ひまわり (映画)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ひまわり
I Girasoli
監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本 チェーザレ・ザヴァッティーニ
アントニオ・グエラ
ゲオルギ・ムディバニ
出演者 マルチェロ・マストロヤンニ
ソフィア・ローレン
リュドミラ・サベーリエワ
音楽 ヘンリー・マンシーニ
撮影 ジュゼッペ・ロトゥンノ
公開 イタリアの旗 1970年3月14日
日本の旗 1970年9月12日
上映時間 101分
製作国 イタリアの旗 イタリア
フランスの旗 フランス
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
言語 イタリア語
英語
テンプレートを表示

ひまわり』(I Girasoli)は、マルチェロ・マストロヤンニソフィア・ローレンが主演した反戦映画。日本での公開は1970年9月。

監督ネオレアリズモ(イタリアンリアリズム)の一翼を担ったヴィットリオ・デ・シーカ音楽を「ティファニーで朝食を」や「ピンクパンサー」などで知られるヘンリー・マンシーニが担当し、公開当時には主題曲も日本でヒットした。戦争によって引き裂かれた夫婦の行く末を悲哀たっぷりに描いた作品で、劇中幾度か登場する、地平線にまで及ぶひまわり畑の美しさと、もの悲しさが圧巻。劇中に出てくる画面を覆いつくすひまわり畑は、全てソ連時代のウクライナの首都キエフから南へ500kmほど行ったヘルソン州で撮影されたものである。(在ウクライナ日本国大使館公式発表)

ストーリー[編集]

第二次世界大戦終結後のイタリア。出征したきり行方不明の夫の消息を求め、関係省庁へ日参する女性の姿があった。

戦時中、洋裁で生計を立てるジョバンナとアフリカ戦線行きを控えた兵士・アントニオは海岸で出会い、すぐに恋に落ちた。12日間の結婚休暇を目当てに結婚式を挙げたふたりは幸せな新婚の日々を過ごすが、休暇の12日間は瞬く間に過ぎてしまう。精神疾患による除隊を目論んだアントニオは首尾よく精神病院に入院するが、あえなく詐病が露見。懲罰の為、ソ連戦線へと送られてしまう。

終戦後、ジョバンナは年老いたアントニオの母親を励ましながら夫の帰りを何年も待ち続け、ようやく同じ部隊にいたという男を見つける。男の話によるとアントニオは敗走中、極寒の雪原で倒れたという。ジョバンナは愛するアントニオの生存を確かめるため、ソ連へと足を運ぶ。

かつてイタリア軍が戦闘していたという街でアントニオの写真を見せて回るジョバンナだったが、一向に消息が掴めない。そんな中、戦後も祖国へは戻らずにロシア人として生活しているイタリア人男性と出会う。しかし彼は多くを語らず、また、アントニオの事も知らないと言う。ジョバンナはもしやアントニオもと、微かな不安を抱く。

言葉も通じない異国で尚も諦めずにアントニオを探し続けているうちに、写真を見た人から一軒の家を紹介される。そこには、若妻風のロシア人女性・マーシャと幼い女の子・カチューシャが暮らしていた。言葉は通じずとも互いに事情を察するジョバンナとマーシャ。やがて汽笛が聴こえ、マーシャはジョバンナを駅に連れて行く。汽車から次々と降り立つ労働者たちの中にアントニオの姿があった。ジョバンナはそのまま何も言わずに汽車に飛び乗り、涙を流し去って行く。

駅でアントニオはジョバンナを目撃していた。苦悩した彼は数ヵ月後、マーシャの許しを得てミラノに向かう。再会した二人だったが感情がすれ違う。ジョバンナにも新しい夫と子供が居る事を知ったアントニオはソ連に帰ることを決心する。翌日モスクワ行きの汽車に乗るアントニオをジョバンナが見送りに来た。彼を乗せた汽車が去っていったこのホームは、数年前彼女が戦場へ行く若き夫を見送った、その同じホームだった。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
アントニオ・ガルビアーティ マルチェロ・マストロヤンニ 羽佐間道夫
ジョバンナ ソフィア・ローレン 此島愛子
マーシャ リュドミラ・サベーリエワ
アントニオの母 アンナ・カレーナ

関連項目[編集]

  • 昨日・今日・明日
  • ああ結婚 (映画)
  • 言葉にできない - オフコースの楽曲。1982年の“over”ツアーの武道館公演では曲の後半部分では『ひまわり』の中の、一面に広がるひまわり畑のシーンがスクリーンに映された。このアイデアについて小田和正は「まさに言葉にできないほどの、圧倒的な花の映像が欲しかったので、映画の版権の一部を買い取って武道館一面、ひまわりで埋めたんだ」と、後のインタビューで答えている。

外部リンク[編集]