エルカセット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
エルカセット(DUAD LC-60)

エルカセット(ELCASET)は、文庫本大(152mm×106mm×18mm)のカセットシェルに1/4インチ幅(6.3mm / オープンリールテープと同一)のテープを収め、コンパクトカセットの2倍の走行速度9.53cm/s、A/B各面2チャンネルでアナログ磁気記録再生するための、カセットおよび録音再生装置(デッキ)の規格名である。

カセットテープが普及しつつも、その性能や音質が改良途上の1976年に、「オープンリールの音を、カセットに。」という開発思想の下、ソニー松下電器産業(現パナソニック)ティアック(TEAC)の3社が提唱した記録メディア規格である。実際の商品群は1976年6月以降、ソニー EL-7を筆頭に規格提唱各社から発売された。

概要[編集]

エルカセットの機構図
エルカセットのトラックパターン

テープをカセットシェルから上部に引き出して、逐次テープガイド・ヘッド・キャプスタンにローディングする技術が、エルカセットシステムの大きな機構上の特徴で、カセットシェル精度誤差による互換性低下(高域特性の悪化)防止や、テープ走行系の安定による高音質化を狙っている。その他の録音・再生システムとしては特に目新しい事はなく、当時の標準的なカセットデッキのシステムと同様の構成である。

カセットシェルには、スライド式の誤消去防止タブ、リールストッパの採用、光電センサによるテープエンド検出穴が設けられるなど、コンパクトカセットの使い勝手の良さを生かしつつ、さらなるハンドリング向上を目指した。また、コントロールトラックエリアも設けられ、頭出しなどを容易にする仕様も盛り込まれ、試作品は発表されたが製品化された実例はなかった。

テープローディングとカセットシェルの構造は、当時規格化されていたベータマックスVHSビデオ用カセットに共通する技術であり、技術面での交流があったことが想像できる。

テープの磁性体には、酸化鉄、コバルト系酸化鉄が使用された。

磁気記録特性では、Fe-Crテープ使用時のコンパクトカセット比で、テープ速度が2倍・トラック幅が約1.6倍に広がったことによる、高域特性の改善(10kHzで約10dB以上のMOL拡大)とノイズレベル低下効果によってS/N比62dB(DOLBY-B NRオフ時)を達成していた。

経緯[編集]

大きさの比較 エルカセット(左)とコンパクトカセット(右)

現在では失敗規格の典型のように世界中で語られるエルカセット規格だが、より子細にその原因を区分すると以下のようなものであろう。

コンセプトミス[編集]

  • 仕様上の問題
    • 明らかにコンパクトカセットより高性能なシステムで、発表当時こそ評判を呼んだが、カセットシェル(メディア)のサイズが大きいこと、その反面オープンリールのようなテープの切り貼りによる編集が実質的に不可能であることによって結果的に双方の短所を併せ持つような構造になり、また実質的な規格参加メーカーが4社と非常に少なく留まったことなどが、普及・一般化の阻害要因となり続けた。
    • 4社以外の主要オーディオメーカーも規格には賛同し、試作機こそ展示会に参考出品したものの、市場活性化の様子が見られないために、その後も製品化は行われなかった。
  • テープ価格の問題
    • 大型化されたことでテープ価格がコンパクトカセットの約3倍、標準的なオープンリールテープと比較しても約1/2と高めだったため、エアチェックテープを沢山作りたい人々やレコードからコピーして気軽に音楽を楽しみたい、と思う層に応えられなかった。
  • 主要なターゲットの見極めミス
    • 音質面では、カセットテープ比で2倍の走行速度と1.5倍幅と、単位面積が3倍であるためカセットテープより当然良いのだが、オープンテープでは9.5cm/sは音楽用には難があると見なされていて、19cm/sが中心であったオープンデッキユーザー層[1] の音質要望に応えるものではなかった。
  • 類似市場との競合
    • 発売されたテープデッキの価格がオープンリールデッキ市場の価格帯と微妙に競合したため、当時のハイエンドオーディオファン[2]がオープンリールデッキに再度目を向けさせる機会を与えることともなった。これは、価格面で優位性を持てなかったことが結果的に競合相手市場の再活性化を促すことになった訳であり、同じオーディオメーカー業界としては大変皮肉な出来事である。
  • 規格ネーミングの問題
    • エルカセットの「エル」はLargeのエルで、L-CASETTEからの造語であるという。このネーミングからも、カセットの大きいことが「良し」として市場認知されるだろう、との読みがあったと想像されるが、現実の市場反応は正反対の非常に冷たいものであった。特にソニーでは再三「小型化=高性能化」という広告コピーを使用しており[3]、そのコンセプトを否定するような新商品でオープンリール→コンパクトカセットという進化に逆行するかのように受け止められたことが、市場の反発を招く結果となった。

市場の変化[編集]

  • デジタルオーディオの誕生
    • エルカセット発表の1976年には、いわゆるデジタルオーディオ化に向けた「PCM録音」のシステムが発表されている。続く1977年、同じSONYから「PCM-1 PCM AUDIO UNIT」(¥480,000)が発売されている。これはビデオデッキと組み合わせて使う、A/D,D/Aコンバータだが、時代はまさにデジタルオーディオの足音が聞こえつつある頃であった。つまり、アナログの物量投入作戦より、デジタル化による高音質化の時代になっていたことも、エルカセットシステムが受け入れられなかった要因の一つである。
  • メタルテープの登場
    • 製品化から間もない1978年頃にはコンパクトカセット向けのメタルテープの市場投入が始まり、以後ノイズリダクションシステムの改良も伴ってカセットデッキの性能や音質が飛躍的に向上した。

エルカセットシステムとしては、カセットデッキの性能向上と、オープンデッキ市場の再活性化、そしてビデオテープを使用したPCM録音の普及[4]が決定的な打撃となり、1980年代初頭には、忘れ去られるように自然消滅している。

下馬評[編集]

  • ソニー対松下電器産業の戦い
    • ELCASET登場時期には、ホームビデオデッキ規格の「ベータマックス規格」「VHS規格」のいわゆるビデオ戦争が始まっている。実質的にソニー対松下電器の戦いと言われたが、その両者が参加している「ELCASET規格」は、“犬猿の仲”と化しつつあった2社間の規格戦争の煽りを食らい、松下電器がそれほど注力しなかったから普及しなかったのでは?、という評価もあった。
  • 規格特許に対する警戒
    • 共同開発3社以外がエルカセットシステムを生産する場合、技術情報の完全な無料提供ではなく一部に特許料をとるべきとする会社があり、3社の足並みが揃わないことを理由として、他のメーカーが傍観し警戒し出したことが噂された。

テープの種類[編集]

ケース外観(左から Type-I,Type-II,Type-III)

記録可能時間の標準表記はコンパクトカセットに倣って、「テープ規格-録音時間」の形式である。例えば、60分タイプは「LC-60」と表記される。なお、メーカーによっては、標準表記以外の独自の製品型番表現がある。

  • メーカー別の記録時間表記
記録時間 ソニー Technics Lo-D
30分 LC-30 (N.A) (N.A)
60分 LC-60 RT-60 LC60
90分 LC-90 RT-90 LC90
※30分タイプは、デモテープなど特殊用途のみで流通した模様。
  • テープ仕様
TYPE ソニー Technics Lo-D
I (NORMAL) SLH XDLC LH
II (Fe-Cr) DUAD EXLC (N.A)
III (CrO2) (N.A) XALC (N.A)
  • 定価(ソニーの場合)
TYPE 価格
LC-60 SLH ¥1,500
LC-90 SLH ¥2,000
LC-60 DUAD ¥2,500
LC-90 DUAD ¥3,000
  • 誤消去防止タブの色分け
テープ仕様別に「誤消去防止タブ」が下記のように色分けされている。開封直後の(新品の)カセットシェルにはラベルが貼られていないが、ラベルなしでもテープ TYPE の目視判別が可能である。
Technicsブランドのテープでは、外箱そのものの地色が、各タイプと同系色で区分されていた。
TYPE
TYPE I
TYPE II
TYPE III
TYPE IIIのエルカセットテープはTechnicsブランドから「RT-60XALC」「RT-90XALC」として発売されたのが唯一で、盟主であるソニーブランドからは発売されなかった。価格はRT-90XALCで¥4,500とオープンテープ10号タイプ並に高価で、当時のオーナーで実際に使っていたというケースは少なかった。そのため中古市場でもほとんど登場しない。この当時、六価クロム汚染公害が社会問題化しており、その余波でクロムテープ市場と、その生産が縮小されつつあった事が考慮されたためと思われる。
「ELCASET-DR」用の「T-180GL」は、TYPE IIIと表記され、価格も¥4,500と同額である。
「TYPE xx」という表記は、以後コンパクトカセットにも受け継がれたが、上記のとおり、同じTYPE表記でも実際の磁性体種との組み合わせがコンパクトカセットとは異なっている[5]点に注意が必要である。
  • テープの生産
すべてソニーが生産して自社販売する他、松下電器産業や日立Lo-DへOEM供給をしていた(日経産業新聞、1976/5/12記事)。なお、ティアックはテープの生産・販売は一切行わなかった。

ELCASET規格の表記[編集]

正しくは「エルカセット」、「ELCASET」のいずれかであり、それ以外の表記は誤りである。当時、オーディオ専門雑誌でさえ、Lカセット・ELカセットなどと書かれたものが一部で見受けられた。 なお、「エルカセット」および「ELCASET」はソニーの登録商標(日本第1402545号)である。

発売製品一覧[編集]

  • ソニー (SONY)
    EL-7(¥198,000)、EL-7B(¥204,000)、EL-5(¥128,000)、EL-4(¥99,800)
    EL-D8(¥150,000)※唯一のポータブル機
  • Technics(松下電器産業)
    RS-7500U(¥128,000)
  • ティアック (TEAC)
    AL-700(¥198,000)
  • Lo-D(日立)
    D-9000(¥198,000) ※ソニー EL-7のOEMバージョン

その他、海外では以下の製品も発売されていた模様。

  • WEGA ※ドイツのメーカー?
    E4950 ※ソニー EL-7のOEMバージョン
  • JVC(日本ビクター)
    LD-777 ※日本では発売せず(LD-777SAはプロトタイプ版)

応用製品[編集]

各記録メディアの時代、音楽記録メディアはデータレコーダーや、コンピュータのバックアップメディアにも転用されるのが通例だが、エルカセットも同様にELCASET-DR規格として、多チャンネル化されて医療機器などのデータロガーに利用された。この製品は1978年11月にソニーマグネスケール社から「FRC3907(9Ch用)」(185万円)、 「FRC3507(5Ch用)」(115万円)として発売された。記録上限周波数を高めるため、38cm/sのテープ走行速度も可能だった。なお、ELCASET-DR規格用のエルカセットテープには TYPE III の表記があり、音楽録音用途への流用も可能と思われる。

スペック例(SONY EL-7の場合)[編集]

  • トラック方式
    4トラック2チャンネル
  • テープスピード
    9.5cm/s
  • 録音バイアス周波数
    160kHz
  • 使用ヘッド
    録音F&Fヘッド×1、再生F&Fヘッド×1、消去ヘッド×1
  • 使用モーター
    キャプスタン用 FG付周波数サーボモーター×1(クローズドループ・デュアルキャプスタン方式)
    リール用 コアレスモーター×2(ダイレクトドライブ)
  • 周波数特性
    TYPE-II DUADテープ使用時
    15~27kHz
    25~22kHz(±3dB)
    TYPE-I SLHテープ使用時
    15~25kHz
    25~20kHz(±3dB)
  • S/N比
    DOLBY-B NR OFF時
    59dB(TYPE-I,SLHテープ)
    62dB(TYPE-II,DUADテープ)
    DOLBY-B NR ON時
    5dB改善(1kHzにて)、10dB改善(5kHz以上にて)
  • ワウフラッター
    0.04%(WRMS)
  • ひずみ率
    0.8%(TYPE-II,DUADテープ)

(SONY EL-7のService Manualから)

歴史[編集]

  • 1976.4.12 エルカセットシステム・3社共同発表
  • 1976.6.21 SONY デッキ EL-7 発売
  • 1976.6.21 SONY テープ LC-60SLH、LC-60DUAD 発売
  • 1976.7.21 SONY デッキ EL-5 発売
  • 1976.9.?? Technics デッキ RS-7500U 発売
  • 1976.10.22 OTTO デッキ(型番不明)を第25回全日本オーディオフェア(10/22~27)に試作機を出品
  • 1976.10.22 Aurex デッキ(型番不明)を第25回全日本オーディオフェア(10/22~27)に試作機を出品
  • 1976.10.22 アイワ デッキ(型番不明)を第25回全日本オーディオフェア(10/22~27)に参考出品
  • 1976.11.21? SONY デッキ EL-7B 発売(EL-7のブラックバージョン)
  • 1976.12.1 TEAC デッキ AL-700 発売
  • 1977.6.21 SONY デッキ EL-4 発売
  • 1977.6.?? SONY テープ LC-90SLH、LC-90DUAD 発売
  • 1977.6.21~ SONY 「エルカセットフェスティバル」と称し、テープ3本購入で1本割引のサービス実施(9/21まで)
  • 1977.7.中旬 Lo-D デッキ D-9000 発売
  • 1977.7.下旬 SONY EL-5の100名モニター募集をソニーが実施(アンケート回答を条件に実質無償プレゼント)
  • 1977.9.23 Victor-JVC デッキ LD777を第26回全日本オーディオフェア(9/23~29)に参考出品
  • 1977.11.21 SONY デンスケ EL-D8 発売
  • 1978.10.21 CBSソニー エルカセットミュージックテープ発売/各4,800円
  • 1978.11.?? ソニーマグネスケール データレコーダー FRC3907 / FRC3905 発売
  • 1979. SONY エルカセットデッキの生産を中止

1980. SONY エルカセットデッキの販売を停止し、ソニーインターナショナルでの競売を通して全ての残存製品をフィンランドのHIRVOX社に売却清算

  • 1980.9.7 ソニーマグネスケール データレコーダー FE-39A / FE-35A 発売

生産販売台数の例[編集]

現在でも低普及率だった事が強調されるため、その生産販売台数に関する数字が語られることが非常に少ないが、以前ソニーが明らかにしたところ(日経産業新聞、1977年5月10日付)では、次のように記されている。

  • 1976年6月~1977年5月までの累計の生産販売台数 25,000台
    内訳国内 11,000台
    内訳輸出 ヨーロッパ 6,600台、アメリカ 3,200台を中心に14,000台
    上記数字にOEMなどが含まれるのかどうかは不明である。

ミュージックテープ[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 同速度の4トラック2チャンネルから、性能向上の著しい(コンパクト)カセットに乗り換える動きが出始めていた。
  2. ^ カセットへ移行せず、38cm/sによる2トラック2チャンネル(2トラサンパチ)を導入する層と二極分離しつつあった。
  3. ^ 同社は国産初のトランジスタラジオを発売するなど「装置の小型化」は企業の歴史そのものとなっていた。
  4. ^ ソニーのポータブルビデオデッキと同型のコンバーターである「PCM-F1」が1981年に発売されて「高音質の大型カセット録音」という概念がこちらに置き換わる形となった。
  5. ^ コンパクトカセットではCrO2テープがTypeII、Fe-CrテープがTypeIIIとなる。

参考文献[編集]

  • 「日本音響学会誌33巻4号(1977.4) P.212~P.215 / 「オーディオ用テープレコーディングシステム、エルカセット」(ソニー株式会社技術研究所)
  • SONY ES REVIEW 1976年6月
  • 無線と実験(誠文堂新光社) 1976.6 / 1976.7 / 1976.10 / 1977.7
  • ラジオ技術(現アイエー出版) 1976.6 / 1976.8 / 1976.12
  • 日経産業新聞(日本経済新聞社)
  • FMレコパル(小学館)