メトヘモグロビン血症

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メトヘモグロビン血症(メトヘモグロビンけつしょう)とは、血液中にメトヘモグロビンが多い状態を言う。チアノーゼを起こす代表的疾患のひとつ。チアノーゼとは、唇や爪が鮮やかな赤ではなく、静脈血のような紫色になっている身体所見を指す言葉である。チアノーゼを起こす頻度の高い原因は、肺疾患(肺炎肺気腫などで、直接的に血液に酸素を取り入れられなくなる)や心疾患(心不全を起こすと、肺に水がたまり酸素をうまく取り入れられなくなる、あるいは右左シャント)であるが、特に新生児を含む若い人がほかに原因のないチアノーゼをきたしているようならメトヘモグロビン血症の診断が検討される。(ブルー・ベビー症候群)

病態[編集]

メトヘモグロビンは、ヘモグロビンに配位されている二価のイオンが三価になっているものである。メトヘモグロビンは正常な体内でもごくわずかに産生されており、シトクロームb5還元酵素によって二価に還元される。メトヘモグロビンは酸素を運搬できないため、何らかの原因によりこれが体内に過剰になると、体の臓器が酸素欠乏状態に陥る。

原因[編集]

  • 先天性: まれ。
    • シトクロームb5還元酵素欠乏症は、メトヘモグロビンを代謝する酵素の先天性の異常で、常染色体劣性遺伝形式を示す。世界で一例だけ、シトクロームb5還元酵素欠乏症によるメトヘモグロビン血症の報告がある。
    • Mヘモグロビン血症は異常ヘモグロビンを原因とするメトヘモグロビン血症で、常染色体優性遺伝形式を示す。
  • 後天性
    • 解熱鎮痛剤のフェナセチン、虚血性心疾患治療剤の硝酸イソソルビドなどの医薬品による副作用。
    • 飲食物中の硝酸態窒素(特に井戸水に混入したもの)が腸内細菌により亜硝酸(ヘモグロビンを酸化しうる)になると、乳児においてメトヘモグロビン血症を引き起こすことがある(欧米では死亡例も)。いわゆるブルーベビー症。複数の原因が考えられている。
      • 乳児では、成人と比べて、胃内のpHが高く(胃酸が弱く)、結果として腸内細菌が増殖している。
      • 乳児の持つヘモグロビンFは、酸化を受けやすいためメトヘモグロビンが産生されやすい。
      • 乳児の場合まだシトクロームb5還元酵素の活性が50-60%でしかなく、メトヘモグロビンの還元が不十分である。
    • 硝酸態窒素を含む肥料が大量に施肥され、上記のように地下水が硝酸態窒素に汚染されたり、葉物野菜の中に大量の硝酸態窒素が残留することがある。人間を含む動物がこのような硝酸態窒素を大量に摂取すると、体内で亜硝酸態窒素に還元され、この亜硝酸ヘモグロビンメトヘモグロビンに酸化してメトヘモグロビン血症を引き起こす可能性がある[1]
    • 窒素酸化物(NO、NO2等)を吸入するとメトヘモグロビンが生成する[2]

症状[編集]

  • チアノーゼ
    • 通常のチアノーゼは血中にデオキシヘモグロビンが5g/dLをこえると出現するが、メトヘモグロビンは1.5g/dL程度の濃度でもチアノーゼをきたす。デオキシヘモグロビンが5g/dL以上というのは重篤な状態を意味する。したがって、ほかに特に症状のない(元気な)単独のチアノーゼの所見はメトヘモグロビン血症を示唆する所見のひとつである。なお、通常のヘモグロビン濃度(Hb)は、男性13-18g/dL、女性11.5-16.5g/dL (基準下限値を下回ると貧血とされる)である[3]。このことからメトヘモグロビン1.5g/dLは、通常のヘモグロビン濃度と比較して10%あるいはそれ以上を占めていることになる。
  • 慢性の経過をきたす先天性では、チアノーゼ以外の症状はほとんどない。ただし、シトクロームb5還元酵素がほぼ欠損している場合(Type II)には、種々の神経障害や発達遅延などをきたし、予後が悪い。
  • 後天性における急性発症では、頭痛などの全身症状や呼吸苦、呼吸抑制、意識障害、さらには死に至ることもある。

検査所見[編集]

  • 動脈血を採血したはずなのに、真っ黒(あるいはチョコレート色)な血がひかれることがある。
    • もしメトヘモグロビン血症であるなら、その後測定した動脈血中酸素濃度とその色とが乖離している。
  • パルスオキシメーターによる酸素飽和度は正確な値を示さず、低値を示す。
    • 動脈血中酸素濃度から計算した酸素飽和度との差はsaturation gapと呼ばれ、診断に有用である。
  • メトヘモグロビン濃度の上昇(確定診断)
    • 血液を置いておくとメトヘモグロビン濃度は上昇するため、できるだけ早く検査する必要がある。

メトヘモグロビンの飽和度[編集]

メトヘモグロビンの飽和度は、メトヘモグロビンのヘモグロビンとのパーセンテージで表現される。以下で言うmetHbとはメトヘモグロビンのことをいい、ヘモグロビンとの比率を表す。

1-2%のmetHb 通常

10% 以下のmetHb – 症状なし

10-20% のmetHb – 皮膚の変色のみ(鼻粘膜で最も目立つ)

20-30% のmetHb – 不安頭痛、作業時の呼吸困難

30-50% のmetHb – 疲労、精神錯乱、めまい、頻呼吸、動悸

50-70% のmetHb – 昏睡発作不整脈アシドーシス

70% 以上のmetHb –死亡

鑑別疾患[編集]

治療[編集]

メチレンブルーが NADPH の存在下でグルタチオン系の還元酵素によりロイコメチレンブルーに還元され、ロイコメチレンブルーがメトヘモグロビンをヘモグロビンに還元し、ロイコメチレンブルーがメチレンブルーに酸化され、この反応の繰り返しにより触媒的な役割を果たす[4]
  • メトヘモグロビン血症の原因となったと思われる薬剤を中止し、今後の投与を避ける。
  • 先天性においては、硝酸をふくむような飲食物の摂取を避ける。

ヒト以外の動物におけるメトヘモグロビン血症[編集]

ウシなどの反芻動物では、硝酸態窒素の過剰摂取があると、第一胃細菌の硝酸還元酵素によって亜硝酸が生成され、メトヘモグロビン血症の原因となる。富山市ファミリーパークでのグレビーシマウマが肺水腫による呼吸不全で死んだケース[5]では、血液検査により90ppmの硝酸態窒素が検出された[6]

ヒトと同様に治療にはメチレンブルーの投与が有効である。

脚注[編集]

  1. ^ 野菜の硝酸イオン低減化マニュアル 平成18年3月 独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 野菜茶業研究所
  2. ^ 石井邦彦「アカタラセミアマウスに一酸化窒素,二酸化窒素曝露時のメトヘモグロビン生成」『岡山医学会雑誌』101(5-6)1989-06,pp473-488
  3. ^ 杉本恒明、矢崎義雄 総編集 『内科学』第9版p.1558、朝倉書店、2007年、ISBN 978-4-254-32230-9
  4. ^ メチレンブルー - 中毒情報センター
  5. ^ シマウマ赤ちゃん謎の急死、道産牧草に毒成分? : 科学 (読売新聞、2010年11月25日)
  6. ^ シマウマ赤ちゃん急死、血液から高濃度の毒成分 : 社会 (読売新聞、2010年11月235日)

参考文献[編集]

  • 鎌田信一ほか編 『獣医衛生学』 文永堂出版 2005年 ISBN 9784830031991