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'''バルビツール酸系'''(Barbiturate、バルビツレート)は、[[鎮静薬]]、[[静脈麻酔薬]]、[[抗てんかん薬]]などとして中枢神経系抑制作用を持つ[[向精神薬]]のグループである。構造は、尿素と脂肪族ジカルボン酸とが結合した環状の化合物である。それぞれの物質の薬理特性から適応用途が異なる。
'''バルビツール酸系'''(Barbiturate、バルビツレート)は、[[鎮静薬]]、[[静脈麻酔薬]]、[[抗てんかん薬]]などとして中枢神経系抑制作用を持つ[[向精神薬]]のグループである。構造は、尿素と脂肪族ジカルボン酸とが結合した環状の化合物である。それぞれの物質の薬理特性から適応用途が異なる。


バルビツール酸系の薬は[[治療指数]]が低いものが多く、[[オーバードース|過剰摂取]]の危険性を常に念頭に置かなければならない<ref>{{cite web |author= |title=Barbiturates |url=http://www.emcdda.europa.eu/publications/drug-profiles/barbiturates |date=2011-09-13 |publisher=The European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction |accessdate=2013-06-07}}</ref>。1960年代には、危険性が改良された[[ベンゾジアゼピン系]]が登場し用いられている。[[抗てんかん薬]]としての[[フェノバルビタール]]を除き、あまり使用は推奨されていない
バルビツール酸系は1920年代から1950年代半ばまで、[[鎮静剤]]や[[睡眠薬]]として実質的に唯一の薬であった<ref name="pmid18568113"/>。1960年代には、危険性が改良された[[ベンゾジアゼピン系]]が登場し用いられている。[[抗てんかん薬]]としての[[フェノバルビタール]]を除き、あまり使用は推奨されていない。バルビツール酸系の薬は[[治療指数]]が低いものが多く、[[オーバードース|過剰摂取]]の危険性を常に念頭に置かなければならない<ref>{{cite web |author= |title=Barbiturates |url=http://www.emcdda.europa.eu/publications/drug-profiles/barbiturates |date=2011-09-13 |publisher=The European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction |accessdate=2013-06-07}}</ref>。


乱用薬物としての危険性を持ち、[[向精神薬に関する条約]]にて国際的な管理下にある。そのため日本でも同様に[[麻薬及び向精神薬取締法]]にて管理されている。
乱用薬物としての危険性を持ち、[[向精神薬に関する条約]]にて国際的な管理下にある。そのため日本でも同様に[[麻薬及び向精神薬取締法]]にて管理されている。

==歴史==
バルビツール酸系の登場以前、1832年に[[抱水クロラール]]が合成され、近代的な睡眠薬の歴史がはじまった<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/><ref name="pmid18568113"/>。1869年には不眠症に有効だったと報告され<ref name="pmid18568113"/>、演劇や小説に登場するようになる<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。その後、[[臭化物]]も同様の注目を集めたが、毒性が強かった<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。20世紀初頭にはバルビツール酸系が合成されるに至る。

バルビツール酸系は1920年代から1950年代半ばまで、[[鎮静剤]]や[[睡眠薬]]として実質的に唯一の薬であった<ref name="pmid18568113">{{cite journal||title=The history of barbiturates a century after their clinical introduction|journal=Neuropsychiatr Dis Treat|issue=4|pages=329–43|year=2005|pmid=18568113|pmc=2424120|url=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2424120/}}</ref>。

1903年には、ドイツの化学者[[エミール・フィッシャー]]と[[ヨーゼフ・フォン・メーリング]]らがジエチル・バルビツール酸であるバルビタールを合成した<ref name="精神医学の歴史鎮静剤">{{Cite book|和書|author=エドワード・ショーター|others=木村定(翻訳)|title=精神医学の歴史|publisher=青土社|date=1999-10|isbn=978-4791757640|pages=242-249}}、A History of Psychiatry: From the Era of the Asylum to the Age of Prozac, 1997</ref><ref name="Fischervon Mering1924">{{cite journal|last1=Fischer|first1=Emil|last2=von Mering|first2=J.|title=Ueber eine neue Klasse von Schlafmitteln|year=1924|pages=671–679|doi=10.1007/978-3-642-51364-0_96}}</ref>。1864年に合成されていた薬物に変更を加えたのだが、その元の薬物の合成者がガールフレンドの名前であるバルバラ(Barbara<ref name="pmid18568113"/>)から、それらの化合物をバルビツレートと呼んでいた<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。別の説では聖バルバラにちなんで、あるいは他の説もある<ref name="pmid18568113"/>。

[[バルビタール]]を合成し、臭化物のような酷い味がなく治療域が有毒域に近くないという点で新たな鎮静剤となり、バイエル社からベロナール、シェリング社からメディナールとして販売された。1904年には、ヘルマン・フォン・フーゼンが患者に試し、私立のクリニックで用いられるようになった<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。公立の[[アサイラム (曖昧さ回避)|アサイラム]]ではより安価な臭化物などが用いられた<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。

人気を博し成功した後、バルビツール酸系の薬は数多く合成された<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。発売されていないものも含むと2500種類にのぼる<ref name="pmid18568113"/>。1911年に[[フェノバルビタール]]が合成された<ref name="pmid18568113"/>。1912年には<ref name="pmid18568113"/>、バイエル社は、効果が長いフェノバルビタールを商品名ルミナールとして発売した<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。当時を回想する精神科医によれば、ピンクの薬の入った瓶から小さじで飲んだという<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。

1915年には、チューリッヒ大学精神科の精神科医ヤコブ・クレージーが、[[統合失調症]]にバルビツール酸を用いて持続睡眠療法を開始した<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。ホフマン・ラ・ロシュ社のソムフェニン<ref name="精神医学の歴史鎮静剤"/>。

1923年には[[アモバルビタール]]、1930年に[[ペントバルビタール]]、また[[チオペンタール]]も合成された<ref name="pmid18568113"/>

1952年までは、患者を管理するためには、拘束や鎮静剤しかなく、もっとも使われたバルビツール酸系には、患者が眠ったり、過剰投与で死亡する副作用もあった<ref name="ヒーリー24">なお1990年代に鎮静目的の抗精神病薬の使用も死亡の副作用から見直され、第一選択薬には[[ロラゼパム]]などベンゾジアゼピンが用いられる:出典は同じく、{{Cite book |和書|author=デイヴィッド・ヒーリー|translator=田島治、江口重幸監訳、冬樹純子訳|date=2009-07|title=ヒーリー精神科治療薬ガイド|edition=第5版|publisher=みすず書房|isbn=978-4-622-07474-8|pages=24-25}}、Psychiatric drugs explained: 5th Edition</ref>。

1950年代には、バルビツレートの代替薬([[非バルビツール酸系]])が安全域が広いために用いられるようになったが、[[嗜癖]]性と重篤な[[離脱]]症状が判明し、数年後に市場から撤退している<ref name="pmid18568113"/>。

1960年代には[[ベンゾジアゼピン系]]が登場し、耐性の形成が早く依存しやすく、安全域がより狭いバルビツール酸系から置き換えられていくことになる。

1971年には、[[向精神薬に関する条約]]がバルビツール酸系のような乱用の危険性のある薬物を制限する目的で制定される。


== 作用機序 ==
== 作用機序 ==
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2016年6月10日 (金) 11:34時点における版

バルビツール酸の構造式。

バルビツール酸系(Barbiturate、バルビツレート)は、鎮静薬静脈麻酔薬抗てんかん薬などとして中枢神経系抑制作用を持つ向精神薬のグループである。構造は、尿素と脂肪族ジカルボン酸とが結合した環状の化合物である。それぞれの物質の薬理特性から適応用途が異なる。

バルビツール酸系は1920年代から1950年代半ばまで、鎮静剤睡眠薬として実質的に唯一の薬であった[1]。1960年代には、危険性が改良されたベンゾジアゼピン系が登場し用いられている。抗てんかん薬としてのフェノバルビタールを除き、あまり使用は推奨されていない。バルビツール酸系の薬は治療指数が低いものが多く、過剰摂取の危険性を常に念頭に置かなければならない[2]

乱用薬物としての危険性を持ち、向精神薬に関する条約にて国際的な管理下にある。そのため日本でも同様に麻薬及び向精神薬取締法にて管理されている。

歴史

バルビツール酸系の登場以前、1832年に抱水クロラールが合成され、近代的な睡眠薬の歴史がはじまった[3][1]。1869年には不眠症に有効だったと報告され[1]、演劇や小説に登場するようになる[3]。その後、臭化物も同様の注目を集めたが、毒性が強かった[3]。20世紀初頭にはバルビツール酸系が合成されるに至る。

バルビツール酸系は1920年代から1950年代半ばまで、鎮静剤睡眠薬として実質的に唯一の薬であった[1]

1903年には、ドイツの化学者エミール・フィッシャーヨーゼフ・フォン・メーリングらがジエチル・バルビツール酸であるバルビタールを合成した[3][4]。1864年に合成されていた薬物に変更を加えたのだが、その元の薬物の合成者がガールフレンドの名前であるバルバラ(Barbara[1])から、それらの化合物をバルビツレートと呼んでいた[3]。別の説では聖バルバラにちなんで、あるいは他の説もある[1]

バルビタールを合成し、臭化物のような酷い味がなく治療域が有毒域に近くないという点で新たな鎮静剤となり、バイエル社からベロナール、シェリング社からメディナールとして販売された。1904年には、ヘルマン・フォン・フーゼンが患者に試し、私立のクリニックで用いられるようになった[3]。公立のアサイラムではより安価な臭化物などが用いられた[3]

人気を博し成功した後、バルビツール酸系の薬は数多く合成された[3]。発売されていないものも含むと2500種類にのぼる[1]。1911年にフェノバルビタールが合成された[1]。1912年には[1]、バイエル社は、効果が長いフェノバルビタールを商品名ルミナールとして発売した[3]。当時を回想する精神科医によれば、ピンクの薬の入った瓶から小さじで飲んだという[3]

1915年には、チューリッヒ大学精神科の精神科医ヤコブ・クレージーが、統合失調症にバルビツール酸を用いて持続睡眠療法を開始した[3]。ホフマン・ラ・ロシュ社のソムフェニン[3]

1923年にはアモバルビタール、1930年にペントバルビタール、またチオペンタールも合成された[1]

1952年までは、患者を管理するためには、拘束や鎮静剤しかなく、もっとも使われたバルビツール酸系には、患者が眠ったり、過剰投与で死亡する副作用もあった[5]

1950年代には、バルビツレートの代替薬(非バルビツール酸系)が安全域が広いために用いられるようになったが、嗜癖性と重篤な離脱症状が判明し、数年後に市場から撤退している[1]

1960年代にはベンゾジアゼピン系が登場し、耐性の形成が早く依存しやすく、安全域がより狭いバルビツール酸系から置き換えられていくことになる。

1971年には、向精神薬に関する条約がバルビツール酸系のような乱用の危険性のある薬物を制限する目的で制定される。

作用機序

中枢神経系では神経伝達物質として、アミノ酸が多く分布している。主な神経作用性のアミノ酸としては興奮アミノ酸であるグルタミン酸、抑制アミノ酸であるγ-アミノ酪酸 (GABA) が有名である。

GABAA受容体にはアゴニストであるGABA結合部位の他に、バルビツール酸系結合部位、ベンゾジアゼピン結合部位、糖質コルチコイド結合部位、ペニシリン結合部位、フロセミド結合部位、フルマゼニル結合部位が知られており、GABAとの反応性の調節を行っている。

バルビツール酸系が神経興奮性を低下させる機序としてはGABAA受容体機能の調節からきていると考えられている。バルビツール酸系はクロールイオンチャネルの開口時間を大幅に延長することによりGABAの薬理効果を増強することであると考えられている。また高濃度になるとGABAA受容体を直接活性化するようになる。また麻酔濃度ではAMPA型グルタミン酸受容体活性化を抑制したり、電位依存性ナトリウムイオンチャネル活性も低下させるといわれている。

副作用

活性化ビタミンB6やビタミンB2の吸収や作用を阻害するため、常用することでこれらビタミン欠乏症にみまわれ、結膜炎や皮膚炎を発症する。

耐性の形成が早く、依存性が高い。作用量と致死量が近い。特にバルビツール酸系過量服薬は致死的になる場合がある。この点で1960年代にはベンゾジアゼピン系に取って代わられた。

適応

ベンゾジアゼピン系が出現するまでは、不眠症や不安症状に対する治療薬としてよく用いられていた。ベンゾジアゼピンに比べて選択性が低く毒性が強いため使用頻度は減少を続けてきた。麻酔導入に関しても、別のGABAA受容体活性薬であるプロポフォールの普及によってとってかわられている。

2010年のてんかん治療ガイドラインにおいても、フェノバルビタールの優先度は低いため、第一選択の薬としては推奨されていない[6]。中止の際には漸減が原則であり、急な中止は、けいれん重積に注意が必要である[7]

名称 適応 作用時間
チオペンタール 麻酔導入と短期維持、てんかん発作の緊急治療 超短時間作用型(5〜15分)
ペントバルビタール 不眠、術前の鎮静、てんかん発作の緊急治療 短時間作用型(3〜8時間)
アモバルビタール 不眠、術前の鎮静、てんかん発作の緊急治療 短時間作用型(3〜8時間)
フェノバルビタール てんかん発作の治療、てんかん重積 長時間作用型(数日)

作用時間以外にも、薬剤ごとの鎮静麻酔作用が強い、あるいは、抗てんかん作用が強いといった薬理特性によって適応が決定されている。麻酔薬にはペントバルビタール、抗てんかん薬にはフェノバルビタールのようなことであり、ペントバルビタールでは、GABAAの直接活性化作用が強いため深い鎮静をきたす用量を投与しなければ、抗てんかん作用を示さない。

規制

乱用薬物を規制する国際条約、向精神薬に関する条約において、以下の指定がある。

  • スケジュールII セコバルビタール
  • スケジュールIII アモバルビタール、ペントバルビタール
  • スケジュールIV バルビタール、フェノバルビタール

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k “The history of barbiturates a century after their clinical introduction”. Neuropsychiatr Dis Treat (4): 329–43. (2005). PMC 2424120. PMID 18568113. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2424120/. 
  2. ^ Barbiturates”. The European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction (2011年9月13日). 2013年6月7日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l エドワード・ショーター『精神医学の歴史』木村定(翻訳)、青土社、1999年10月、242-249頁。ISBN 978-4791757640 、A History of Psychiatry: From the Era of the Asylum to the Age of Prozac, 1997
  4. ^ Fischer, Emil; von Mering, J. (1924). Ueber eine neue Klasse von Schlafmitteln. pp. 671–679. doi:10.1007/978-3-642-51364-0_96. 
  5. ^ なお1990年代に鎮静目的の抗精神病薬の使用も死亡の副作用から見直され、第一選択薬にはロラゼパムなどベンゾジアゼピンが用いられる:出典は同じく、デイヴィッド・ヒーリー 著、田島治、江口重幸監訳、冬樹純子訳 訳『ヒーリー精神科治療薬ガイド』(第5版)みすず書房、2009年7月、24-25頁。ISBN 978-4-622-07474-8 、Psychiatric drugs explained: 5th Edition
  6. ^ 日本神経学会(監修)『てんかん治療ガイドライン2010』医学書院、2010年。ISBN 978-4-260-01122-8http://www.neurology-jp.org/guidelinem/tenkan.html 
  7. ^ 同『てんかん治療ガイドライン2010』102頁。

関連項目