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「腸内細菌」の版間の差分

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大食いで有名なタレントの[[ギャル曽根]]の腸内細菌の検査をしたところ、一般女性の平均は10%~15%に対し、50%以上を[[ビフィズス菌]]が占めることが判明、「生まれたての[[赤ちゃん]]のよう」と評された<ref name="nep">2007年8月21日放送「[[ネプ理科]]」(TBSテレビ)より。</ref>。また、1日25キロカロリーで生活する森美智代の腸内細菌を検査し、草食動物のように植物をアミノ酸に変える細菌が通常の100倍存在することが分かった<ref>2005年9月3日放送 [http://www.ntv.co.jp/daininonou/002a.html 驚異の人体パワー解明『第二の脳』の謎を追え!] (日テレ)</ref>。
大食いで有名なタレントの[[ギャル曽根]]の腸内細菌の検査をしたところ、一般女性の平均は10%~15%に対し、50%以上を[[ビフィズス菌]]が占めることが判明、「生まれたての[[赤ちゃん]]のよう」と評された<ref name="nep">2007年8月21日放送「[[ネプ理科]]」(TBSテレビ)より。</ref>。また、1日25キロカロリーで生活する森美智代の腸内細菌を検査し、草食動物のように植物をアミノ酸に変える細菌が通常の100倍存在することが分かった<ref>2005年9月3日放送 [http://www.ntv.co.jp/daininonou/002a.html 驚異の人体パワー解明『第二の脳』の謎を追え!] (日テレ)</ref>。
--出典元に信憑性疑問の為、コメントアウト。内容的にも百科事典には不要-->
- 出典元に信憑性疑問の為、コメントアウト。内容的にも百科事典には不要-->


==宿主との関わり==
==宿主との関わり==
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[[ピリドキシン]]([[ビタミンB6]])も腸内細菌により供給されている<ref>http://www.biochem.osakafu-u.ac.jp/NC/NutrChem1.pdf</ref>。
[[ピリドキシン]]([[ビタミンB6]])も腸内細菌により供給されている<ref>http://www.biochem.osakafu-u.ac.jp/NC/NutrChem1.pdf</ref>。


[[食物繊維]]を多く摂ると腸内細菌による[[リボフラビン]]([[ビタミンB2]])の合成が盛んになる<ref>http://ir.iwate-u.ac.jp/dspace/bitstream/10140/1335/1/erar-v41n1p109-137.pdf 岩手大学教育学部研究年報41巻第1号(1981.10)109~137 食生活と長寿に関する研究(第2報)</ref>。
[[食物繊維]]を多く摂ると腸内細菌による[[リボフラビン]]([[ビタミンB2]])の合成が盛んになる<ref>{{Cite journal|和書|author=鷹觜テル |title=食生活と長寿に関する研究-2-長寿村棡原地区の食物繊維(D.F)の摂取を中心として |date=1981-10 |publisher=岩手大学教育学部 |journal=岩手大学教育学部研究年報 |volume=41 |number=1 |naid=120001123398 |pages=109-137 |url=http://hdl.handle.net/10140/1335 |ref=harv}}</ref>。


生体内においては、[[ナイアシン]](ビタミンB3)は[[トリプトファン]]から生合成される。[[ヒト]]の場合は、さらに腸内細菌がトリプトファンからナイアシン合成を行っている<ref>[[ナイアシン]]</ref>。
生体内においては、[[ナイアシン]](ビタミンB3)は[[トリプトファン]]から生合成される。[[ヒト]]の場合は、さらに腸内細菌がトリプトファンからナイアシン合成を行っている<ref>[[ナイアシン]]</ref>。
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====ヘムの分解物であるビリルビンの代謝====
====ヘムの分解物であるビリルビンの代謝====
肝臓において[[グルクロン酸]][[転移酵素]]により[[ヘム]]の分解物である[[ビリルビン]]は[[グルクロン酸抱合]]を受け、水に溶けるようになる。抱合型ビリルビンはほとんどが[[胆汁]]の一部となって[[十二指腸]]に分泌される。抱合型ビリルビンの一部は大腸に達し、腸内細菌の働きにより還元されて[[ウロビリノーゲン]]に代謝され、腸から再吸収され、腎臓を経て、尿として排泄される。この循環を腸肝ウロビリノーゲンサイクルと呼ぶ。ウロビリノーゲンは、[[抗酸化作用]]を有し、[[DPPH]]ラジカル除去作用は他の[[抗酸化物質]]([[ビタミンE]]、[[ビリルビン]]及び[[β-カロチン]])よりも高い値を示す<ref>http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902172619022847</ref><ref>http://www.jstage.jst.go.jp/article/jos/55/4/55_191/_article</ref>。再吸収されたウロビリノーゲンが体内で酸化されると黄色の[[ウロビリン]]となり[[尿]]から排泄される。
肝臓において[[グルクロン酸]][[転移酵素]]により[[ヘム]]の分解物である[[ビリルビン]]は[[グルクロン酸抱合]]を受け、水に溶けるようになる。抱合型ビリルビンはほとんどが[[胆汁]]の一部となって[[十二指腸]]に分泌される。抱合型ビリルビンの一部は大腸に達し、腸内細菌の働きにより還元されて[[ウロビリノーゲン]]に代謝され、腸から再吸収され、腎臓を経て、尿として排泄される。この循環を腸肝ウロビリノーゲンサイクルと呼ぶ。ウロビリノーゲンは、[[抗酸化作用]]を有し、[[DPPH]]ラジカル除去作用は他の[[抗酸化物質]]([[ビタミンE]]、[[ビリルビン]]及び[[β-カロチン]])よりも高い値を示す<ref>http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902172619022847</ref><ref>
{{cite journal|last1=NAKAMURA|first1=Takashi|last2=SATO|first2=Katsuyuki|last3=AKIBA|first3=Mitsuo|last4=OHNISHI|first4=Masao|title=Urobilinogen, as a Bile Pigment Metabolite, Has an Antioxidant Function|journal=Journal of Oleo Science|volume=55|issue=4|year=2006|pages=191–197|issn=1345-8957|doi=10.5650/jos.55.191}}</ref>。再吸収されたウロビリノーゲンが体内で酸化されると黄色の[[ウロビリン]]となり[[尿]]から排泄される。
腸内に残るウロビリノーゲンはさらに還元されて[[ステルコビリノーゲン]]になり、別の部位が酸化されて最終的には[[ステルコビリン]]になる。このステルコビリンは[[大便]]の茶色の元である。
腸内に残るウロビリノーゲンはさらに還元されて[[ステルコビリノーゲン]]になり、別の部位が酸化されて最終的には[[ステルコビリン]]になる。このステルコビリンは[[大便]]の茶色の元である。
なお、[[ビリルビン]]が胆汁として分泌されずに体内に蓄積されると[[黄疸]]になる<ref>[[ビリルビン#抱合型ビリルビン]]</ref>。
なお、[[ビリルビン]]が胆汁として分泌されずに体内に蓄積されると[[黄疸]]になる<ref>[[ビリルビン#抱合型ビリルビン]]</ref>。
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====リトコール酸の産生====
====リトコール酸の産生====
[[リトコール酸]](Lithocholic acid)は、[[脂質]]を可溶性にして吸収を高める[[界面活性剤]]の役割をする[[胆汁酸]]の一種である。[[結腸]]内において[[微生物]]の活動により[[一次胆汁酸]]である[[ケノデオキシコール酸]]から[[二次胆汁酸]]として生合成される。この反応は一部の腸内細菌が有する[[胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼ]]によってリトコール酸が生成される。腸内細菌の総菌数の1〜10パーセント程度の多くの菌株が低い胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼ生産能を有することが確認されている<ref>http://kaken.nii.ac.jp/d/p/10760087</ref>。リトコール酸は、人や実験動物に発[[癌]]をもたらすとされている<ref>http://carcin.oxfordjournals.org/cgi/content/full/21/5/999</ref>。
[[リトコール酸]](Lithocholic acid)は、[[脂質]]を可溶性にして吸収を高める[[界面活性剤]]の役割をする[[胆汁酸]]の一種である。[[結腸]]内において[[微生物]]の活動により[[一次胆汁酸]]である[[ケノデオキシコール酸]]から[[二次胆汁酸]]として生合成される。この反応は一部の腸内細菌が有する[[胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼ]]によってリトコール酸が生成される。腸内細菌の総菌数の1〜10パーセント程度の多くの菌株が低い胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼ生産能を有することが確認されている<ref>http://kaken.nii.ac.jp/d/p/10760087</ref>。リトコール酸は、人や実験動物に発[[癌]]をもたらすとされている<ref>
{{cite journal|last1=Kozoni|first1=V.|title=The effect of lithocholic acid on proliferation and apoptosis during the early stages of colon carcinogenesis: differential effect on apoptosis in the presence of a colon carcinogen|journal=Carcinogenesis|volume=21|issue=5|year=2000|pages=999–1005|issn=14602180|doi=10.1093/carcin/21.5.999}}</ref>。


====アノイリナーゼの産生====
====アノイリナーゼの産生====
アノイリナーゼ(=[[チアミナーゼ]])は、[[ビタミンB1]]を分解する[[酵素]]である。アノイリナーゼは、[[ワラビ]]、[[ぜんまい]]、[[コイ]]、[[フナ]]などの[[淡水魚]]の内臓、[[はまぐり]]などに含まれる。また、加熱すれば通常この酵素は失活する。アノイリナーゼを産生するアノイリナーゼ菌を腸内細菌として保有しているヒトも数パーセント存在しているといわれている。ただし、この菌を保菌していたとしても、ビタミンB1欠乏症である[[脚気]]の自覚症状、他覚症状を呈することはほとんどない<ref>http://ir.jikei.ac.jp/bitstream/10328/3445/3/TK_igaku_164.pdf</ref>。
アノイリナーゼ(=[[チアミナーゼ]])は、[[ビタミンB1]]を分解する[[酵素]]である。アノイリナーゼは、[[ワラビ]]、[[ぜんまい]]、[[コイ]]、[[フナ]]などの[[淡水魚]]の内臓、[[はまぐり]]などに含まれる。また、加熱すれば通常この酵素は失活する。アノイリナーゼを産生するアノイリナーゼ菌を腸内細菌として保有しているヒトも数パーセント存在しているといわれている。ただし、この菌を保菌していたとしても、ビタミンB1欠乏症である[[脚気]]の自覚症状、他覚症状を呈することはほとんどない<ref>http://hdl.handle.net/10328/3445 高木兼寛とその批判者たち -脚気の原因について展開されたわが国最初の医学論争-</ref>。


====硝酸態窒素から亜硝酸への還元====
====硝酸態窒素から亜硝酸への還元====
[[硝酸態窒素]]を含む[[肥料]]が大量に施肥された結果、[[地下水]]が硝酸態窒素に汚染されたり、葉物[[野菜]]の中に大量の硝酸態窒素が残留するといったことが起こっている。人間を含む[[動物]]が硝酸態窒素を大量に摂取すると、腸内細菌により亜硝酸態窒素に還元され、これが体内に吸収されて[[血液]]中の[[ヘモグロビン]]と結合して[[メトヘモグロビン]]を生成して[[メトヘモグロビン血症]]などの酸素欠乏症を引き起こす可能性がある上、2級[[アミン]]と結合して[[発ガン性物質]]の[[ニトロソアミン]]を生じる問題が指摘されている<ref>http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/2297/27151/1/1883-5368-03-TERASAWA-N-1.pdf</ref><ref>[http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/37/002/37002421.pdf http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/37/002/37002421.pdf p51]</ref>。
[[硝酸態窒素]]を含む[[肥料]]が大量に施肥された結果、[[地下水]]が硝酸態窒素に汚染されたり、葉物[[野菜]]の中に大量の硝酸態窒素が残留するといったことが起こっている。人間を含む[[動物]]が硝酸態窒素を大量に摂取すると、腸内細菌により亜硝酸態窒素に還元され、これが体内に吸収されて[[血液]]中の[[ヘモグロビン]]と結合して[[メトヘモグロビン]]を生成して[[メトヘモグロビン血症]]などの酸素欠乏症を引き起こす可能性がある上、2級[[アミン]]と結合して[[発ガン性物質]]の[[ニトロソアミン]]を生じる問題が指摘されている<ref>{{Cite journal|和書|author=寺沢なお子 |author2=荒納百恵 |title=市販緑葉野菜の硝酸およびシュウ酸含有量 |date=2011-03-31 |publisher=金沢大学人間社会研究域人間科学系 |journal=金沢大学人間科学系研究紀要 |volume=3 |naid=120002924885 |pages=1-13 |url=http://hdl.handle.net/2297/27151 |ref=harv}}</ref><ref>[http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/37/002/37002421.pdf http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/37/002/37002421.pdf p51]</ref>。
野菜類に主に肥料由来の[[硝酸]]塩、[[亜硝酸]]塩が多く含まれることがある。市販[[漬物]]中には[[硝酸]]塩、[[亜硝酸]]塩が多く、なかでも葉菜類が最も高く、次いで根菜類、果菜類の順に多かった旨の報告がある<ref>http://ci.nii.ac.jp/naid/110001170844</ref>。[[IARC発がん性リスク一覧]]では、「アジア式野菜の漬物 (Pickled vegetables (traditional in Asia) )」が、Group2B(ヒトに対する発癌性が疑われる(Possibly Carcinogenic)化学物質、混合物、環境)としてとりあげられている<ref>[[IARC発がん性リスク一覧]]</ref>。アジア式野菜の漬物とは、中国、韓国、日本の伝統的な漬物を意味しており、低い濃度の[[ニトロソアミン]]等が検出されている<ref>http://www.inchem.org/documents/iarc/vol56/02-pick.html</ref>。
野菜類に主に肥料由来の[[硝酸]]塩、[[亜硝酸]]塩が多く含まれることがある。市販[[漬物]]中には[[硝酸]]塩、[[亜硝酸]]塩が多く、なかでも葉菜類が最も高く、次いで根菜類、果菜類の順に多かった旨の報告がある<ref>{{Cite journal|和書|author=高屋むつ子 |author2=後藤美代子 |title=市販漬物中の亜硝酸塩とニトロソアミンについて |date=1987-03-20 |publisher=日本調理科学会 |journal=調理科学 |volume=20 |number=1 |naid=110001170844 |pages=54-59 |ref=harv}}</ref>。[[IARC発がん性リスク一覧]]では、「アジア式野菜の漬物 (Pickled vegetables (traditional in Asia) )」が、Group2B(ヒトに対する発癌性が疑われる(Possibly Carcinogenic)化学物質、混合物、環境)としてとりあげられている<ref>[[IARC発がん性リスク一覧]]</ref>。アジア式野菜の漬物とは、中国、韓国、日本の伝統的な漬物を意味しており、低い濃度の[[ニトロソアミン]]等が検出されている<ref>http://www.inchem.org/documents/iarc/vol56/02-pick.html</ref>。


===無菌動物===
===無菌動物===

2012年6月20日 (水) 03:39時点における版

腸内細菌(ちょうないさいきん)とは、ヒトや動物のの内部に生息している細菌のこと。ヒトの腸内には一人当たり100種類以上、100兆個以上の腸内細菌が生息しており、便のうち、約半分が腸内細菌またはその死骸であると言われている。宿主であるヒトや動物が摂取した栄養分の一部を利用して生活し、他の種類の腸内細菌との間で数のバランスを保ちながら、一種の生態系腸内細菌叢、腸内常在微生物叢、腸内フローラ)を形成している。腸内細菌の種類と数は、動物種や個体差、消化管の部位、年齢、食事の内容や体調によって違いが見られるが、その大部分は偏性嫌気性菌であり腸球菌など培養可能な種類は全体の一部であり、VNCの種類も多数存在する。なお、その名称から腸内細菌の代表のように考えられている大腸菌は、全体の0.1%にも満たない。

腸内細菌叢を構成している腸内細菌は、互いに共生しているだけでなく、宿主であるヒトや動物とも共生関係にある。宿主が摂取した食餌に含まれる栄養分を主な栄養源として発酵することで増殖し、同時にさまざまな代謝物を産生する。腸内細菌が発酵によって作り出したガスや悪臭成分がおならの一部になる。腸内細菌は、草食動物やヒトのような雑食動物において食物繊維を構成する難分解性多糖類を短鎖脂肪酸に転換して宿主にエネルギー源を供給したり、外部から侵入した病原細菌が腸内で増殖するのを防止する感染防御の役割を果たすなど、宿主の恒常性維持に役立っている。しかし、腸管以外の場所に感染した場合や、抗生物質の使用によって腸内細菌叢のバランスが崩れた場合には病気の原因にもなる。

概要

ヒトをはじめ哺乳動物は、母親の胎内にいる間は、基本的に他の微生物が存在しない無菌の状態にある。生後3-4時間後には、外の環境と接触することによって、あるものは食餌を介して、あるものは母親などの近親者との接触で、あるものは出産時に産道で感染することによって、さまざまな経路で微生物が感染し、その微生物の一部は体表面、口腔内、消化管内、鼻腔内、泌尿生殖器などに定着して、その部位における常在性の微生物になる。一部の原生動物古細菌を除き、その多くは真正細菌である。一般には常在細菌と総称されることが多い。このうち消化管の下部にあたる、腸管内の常在細菌が腸内細菌である。

腸内細菌は多数の雑多な菌種によって構成され、一人のヒトの腸内には100種以上(一説には500種類とも言う)100兆個の腸内細菌が存在していると言われる。一般にヒトの細胞数は60-70兆個程度と言われており、細胞の数ではそれに匹敵するだけの腸内細菌が存在することになる。ただし細菌の細胞は、ヒトの細胞に比べてはるかに小さいため、個体全体に占める重量比が宿主を上回ることはない。しかし、それでも成人一人に存在する腸内細菌の重量は約1.5 kgにのぼるとされる。腸管内容物を見ると、内容物1gに100億個から1,000億個(1010-1011個)の腸内細菌が存在しており、糞便の約半分は腸内細菌か、またはその死骸によって構成されている。

腸内細菌叢とその構成

ヒトや動物の腸は、摂取した食餌を分解し吸収するための器官であるため、生物が生育するのに必要な栄養分が豊富な環境である。このため、体表面や泌尿生殖器などと比較して、腸内は種類と数の両方で、最も常在細菌が多い部位である。この多様な細菌群は、消化管内部で生存競争を繰り広げ、互いに排除したり共生関係を築きながら、一定のバランスが保たれた均衡状態にある生態系が作られる。このようにして作られた生態系を腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)と呼ぶ。なお、この系には細菌だけでなく酵母など菌類や、細菌に感染するファージなども混在してバランスを形成しているため、腸内常在微生物叢、腸内フローラ、腸内ミクロフローラなどという用語がより厳密ではあるが、一般にはこれらの細菌以外の微生物も含めて腸内細菌叢と呼ばれることが多い。

ヒトや動物が摂取した食餌は、口、食道を経て、十二指腸などの小腸上部に到達し、その後、宿主に栄養分を吸収されながら、大腸、直腸へと送り出される。このため、消化管の場所によって、その内容物に含まれる栄養分には違いが生じる。また消化管に送り込まれる酸素濃度が元々高くないのに加えて、腸管上部に生息する腸内細菌が呼吸することで酸素を消費するため、下部に進むほど腸管内の酸素濃度は低下し、大腸に至るころにはほとんど完全に嫌気性の環境になる。このように同じ宿主の腸管内でも、その部位によって栄養や酸素環境が異なるため、腸内細菌叢を構成する細菌の種類と比率は、その部位によって異なる。一般に小腸の上部では腸内細菌の数は少なく、呼吸と発酵の両方を行う通性嫌気性菌の占める割合が高いが、下部に向かうにつれて細菌数が増加し、また同時に酸素のない環境に特化した偏性嫌気性菌が主流になる。

また、胆汁酸界面活性剤として細菌細胞膜を溶解する作用により[1][2]小腸内や胆管での腸内細菌叢の形成を妨げている。毎日、合計で20-30gの胆汁酸が腸内に分泌され、分泌される胆汁酸の90%は回腸能動輸送され再吸収され再利用され、腸管から肝臓や胆嚢に抱合胆汁酸が移動することを、腸肝循環と呼んでいる。殺菌作用のある胆汁酸が回腸でほとんど吸収されるため、腸内細菌は回腸以降の大腸を主な活動場所としている。

消化管の部位の違いによるヒト腸内細菌の数(内容物1gあたり)はおよそ以下の通りである。糞便に排出される菌の組成は、大腸のものに類似している。

  • 小腸上部: 内容物1gあたり約1万(104)個。Lactobacillus属、Streptococcus属、Veionella属、酵母など。好気性、通性嫌気性のものも多い。
  • 小腸下部: 1gあたり10万-1,000万(105-107)個。小腸上部の細菌に大腸由来の偏性嫌気性菌が混在。
  • 大腸: 1gあたり100億-1,000億(1010-1011)個。ほとんどがBacteroidesEubacteriumBifidobacteriumClostridiumなどの偏性嫌気性菌。小腸上部由来の菌は105-107個程度。
ヒト糞便菌叢の年齢による変化:糞便1g中における菌の組成を示した。糞便菌叢の組成は大腸下部の腸内細菌叢の組成を反映している。「腸内細菌科ほか」に含まれるものの一部を除き、そのほとんどが偏性嫌気性菌である。大腸菌は腸内細菌科に含まれ、その菌数は糞便1gあたり100万個前後。

これらの腸内細菌の組成には個人差が大きく、ヒトはそれぞれ自分だけの細菌叢を持っていると言われる。ただしその組成は不変ではなく、食餌内容や加齢など、宿主であるヒトのさまざまな変化によって細菌叢の組成もまた変化する。

例えば、母乳で育てられている乳児と人工のミルクで育てられている乳児では、前者では、ビフィズス菌などのBifidobacterium属の細菌が最優勢で他の菌が極めて少なくなっているのに対して、後者ではビフィズス菌以外の菌も多く見られるようになる。このことが人工栄養児が母乳栄養児に比べて、細菌感染症や消化不良を起こしやすい理由の一つだと考えられている。

乳児が成長して離乳食をとるようになると、Bacteroides属やEubacterium属など、成人にも見られる嫌気性の腸内細菌群が増加し、ビフィズス菌などは減少する。さらに加齢が進み、老人になるとBifidobacterium属の数はますます減少し、かわりにLactobacillus属や腸内細菌科の細菌、ウェルシュ菌Clostridium perfringens)などが増加する。

腸内細菌はヒトだけでなく、消化管を有するさまざまな動物にも存在するが、その組成は動物種によって異なる。基本的にはいずれもBacteroides属などの偏性嫌気性菌が優勢であるが、ヒト、サル、ニワトリなどでは乳酸菌としてビフィズス菌の仲間が多いのに対して、ブタ、マウス、イヌなどでは乳酸桿菌(Lactobacillus)が多く、ネコ、ウサギ、ウシなどではどちらの乳酸菌も少ない。

善玉菌と悪玉菌

腸内細菌を善玉菌悪玉菌に分類することが腸内環境の説明に使われることがある。前者は宿主の健康維持に貢献し、後者は害を及ぼすとされる。

この考えは19世紀終わりにイリヤ・メチニコフが発表した「自家中毒説」に端を発している。小腸内で毒性を発揮する化合物が産生されたことが発見され、それが腸から体内に吸収されることがさまざまな疾患や老化の原因だと考えた。腸内の腐敗は寿命を短くするという仮説を立て、腸内腐敗を予防すれば老化を防止できると考えた。ヨーロッパ各地を遊説中に、長寿国であったブルガリアでヨーグルトが摂食されていることを見出し、そこから分離した「善玉菌」である乳酸菌(ブルガリア菌)を摂取することによって、腸内の腐敗物質が減少することを確認した。

その後の研究によって、腸内細菌と宿主であるヒトの共生関係が徐々に明らかになり、また腸内細菌叢のバランスの変化が感染症や下痢症などの原因になりうることが明らかになったことから、腸内細菌叢のバランスを変化させることによってヒトの健康改善につながるという考えが改めて支持されるようになった。そして、がん、心臓病、アレルギー、痴呆症のような病気との関連性も高いと分かっている[3]

善玉菌と呼ばれるものにはビフィズス菌に代表されるBifidobacterium属や、乳酸桿菌と呼ばれるLactobacillus属の細菌など乳酸酪酸など有機酸を作るものが多く、悪玉菌にはウェルシュ菌に代表されるClostridium属や大腸菌など、悪臭のもととなるいわゆる腐敗物質を産生するものを指すことが多い。悪玉菌は二次胆汁酸やニトロソアミンといった発がん性のある物質を作る。悪玉菌は有機酸の多い環境では生育しにくいものも多い。

日本では、科学的根拠がある特定保健用食品(トクホ)には食品の機能の表示が認可されている。認可された食品はヨーグルトとして乳酸菌を含んでおり、食品の摂取によって便秘や下痢の改善、善玉菌に分類される菌が増殖し有機酸が増え、悪玉菌が減少しアンモニアが減ったため腸内環境が改善されたことを示す研究結果が多い[4]

肉は大豆よりアンモニアを多く作るので、アンモニアが肝臓で処理できず脳にまわる肝臓障害の場合、回復させるために肉の摂取が制限されることがある[5]

ほかに生きたまま腸内に到達可能な乳酸菌(プロバイオティクス)や、腸内の善玉菌が栄養源に利用できるが悪玉菌は利用できない物質(オリゴ糖など、プレバイオティクス)を、製剤や機能性食品として用いることが考案され、多くの製品が開発・実用化されている。

トクホに認可された食品には、研究によって血圧や血清コレステロールの低下が確認された製品がある。花粉症などのアレルギー症状が軽減されるという研究報告もある[6]がんの予防効果を謳った健康食品まで見受けられる(薬事法違反)。整腸と関連したがんやアレルギーなど、様々な疾患を抑制する作用の特許出願が行われている[7]


宿主との関わり

宿主との共生

短鎖脂肪酸の合成

ヒト消化管は自力ではデンプングリコーゲン以外の食物繊維である多くの多糖類を消化できないが、大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって、一部が酪酸プロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収される。食物繊維の大半がセルロースであり、人間のセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであれば腸内細菌を介してほぼ100%分解利用されるとも言われている[8]。デンプンは約4kcal/g のエネルギーを産生するが、食物繊維は腸内細菌による醗酵分解によってエネルギーを産生し、その値は一定でないが、有効エネルギーは0~2kcal/gであると考えられている。また、食物繊維の望ましい摂取量は、成人男性で19g/日以上、成人女性で17g/日以上である[9]。食物繊維は、大腸内で腸内細菌によりヒトが吸収できる分解物に転換されることから、食後長時間を経てから体内にエネルギーとして吸収される特徴を持ち[10]、エネルギー吸収の平準化と血糖値の平準化に寄与している。

小腸では栄養素を吸収しても、小腸組織の代謝には流用されずに即座に門脈によって運び去られ、小腸自体の組織は動脈血によって供給される栄養素によって養われる。しかし、大腸の組織の代謝にはこの発酵で生成されて吸収された短鎖脂肪酸が主要なエネルギー源として直接利用され、さらに余剰部分が全身の組織のエネルギー源として利用される。

ウマなどの草食動物ではこの大腸で生成された短鎖脂肪酸が主要なエネルギー源になっているが、ヒトでも低カロリーで食物繊維の豊富な食生活を送っている場合にはこの大腸での発酵で生成された短鎖脂肪酸が重要なエネルギー源となっている[11]

酪酸菌は、酪酸を生成する偏性嫌気性芽胞形成グラム陽性桿菌である。クロストリジウム属タイプ種でもある。芽胞の形で環境中に広く存在しているが、特に動物の消化管内常在菌として知られている。日本では宮入菌と呼ばれる株が酪酸菌の有用菌株として著名であり、芽胞を製剤化して整腸剤として用いられている[12]

ビタミンK等の合成

ビタミンKは食物からの摂取と並んで、幾つかの種類に属する複数腸内細菌によっても供給される。ビタミンKは血液凝固作用(止血)にも関係し、これが不足すると各種内出血といった欠乏症が発生する。ヒト成人に於いては通常、腸内細菌による供給だけでも充分必要量を賄えるが、生まれたばかりのヒト新生児では、まだ充分に腸内細菌叢が形成されて居ないため、これを充分に生産出来ない事から、腸内出血(血便)などの異常が発生しやすく、また抗生物質の投与により腸内細菌叢が損なわれた際には、同様に欠乏症が発生し得る。

産科では、出生時、出生1週間、一か月健診などの頃合いでビタミンKシロップを投与している[13]。 厚生労働省は、ビタミンKの欠乏に陥りやすい新生児には出生直後1ヶ月以内に計3回ビタミンKを経口投与するよう指針で促しているにも関わらず、ホメオパシー団体に所属する助産師がビタミンKの代わりに「ビタミンKのレメディ」なるものを投与し、新生児はビタミンK欠乏性出血症で生後2ヶ月で死亡した。母子手帳には「ビタミンK投与」と偽って記載したために健診で医師も気づかなかった[14][15][16][17]

なおビタミンKはカルシウム定着にも関係しており、不足する事で骨粗鬆症の弊害も起き得るとされる。食品ではチーズ発酵食品納豆等に豊富に含まれ、新生児を含む乳幼児では母乳などを介して摂取されている。

ビオチン(ビタミンB7)の一日の目安量は、成人で45μg。腸内細菌叢により供給されるため、通常の食生活において欠乏症は発生しない[18]

ピリドキシンビタミンB6)も腸内細菌により供給されている[19]

食物繊維を多く摂ると腸内細菌によるリボフラビンビタミンB2)の合成が盛んになる[20]

生体内においては、ナイアシン(ビタミンB3)はトリプトファンから生合成される。ヒトの場合は、さらに腸内細菌がトリプトファンからナイアシン合成を行っている[21]

プロピオン酸生産菌はビタミンB12を生産する主要な菌であり、草食動物は腸内細菌としてこれらの菌からビタミンB12を摂取している[22][23]ヒトではビタミンB12欠乏症が見られることから、ヒトの腸内細菌は十分な量のビタミンB12を産生していないと考えられる。

腸内細菌がパントテン酸(ビタミンB5)や葉酸(ビタミンB9)も生成する[24]

乳酸菌ビタミンCを微量ながら生成する。野菜果物を摂れない遊牧民のように乳酸発酵された馬乳酒を1日最低1-3リットル程度飲んでいる[25][26]。馬乳酒にはビタミンCが100mlあたり8-11mg含まれている[27]

ヘムの分解物であるビリルビンの代謝

肝臓においてグルクロン酸転移酵素によりヘムの分解物であるビリルビングルクロン酸抱合を受け、水に溶けるようになる。抱合型ビリルビンはほとんどが胆汁の一部となって十二指腸に分泌される。抱合型ビリルビンの一部は大腸に達し、腸内細菌の働きにより還元されてウロビリノーゲンに代謝され、腸から再吸収され、腎臓を経て、尿として排泄される。この循環を腸肝ウロビリノーゲンサイクルと呼ぶ。ウロビリノーゲンは、抗酸化作用を有し、DPPHラジカル除去作用は他の抗酸化物質ビタミンEビリルビン及びβ-カロチン)よりも高い値を示す[28][29]。再吸収されたウロビリノーゲンが体内で酸化されると黄色のウロビリンとなり尿から排泄される。 腸内に残るウロビリノーゲンはさらに還元されてステルコビリノーゲンになり、別の部位が酸化されて最終的にはステルコビリンになる。このステルコビリンは大便の茶色の元である。 なお、ビリルビンが胆汁として分泌されずに体内に蓄積されると黄疸になる[30]

新生児においては生理的黄疸という言葉があるように、黄疸が出現しても正常な状態がある。これは新生児の生理学的な特徴から理解されている。胎児期は肝機能が未熟であるために胎児肝は殆どビリルビンのグルクロン酸抱合を行わない。胎児期は胎盤で母体血に非抱合型ビリルビンを渡すことで高ビリルビン血症を防いでいる。出生後はヘムの分解によるビリルビンの産出、肝臓の機能が未熟ということが重なって生理的黄疸が発生すると考えられている[31]。新生児で腸内細菌が十分に機能していなくてビリルビンがウロビリノーゲンに代謝できないことも黄疸となる大きな原因である。なお、重症な黄疸の新生児は核黄疸を発症し、脳障害の後遺症を残す[32]

腸内環境の維持

乳酸菌等の腸内細菌は、腸内で担体として増加することにより菌体が腸管老廃物を吸着して排出させている可能性がある[26]。健康なヒトの腸内にはたくさんの種類の微生物が生息しており、ほぼすべての人の腸内からは、ラクトバシラス属やビフィドバクテリウム属の乳酸菌が検出される。これらの乳酸菌は、俗に言う「腸内の善玉菌」の一種として捉えられる場合が多く、腸内常在細菌叢(腸内フローラ)において、これらの細菌の割合を増やすことが健康増進の役に立つという仮説が立てられている。ただしその有効性については、意義があるとする実験結果と関連が認められないとする結果がそれぞれ複数得られており、結論が出ていないのが現状である[33]#善玉菌と悪玉菌を参照のこと。

免疫機能

en:Gut flora#Immunityを参照のこと。

アレルギー予防

en:Gut flora#Preventing allergyを参照のこと。

腸内細菌による病気

リトコール酸の産生

リトコール酸(Lithocholic acid)は、脂質を可溶性にして吸収を高める界面活性剤の役割をする胆汁酸の一種である。結腸内において微生物の活動により一次胆汁酸であるケノデオキシコール酸から二次胆汁酸として生合成される。この反応は一部の腸内細菌が有する胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼによってリトコール酸が生成される。腸内細菌の総菌数の1〜10パーセント程度の多くの菌株が低い胆汁酸-7α-デヒドロキシラーゼ生産能を有することが確認されている[34]。リトコール酸は、人や実験動物に発をもたらすとされている[35]

アノイリナーゼの産生

アノイリナーゼ(=チアミナーゼ)は、ビタミンB1を分解する酵素である。アノイリナーゼは、ワラビぜんまいコイフナなどの淡水魚の内臓、はまぐりなどに含まれる。また、加熱すれば通常この酵素は失活する。アノイリナーゼを産生するアノイリナーゼ菌を腸内細菌として保有しているヒトも数パーセント存在しているといわれている。ただし、この菌を保菌していたとしても、ビタミンB1欠乏症である脚気の自覚症状、他覚症状を呈することはほとんどない[36]

硝酸態窒素から亜硝酸への還元

硝酸態窒素を含む肥料が大量に施肥された結果、地下水が硝酸態窒素に汚染されたり、葉物野菜の中に大量の硝酸態窒素が残留するといったことが起こっている。人間を含む動物が硝酸態窒素を大量に摂取すると、腸内細菌により亜硝酸態窒素に還元され、これが体内に吸収されて血液中のヘモグロビンと結合してメトヘモグロビンを生成してメトヘモグロビン血症などの酸素欠乏症を引き起こす可能性がある上、2級アミンと結合して発ガン性物質ニトロソアミンを生じる問題が指摘されている[37][38]。 野菜類に主に肥料由来の硝酸塩、亜硝酸塩が多く含まれることがある。市販漬物中には硝酸塩、亜硝酸塩が多く、なかでも葉菜類が最も高く、次いで根菜類、果菜類の順に多かった旨の報告がある[39]IARC発がん性リスク一覧では、「アジア式野菜の漬物 (Pickled vegetables (traditional in Asia) )」が、Group2B(ヒトに対する発癌性が疑われる(Possibly Carcinogenic)化学物質、混合物、環境)としてとりあげられている[40]。アジア式野菜の漬物とは、中国、韓国、日本の伝統的な漬物を意味しており、低い濃度のニトロソアミン等が検出されている[41]

無菌動物

無菌動物とは、体内および体表に微生物ウイルス寄生虫を含む)が存在しない動物(現実的には検出可能な全ての微生物が存在しない動物)のことである。無菌動物はウイルス、細菌、寄生虫などの要因を制御するために無菌のアイソレータ内で飼育される[42] 。無菌動物は、盲腸の容積が大きく、寿命が長いなどの特徴を有する[43]

腸内細菌には大型動物に利益をもたらす面も害をなす面もあるが、どちらが大きいのかについては不明である。無菌動物の場合、寿命が普通個体よりも長いので、総計すれば害の方が大きい、との説もある[44]

歴史

腸内細菌の最初の発見は、微生物そのものが発見されたのと同時期に、レーウェンフックによって行われた。レーウェンフックは1674年から、自分で作製した顕微鏡を使って環境中のさまざまなものを観察し、細菌などの微生物を発見したが、彼はヒトや動物の便についても観察し、腸内細菌をスケッチしている。

1876年ロベルト・コッホ炭疽菌の純粋培養に成功したのをきっかけにさまざまな細菌が分離されるようになったが、当時のヨーロッパではコレラ腸チフスなどの消化器感染症が流行しており、その患者から病原菌を分離するときに同時に分離されてくる、健常者にも存在する常在菌として、大腸菌1885年)など、いくつかの腸内細菌科の細菌が分離同定された。しかしこの当時はまだ、酸素に触れると死んでしまう偏性嫌気性菌の存在についてあまり知られていなかったため、実際に培養できたのは腸内細菌の10%にも満たなかった。残りの大部分である、培養できない偏性嫌気性菌については、死んだ菌の残骸であると考えられていた。

1880年代に、未消化タンパク質の腐敗によって発生した毒性を示す化合物が小腸から発見された[45]イリヤ・メチニコフが自家中毒説として発展させ、毒素が腸から吸収され寿命を縮めると仮定し、19世紀終わりごろには大衆に広く知られるようになった[46]

1899年パスツール研究所の研究員であったティシエは、母乳栄養児の糞便から偏性嫌気性菌であるビフィズス菌を分離した。この当時、母乳と人工乳のどちらが与えられるかによって新生児の発育や死亡率などに違いがあり、母乳栄養児の方が健康状態がよいということが知られていた。ティシエはこの違いを明らかにするために糞便中に分離される腸内細菌に着目し、当時はまだ技術的に未熟であった嫌気培養法によってビフィズス菌の分離に成功して、母乳栄養児にこの菌が多く見られることを明らかにした。この発見によって、腸内細菌が宿主の健康に関与していることが注目されるようになり、また20世紀初頭にかけて、多くの偏性嫌気性菌の分離が行われるようになった。

1904年、イリヤ・メチニコフはパスツール研究所の副所長に就任した。1907年『不老長寿論』という著書を出版した。これは、ブルガリアに長寿者が多いことから端を発する説で、乳酸菌を摂取させたところ腐敗物質が減少したので、毒素が発生する(自家中毒になる)のを防止するために乳酸菌を摂取すれば長寿になる、というものである。ブルガリアの乳酸菌の他に、ケフィアや酢漬け、塩漬けの食品によって人々は知らずのうちに乳酸菌を摂取していることを指摘している[47]。メチニコフは1908年に、細胞性免疫を発見し、食細胞説を提唱した功績でノーベル生理・医学賞を受賞したため、不老長寿説は受賞とは無関係な研究であったものの脚光を浴びることになった[要出典]。しかし、後にメチニコフが提示した乳酸菌(ブルガリア菌)はその大部分が胃で殺菌されてしまい、腸には到達しないことが明らかになり、また同時に、腸内の腐敗物質だけでは老化やさまざまな疾患発生が説明できないことも明らかになったため、この説は下火になった[要出典]

1918年ジョン・ハーヴェイ・ケロッグは『自家中毒』[48]という著書を出版し、自家中毒説をもとに未消化の肉には毒を作り出す細菌が繁殖し、毒によって体の不調を招くという理由で菜食を勧めていった。またケロッグはシリアル食品を開発し、食物繊維は腸を刺激して毒を発生させる時間を短くすることにより健康にとって重要であるという宣伝を行なったため、大衆に食物繊維の重要性が認知されていった[46]

1950年頃、腸内細菌の役割について宿主との共生という観点からの研究が再び盛んになり、嫌気培養技術が大きく発展したことも手伝って、細菌叢調査法が発展し、その実態解明が進んだ。腸内常在微生物叢が宿主の健康に関与していることも次第に明らかになった。腸内細菌バランスに介入することで健康維持を図ろうとする製剤、あるいは健康食品の開発が行われるようになった。

1965年、リリーらによってプロバイオティクスとして提唱され[49]、以降、乳酸菌を用いた醗酵食品を腸内に到達させる研究が進んでいった。

1995年、有用な腸内細菌を増殖させる物質としてプレバイオティクスという概念が提唱される[50]。プレバイオティクスの代表的なものには食物繊維やオリゴ糖がある。プロバイオティクスとプレバイオティクスの両方の機能を併せ持った食品はシンバイオティクスと呼ばれる。

菌一覧

脚注

  1. ^ http://www.kao.co.jp/pro/hospital/pdf/07/07_08.pdf
  2. ^ http://www.calpis.co.jp/laboratory/tokushu/report_0301.html
  3. ^ 辨野義己 腸内細菌の全体像をつかみ、予防医学に役立てる (理研ニュース、February 2004)(独立行政法人 理化学研究所
  4. ^ 「健康食品」の安全性・有効性情報独立行政法人 国立健康・栄養研究所
  5. ^ 肝性脳症 135章 肝臓の病気でみられる症状 (メルクマニュアル家庭版)
  6. ^ 主な学会発表 (カルピス研究所)
  7. ^ [1]
  8. ^ 草食動物
  9. ^ 「日本人の食事摂取基準」(2010年版)厚生労働省
  10. ^ 食物繊維
  11. ^ 大腸#大腸の機能
  12. ^ 酪酸菌
  13. ^ 新生児に対するビタミンKの予防投与役に立つ医薬品情報
  14. ^ 「ビタミンK与えず乳児死亡」母親が助産師提訴 - 読売新聞(九州発)2010年7月9日付け記事
  15. ^ 問われる真偽 ホメオパシー療法 - asahi.com
  16. ^ [解説]「ビタミンK与えず乳児死亡」提訴 - 読売新聞2010年7月31日付け記事
  17. ^ ホメオパシー#山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故
  18. ^ ビオチン
  19. ^ http://www.biochem.osakafu-u.ac.jp/NC/NutrChem1.pdf
  20. ^ 鷹觜テル「食生活と長寿に関する研究-2-長寿村棡原地区の食物繊維(D.F)の摂取を中心として」『岩手大学教育学部研究年報』第41巻第1号、岩手大学教育学部、1981年10月、109-137頁、NAID 120001123398 
  21. ^ ナイアシン
  22. ^ http://members2.jcom.home.ne.jp/bsel/Presearch.html
  23. ^ http://web.sapmed.ac.jp/ircc/seeds/pdf/category03/p704.pdf
  24. ^ http://micro.fhw.oka-pu.ac.jp/microbiology/infection/flora.html
  25. ^ http://kiifc.kikkoman.co.jp/tenji/tenji08/mongol06.html 国際食文化研究センター
  26. ^ a b http://www.cias.kyoto-u.ac.jp/files/img/publish/alpub/jcas_ren/REN_04/REN_04_009.pdf 内陸アジアの遊牧民の製造する乳酒に関する微生物学的研究
  27. ^ http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/wadai.htm モンゴル遊牧民の乳利用~健康維持の秘密~
  28. ^ http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902172619022847
  29. ^ NAKAMURA, Takashi; SATO, Katsuyuki; AKIBA, Mitsuo; OHNISHI, Masao (2006). “Urobilinogen, as a Bile Pigment Metabolite, Has an Antioxidant Function”. Journal of Oleo Science 55 (4): 191–197. doi:10.5650/jos.55.191. ISSN 1345-8957. 
  30. ^ ビリルビン#抱合型ビリルビン
  31. ^ 黄疸
  32. ^ 新生児黄疸
  33. ^ 乳酸菌
  34. ^ http://kaken.nii.ac.jp/d/p/10760087
  35. ^ Kozoni, V. (2000). “The effect of lithocholic acid on proliferation and apoptosis during the early stages of colon carcinogenesis: differential effect on apoptosis in the presence of a colon carcinogen”. Carcinogenesis 21 (5): 999–1005. doi:10.1093/carcin/21.5.999. ISSN 14602180. 
  36. ^ http://hdl.handle.net/10328/3445 高木兼寛とその批判者たち -脚気の原因について展開されたわが国最初の医学論争-
  37. ^ 寺沢なお子、荒納百恵「市販緑葉野菜の硝酸およびシュウ酸含有量」『金沢大学人間科学系研究紀要』第3巻、金沢大学人間社会研究域人間科学系、2011年3月31日、1-13頁、NAID 120002924885 
  38. ^ http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/37/002/37002421.pdf p51
  39. ^ 高屋むつ子、後藤美代子「市販漬物中の亜硝酸塩とニトロソアミンについて」『調理科学』第20巻第1号、日本調理科学会、1987年3月20日、54-59頁、NAID 110001170844 
  40. ^ IARC発がん性リスク一覧
  41. ^ http://www.inchem.org/documents/iarc/vol56/02-pick.html
  42. ^ University of Michigan Germ Free Animal Facility - example facility for raising germ-free animals
  43. ^ http://wwwcrl.shiga-med.ac.jp/home/seminar/toku_sem/sp96/sep10am/home.html
  44. ^ 微生物
  45. ^ Chen TS, Chen PS. "Intestinal autointoxication: a medical leitmotif" ,J Clin Gastroenterol. 11(4), 1989 Aug, pp434-41. PMID 2668399
  46. ^ a b James C. Whorton「菜食主義」『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典〈4〉栄養と健康・現代の課題』 朝倉書店、2005年3月。ISBN 978-4254435344。229~244頁。The Cambridge world history of food, 2000
  47. ^ エリー・メチニコッフ 『不老長寿論』 大日本文明協会事務所、1912年。236頁。
  48. ^ John Harvey Kellogg Autointoxication ,1918
  49. ^ Daniel M. Lilly , Rosalie H. Stillwel "Probiotics: Growth-Promoting Factors Produced by Microorganisms" Science Vol.147. no.3659, 12 February 1965, pp.747-748.
  50. ^ Gibson GR, Roberfroid MB. "Dietary modulation of the human colonic microbiota: introducing the concept of prebiotics." J Nutr. 125(6), 1995 Jun, pp1401-12. PMID 7782892

参考文献

関連事項

外部リンク