新田原救難隊

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新田原救難隊
UH-60J Nyuutabaru 2007 (2150937926).jpg
新田原救難隊のUH-60J(旧塗装)
創設 1960年3月1日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 Flag of the Japan Air Self-Defense Force.svg 航空自衛隊
部隊編制単位
兵種/任務/特性 捜索救難
所在地 宮崎県新田原基地
編成地 宮崎県新田原基地
標語 他を生かすために
That others may live
上級単位 航空救難団
最終上級単位 航空総隊
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新田原救難隊(にゅうたばるきゅうなんたい、英称:Nyutabaru Air Rescue Squadron)は、航空自衛隊航空総隊航空救難団隷下の航空救難部隊。宮崎県新田原基地に所在し、捜索救難機にU-125A、救難ヘリコプターにUH-60Jを運用する。

概要[編集]

1960年(昭和35年)3月1日に航空自衛隊3番目の救難分遣隊として新田原基地で編成され、1964年(昭和39年)7月15日に新田原救難隊へ改編された[1]

部隊マークは、真紅の中に八咫鏡を形取り、中心に九州の地図と黄金の鷲がボイヤントスリングを掴み飛び立つ姿を図案化している[2][3]

沿革[編集]

12月 - MU-2S配備開始[4]
9月 - MU-2Sラストフライト[4]

部隊編成[編集]

  • 隊本部
  • 総括班
  • 飛行班
  • 整備小隊

歴代運用機[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 航空救難団ウェブサイト航空救難団の沿革2017年12月30日閲覧
  2. ^ イカロス出版 自衛隊の名機シリーズ5 航空自衛隊T-4/C-1/E-767 48頁 「航空教育集団&航空支援集団部隊パッチ大全 航空救難団」石原肇
  3. ^ 航空自衛隊新田原基地ウェブサイト 新田原救難隊2017年12月31日閲覧
  4. ^ a b c d e f g 航空自衛隊新田原基地ウェブサイト 基地の歴史2017年12月31日閲覧
  5. ^ 酣燈社 航空情報 1970年11月号 国内ニュース
  6. ^ 酣燈社 航空情報 1972年11月号 国内ニュース
  7. ^ 酣燈社 航空情報 1973年7月号 事故ニュース
  8. ^ イカロス出版 Jwing No.141 2010年5月号 35頁 「新田原救難隊、太陽の塗装で50周年を祝う!」緒方秀行

関連項目[編集]

外部リンク[編集]