名鉄河和線

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名古屋鉄道 河和線
単線区間を行く一部特別車特急
単線区間を行く一部特別車特急
概要
系統 内海・河和方面
起終点 起点:太田川駅
終点:河和駅
駅数 19駅
路線記号 KC
ウェブサイト 河和線・知多新線
運営
開業 1931年4月1日 (1931-04-01)
最終延伸 1935年8月1日 (1935-08-01)
所有者 知多鉄道 知多鉄道名古屋鉄道 名古屋鉄道
路線諸元
路線総延長 28.8 km (17.9 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流1,500 V,
架空電車線方式
運行速度 最高100km/h
路線図
Linemap of Kōwa Line.svg
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河和線(こうわせん)は、愛知県東海市太田川駅から愛知県知多郡美浜町河和駅までを結ぶ、名古屋鉄道(名鉄)の鉄道路線である。

概要[編集]

知多半島の東側を縦貫している。沿線は宅地開発が進み、知多半田駅 - 知多武豊駅間をほぼ並行して走る東海旅客鉄道(JR東海)の武豊線とともに名古屋への通勤・通学路線となっている。終点の河和からは三河湾に浮かぶ日間賀島篠島および伊良湖岬への観光船が出ており、知多新線と共に観光・行楽路線としても賑わっていた。

線形が良好なため、大半の区間では線内最高速度である100 km/hで走行可能であり、曲線による速度制限は高横須賀駅 - 南加木屋駅間、青山駅付近、河和口駅付近程度である。ただし、単線区間の河和口駅 - 河和駅間は75 km/hに制限される。トンネルは高横須賀駅 - 南加木屋駅間にある横須賀トンネルがあるのみである。

運賃計算区分はB(運賃計算に用いる距離は営業キロの1.15倍)。すべての駅でmanacaなどの交通系ICカード全国相互利用サービス対応カードが利用できる。

なお、『鉄道要覧』による起点は太田川駅だが、名古屋本線の上下方向に合わせるため、列車運行および旅客案内、列車番号の設定においては河和駅から太田川駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りとなっている(以下、河和・内海方面行きを下り、太田川・名古屋方面行きを上りで統一する)。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):28.8 km
  • 軌間:1,067 mm
  • 駅数:19駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:太田川駅 - 河和口駅間
  • 単線区間:河和口駅 - 河和駅間
  • 電化区間:全線電化(直流1,500 V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:100 km/h(太田川駅 - 河和口駅間)・75 km/h(河和口駅 - 河和駅間)

東海地震への対応[編集]

太田川駅 - 河和駅間の全線(および常滑線・知多新線各々の全線)が東海地震の防災対策強化地域に含まれており、東海地震に関する警戒宣言が発令された場合、列車の運行が休止されることになっている[2]

歴史[編集]

知多鉄道[編集]

大正時代中期に、愛知電気鉄道(愛電)常滑線(現、名鉄常滑線)の太田川駅より分岐し、知多半島を横断して半島東岸の河和に至る鉄道路線が計画された。知多半島の東岸沿いには既に鉄道省武豊線が開通していたが、同路線は蒸気機関車が牽引する客車列車によって運行され、速度が遅い上に本数も少なかったことから、半田・河和地区の有力者が中心となって計画が推進されたものであった。その後1926年(大正15年)に知多電気鉄道名義で申請された太田川 - 河和間の敷設免許が下り、1927年(昭和2年)1月には愛電の資本参加を得て知多鉄道が設立された。

大恐慌のさなか建設工事は進められ、1931年(昭和6年)4月に太田川駅 - 成岩駅間が開業した。太田川駅 - 知多半田駅間は当初より複線とし、良好な線形と道床強化により高速運転を指向したものとされている。開業と同時に愛電との相互直通運転が実施されて神宮前駅 - 知多半田駅間を最速35分で結び、熱田駅 - 半田駅間で1時間半を要した武豊線に大差を付け、地域交通の主力の座を武豊線から奪う形となった。

1932年(昭和7年)には成岩駅 - 河和口駅間が開通。1935年(昭和10年)8月には河和駅までの全線が開通している。なお、知多鉄道は開業以来業務全般を愛電に委託しており、愛電と名岐鉄道の合併による現・名古屋鉄道(名鉄)成立後は名鉄が業務を担当した。

太平洋戦争激化に伴って制定された陸上交通事業調整法を背景とした戦時統合により、知多鉄道は1943年(昭和18年)2月に名鉄に吸収合併され、同社路線は名鉄の知多線となり、戦後の1948年(昭和23年)5月に河和線と改称された。

駅の改廃[編集]

名鉄では過去二度にわたって大規模な駅の改廃を行っている。1969年(昭和44年)に行われた一度目の改廃の際は、戦時中に営業休止となっていた駅が主な対象とされ、河和線においては加木屋駅浦島駅時志駅の3駅が廃止された。二度目の改廃は2006年(平成18年)年3月に検討され、『一日当たりの乗降客数が300人以下の駅』の対象となった椋岡駅布土駅の2駅が中部運輸局への申請を経て同年12月16日に廃止された。

その他、1972年(昭和47年)の布土駅移転に伴い、四海波駅を同駅に統合する形で廃止している。

年表[編集]

  • 1926年大正15年)11月20日 - 知多電気鉄道に対し鉄道免許状下付(知多郡横須賀町 - 同郡河和町間)[3]
  • 1931年昭和6年)4月1日 - 知多鉄道(知多電気鉄道より改称[4])により太田川駅 - 成岩駅間開業(旅客運輸)[5]
  • 1932年(昭和7年)
    • 7月1日 - 成岩駅 - 河和口駅間開業(旅客運輸)[6]
    • 9月21日 - 鉄道免許状下付(知多郡武豊町地内)[7]
  • 1933年(昭和8年)
    • 7月10日 - 半田口駅 - 知多半田駅間に農学校前駅、成岩駅 - 上ゲ駅間に南成岩駅、知多武豊駅 - 富貴駅間に浦島駅開業。
    • 10月1日 - 貨物運輸開始(成岩駅 - 河和口駅間)[8]
  • 1935年(昭和10年)8月1日 - 河和口駅 - 河和駅間が開業し全通[9]
  • 1943年(昭和18年)2月1日 - 知多鉄道が名古屋鉄道に吸収合併。名鉄知多線となる。
  • 1944年(昭和19年) - 加木屋駅、半田口駅、成岩駅、浦島駅、時志駅休止。
  • 1946年(昭和21年)9月15日 - 成岩駅営業再開。
  • 1947年(昭和22年)11月3日 - 半田口駅営業再開。
  • 1948年(昭和23年)5月16日 - ダイヤ白紙改正。河和線に改称。
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 知多白沢駅を白沢駅に、農学校前駅を住吉町駅に改称。
  • 1955年(昭和30年)7月10日 - 巽ヶ丘駅開業。
  • 1960年(昭和35年)7月19日 - 知多半田駅 - 成岩駅間複線化。
  • 1961年(昭和36年)
    • 5月21日 - 成岩駅 - 南成岩駅間複線化。
    • 7月21日 - 南成岩駅 - 上ゲ駅間に蛇淵信号所設置。南成岩駅 - 蛇淵信号所間複線化。
  • 1962年(昭和37年)3月11日 - 蛇淵信号所 - 知多武豊駅間複線化。蛇淵信号所廃止。
  • 1963年(昭和38年)3月25日 - ダイヤ改正。神宮前駅(西駅)に発着する定期旅客列車を廃止し、常滑線へ直通する全旅客列車が名古屋本線などへも直通するようになる[10]
  • 1964年(昭和39年)9月14日 - ダイヤ改正。新岐阜駅 - 河和駅間に毎時1本特急を新設[11]
  • 1966年(昭和41年)6月21日 - 知多武豊駅 - 富貴駅間複線化。
  • 1969年(昭和44年)4月5日 - 休止中の加木屋駅、浦島駅、時志駅廃止。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 布土駅を北寄りに900 m移転。富貴駅 - 布土駅間にあった四海波駅を布土駅に統合し廃止。
  • 1974年(昭和49年)5月16日 - 富貴駅 - 河和口駅間複線化。
  • 1983年(昭和58年)7月21日 - 阿久比駅開業。
  • 2000年平成12年)5月20日 - 高横須賀駅付近高架化。
  • 2005年(平成17年)1月29日 - 南成岩駅を青山駅に改称。
  • 2006年(平成18年)
    • 7月14日 - 高横須賀駅、巽ヶ丘駅、阿久比駅、住吉町駅、知多半田駅、青山駅、知多武豊駅、河和駅にトランパス導入(太田川駅は常滑線への導入と同時に対応済)[12]
    • 12月16日 - 椋岡駅、布土駅廃止。
  • 2007年(平成19年)
    • 2月14日 - 白沢駅と坂部駅にトランパス導入[13]
    • 3月14日 - 南加木屋駅、八幡新田駅、植大駅、半田口駅、成岩駅、上ゲ駅、富貴駅、河和口駅にトランパス導入。河和線全線トランパス対応完了[14]
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了。

運行形態[編集]

太田川駅 - 富貴駅間は知多新線直通列車も走っており、昼間帯には特急・急行・普通が毎時各2本ずつ(平日昼間の太田川駅 - 知多半田駅間の普通は4本)走っている。富貴駅以南は各種別がそれぞれ河和方面および内海方面(知多新線)へ1本ずつ分かれる“振り子式ダイヤ”となっており、特急・急行・普通が毎時各1本ずつ(いずれも全駅に停まるため、実質的には各駅停車が毎時3本)設定されている。

ほとんどの列車が太田川駅から常滑線へ入線し、名古屋本線犬山線等に直通している。

特急・快速急行・急行・準急は8両まで、普通は6両まで入線可能だが、成岩駅河和口駅と普通停車駅各駅のホームは6両分しかない(また、いずれも無人駅である)。このため、8両で運転する一部の列車は後ろ2両をドアカットする。列車の待避設備は太田川駅と阿久比駅の上下線、知多半田駅の下りのみと少なく、ダイヤ作成の制約となっている。

特急[編集]

全車一般車特急(5600形)

昼間帯は名鉄名古屋駅 - 河和駅、名鉄名古屋駅 - 内海駅間に毎時各1本設定され、富貴駅以北では30分間隔で運転される。基本的に「一部特別車」として運行されるが、平日昼間帯のみ「全車一般車」となる。運転時間帯によっては南加木屋駅、巽ヶ丘駅住吉町駅(平日朝の下り276列車[15]のみ停車)に特別停車をする列車もある。河和駅 - 名鉄名古屋駅間の標準所要時間は45分、表定速度は63 km/h。内海駅 - 名鉄名古屋駅間は同56分、58 km/h。河和線内のみ運行する特急はない。

一部特別車特急には主に1200系が用いられるほか、2200系や1700系も一部の列車に使用されている。ほとんどが6両編成であるが、ごくわずかに8両編成での運転も行われている。8両の列車は従来すべて1200系+1800系で運転されていたが、2011年3月のダイヤ改正より平日に、1往復2200系または1700系+3100系3150系による8両の運用が当線で初めて設定された。

全車一般車特急は10往復が5700系・5300系(ただし、これら2形式が検査などの都合で不足した場合は5000系による代走が特定の列車で行われる場合もある)、1往復が3100・3150系(2015年6月20日から従来の1800・1850系運用に替わって運行開始)[16]のいずれも4両編成で運用されている。

河和線は名鉄の座席指定制特急発祥の路線であり、近年まで全車指定席(現、全車特別車)編成による運行を行っていた。2005年1月の白紙改正以前は犬山線・新鵜沼駅 - 河和駅・内海駅間に1000系または1600系(1999年5月10日改正以降)による全車特別車特急が毎時1往復設定されていたが、同白紙改正後は約半数が名鉄名古屋駅発着に運行区間を短縮[17]2006年4月改正でダイヤパターンを新鵜沼駅 - 河和駅間、名鉄名古屋駅 - 内海間に単純化した上で、平日夕方の内海駅発着の列車を再度犬山方面に区間延長(下り内海行きは新鵜沼駅発、上り内海発は新可児行きとして運転)した。

その後、名鉄は『新3ヶ年経営計画』(2006年度 - 2008年度)に基づく特急政策の変更を実施[18]。河和線系統の全車特別車特急は順次一部特別車化されることになり、2007年6月改正では第一弾として新鵜沼駅 - 河和駅系統が1200系や1800系による運行に置き換えられた上で一部特別車化された。知多新線直通系統の大半は全車特別車編成のままだったが、翌2008年12月の改正で特急を河和駅発着、急行を内海駅発着に集約した上で特急を全て一部特別車化した[19][注釈 1](この変更でパターンダイヤにおける“振り子式ダイヤ”を一旦解消。内海駅発着特急は朝夕に数本のみ設定)。また、平日の夕方から夜間の列車のうち、下り4本が尾西線・佐屋駅まで区間延長された(折り返しは名古屋まで回送)。

2008年12月のダイヤ改正は『新3ヶ年経営計画』の総仕上げとなる改正であり、特急の一部特別車化によるフリークエントサービスに焦点が置かれていた[19]。河和線でも速達性重視の特急から転換が図られ、需要が見込める青山駅と普通列車との緩急接続が可能な阿久比駅が特急停車駅に昇格した[20][注釈 2]。なお、平日朝には阿久比駅・青山駅(一部のみ)に停まらない列車が数本あり、当該列車は快速特急として運行していた[注釈 3]

2011年3月改正では基本のダイヤパターンが再び2008年12月改正以前の“振り子式ダイヤ”に戻され、昼間時間帯の内海駅発着の特急が復活した。また、平日昼間帯の列車は全車一般車に変更された。一方、平日朝に運転されていた快速特急は廃止され、阿久比駅と青山駅にはすべての特急列車が停車するようになった。このほか、河和口駅が特急標準停車駅に昇格している。

快速急行・急行・準急[編集]

急行(6500系)

昼間帯は急行が新鵜沼駅 - 河和駅、新鵜沼駅 - 内海間に毎時各1本設定され、富貴以北では30分間隔での運行となる。平日と土休日午前中は阿久比駅で普通列車に接続している。原則として常滑線へ直通しているが河和線内のみ運行する急行がごく一部存在する。

快速急行は平日朝のみ存在し、上りは河和駅発2本(須ヶ口行き823B列車[27]、名鉄一宮行き827B列車[27])と内海駅発2本(佐屋行き941A列車[28]、名鉄岐阜行き727B列車[27])、下りは河和駅着1本(名鉄岐阜駅発624A列車[29])設定されている[注釈 4]。準急は平日朝に下り1本(名鉄岐阜駅発河和行き700B列車。名鉄名古屋駅まで快速急行[30])、終日夜に上り1本(河和駅発津島行き2341B列車。須ヶ口駅から普通[31])のみ設定されている。いずれも停車駅は急行と同一である。

住吉町駅以南は上ゲ駅を除いて各駅に停車するため、同駅以南では普通列車の補完列車という色合いが強い。現行ダイヤでは河和線内で特別停車する列車はない[注釈 5]が、太田川駅や知多半田駅で普通に種別変更をすることがある[注釈 6]

平日は昼間の大半の列車が4両で運転されるのに対して、夕ラッシュ時はすべて6両での運転となるため、昼過ぎには河和駅・内海駅・新鵜沼駅での折り返し時に2両増結、または急行で到着した4両編成を普通や回送で到着した6両編成と車両交換、といった措置が取られる。なお、現行のダイヤでは8両の快速急行・急行・準急は存在しない(まれに太田川駅で8両の列車から切り離しあり)。常滑線神宮前 - 太田川間および河和線内では特急を待避しない。

知多鉄道時代から当路線には急行が設定されていた。名鉄合併後一旦運行が休止されるが、「知多線」が「河和線」に改称された1948年5月白紙改正において神宮前駅(西駅) - 河和駅間に再度急行が設定された[36]1950年7月改正からは名古屋本線新岐阜駅まで[注釈 7]1951年10月改正からは犬山線新鵜沼駅まで(毎時1本)の直通運転を開始し[37]1967年8月改正で急行が一旦全線で消滅したものの、急行復活後(1974年9月改正)は再び河和駅 - 新鵜沼駅間に毎時1本の急行が再設定された[38]。以後現在に至るまで犬山線との直通を基本パターンとしている[注釈 8]

1982年3月改正からは各務原線三柿野駅まで直通区間を延長[38]。新岐阜駅までの延長は内海駅発着系統が1983年3月改正から、河和駅発着系統が1987年1月改正から実施され[38]、「犬山経由新岐阜行き」のダイヤパターンが確立された。設定当初は各務原線内まで急行運転していたが、2000年3月改正から新岐阜駅 - 三柿野駅間、2001年10月改正から各務原線全区間が普通運転となった[41]。また、2005年1月白紙改正以降は、上りが河和駅・内海駅発犬山経由岐阜行き(名鉄名古屋駅から準急、新鵜沼駅から普通)、下りが新可児駅発河和・内海行き(犬山駅まで普通)とやや複雑な運行系統となり、逆方面の各務原線、広見線には常滑線・空港線系統の急行が直通していた[38]。その後、「犬山経由岐阜」の行先表示が紛らわしいとの指摘があったこともあり、2008年12月の改正で各務原線直通を廃止(各務原線は犬山駅での特急乗り換えを主体とした)[20]。広見線への直通を再び常滑線系統に統一し、また河和駅・内海駅交互発着の“振り子式ダイヤ”も改めて、新鵜沼駅 - 内海駅間毎時2本の設定に整理された[20](このうち“振り子式ダイヤ”の変更は2011年3月改正で元に戻された)。

普通[編集]

普通(3500系)

昼間帯は金山駅 - 内海駅間、金山駅 - 河和駅間に毎時各1本設定され、富貴駅以北は30分間隔で運行されている。このほか、平日と土休日の朝のみ金山駅 - 知多半田駅間の区間列車毎時2本が加わり、太田川駅 - 知多半田駅間の運行本数が毎時4本に増加する。上下線とも多くの列車が阿久比駅で特急または急行と緩急接続する。なお、朝・深夜には富貴駅 - 河和駅間の区間運転列車があり、富貴駅で知多新線直通列車に接続している。

各駅に停車するが、2006年12月16日まで存在した椋岡駅はほとんどの普通列車が通過していた。

朝には一部特別車編成(平日は1200系、土休日は2200系)による間合い運用も存在する。ただし、特別車の2両は締め切り扱いで運用される。

2005年1月のダイヤ改正以前は昼間以降毎時2本のみの運転で、上りはほとんど太田川駅発着となっていた(下り列車は新岐阜駅からロングラン運転を行っていた)が、同改正よりほとんどの列車が金山駅以遠へ直通するようになっており、太田川駅折り返し運転は少なくなっている。

2008年12月改正までは河和駅発着列車と内海駅発着列車が交互に走る“振り子式ダイヤ”が基本[注釈 9]で、富貴駅 - 河和駅間の普通列車は30分間隔にはなっていなかったが、同改正で改善され、ほぼ全区間等間隔のダイヤになった。2011年3月改正以降は富貴駅 - 河和駅間の区間列車が減便され、昼間帯において富貴駅での優等列車接続が無くなった。

駅一覧[編集]

凡例
●:全列車停車、▲:一部の列車が停車、▼:平日の下り一本のみ停車、|:全列車通過
#:上下列車待避可能駅、#↓:下りのみ待避可能
線路 … ∥:複線区間 ∨:これより下は単線 △:単線区間の終点
駅番号 駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 急行 快速急行 特急 接続路線 線路 所在地
TA09 太田川駅# - 0.0 名古屋鉄道:常滑線 (TA) 東海市
KC01 高横須賀駅 1.3 1.3  
KC03 南加木屋駅 2.8 4.1  
KC04 八幡新田駅 1.8 5.9  
KC05 巽ヶ丘駅 1.2 7.1   知多市
KC06 白沢駅 0.8 7.9   知多郡阿久比町
KC07 坂部駅 1.6 9.5  
KC08 阿久比駅# 1.1 10.6  
KC09 植大駅 1.6 12.2  
KC10 半田口駅 1.0 13.2   半田市
KC11 住吉町駅 0.8 14.0  
KC12 知多半田駅#↓ 0.8 14.8 東海旅客鉄道武豊線半田駅
KC13 成岩駅 1.0 15.8  
KC14 青山駅 1.0 16.8  
KC15 上ゲ駅 2.2 19.0   知多郡武豊町
KC16 知多武豊駅 0.8 19.8 東海旅客鉄道:武豊線(武豊駅
KC17 富貴駅 2.5 22.3 名古屋鉄道:知多新線 (KC)
KC18 河和口駅 3.5 25.8   知多郡美浜町
KC19 河和駅# 3.0 28.8  
  • KC02は欠番である。
  • 八幡新田駅 - 巽ヶ丘駅の間で東浦町を通るが、同町内に駅はない。

廃駅[編集]

  • 加木屋駅(高横須賀駅 - 南加木屋駅)- 1944年休止、1969年4月5日廃止
  • 椋岡駅(阿久比駅 - 植大駅) - 2006年12月16日廃止
  • 浦島駅(知多武豊駅 - 富貴駅) - 1944年休止、1969年4月5日廃止
  • 四海波駅(富貴駅 - 布土駅) - 1972年4月1日廃止
  • 布土駅(四海波駅 - 河和口駅) - 2006年12月16日廃止
  • 時志駅(河和口駅 - 河和駅) - 1944年休止、1969年4月5日廃止

新駅計画[編集]

2015年9月8日、高横須賀駅 - 南加木屋駅間の愛知県東海市加木屋町唐畑(両駅から約1.4km)付近に新駅を設置することが名鉄と東海市の両者にて合意したことが発表された[42]。これは2015年5月に開院した西知多総合病院の利便性の向上等により東海市から要請を受け設置されるもので、名称や開始予定日は未定である。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2200系1700系も常時使用される様になった[要出典]
  2. ^ この改正でフリークエンシーを重視する体制に転換されたため、特急列車の所要時間は以前より長くなっている(参考:1997年4月5日改正時点の日中パターン列車を取り上げると、新名古屋駅 - 河和駅間の所要時間は40分(326列車)。新名古屋駅 - 内海駅間の所要時間は52分(318列車)[21]。現在は上述のように名鉄名古屋駅 - 河和駅間45分、名鉄名古屋駅 - 内海駅間56分)。
  3. ^ このうち内海駅発の快速特急287列車(美浜緑苑駅に特別停車)[22]は、1999年改正まで太田川駅を唯一特別通過(知多半田駅 - 神宮前駅間ノンストップ)していた289列車(1990年白紙改正前は87列車[23][24] 、1992年改正までは287列車[25]で、当時は知多奥田駅も特別通過していた[23])が前身であり、現行ダイヤでも朝ラッシュ時上り特急で唯一巽ヶ丘駅、南加木屋駅に特別停車しない[26]など、停車駅が少ない特急として運用され続けている。
  4. ^ 823B、827B列車は知多半田駅まで普通、神宮前駅から急行。727B列車は知多半田駅まで普通、神宮前駅から準急[27]。941A列車は神宮前駅から普通[28]
  5. ^ 2011年3月のダイヤ改正までは一部の急行が高横須賀駅坂部駅に特別停車していた[32]
  6. ^ このうち知多半田で種別変更する急行は2001年改正まで「上ゲ駅、布土駅特別停車」として終点まで急行で運転されており[33]、2003年改正でその一部が[34]、2005年改正で布土駅のみ停車する572A列車を除く全てが知多半田駅で普通に種別変更するようになった[35]
  7. ^ 河和駅 - 新岐阜駅間。1955年9月改正まで新名古屋駅 - 新岐阜駅間特急運転[36]
  8. ^ 例外は1985年3月改正から1987年1月改正までの間で、1985年3月改正で新設した豊川線急行が犬山線・各務原線経由で新岐阜駅とを結んだ[39]ため、河和線急行は本線経由で新岐阜駅へ直通した[36]。その後、1987年1月改正で豊川線急行が本線経由に変更された[40]ため、河和線急行は再び犬山線経由に戻された[38]
  9. ^ 下りは一部を除いて知多半田駅で系統分割していた。行先変更列車は知多半田駅でもう一方へ行く特急から接続、富貴駅発着の列車はもう一方を発着とする急行から接続。河和駅・内海駅発の上りはほとんど佐屋行き[要出典]

出典[編集]

  1. ^ 高橋大介「線路と保線」、『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月、 101頁。
  2. ^ 列車運行に支障がある場合の取扱い”、名古屋鉄道、2014年11月11日閲覧。
  3. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1926年11月25日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  4. ^ 『鉄道統計資料. 昭和2年』”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  5. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1931年5月5日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  6. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1932年7月8日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  7. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1932年9月24日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  8. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和10年4月1日現在』”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
  9. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1935年8月14日”、国立国会図書館デジタルコレクション、2014年11月11日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]