ビリー・ジャック・ヘインズ

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ビリー・ジャック・ヘインズ
プロフィール
リングネーム ビリー・ジャック・ヘインズ
ビリー・ジャック
ビリー・ヘインズ
ブラック・ブラッド
本名 ウィリアム・ヘインズ・ジュニア
身長 191cm
体重 120kg - 125kg
誕生日 1953年7月10日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オレゴン州ポートランド
スポーツ歴 ボディビル
デビュー 1982年
引退 1996年
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ビリー・ジャック・ヘインズBilly Jack Haynes1953年7月10日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。本名はウィリアム・ヘインズ・ジュニアWilliam Haynes Jr. )。オレゴン州ポートランド出身。

1980年代を代表する筋肉派レスラーの1人であり、地元のオレゴン地区をはじめ、南部エリアWWFなどでベビーフェイスのパワーファイターとして活躍した。

来歴[編集]

ボディビルのミスター・パシフィック・コースト・コンテストに出場した際、オレゴンワシントンなど太平洋岸北西部をサーキットエリアとするPNW(パシフィック・ノースウエスト・レスリング)のドン・オーエンにスカウトされ、1982年8月にデビュー[1]

トム・ローリン主演のアクション映画シリーズの主人公と同名のビリー・ジャックリングネームに、鍛え上げられた肉体を誇る硬派のベビーフェイスとして売り出され、1983年10月7日にはダイナマイト・キッドからNWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を奪取[2]。同月はシアトルポートランドにて、ハーリー・レイスNWA世界ヘビー級王座にも連続挑戦している[3]

1984年からはNWAの南部テリトリーにも進出し、フロリダではダスティ・ローデスのパートナーとなって、スーパースター・ビリー・グラハムジム・ドゥガンディック・スレーターバズ・ソイヤーなどのヒール勢と抗争[4]。同年3月29日にはケンドー・ナガサキを破り、NWAフロリダ・ヘビー級王座を獲得[5]。新NWA世界王者のリック・フレアーにも再三挑戦した[6]

しかし、トム・ローリンが『ビリー・ジャック』の名称使用に関してクレームを起こしたため、以後リングネームの変更を余儀なくされる。1985年は本名のビリー・ヘインズ名義でテキサス州ダラスWCCWに登場し、1月7日にジノ・ヘルナンデス(王者クリス・アダムスの代打)を下してTV王座を獲得[7]。3月には新日本プロレスにビリー・ジャックの名で初来日。アントニオ猪木とのシングルマッチも実現した。

以降はファミリーネームを冠したビリー・ジャック・ヘインズを正式なリングネームとして活動。フロリダでは1985年5月にワフー・マクダニエルと組んでリック・ルード&ジェシー・バーからUSタッグ王座を奪取[8]。タイトルは同年12月まで保持し、王者チームとしてジム・クロケット・プロモーションズにも出場、11月28日の『スターケード'85』ではオレイ・アンダーソン&アーン・アンダーソンミネソタ・レッキング・クルーと対戦した。1986年は新日本プロレスへの再来日を経て、4月12日に古巣のPNWにてボビー・ジャガーズを破り、パシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座への4度目の戴冠を果たしている[2]

1986年6月、WWFに移籍。同じ筋肉派のハーキュリーズブッチ・リードと抗争を繰り広げ、1987年3月29日の『レッスルマニアIII』ではハーキュリーズとのシングルマッチが行われた[9]キングコング・バンディワンマン・ギャングなどの巨漢にも得意技のフルネルソンを仕掛けて怪力ぶりをアピールし、ブリティッシュ・ブルドッグスともトリオを組んだが、選手層の厚いWWFでは大きな活躍は果たせず[10]1988年の初頭にWWFを退団した(地元ポートランドでのジョブを拒否したため解雇されたともされている[11][12])。

WWF離脱後はPNWに戻り、1989年8月には新日本プロレスに3年半ぶりに来日。1990年カリフォルニア州マリナ・デル・レイのハーブ・エイブラハム派UWFに出場し、WWFでタッグを組んだこともあるケン・パテラと抗争。1991年にはブラック・ブラッドBlack Blood)なるヒールの覆面レスラーに変身してWCWに短期間登場、ケビン・サリバンの用心棒を演じ、7月14日の『グレート・アメリカン・バッシュ'91』ではビッグ・ジョッシュランバージャック・マッチで対戦するも敗北を喫した[13]

その後もオレゴン地区を主戦場に活動し、PNWの後継団体CWUSA(チャンピオンシップ・レスリングUSA)にも主力選手として参戦。1994年8月には同団体と提携していた剛竜馬の『剛軍団』に来日、チャボ・ゲレロとのコンビで剛&ジェシー・バーの保持するCWUSAインターナショナル・タッグ王座に挑戦した。1995年ジェリー・ローラーらが主宰していたテネシー州メンフィスUSWAに登場。ブライアン・クリストファーブラッド・アームストロングを破り、USWAヘビー級王座を2回獲得した後[14]1996年に引退した。

2006年1月、ホームタウンのポートランドにて、麻薬売買のトラブルが原因とされる暴行事件に遭っている[15]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『THE WRESTLER BEST 1000』P216(1996年、日本スポーツ出版社)
  2. ^ a b c NWA Pacific Northwest Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  3. ^ Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1983”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  4. ^ Wrestler: Billy Jack Haynes”. The Archives of Championship Wrestling from Florida. 2011年2月24日閲覧。
  5. ^ a b NWA Florida Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  6. ^ Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1984”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  7. ^ a b World Class Television Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  8. ^ a b NWA United States Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  9. ^ WWF WrestleMania III”. pWw-Everything Wrestling. 2011年2月24日閲覧。
  10. ^ WWE Yearly Results 1987”. The History of WWE. 2011年2月24日閲覧。
  11. ^ Billy Jack Haynes shoot interview”. RF Video: June 4, 2006. 2011年2月24日閲覧。
  12. ^ Takedown in the ring extends to real life”. The Portland Tribune: February 14, 2006. 2011年2月24日閲覧。
  13. ^ WCW Great American Bash 1991”. pWw-Everything Wrestling. 2011年2月24日閲覧。
  14. ^ a b USWA Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。
  15. ^ Maybe it just slipped his mind”. The Portland Tribune: February 21, 2006. 2011年2月24日閲覧。
  16. ^ NWA Pacific Northwest Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年2月24日閲覧。

外部リンク[編集]