ロベルト・コッホ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ロベルト・コッホ
人物情報
生誕 1843年12月11日
ハノーファーの旗 ハノーファー王国 クラウスタールドイツ語版
死没 1910年5月27日
ドイツの旗 ドイツ帝国 バーデン バーデン=バーデン
出身校 ゲッティンゲン大学
学問
研究分野 微生物学
研究機関 ベルリン大学
博士課程
指導教員
ヤーコブ・ヘンレ
主な業績 コッホの原則
炭疽菌結核菌コレラ菌の発見
影響を
与えた人物
フリードリヒ・レフラー
主な受賞歴 ノーベル生理学・医学賞 (1905年)
署名
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1905年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:結核に関する研究

ロベルト・コッホ、またはハインリヒ・ヘルマン・ローベルト・コッホHeinrich Hermann Robert Koch1843年12月11日 - 1910年5月27日)は、ドイツ医師細菌学者ルイ・パスツールとともに、「近代細菌学の開祖」とされる。

概要[編集]

炭疽菌結核菌コレラ菌の発見者である。純粋培養染色の方法を改善し、細菌培養法の基礎を確立した。寒天培地やペトリ皿(シャーレ)は彼の研究室で発明され、その後今日に至るまで使い続けられている。

また感染症病原体を証明するための基本指針となるコッホの原則を提唱し、感染症研究の開祖として医学の発展に貢献した。

経歴[編集]

生家の様子
  • 1876年、炭疽菌の純粋培養に成功し、炭疽病原体であることを証明した。このことによって細菌が動物の病原体であることを証明し、その証明指針であるコッホの原則を提唱した。
  • 1882年3月24日結核菌を発見した。ヒトにおいて炭疽菌と同様に病原性の証明を行って、論文『結核の病因論』を著わし、ヒトにおいても細菌が病原体であることを証明した(後にこれを記念して、3月24日は世界結核デーと制定された)。
  • 1883年インドにおいて、コレラ菌を発見。
  • 1890年、結核菌の培養上清からツベルクリン(結核菌ワクチン)を創製。当初は治療用に使用することが目的だったが、効果がなかったため、現在では診断用のみに用いられている。
  • 1893年、妻エミーと離婚、30歳年下のヘドヴィグ・フライブルクと結婚。
  • 1905年、結核に関する研究の業績よりノーベル生理学・医学賞を受賞。

ベルリン大学で教鞭をとり、彼の弟子として、

などを輩出した。

関連事項[編集]

関連書籍[編集]

  • メチニコフ『近代医学の建設者 パストゥール,リスター,コッホ』宮村定男訳、岩波新書、1944年
  • 宮本忍『ローベルト・コッホ』新教育事業協会、1950年
  • 高野六郎『ローベルト・コッホ』主婦之友社、1951年、文化を築いた人々
  • トーマス・D.ブロック『ローベルト・コッホ 医学の原野を切り拓いた忍耐と信念の人』長木大三,添川正夫訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、1991年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]