていることが確認できる。このとき、Q8 の乗積表は

× 1 i j k −1 i j k
1 1 i j k −1 i j k
i i −1 k j i 1 k j
j j k −1 i j k 1 i
k k j i −1 k j i 1
−1 −1 i j k 1 i j k
i i 1 k j i −1 k j
j j k 1 i j k −1 i
k k j i 1 k j i −1

となり、Q8 が位数 8 の非可換群を成すことが確かめられる。Q8四元数群と呼ばれる。

[編集] 実数体上の構造

[編集] 四元数体の計量

四元数 q = x + yi + zj + wk に対して、

 \mathbf{q}^* = x - yi - zj - wk

と表される四元数 q* を、四元数 q の(四元数としての)共軛あるいは共軛四元数であるという。四元数 q被約ノルム Nrd(q) および絶対値 |q| がそれぞれ、

\mathrm{Nrd}(\mathbf{q}) = \mathbf{q}\mathbf{q}^* = x^2 + y^2 + z^2 + w^2 \in \mathbb{R}_{\ge 0}

および、

|\mathbf{q}| = \sqrt{N(\mathbf{q})} = \sqrt{x^2+y^2+z^2+w^2}\in\mathbb{R}

として定義される。この絶対値は、四元数の内積を実四次元の数ベクトル空間 R4 における標準内積にしたがって、四元数 q = x + yi + zj + wkq′ = x′ + yi + zj + wk に対して、

\mathbf{q}\cdot\mathbf{q'} := xx' + yy' + zz' + ww'

によって与えたときの内積の定めるノルムと同じものである。絶対値によって定まる距離関数 d(a, b) = |ab| によって H は距離空間と見ることができる。この距離空間 (H, d) はノルム空間であり、H は距離 d に関して完備であるので、H は実 4 次元のバナッハ空間になる。

[編集] 単位四元数

四元数全体 H を 4 次元の座標空間 R4 と見なすと絶対値が 1 の四元数の全体 {qH | |q| = 1} は単位 3-球面 S3 = {(x, y, z, w) ∈ R4 | x2 + y2 + z2 + w2 = 1} と見なされる。

[編集] 代数構造

四元数の定義からただちに乗法に関する交換法則が成立しないことがわかる。しかし、H単位的(非可換)環の条件はすべて満たす。また、0 でない全ての四元数は逆元をもつ。実際、四元数 q のノルム

Nrd(q) = qq* = q*q

が 0 でないならば、ノルム Nrd(q) は実数値なので逆元 Nrd−1(q) が実数として取れて、両辺スカラー Nrd−1(q) 倍すれば

q − 1 = Nrd(q) − 1q *

を得る。したがって、四元数全体の成す集合 HR 上の非可換体であり、これを(ハミルトンの)四元数体と呼ぶ。

  • H は体の巡回拡大 C/R と複素共軛をとる R-同型に付随した巡回多元環である。
  • H の内積あるいはノルム Nrd は乗法的で (H, Nrd) は二次代数を成す。

[編集] 純虚成分の幾何

四元数 q = w + xi + yj + zk に対して、wq実部実成分 (real part) あるいはスカラー成分 (scalar part), x, y, z あるいは xi + yj + zkq虚部純虚成分 (purely imaginary part) あるいはベクトル成分と呼ぶ。四元数の純虚成分に属する(つまり実部が 0 の)四元数 q純虚四元数と呼ばれ、四元数共軛を用いれば q* = −q となることによって特徴付けられる。

純虚成分 xi + yj + zk を三次元空間ベクトル xi + yj + zk = (x, y, z) に対応付けることができる。

多項式 X2 + 1 の根は通例として複素数の範囲内で考え、代数学の基本定理からその根は ±i の2つしかないと考えるが、四元数の範囲で考えると根は i, j, k を含めて無限に存在する。実際、四元数 qq2 + 1 = 0 を満たすなら、q(−q) = (−q)q = 1 と書き直せるので、Nrd(q) = 1, q* = −q となることが必要十分である。したがって、

\{q\in\mathbb{H}\mid \mathrm{Nrd}(q) = 1, q^* = -q\} = \{ (x,y,z)\in\mathbb{R}^3\mid x^2+y^2+z^2=1\} = S^2

X2 + 1 の根全体に一致する。

[編集] 複素数体上の構造

複素数 α = x + yi を、四元数 x + yi + zj + wkz = w = 0 とおいたものと思うと、H は複素数の全体 C を部分体として含み、加群として H = C + Cj と分解されて、HC 上の 2 次のベクトル空間になっている。複素数を H の元と見てつくった共軛四元数は、ちょうど共軛複素数に一致するので、四元数の共軛は複素共軛の拡張である。

複素数 α = x + yiに対して、

jα = jx + jyi = xj + y(−ij) = (xyi)j = α*j

という、ひねられた形の交換法則が成り立つということに気をつければ、C 上の環としての H の積は

(α + βj)(γ + δj) = (αγ − βδ*) + (αδ + βγ*)j

によって求められる。逆に複素数(あるいはもっと一般に共軛をとる対合をもつ代数系)から、このような性質を持つ新しい虚数単位 j と積をつかって階数 2 の環を構成する方法をケーリー=ディクソンの構成法という。実数体 R の恒等変換を実数の共軛と思うと、HR からケーリー=ディクソンの構成法を二回使って得られる代数系であり、また H にケーリー=ディクソンの構成法を使って得られる代数系は八元数体である。

[編集] 行列模型

かってな四元数 q に左から別の四元数 a を掛けるという操作 La は、

  • La(q1 + q2) = a(q1 + q2) = aq1 + aq2 = La(q1) + La(q2)
  • Laq) = aλq = λaq = λLa(q) (λ ∈ R)

を満たし、四元数の全体 H で定義された R-線型変換となる。H を実 4 次元の座標空間 R4 と同一視して、a にこの線型変換 La を対応させることによって、四元数を行列によって表示することができる。この対応 aLa は単位的非可換環の準同型となるので、実数体 R 上の 4 次全行列環 M4(R) に


  \left\{\left.
    \begin{pmatrix}
      x & -y & -z & -w \\
      y & x & -w & z \\
      z & w & x & -y \\
      w & -z & y & x
    \end{pmatrix} \,\right|\, x,y,z,w \in \mathbb{R}
  \right\}

という四元数体 H のモデル(模型)が構成される。この場合、基底の対応が

 1 \leftrightarrow \begin{pmatrix}
 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 
\end{pmatrix},\quad i \leftrightarrow \begin{pmatrix} 
 0 & -1 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 1 & 0
\end{pmatrix},\quad j \leftrightarrow \begin{pmatrix} 
 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0
\end{pmatrix},\quad k \leftrightarrow \begin{pmatrix} 
 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0
\end{pmatrix}

によって与えられていることを確認することは容易である。

H はまた、複素数体 C 上の 2 次全行列環 M2(C) の部分体としてのモデル(模型)を持つ。C 上の 2 次行列環における実現は


  \left\{\left.
    \begin{pmatrix}
      \alpha & \beta \\
      -\beta^* & \alpha^*
    \end{pmatrix} \,\right|\, \alpha, \beta \in \mathbb{C}
  \right\}

となることが確かめられる。このとき、R-基底の対応は

1 \leftrightarrow \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix},\quad
i \leftrightarrow \begin{pmatrix} i & 0 \\ 0 & -i \end{pmatrix},
j \leftrightarrow \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix},\quad
k \leftrightarrow \begin{pmatrix} 0 & i \\ i & 0 \end{pmatrix}

によって与えられている。

[編集] 三次元の回転

前述のように、一つの四元数によって3次元空間内の座標(虚部)と付随する性質(実部)を組にして表現することができる。そこで、三次元空間内の物体を想定した時、ある軸(三次元のベクトル)に対する回転(スカラ)を一つの四元数によって表すことができ、また複数の回転の複合も四元数の積で計算することができるので便利である。

回転を表す四元数をq、回転させたいベクトルをvqの共役四元数をqとすると、回転後のベクトルv′

v′ = qvq

で得られる。

回転を表す四元数は次のようになる。物体の記述にはNED座標を用いることが一般的であり、図で言えば、飛行機が存在する点を原点、機首方向をX(North、前)、機体の右方向をY(East、右)、機体の下方向をZ(Down、下)とする。

  1. 機首をZ軸まわりに角度φだけ左右に振る回転(青色)
  2. 機首をY軸まわりに角度θだけ上下に振る回転(緑色)
  3. 機体をX軸まわりに角度ψだけバンクさせる(両翼を互いに反対方向に上下させる)回転(赤色)

はそれぞれ、以下の四元数で表される。

  1. [ cos(φ/2), ( 0, 0, sin(φ/2) ) ]
  2. [ cos(θ/2), ( 0, sin(θ/2), 0 ) ]
  3. [ cos(ψ/2), ( sin(ψ/2), 0, 0 ) ]

[編集] 一般化

可換 R 上の階数 4 の自由加群 Q = R + Ri + Rj + Rk に上で定義した四元数と同様に積を定める。具体的には、基底 {1, i, j, k} の間の積を α, β ∈ R に対し、

i2 = α, j2 = β, k2 = -αβ,
ij = −ji = k, jk = −kj = −βk, ki = −ik = −αj

と定義して、その積を Q 全体に線型に拡張する。

このとき、QR 上の多元環になる。Q一般四元数環 (generalized quaternion) あるいはもっと明示的に、R 上の (α, β) 型四元数環とよぶ。例えば、R が実数体 R であるときの (−1, −1) 型四元数環 Q が最初に定義した四元数体 H である。

例えば、複素数体 C 上で (−1, −1) 型の四元数環

\{\xi + \eta i + \zeta j + \omega k \mid \xi,\,\eta,\,\zeta,\,\omega \in \mathbb{C} \}

を考えることができ、これを H複素化C への係数拡大)と呼んで、HC などと記す。またこの場合は H に含まれる四元数を特に、実四元数(実型の四元数)と呼ぶこともある。またその場合は四元数 q = x + yi + zj + wkx にあたる部分を、実部とは呼ばずに qスカラー部分などと呼んだりする。HC は実数体 R 上のベクトル空間としては 8 次元ベクトル空間としての構造をもっていることになる。

K が体ならば K 上の四元数環は斜体であるか K 上 2 次の全行列環 M2(K) に同型である。実際に、M2(C) における H の行列模型の R-基底は M2(C) の C-基底であるので、行列表現は

\mathbb{H}_{\mathbb{C}} = \mathbb{H} \otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C} \simeq M_2(\mathbb{C})

という C-同型に拡張される。つまり、CH の分解体であり、この同型を通して H の元の行列表示の行列式を計算したものが四元数の被約ノルムである。

また、体上の四元数環は巡回多元環の一種である。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク