朴哲淳

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朴 哲淳(パク・チョルスン)
Park Cheol - soon
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 釜山広域市[1]
生年月日 (1956-03-12) 1956年3月12日(60歳)
身長
体重
182 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1982年
初出場 1982年
最終出場 1996年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

朴 哲淳(パク・チョルスン、: 박철순1956年3月12日 - )は、韓国出身の元プロ野球選手

経歴[編集]

延世大学校在学中に韓国代表としてハーレムベースボールウィークなどに出場、卒業後にミルウォーキー・ブリュワーズとマイナー契約を結ぶが3年間でメジャー昇格は1度もできなかった。

1982年韓国プロ野球創設とともに結成されたOBベアーズ(現:斗山ベアーズ)に入団。初年度は22連勝を含む24勝を挙げ最多勝・最優秀防御率・最高勝率の投手三冠を達成。さらにシーズンのMVPにも選ばれた。

しかし翌年から腰痛・アキレス腱痛など怪我の連続で一時は「再起不能」とまで呼ばれたが不屈の精神を持ってマウンドに上り、その姿から「不死鳥」の愛称が付けられた。

1996年シーズン後に引退。その後2年間はOBで投手コーチを務めたが、退団後は球界を離れ、実業家として活躍。

2002年、斗山ベアーズは朴の背番号「21」を永久欠番とすることを発表した。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1982 OB 36 19 15 2 -- 24 4 7 -- .857 871 224.2 151 7 67 1 6 108 4 0 60 46 1.84 0.97
1983 4 4 0 0 -- 0 1 0 -- .000 43 10.1 10 0 4 0 0 4 0 0 4 4 3.48 1.36
1985 9 5 2 0 -- 1 4 0 -- .200 193 50.1 36 2 14 0 2 34 1 0 19 15 2.68 0.99
1986 13 7 1 1 -- 5 3 0 -- .625 220 53.1 46 3 22 0 0 29 4 0 23 21 3.54 1.28
1987 5 3 1 0 -- 2 0 1 -- 1.000 97 24.0 17 0 9 0 0 11 0 0 7 6 2.25 1.08
1989 12 1 0 0 -- 1 1 0 -- .500 74 16.1 17 1 9 0 0 14 0 0 11 9 4.96 1.59
1990 18 16 2 1 -- 4 9 0 -- .308 420 96.0 104 6 41 1 0 58 2 0 53 51 4.78 1.51
1991 18 18 2 0 -- 7 5 0 -- .583 444 102.2 97 5 47 1 6 55 5 0 48 40 3.51 1.40
1992 30 6 1 1 -- 7 6 9 -- .538 411 99.2 92 5 34 3 1 68 6 0 35 31 2.80 1.26
1993 25 13 0 0 -- 7 5 2 -- .583 469 116.2 99 3 39 2 0 90 4 0 30 27 2.08 1.18
1994 20 15 5 2 -- 7 7 0 -- .500 369 93.0 73 3 29 0 3 66 1 0 31 27 2.61 1.10
1995 20 15 0 0 -- 9 2 0 -- .818 425 94.2 98 8 42 0 8 67 3 0 54 47 4.47 1.48
1996 21 11 0 0 -- 2 6 1 -- .250 302 68.2 68 0 34 2 4 44 1 0 26 20 2.62 1.49
KBO:13年 231 133 29 7 -- 76 53 20 -- .589 4338 1050.1 908 43 391 10 30 648 31 0 401 344 2.95 1.24
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

  • 最多勝(1982年)
  • 最優秀防御率(1982年)
  • MVP(1982年)

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ソウル特別市出身とする資料もある