神宮前駅

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神宮前駅
神宮前駅のあるパレマルシェ神宮(2007年4月)
神宮前駅のあるパレマルシェ神宮(2007年4月)
じんぐうまえ - JINGŪ-MAE
所在地 名古屋市熱田区三本松町18-1
駅番号 NH  33 
所属事業者 Meitetsu logomark 2.svg名古屋鉄道
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 島式 2面4線
乗車人員
-統計年度-
15,561人/日(降車客含まず)
-2014年-
開業年月日 1913年(大正2年)8月31日
乗入路線 2 路線
所属路線 名古屋本線
キロ程 62.2km(豊橋起点)
NH32 堀田 (1.1km)
(2.2km) 金山 NH34
所属路線 常滑線
キロ程 0.0km(神宮前起点)
TA01 豊田本町 (1.4km)
(-km) (金山方面)
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神宮前駅(じんぐうまええき)は、名古屋市熱田区三本松町にある、名古屋鉄道(名鉄)のである。駅番号はNH33

概要[編集]

駅名の由来となった熱田神宮の東側に位置する名鉄主要駅のひとつ。

名古屋本線および常滑線が乗り入れており、以前より両線乗換駅としての役割を担っていたが、金山方面の複々線化による常滑線全列車の金山駅乗入れ、および金山総合駅の整備によって同駅の利便性が向上したため、乗換拠点としての役割は金山駅へと移りつつある[1]

ただし、運転面としては依然として重要な役割を担っている。瀬戸線を除く運転の管理を行う運転指令所が駅ビル内に併設されている[1]ほか、名古屋本線や名岐間支線などを担当する名古屋乗務区(2005年平成17年)に名古屋運転区、名古屋車掌区を統合して発足)や知多半島方面を担当する神宮前乗務区が配置されており[2]、一部の列車を除き運転士や車掌が当駅で交代する。また、知立乗務区と犬山乗務区に所属する乗務員も本線直通運転時は当駅までを担当している。

当駅は名鉄のみの単独駅で他鉄道路線との連絡などは行われていないが、当駅のすぐ横を東海旅客鉄道(JR)東海道本線が並走しており、駅北約500mの場所には熱田駅がある。また駅西方から南方にかけて名古屋市営地下鉄名城線が通っており、駅南約700mほどの位置に伝馬町駅、熱田神宮を挟んだ西側に神宮西駅がある。

沿革[編集]

開業[編集]

1913年

知多半島西岸を発祥とする愛知電気鉄道(以下愛電)は1912年明治45年)2月18日に傳馬町まで開業。その後同年(大正元年)8月1日には秋葉前まで、翌年8月には神宮前まで路線を伸ばし、常滑 - 神宮前間の路線全通をみた[1]

同駅は単線跨線橋で東海道本線の西側から東側に渡った場所に設置され、愛電本社(後の名鉄本社)も建設された[3]。跨線橋の前後は大きくカーブ(半径100m)し、勾配も27.8‰と急だったため20km/hの速度制限があった[3]

わざわざ東海道本線を跨いだのは貨物連絡[3]および名古屋方面延伸や有松線建設を見越したもの[4]だったが、同跨線橋および運河橋の建設費が膨大となり愛電は経営難に陥った[4]。同社は経営改善のために有松線の建設を急ぐことになる。


西口・西駅の建設[編集]

1930年 1942年
1930年
1942年

先述した理由により東海道本線東側に設置された神宮前駅だったが、名古屋電気鉄道(市電)熱田線からの乗り換えは運河に架かる御田橋や東海道本線踏切を通る必要があり、不便だった。そこで愛電は駅本屋を西側に新設することを計画し、1934年昭和9年)5月1日に西口駅舎を設置した[3]

他方、貨客輸送の増加とともに単線跨線橋の線路容量不足が表面化していた。特に貨物輸送は当時貨車授受設備が東口側にしかなかった[5]ため、単線跨線橋を渡らざるを得なかった。これを解消するため愛電(合併で1935年(昭和10年)より名鉄)は1942年(昭和17年)7月10日に傳馬町(1946年(昭和21年)休止)から複線路線を西口駅舎へと伸ばし、常滑線列車を西口ホーム(通称:西駅)へと発着させた。 これにより単線跨線橋を渡るのは貨物列車と築港線直通の列車に限定された[5]

なお、1944年(昭和19年)には西駅側からの国鉄渡り線も設置されている[5]

跨線橋架け替えと西駅廃止[編集]

1955年 1965年
1955年
1965年

西駅を建設した当時は旧名岐鉄道と連絡する東西連絡線を西駅と結ぶ計画だったが、後に変更され[3]1944年(昭和19年)9月1日に東側から新名古屋へと結ぶ東西連絡線が開通した。1948年(昭和23年)5月12日には名岐線(西部線)が電圧1500Vに昇圧。常滑線列車も1950年(昭和25年)7月以降は次第に単線跨線橋を渡って名古屋本線や犬山線へ直通するようになり、再び単線跨線橋の線路容量が問題となった。反対に貨物列車と築港線直通が西口発着となる[6]

駅南方では国道1号の平面交差も問題となっていた[7]ため、名鉄は跨線橋の架け替えを兼ねて付近の高架化および線形改良を行うことにした。まず1955年(昭和30年)12月16日に国道一号を立体交差化された。



その後1962年(昭和37年)12月16日に現在の複線跨線橋へと架け替えられ、勾配は以前と比べて増した(27.8‰→33.0‰)が、カーブの半径は緩和(100m→300m)された。この時点ではまだ西駅への線路は残されており列車の発着も継続していたが、その後のダイヤ改正で旅客の定期・不定期運用が廃止されて貨物専用駅となった。だが、名古屋臨海鉄道の開業に伴い貨物業務も同社へと移譲され[8]1965年(昭和40年)9月2日には神宮前駅での貨物連絡運輸が廃止され、西駅も廃止された。

西駅廃止後、西口は1979年(昭和54年)11月10日に出改札業務が終了し、駅舎は解体された。跡地は1983年(昭和58年)9月になって駅ビルが建設され、現在に至っている[9]

配線変更から現在まで[編集]

1990年

神宮前 - 金山(金山橋)間の複々線化は、東西連絡線開通間もない頃より本線東部・常滑線の混雑緩和のため構想されており、市道跨線橋も複々線化に対応した構造となっていた[10]。複線跨線橋へ架け替えられたことにより同計画も本格化し、関連事業として神宮前駅の配線変更が1984年(昭和59年)8月26日に実施された。

この変更で以前は1・2番線が名古屋本線、3・4番線が常滑線の路線別配線だったのが、現在の方向別配線へと変更された。また、この配線変更で3番線に存在したダブルスリップスイッチが解消され[6]、ホーム長が6両分しかなかった3・4番線は豊橋・常滑方面に40m延長し、8両対応化された[10]

配線変更に当たって常滑線の複線跨線橋をそのまま使用したため、以前は3・4番線に繋がっていた常滑線線路を2・3番線へ繋ぐことになり、結果として2-4番線は豊橋・常滑方面が図のようにやや曲線状になっている。また、3・4番線は名古屋本線との立体交差のために勾配があったのに対して1・2番線は水平だったため、新たに2番線から立体交差させるためホームの嵩上げが行われた。営業を継続しながら嵩上げを行うため、工事では油圧ジャッキを用いてプラットホーム全体を支え、配線変更と同時進行で実施された[6]

その後1990年平成2年)4月1日には金山 - 神宮前が複々線化され、現在の配線が完成した。

金山橋(金山)―神宮前間 配線変更・移設と複線化の推移
金山橋(金山)―神宮前間 配線変更・移設と複線化の推移
凡例
出典:[11]
1990年現在。
図中の赤が本線系統、青が常滑系統を示す。



年表[編集]

大正時代の神宮前駅
常滑線旧跨線橋の遺構
  • 1913年大正2年)8月31日 - 秋葉前より延伸開業。
  • 1917年(大正6年)3月7日 - 愛知電気鉄道有松線(後に岡崎線、豊橋線、名古屋本線)が開通、起点駅となる。同時に区別のため常滑方面を常滑線と命名。
  • 1925年(大正14年)6月15日 - 岡崎線の架線電圧を1500Vに昇圧。
  • 1929年昭和4年)1月18日 - 常滑線の架線電圧を1500Vに昇圧。
  • 1934年(昭和9年)5月1日 - 東海道本線西側に新駅舎(西口)を建設。
  • 1935年(昭和10年)8月1日 - 名岐鉄道への合併により名古屋鉄道が発足したため、同社の駅となる。
  • 1942年(昭和17年)
    • 1月31日 - 豊橋線方面が複線化される。
    • 7月10日 - 傳馬町 - 神宮前(西口)間に複線路を敷設し西口にホーム設置(通称西駅)。
  • 1944年(昭和19年)
    • 西口側と国鉄線との連絡渡り線設置。
    • 9月1日 - 名鉄東西連絡線 神宮前 - 新名古屋間が開業。実質的に中間駅となる。
    • 12月 - 神宮前 - 新名古屋間複線化。
  • 1945年(昭和20年)5月17日 - 空襲により駅舎被災[12]
  • 1946年(昭和21年) - 戦災で焼失した駅舎再建[8]
  • 1948年(昭和23年)5月12日 - 西部線が電圧1500Vに昇圧。16日より直通運転を開始。
  • 1954年(昭和29年)11月15日 - 常滑線列車の名古屋方面直通が始まり、西駅発着が貨物列車と一部の通勤列車のみとなる。
  • 1955年(昭和30年)
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月 - 構内留置線廃止。
    • 12月16日 - 常滑線の跨線橋架け替え、神宮前 - 伝馬町信号所間複線化。
  • 1963年(昭和38年)3月 - ダイヤ改正。西駅発着の定期旅客運用廃止。
  • 1964年(昭和39年)頃 - 不定期運用である築港線直通列車の西口発着廃止[6]
  • 1965年(昭和40年)
    • 9月2日 - 貨物連絡運輸廃止。それに伴い西駅廃止。
    • 9月15日 - 伝馬町信号所廃止[6]
  • 1978年(昭和53年)12月3日 - 現在の橋上駅舎・総合駅ビル完成[14]
  • 1979年(昭和54年)
  • 1983年(昭和58年)
  • 1984年(昭和59年)8月26日 - 名古屋本線上下線、常滑線上下線の路線別ホームから、現在の方向別ホームへ配線を変更[18]
  • 1985年(昭和60年)3月 - 配線変更関連工事完了[10]
  • 1987年(昭和62年)5月 - 自動改札機設置[19]
  • 1988年(昭和63年)11月30日 - 東口第2ビル完成[20]
  • 1989年平成元年)10月2日 - 神宮前 - 金山間複々線化工事着工。
  • 1990年(平成2年)4月1日 - 神宮前 - 金山間複々線供用開始。
  • 2004年(平成16年)
  • 2005年(平成17年) 8月 - 改札口の天井と橋上駅舎が4番線をまたぐ部分で、吹き付けアスベストが露出していたことを名鉄が表明。同年8月末より「囲い込み工事」が行われた。
  • 2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始。
  • 2012年(平成24年)

構造[編集]

改札口
ホーム

駅舎[編集]

1階がプラットホーム、2階が改札口となる橋上駅舎を有している。改札口は1ヶ所。自動券売機、改札機、精算機を備える。自動改札機は東芝製が設置されており、ICカードmanacaが使用可能。

バリアフリー設備としてはエスカレータが2本のホームの各堀田豊田本町方の階段部分と、駅舎への入り口に上り方向のものが設置されている。エレベータは改札を入り、トイレの奥に各ホームとを結ぶ所にあるが、改札外のエレベータはパレマルシェ神宮のものを利用することになっており、東口にはない。

ホーム・配線[編集]

島式ホーム2面4線の地上駅

1番線は名古屋本線豊橋方面からの、2番線は常滑線からの名鉄名古屋・名鉄岐阜方面行きの列車が発着し、金山方面からの列車は常滑線方面が3番線、名古屋本線方面が4番線に発着する。

両ホームは跨線橋で結ばれており、常滑線方面と名古屋本線の豊橋方面を相互に利用する旅客が乗り換えに利用できる。なお、特急および快速特急の乗り継ぎについては、中部国際空港 - 岐阜系統と豊橋 - 新鵜沼系統との接続が考慮されている。かつて運行されていた豊橋と中部国際空港とを結ぶ特急は、当駅の構造上折り返すことが出来ないことおよび利便性などの理由から、隣の金山駅で方向転換を行っていたため、当駅に2度停車していた。

平日の朝を中心に、名鉄名古屋方面からの当駅止まりの列車も存在する。3番線から名鉄名古屋方面へ折り返せるように片渡り線が設置されているが、通常は使用されないため、車両は大江駅豊明検車支区などへ回送される。何らかのトラブルが発生した時も当駅で打ち切られることがあるが、同様の理由で大江駅や太田川駅のほか堀田駅や鳴海駅まで回送される。

回送列車、団体列車、試運転列車も旅客列車と同じく当駅で乗務員の交代を行うため、運転停車する。回送列車の場合自動放送では、「回送電車です。ご注意下さい」と放送される。

のりば
ホーム 方向 路線 行先
1・2 下り 名古屋本線 金山名鉄名古屋名鉄岐阜方面
犬山線広見線
(一部各務原線
金山・名鉄名古屋・犬山新可児方面
津島線尾西線 金山・名鉄名古屋・津島佐屋方面
3 - 常滑線空港線 太田川常滑中部国際空港方面
河和線知多新線 太田川・河和内海方面
4 上り 名古屋本線・豊川線 知立東岡崎豊橋豊川稲荷方面
西尾線 知立・西尾吉良吉田方面
  • 1番線のみ枕木がPCマクラギ化されている。これは後述するATS地上子増設よりも以前に行われたもので、両者に直接の関係は無い(現に2番線は木製枕木のまま地上子が増設された)。
  • すぐ南側が名古屋本線と常滑線の立体交差(常滑線上下線が名古屋本線下り線をまたぐ)、北側には隣接して踏切という用地の制約から、2面ホーム・4線とも緩い勾配が付いている。
  • 旧愛知電気鉄道線(名古屋本線東部、常滑線)と東西連絡線の起点であることを表す0キロポストは、駅舎やホームから外れた駅北にある踏切(後述)の傍に設置されている。

北西方へ(金山駅まで1駅間)は方向別複々線。複々線相互の転線ができないため、多くの場合この複々線の内側線は、常滑線の延長・金山駅乗り入れ線として運用されている。

配線図[編集]

名古屋鉄道 神宮前駅 構内配線略図
中部国際空港
河和方面

豊橋
東岡崎方面
名古屋鉄道 神宮前駅 構内配線略図
金山
名古屋方面
凡例
出典:[23]
画像左上、常滑線とアンダークロスしている橙線は東海道本線(配線は省略)


その他設備[編集]

発車標LED式2段表示。以前はソラリー式2段表示(それより昔の1980年代後半頃までは行灯式表示)のものが使われていた。特急列車乗車位置表示は金山駅とは異なり更新されておらず、以前よりデジタル式のもの(東岡崎駅・知立駅・名鉄岐阜駅などでも見られる)が使われている。

案内表示には隣接する金山駅・名鉄名古屋駅と同じく、日本語の他に英語中国語朝鮮語ポルトガル語の表記がある。

種別変更[編集]

名古屋本線の鳴海駅方面や常滑線から本線・名鉄一宮駅方面や犬山線津島線に直通する列車の中には当駅で種別変更を行う列車が多数設定されている。特に、昼間帯の津島方面への直通列車はすべて当駅で種別変更を行っている。なお、逆の方向への列車が種別変更をする場合はすべて名鉄名古屋駅(かつては栄生駅で実施していた列車もある)で行うため、鳴海駅や太田川駅方面へ向かう列車で当駅で種別変更する列車は1本もない。

開かずの踏切[編集]

駅北側にあった踏切(2007年撮影)

かつて、駅のすぐ北側には、名鉄名古屋本線・常滑線とJR東海道本線を含めた8本の線路をまたぐ踏切(JR東海御田踏切と名鉄神宮前1号踏切)があり、いずれの路線も本数が多いため開かずの踏切となっていた(特にJR東海側は通過列車に合わせて比較的長い遮断時間となる)。なお、歩行者は踏切横にある歩道橋の利用が可能であるが、利用者はあまり多くない実情があった。

遮断時間を可能な限り短縮するため、手動で遮断機を上げ下ろしする踏切となっており、更に踏切全体を3つに区切って別々に動かせるようになっていて、「全開」・「閉鎖」の他にその内の一部の踏切だけ上げられる「半開」があった。これは、自転車・歩行者のみが通行できるように遮断機を半分だけ上げるものである。しかし2007年、この踏切で2度にわたり「半開」状態で列車が進入・通過をする事案があった。列車は神宮前駅を発車した直後で速度が出ていなかった上、踏切を通過する歩行者や自転車がいなかったため一人も負傷者を出さなかったが、重大事故につながるインシデントであったことから、以下のような安全対策をとることになった。

  • 1度目の事案の際には、遮断機の係員を1時間毎に交代するよう変更。
  • 2度目の事案の際には、遮断機の上昇・下降を知らせる警報音の音量を上げたほか、神宮前駅のホームに遮断機の状態を確認する係員を2名配置。

2度目の事故発生後、名鉄は名古屋市と話し合いを進め高架線に切替えて踏切を撤去する意向を示していた。また、列車の誤通過を防ぐために1・2番線に速度超過検知用のATS線上子を多数設置した。しかし、安全対策もむなしく2008年11月に死亡事故が発生し(これ以前の2002年などにも死亡事故が発生している)、中日新聞社会面でも大きく報道されるなど社会的影響もあった。

その後、この踏切は廃止が決定し、従来の歩道橋は廃止のうえ旧道路付近にエレベーター・スロープ付きの歩道橋を新設することが計画された。当初は2010年に完成する予定であったが延期になった後、市および名鉄とJRの協議がまとまり、2012年7月1日をもって踏切は廃止となった[22]

廃止の後、自転車が通行可能な歩道橋が整備され、2016年度末に供用を開始する予定である。なお、踏切廃止後は車両の通行が不可能となったが自転車を除いて特段の代替路は整備されず、既存の道路(熱田陸橋・秋葉アンダーパス)を経由する必要がある。また、現存の歩道橋は事業の進捗に合わせて撤去される[24]

利用状況[編集]

  • 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年度当時の1日平均乗降人員は31,749人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中10位、名古屋本線(60駅)中8位、常滑線・空港線・築港線(26駅)中1位であった[25]
  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は60,674人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中4位、 名古屋本線(61駅)中4位、常滑線・築港線(24駅)中1位であった[26]
  • 『名鉄 1983』によると、1981年度当時の一日平均乗降人員は56,927人であり、この値は名鉄全駅中5位であった[27]
  • 『創立70周年記念 今日と明日の名鉄』によると、1960年度当時の一日平均乗降人員は33,182人であり、1963年度の値は45,751人であった[28]
  • 『名古屋鉄道データBOOK』によると、2009年度の一日平均乗降客数は29,645人である。
  • 『名古屋市統計年鑑』によると、2014年度の1日平均乗車人員は15,561人である。当駅の各年度の1日平均乗車人員は以下の通り[29]
年度 1日平均
乗車人員
1993年(平成05年) 29,287
1994年(平成06年) 27,270
1995年(平成07年) 26,390
1996年(平成08年) 25,030
1997年(平成09年) 23,207
1998年(平成10年) 21,730
1999年(平成11年) 20,589
2000年(平成12年) 19,652
2001年(平成13年) 18,658
2002年(平成14年) 17,937
2003年(平成15年) 17,584
2004年(平成16年) 17,063
2005年(平成17年) 16,495
2006年(平成18年) 16,001
2007年(平成19年) 15,549
2008年(平成20年) 15,249
2009年(平成21年) 14,679
2010年(平成22年) 14,987
2011年(平成23年) 14,854
2012年(平成24年) 15,132
2013年(平成25年) 15,726
2014年(平成26年) 15,561

駅周辺[編集]

西口[編集]

名勝・旧跡
公共・文教施設
  • 名古屋市 熱田区役所
    • 熱田保健所
    • 熱田図書館
  • 名古屋市教育センター
  • 名古屋工学院専門学校
  • 名古屋市立南養護学校
商業など
交通

1974年までは西口の前に名古屋市電の熱田神宮前電停があり、乗り換えが可能であった。

主な企業など
周辺道路

東口[編集]

東口の様子(2007年撮影) ※店舗は現況と異なる。
公共・文教施設
商業施設
主な企業など
周辺道路

路線バス[編集]

神宮東門バスターミナル
名鉄神宮前バス停

西口[編集]

神宮東門バス停

当駅の駅前(道路の反対側に熱田神宮)にあり、名古屋市営バスの路線が発着している。かつては名鉄バス(バス停名は神宮前。後に市バスの神宮13に変更)も鳴子方面へ発着していたが現在は廃止されている。2012年に運行終了となった名古屋競馬場への無料送迎バスも発着していた。

東口[編集]

名鉄神宮前バス停

東口より北へ約200mに位置に所在している。

  • 名駅18 名古屋駅 - 鶴舞公園前 - 大須 - 名鉄神宮前
  • 神宮11 名鉄神宮前 - 新瑞橋 - 中根 - 島田一ツ山・相生山住宅
    かつては島田一ツ山・相生山住宅行きの系統には野並車庫行きや中根止まりもあったほか、御器所通行きのバスも運行されていた。

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
名古屋本線
ミュースカイ
(太田川駅方面 -) 神宮前駅 - 金山駅
快速特急特急
知立駅 - (一部の特急は鳴海駅) - 神宮前駅 - 金山駅
快速急行
(太田川駅方面 -) 神宮前駅 - 金山駅
急行準急・■普通
堀田駅 - 神宮前駅 - 金山駅
常滑線
ミュースカイ(中部国際空港駅発9時以降の上り列車と全ての下り列車)
(名鉄名古屋駅方面 -) 神宮前駅 - 中部国際空港駅
ミュースカイ(中部国際空港駅発9時以前の上り列車)・特急
(名鉄名古屋駅方面 -) 神宮前駅 - 太田川駅
快速急行
(名鉄名古屋駅方面 -) 神宮前駅 - (一部大江駅聚楽園駅) - 太田川駅
急行・準急
(名鉄名古屋駅方面 -) 神宮前駅 - 大江駅
■普通
(名鉄名古屋駅方面 -) 神宮前駅 - 豊田本町駅

脚注[編集]

  1. ^ a b c 徳田 2003, p. 140
  2. ^ 越智聖二、小笠原裕、滝本盛正「駅,乗務区のあらまし」、『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月、 33-34頁。
  3. ^ a b c d e f 澤田 2009, p. 141
  4. ^ a b 川島 2002, p. 145
  5. ^ a b c 清水 1997, p. 147
  6. ^ a b c d e 清水 1997, p. 148
  7. ^ 川島 2002, p. 146
  8. ^ a b 徳田 2003, p. 141
  9. ^ 徳田 2003, pp. 141-142
  10. ^ a b c d 森川 1996, pp. 59-60
  11. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年
  12. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、972頁。
  13. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、994頁。
  14. ^ a b 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1044頁。
  15. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1046頁。
  16. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1054頁。
  17. ^ 『流通会社 2003年版』 日本経済新聞社、2002年12月20日。
  18. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1056頁。
  19. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、570頁。
  20. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、1066頁。
  21. ^ 名鉄120年史編纂委員会事務局(編) 『名鉄120年:近20年のあゆみ』 名古屋鉄道、2014年、189頁。
  22. ^ a b c 名鉄120年史編纂委員会事務局(編) 『名鉄120年:近20年のあゆみ』 名古屋鉄道、2014年、194頁。
  23. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第816号 2009年3月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」
  24. ^ 御田・神宮前1号踏切の廃止について (PDF) - 名古屋市(2012年5月28日付、同年12月16日閲覧)
  25. ^ 名鉄120年史編纂委員会事務局(編) 『名鉄120年:近20年のあゆみ』 名古屋鉄道、2014年、160-162頁。
  26. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編) 『名古屋鉄道百年史』 名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
  27. ^ 名古屋鉄道(編集) 『名鉄 1983』 名古屋鉄道、1983年、36頁。
  28. ^ 名古屋鉄道PRセンター(編集) 『創立70周年記念 今日と明日の名鉄』 名古屋鉄道、1964年、5頁。
  29. ^ 毎年の統計データ(名古屋市統計年鑑) - 名古屋市
  30. ^ 名古屋鉄道(株)鉄道センタービル(耐震ネット) - 大成建設(2012年12月16日閲覧)

参考文献[編集]

  • 森川優「近年の主な改良工事」、『鉄道ピクトリアル』第624巻、電気車研究会、1996年7月
  • 澤田幸雄「名鉄の駅,構内設備の思い出」、『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月
  • 川島令三 『全国鉄道事情大研究 名古屋東部篇』 草思社、2002年ISBN 978-4-7942-1140-8
  • 川島令三 『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第4巻』 講談社、2009年ISBN 978-4-06-270014-6
  • 徳田耕一 『名古屋近郊電車のある風景 今昔』 JTB、2003年ISBN 978-4-533-04598-1
  • 清水武 「名古屋鉄道路線の主な変遷 旧線跡や廃止された路線の探訪」『新版 まるごと名鉄ぶらり沿線の旅』 徳田耕一、七賢出版、1997年ISBN 978-4-88304-332-3

外部リンク[編集]

  • 神宮前(路線・駅情報) - 名古屋鉄道
  • 神宮前(駅周辺市バスのりば) - 名古屋市交通局