西岡明彦

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にしおか あきひこ
西岡明彦
プロフィール
出身地 愛知県名古屋市
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1970-03-01) 1970年3月1日(48歳)
最終学歴 青山学院大学経営学部卒業
職歴 広島ホームテレビ
(1992年 - 1998年)
活動期間 1992年 -
ジャンル サッカー中継の実況
公式サイト フットメディア
出演番組・活動
現在Foot!

西岡 明彦(にしおか あきひこ、1970年3月1日 - )は、日本のスポーツコメンテーター。フットメディア代表取締役。

略歴[編集]

愛知県名古屋市出身。愛知県立名古屋西高等学校青山学院大学経営学部卒業。

大学3年次に「スポーツに関わる仕事がしたい」と模索する中で、アナウンサーへの道を志す[1]。最初に試験日が早いという理由でフジテレビのアナウンサー採用試験を受けると、最終選考まで残ったがそのときは入社は叶わず、その後日本テレビテレビ朝日でも最終選考まで残ったがいずれも不合格[1]。一旦はアナウンサーを諦め名古屋の一般企業の内定を受けるが、テレビ朝日のアナウンス部長から、当時スポーツアナウンサーを探していた広島ホームテレビへの入社を勧められ合格し、名古屋の企業の内定を断って1992年に広島ホームテレビに入社[1]

入社後はスポーツアナウンサーとして1年目から高校野球・プロ野球中継の実況を担当する一方、1993年から朝のローカル情報番組「フレッシュ・モーニング」のキャスターを務める。この頃、アナウンサー試験で一緒だった仲間の紹介で森山佳郎を交流を持ったのをきっかけにサンフレッチェ広島との接点が生まれ、社用車でサンフレの練習場に通っては森保一高木琢也片野坂知宏らサンフレの選手と昼食を共にして親交を深めるという日々を送る[2]。「フレッシュ・モーニング」では自分で企画を出して高田豊治が出演するサンフレのコーナーを設けた[2]1994年にはサンフレがサントリーシリーズ(前期)優勝を飾り、優勝インタビューを務めた。

1998年に開催されたフランスW杯での現地取材を最後に広島ホームテレビを退社(理由については後述)。高田豊治のアドバイスもあり語学とプレミアリーグの勉強のために渡英してウエストミンスター大学に留学しメディア論を専攻[3]。平行してテレビ朝日ロンドン支局でアルバイトを行うと共に、スコットランドサッカー協会公認の少年少女指導資格を取得した[3]。また、その際に観戦したプレミアリーグイングランドのフットボール(サッカー)文化に深い感銘を受ける。

1999年に帰国。出身地の名古屋に戻り、名古屋テレビ放送でディレクターを務めつつ、SKY sports(現J SPORTS)のプレミアリーグ実況でフリーとしてのキャリアをスタート。2000年には拠点を東京に移し、スポーツコメンテーターとして数多くのサッカー実況を担当。

2002年日韓W杯では日本対チュニジア戦を含む9試合を実況。2006年ドイツW杯でも決勝トーナメントで現地実況を行っている。2010年南アフリカW杯では、日本対デンマーク戦を実況、2002年に続き日本代表が決勝トーナメント進出を決めた試合を実況した。イギリス留学の経験からJ SPORTSのプレミアリーグ中継やスカパー!のUEFAチャンピオンズリーグのイングランド勢の試合はほぼ毎節担当している。

日韓W杯終了後には「月刊プレミアシップマガジン」(現在休刊)のスーパーバイザーとして雑誌の監修を務めた。森保一との共著『ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に』を上梓した際、その印税を森保と折半しやすくすることを目的に2004年に森保と自身のマネジメント会社となるフットメディアを設立[4]。スポーツ選手・指導者およびアナウンサー・雑誌編集者のマネジメント業務を行っている。

エピソード[編集]

  • 実家は西城幼稚園(名古屋市西区城西町、1950年創立)を運営する学校法人西岡学園を経営[注 1]。西岡本人も主事として幼稚園の行事(杉山愛を迎えての記念講演会の司会)を手伝ったこともある[6]。また、西岡本人も同園の卒業生で、幼稚園時代の同級生に伊藤みどりがいる[5]
  • 両親は共に高等学校の教師[5]。両親の様子を見てきたことで「自分が経験したことや培った知識というものは、次の世代の人たちに伝える義務がある」という感覚となり、そのことがフットメディア設立のきっかけになっているという[7]
  • 中日ドラゴンズファンであり、少年時代はファンクラブに入りナゴヤ球場に通っていた[8]
  • サッカーとの接点は高校時代にサッカー部に入部したのがきっかけで、後にプロ選手となる渡邉一平中京大中京高校)とも対戦経験がある[9]。ただし高校時代はもっぱら控えで、大学では高校選手権出場経験のある同級生の言葉を聞いてサッカー部への入部をやめたという[9]
  • 広島ホームテレビを退社するきっかけについては本人から2種類のコメントが残されている。
    • 1つは2009年のFIFA 10発売時にファミ通へのインタビューに答えたもの[10]で、WOWOWでイタリアのセリエAの中継が始まるようになって、その放送を見ていたらフリーアナウンサーの八塚浩が実況しているのを知り「僕もサッカー専門の実況アナウンサーになりたいな」と思い、テレビ局を退職する決意をした、というものである。
    • もう1つは2017年に『Foot!』ディレクターの土屋雅史のインタビューに答えたもの[11]で、サンフレとの交流を深める中で選手会の納会等に出席するようになり、そこで森保一がその年限りで移籍・退団する選手とお互いに涙しながら抱擁する姿を見て「(サラリーマンとして)生活が安定している自分が、本当のプロの気持ちを理解できるのか」という感覚を抱き、喋り手もプロになる必要があると考えた、というものである。この時は同時に、サンフレのGMだった今西和男サッカー専門雑誌の記者をサンフレの広報スタッフに採用したのを知り、自分もサッカークラブの広報に転身したいという気持ちも持っていたという。2018年に元サッカーダイジェスト記者の飯尾篤史のインタビューに答えたときにも同様の趣旨を答えている[12]
  • アーセナルの熱烈なファンを公言しており、1998年の渡英からロンドン在住時にアーセナルのパスサッカーに魅了される。 他に「ぼくのプレミア・ライフ FEVER PITCH」(ニック・ホーンビィの同名小説の映画化)ではDVD音声特典のコメンタリーとして参加している。
  • 身長は182cm。かつて「Foot!」(J SPORTS)で共演していた倉敷保雄粕谷秀樹も180cm以上の長身で、3人で「Foot!のトリデンテ」を自称していた。
  • 2012年1月に、西岡が広島ホームテレビ社員時代から交流のある森保一を「Foot!」の企画でインタビューした際、「サンフレッチェの優勝するシーンを実況したい」と述べていたが、それを同年11月24日に行われた対セレッソ大阪戦(広島ビッグアーチ)で叶えることに成功した。西岡はスカパー!向けの実況を担当し、優勝の可能性が残っていたベガルタ仙台が敗れることが決まった瞬間「仙台敗れました…」と口走った後、感涙の余り1分20秒何もしゃべることができなかったという。2013年最終節も同じくスカパー!で鹿島アントラーズ戦(カシマスタジアム)を担当、等々力陸上競技場横浜F・マリノスが敗れ広島の優勝が決まった瞬間を2年連続で実況した。
  • ニックネームは「ピエール」(粕谷秀樹が命名)、または「あっくん」(J SPORTS「ENG!and...」での呼び名)だがそう呼ぶ人はほとんどいない。
  • 2006年3月26日に入籍。7月30日の結婚披露宴には粕谷秀樹、森保一らが招かれた。

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

書籍[編集]

ゲームソフト[編集]

  • それなら君が代表監督EA SPORTS)実況
  • サッカーライフバンプレスト)実況
  • サッカーライフ2(バンプレスト)実況
  • FIFA 08 ワールドクラス サッカー(EA SPORTS)実況(解説・岡田武史
  • FIFA 09 ワールドクラス サッカー(EA SPORTS)実況(解説・岡田武史)
  • FIFA 10 ワールドクラス サッカー(EA SPORTS)実況(解説・岡田武史)
  • FIFA 11 ワールドクラス サッカー(EA SPORTS)実況(解説・岡田武史)
  • FIFA 12 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・岡田武史)
  • FIFA 13 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・堀池巧、岡田武史(PS VITA版のみ))
  • FIFA 14 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・堀池巧)
  • FIFA 15 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・堀池巧)
  • FIFA 16 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・堀池巧)
  • FIFA 17 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・福西崇史)
  • FIFA 18 ワールドクラス サッカー (EA SPORTS) 実況 (解説・福西崇史)

脚注[編集]

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注記[編集]

  1. ^ 西岡の父方の祖母が創立者にあたるという[5]

出典[編集]

参考資料[編集]

関連項目[編集]

  • 松原渓(「for Football」、「Friday Soccer Show」アシスタント)
  • 粕谷秀樹
  • 田口賢司(フリーとしてのキャリアをスタートさせた当時のSKY sportsプロデューサー。現在も「Foot!」のプロデューサー)
  • 八塚浩

外部リンク[編集]