ブリティッシュ・ブルドッグス
ザ・ブリティッシュ・ブルドッグス(The British Bulldogs)は、プロレスにおけるタッグチームである。
イギリス出身のプロレスラー、ダイナマイト・キッドとデイビーボーイ・スミスによって組まれ、ブリティッシュ・ブルドッグスのチーム名は彼らが1985年にWWF入りした際に付けられた[1]。
デイビーボーイ・スミスとのチーム解消後、ダイナマイト・キッドは全日本プロレスにおいてジョニー・スミスをパートナーに新たなブリティッシュ・ブルドッグスを結成した。この両者によるチームは便宜上オリジナルとの混同を避けるため、ニュー・ブリティッシュ・ブルドッグスとも呼ばれる。
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来歴 [編集]
1980年代前半、ダイナマイト・キッドは新日本プロレスのジュニアヘビー級戦線で藤波辰巳や初代タイガーマスク(佐山聡)らと激闘を繰り広げ、スターとして活躍していた。キッドの従兄弟であるデイビーボーイ・スミスも1983年11月より新日本マットに参戦、ジュニアヘビー級では突出したパワーファイターとして人気レスラーの仲間入りを果たした。
1984年11月、全日本プロレスへ揃って電撃移籍し、本格的にタッグチームを結成する。ヘビー級のレスラーがメインの全日本マットでもスピーディーなコンビネーションで活躍、肉体的にもビルドアップし、両者ともヘビー級に転向した。当時の全日本マットでは、カルガリー出身のカナディアン・ルイス(ベン・バサラブ)を加えたトリオでも活動している。
1985年よりWWFと契約し、「ブリティッシュ・ブルドッグス」のチーム名で売り出される。マスコット犬の雌ブルドッグ "マティルダ" を帯同し、キャプテン・ルー・アルバーノをマネージャーに迎え、ベビーフェイスのタッグチームとしてWWFの全米サーキットに参加。超大型コンビのビッグ・ジョン・スタッド&キングコング・バンディ、反米タッグのアイアン・シーク&ニコライ・ボルコフ、ベテランのザ・ファンクスなど、様々なチームを相手に好勝負を展開する。特に、カナダ・カルガリー時代の盟友でもあるハート・ファウンデーション(ブレット・ハート&ジム・ナイドハート)は彼らの最大のライバル・チームであり、全米各地で熾烈な抗争を繰り広げた。
同じ英国人のオジー・オズボーンがセコンド役を務めた1986年4月7日のレッスルマニア2では、ドリーム・チーム(グレッグ・バレンタイン&ブルータス・ビーフケーキ)を破りWWF世界タッグ王座を獲得。翌1987年1月26日にハート・ファウンデーションに敗れるまで、長期間に渡って王座を保持した[2]。
その後もドン・ムラコ&カウボーイ・ボブ・オートン、デモリッション(アックス&スマッシュ)、ブレーン・バスターズ(タリー・ブランチャード&アーン・アンダーソン)らと激闘を展開。モントリオール出身のフランス系カナダ人チーム、ファビュラス・ルージョー・ブラザーズ(レイモンド・ルージョー&ジャック・ルージョー)とはリング内外で抗争劇を演じた[3]。
アメリカマットで大きな実績を築いた後、1988年末にWWFを離脱。その後は全日本プロレスに復帰するが、1990年にチームを解散。デイビーボーイ・スミスはシングルプレーヤーとなり、その際WWFでは「ブリティッシュ・ブルドッグ」のリングネームを名乗った。
ニュー・ブリティッシュ・ブルドッグス [編集]
一方キッドは全日本プロレスでジョニー・スミスをパートナーに新生ブリティッシュ・ブルドッグスを結成した。
この新コンビでアジアタッグ王座を獲得するものの、キッドが1991年末に現役引退を表明したために解散。1993年にキッドが現役復帰した際、一時ジョニー・スミスとのタッグを復活させたが、再び来日が途絶えるようになり、チームは継続しなかった。
獲得タイトル [編集]
- ブリティッシュ・ブルドッグス (オリジナル)
- ニュー・ブリティッシュ・ブルドッグス
脚注 [編集]
- ^ このチーム名は、WWF入りにあたり彼らと初めての会合を持ったビンス・マクマホンが、2人の肉体と風貌を見て「君たちはブルドッグみたいだな」と言ったことに起因する(『ピュア・ダイナマイト-ダイナマイト・キッド自伝』P128 / 2001年:エンターブレイン ISBN 4-7577-0639-1)。また、ブルドッグはイングランド原産で、英国を象徴するものでもある。
- ^ “History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年10月11日閲覧。
- ^ “Backstage Heat: Jacques Rougeau & The Dynamite Kid”. Online World of Wrestling. 2010年10月11日閲覧。