2000年スペイングランプリ

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スペインの旗 2000年スペイングランプリ
レース詳細
2000年F1世界選手権全17戦の第5戦
Barcelona 2000.jpg
日程 2000年シーズン
決勝開催日 5月7日
正式名称 Gran Premio Marlboro de Espana
開催地 カタロニアサーキット
スペイン バルセロナ
コース Permanent racing facility
コース長 4.730
レース距離 307.450
決勝日天候 Cloudy, Mild, Dry
ポールポジション
ドライバー フェラーリ
タイム 1:20.974
ファステストラップ
ドライバー フィンランドの旗 ミカ・ハッキネン マクラーレン-メルセデス
タイム 1:24.470 (28周目)
決勝順位
優勝 マクラーレン-メルセデス
2位 マクラーレン-メルセデス
3位 フェラーリ

2000年スペイングランプリ (Gran Premio Marlboro de Espana) は、2000年F1世界選手権の第5戦として、2000年5月7日にカタロニアサーキットで開催された。


レース概要[編集]

予選ではミハエル・シューマッハポールポジションを獲得、 2位がミカ・ハッキネン、3位ルーベンス・バリチェロ、4位デビッド・クルサード、5位ラルフ・シューマッハ、6位ジャック・ヴィルヌーヴとなった。

決勝ではスタートでシューマッハがハッキネンより僅かに遅れたためラインを外れたが、優位を保つためにコースを横切りハッキネンをブロックした。後方ではラルフがスタートに成功し、バリチェロのイン側、クルサードのアウトから3位に浮上した。その後ろではヴィルヌーヴがハインツ=ハラルド・フレンツェンヤルノ・トゥルーリを抑えて6位で走行する。レースは追い越しが困難なため順位は確定したかに見えた。

間もなく先頭グループは3つに分裂した。シューマッハとハッキネンが第1グループとしてトップ争いを繰り広げた。ラルフは3位でクルサードとバリチェロを従え第2グループを形成した。第3グループはヴィルヌーヴ、フレンツェン、トゥルーリにジェンソン・バトンが加わった。21ラップ目にヴィルヌーヴは機械トラブルのためリタイアし、その後ろのドライバー達は解放された。その3ラップ後にシューマッハが3秒のリードを保ってピットインする。ピット作業が手間取り7秒かかった後、シューマッハは慌ててスタートしようとしたため燃料クルーが怪我を負った。次のラップでバリチェロとクルサードがピットインする。フェラーリは手際よいピット作業で燃料を補給した。クルサードは2速ギアを選択、バリチェロのストップはいつもより時間がかかった。それでもバリチェロはクルサードの前でピットアウトしたが、それはラルフがピットストップ後も彼らの前にいたことを意味した。26ラップ目にハッキネンがピットインする。シューマッハはピットでの問題のためリードは0.6秒まで減少していた。

トゥルーリもピットストップで問題が生じ、その後ろではバトンとフレンツェンが6位を争っていた。前方ではレース序盤のようにシューマッハはハッキネンを引き離すことができなかった。ハッキネンはシューマッハと共に走行し、その差は0.4~0.8秒であった。その後ろではバリチェロはラルフに対してクルサードのようにプレッシャーを与えられなかった。レースは5位のクルサードが39ラップ目にピットインするまで同じ順位が続いた。バリチェロとラルフは順位が変わらないままであった。クルサードがペースを上げて両者の前に出て、ラルフはフラストレーションがたまったバリチェロの前にいた。その後方ではバトンがフレンツェンの前で6位を保つ。41ラップ目にシューマッハとハッキネンは共にピットインした。シューマッハは多くの問題を抱えピットで17秒を費やす。ハッキネンは10秒先にピットアウトした。

ピットアウト後シューマッハは減速していて速かった。 ハッキネンは1ラップあたりおよそ1秒ずつリードを広げた。クルサードはシューマッハにラップあたり約1秒ずつ近づいていった。46ラップ目にクルサードは追いつき、次のラップでは第1コーナーでイン側からアタックした。シューマッハはイン側に寄ったがクルサードはアウトから抜くことに成功した。4ラップ以内にシューマッハは2位争いから脱落、ラルフとバリチェロとの争いとなる。51ラップ目にラルフがアタックしたがシューマッハはブロックする。両者が勢いを失っている内にバリチェロが前に出、ラルフはシューマッハの前となった。シューマッハは直接ピットインした。チームは空気漏れしていた左のリアタイヤを交換し、シューマッハはペースを回復、5位でコースに戻った。63ラップ目にバトンのエンジンがトラブルを起こし、フレンツェンが6位となる。結局ハッキネンがシーズン初勝利を上げ、クルサードが2位となりマクラーレンが1-2を達成した。3位はバリチェロ、4位がラルフ、5位がシューマッハであった。ハッキネンはこれで1998年1999年に続いてスペイングランプリ3連勝となり、クルサードも3年連続2位となった。

決勝[編集]

順位 No ドライバー チーム 周回 タイム グリッド ポイント
1 1 フィンランドの旗 ミカ・ハッキネン マクラーレン-メルセデス 65 1:33:55.390 2 10
2 2 イギリスの旗 デビッド・クルサード マクラーレン-メルセデス 65 +16.066 4 6
3 4 ブラジルの旗 ルーベンス・バリチェロ フェラーリ 65 +29.112 3 4
4 9 ドイツの旗 ラルフ・シューマッハ ウィリアムズ-BMW 65 +37.311 5 3
5 3 ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ フェラーリ 65 +47.983 1 2
6 5 ドイツの旗 ハインツ=ハラルド・フレンツェン ジョーダン-無限ホンダ 65 +1:21.925 8 1
7 17 フィンランドの旗 ミカ・サロ ザウバー-ペトロナス 64 +1 lap 12
8 23 ブラジルの旗 リカルド・ゾンタ BAR-ホンダ 64 +1 lap 16
9 11 イタリアの旗 ジャンカルロ・フィジケラ ベネトン-プレイライフ 64 +1 lap 13
10 12 オーストリアの旗 アレクサンダー・ヴルツ ベネトン-プレイライフ 64 +1 lap 18
11 7 イギリスの旗 エディ・アーバイン ジャガー-コスワース 64 +1 lap 9
12 6 イタリアの旗 ヤルノ・トゥルーリ ジョーダン-無限ホンダ 64 +1 lap 7
13 8 イギリスの旗 ジョニー・ハーバート ジャガー-コスワース 64 +1 lap 14
14 20 スペインの旗 マルク・ジェネ ミナルディ-フォンドメタル 63 +2 laps 20
15 21 アルゼンチンの旗 ガストン・マッツァカーネ ミナルディ-フォンドメタル 63 +2 laps 21
16 15 ドイツの旗 ニック・ハイドフェルド プロスト-プジョー 62 +3 laps 19
17 10 イギリスの旗 ジェンソン・バトン ウィリアムズ-BMW 61 エンジン 10
リタイア 19 オランダの旗 ヨス・フェルスタッペン アロウズ-スーパーテック 25 ギアボックス 11
リタイア 22 カナダの旗 ジャック・ヴィルヌーヴ BAR-ホンダ 21 ハイドロリック 6
リタイア 14 フランスの旗 ジャン・アレジ プロスト-プジョー 1 接触 17
リタイア 18 スペインの旗 ペドロ・デ・ラ・ロサ アロウズ-スーパーテック 1 接触 22
リタイア 16 ブラジルの旗 ペドロ・ディニス ザウバー-ペトロナス 0 スピン 15

第5戦終了時点でのランキング[編集]

ドライバーズ・チャンピオンシップ
順位 ドライバー ポイント
1 ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ 36
2 フィンランドの旗 ミカ・ハッキネン 22
3 イギリスの旗 デビッド・クルサード 20
4 ブラジルの旗 ルーベンス・バリチェロ 13
5 ドイツの旗 ラルフ・シューマッハ 12
コンストラクターズ・チャンピオンシップ
順位 コンストラクター ポイント
1 イタリアの旗 フェラーリ 49
2 イギリスの旗 マクラーレン-メルセデス 42
3 イギリスの旗 ウィリアムズ-BMW 15
4 アイルランドの旗 ジョーダン-無限ホンダ 9
5 イタリアの旗 ベネトン-プレイライフ 8
  • :ドライバー、コンストラクター共にトップ5のみ表示。

参照[編集]

前戦
2000年イギリスグランプリ
FIA F1世界選手権
2000年シーズン
次戦
2000年ヨーロッパグランプリ
前回開催
1999年スペイングランプリ
スペインの旗 スペイングランプリ 次回開催
2001年スペイングランプリ

座標: 北緯41度34分12秒 東経2度15分40秒 / 北緯41.57000度 東経2.26111度 / 41.57000; 2.26111