日本サッカーの歌

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日本サッカーの歌(にっぽんサッカーのうた、: THE JAPANESE SOCCER ANTHEM)は、坂本龍一の楽曲。英語タイトルの通り、日本のサッカーにおけるアンセムの一つとして知られる。

概要[編集]

2002 FIFAワールドカップ招致活動の一環として、1994年に日本サッカー協会が坂本に委嘱して作られた楽曲(インストゥルメンタル)である[1]。後にこれを伊藤康英吹奏楽曲編曲しており[2]、主にはこの吹奏楽バージョンが天皇杯全日本サッカー選手権大会の選手入場時の入場曲並びに優勝チーム表彰時の式典音楽をはじめ、様々なシーンで用いられている。

作曲当初は「日本サッカーの歌」が音源化されることはなかったが、後に吹奏楽版が3枚のCDに収録されている(発売時期はいずれもFIFAワールドカップの開催直前である)。

吹奏楽版の楽譜は1998年に音楽之友社から発売された[2]ISBN 9784276621107)が絶版となり、2014年に伊藤が直接販売する形で別の出版社から復刻販売(ISBN 9784907201180)されている。

別アレンジ[編集]

  • 坂本は1994年発売の自身のオリジナルアルバム「スウィート・リヴェンジ」に、『日本サッカーの歌』と同曲の別アレンジである『Psychedelic Afternoon』を収録している。こちらはデヴィッド・バーンによる詞が付けられ、ボサノバ調にアレンジされてポール・アレックス、アート・リンゼイのヴォーカルにより収録されている。なお、資料によっては『Psychedelic Afternoon』を基に『日本サッカーの歌』を作曲した[注 1]、あるいはその逆であると伝えるものがあるが、日本サッカー協会による委嘱時期と「スウィート・リヴェンジ」の発表時期がともに1994年であり、どちらが先かということははっきりしない。
  • 2002年6月発売の『桜のころ』も、本曲の別アレンジである。

脚注[編集]

注記[編集]

  1. ^ 2002 FIFAワールドカップの招致活動のための曲だったことや、最初の音源化が2002年だったことなどが由来していると思われる。

出典[編集]

  1. ^ a b 財団法人日本サッカー協会 平成18年度第1回理事会 報告事項 (PDF)”. 日本サッカー協会. p. 6 (2006年4月13日). 2013年5月21日閲覧。
  2. ^ a b 伊藤康英作品リスト 日本サッカーの歌”. イトーミュージック(伊藤康英)公式サイト. 2013年5月21日閲覧。
  3. ^ サッカー・オン・ブラス”. シエナ・ウインド・オーケストラ. 2013年5月25日閲覧。