マーク・カヴェンディッシュ

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マーク・カヴェンディッシュ
Mark Cavendish
Cycling (road) pictogram.svg
Mark Cavendish 2011.jpg
個人情報
本名 Mark Simon Cavendish
マーク・サイモン・カヴェンディッシュ
(マーク・サイモン・キャヴェンディッシュ)
愛称 カヴ
Manx Missile(マン島ミサイル)
Manx Express(マン島超特急)
Cannonball(キャノンボール)
生年月日 (1985-05-21) 1985年5月21日(34歳)
国籍 マン島の旗 マン島
イギリスの旗 イギリス
身長 175cm
体重 69kg
チーム情報
所属 チーム・ディメンションデータ
分野 ロードレース&トラックレース
役割 選手
特徴 スプリンター
アマ所属チーム
 -2006.8
2006.8-2006.12
チーム・シュパルカセ
T-Mobile
プロ所属チーム
2007–2011
2012
2013–2015
2016-
T-モバイル
チーム・スカイ
クイックステップ
ディメンションデータ
グランツール最高成績
主要レース勝利

Jersey rainbow.svg世界選手権

個人ロードレース (2011)
マディソン (2005, 2008, 2016)

ミラノ〜サンレモ (2009)
ツール・ド・フランス

Jersey green.svgポイント賞 2011
区間通算30勝

ジロ・デ・イタリア

Jersey red.svg ポイント賞 2013
区間通算15勝(他TTT 2勝)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

Jersey green.svgポイント賞 2010
区間通算3勝(他TTT 1勝)
スヘルデプライス (2007-2008, 2011)
 
獲得メダル
オリンピック
2016 リオデジャネイロ オムニアム

 

Arc en ciel.svg世界選手権自転車競技大会
2005 ロサンゼルス マディソン
2008 マンチェスター マディソン
2011 コペンハーゲン 個人ロード
2016 ロンドン マディソン
2016 ドーハ 個人ロード
最終更新日
2017年10月8日

マーク・カヴェンディッシュMark Cavendish MBE1985年5月21日- )は、イギリス王室属国マン島ダグラス出身の自転車競技選手[1]。その圧倒的なスプリントから、マン島超特急 (Manx Express) やキャノンボール (Cannonball) の異名を持つスプリンター 。姓は「カベンディッシュ」や「キャヴェンディッシュ」といった表記もみられる。

経歴[編集]

2005年[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

T-モバイル(後のチーム・HTC - ハイロード)とプロ契約を結ぶ。

2008年[編集]

2009年[編集]

GreenCavo.jpg

最多勝集団となったコロンビア=HTCの中でも最多勝の26勝をマークし、年間を通じて大活躍を納めた。

2010年[編集]

2011年[編集]

MarkCavendish.jpg

2012年[編集]

チームスカイへ移籍。

2013年[編集]

Giro d'Italia 2013, cavendish (17760307086).jpg

オメガファーマ・クイックステップへ移籍(契約は前年10月)。

2014年[編集]

2015年[編集]

2016年[編集]

パリ~ルーべ2016にて

チーム・ディメンションデータへ移籍。

2017年[編集]

  • アブダビ・ツアー ポイント賞(第1ステージ優勝)
  • ツール・ド・フランス
    • 第4ステージでのスプリント中にペーター・サガンと接触し落車。第5ステージに出走せずリタイアした。以降、この件を巡りサガンとの間に確執が発生、最終的には法廷闘争にまで持ち込まれた。これに端を発し、翌年以降も幾度となく落車でのリタイアに見舞われる事になった。

2018年[編集]

  • ドバイ・ツアーにて昨年の怪我からの復活勝利を挙げる[9]も、この後相次ぐ落車に見舞われ、最終的にはこの1勝のみに留まった。
  • アブダビツアー第1ステージでスタート前のパレード走行中に落車。ニュートラル走行だった為、軽傷で済んだが脳震盪の症状が見られた為に大事を取ってリタイア。
  • 復帰レースとなったティレノ〜アドリアティコ第1ステージにてチームタイムトライアル中に落車。その後何とか完走するもタイムアウトでリタイア扱いとなる。
  • 1デイレースのミラノ〜サンレモにて復帰するも、中央分離帯に激突、空中をほぼ1回転するような形で地面に激突し落車リタイア。
  • アドリアティカ・イオニカレース第5ステージにて久々に最後のスプリントに絡み2位となった。

2019年[編集]

  • ブエルタ・ア・サンファンでレース復帰するも見せ場なく惨敗。
  • パリ~ニースにも参戦するが激しい横風に煽られ落車リタイア。
  • 数年前より患っていた慢性活動性EBウイルス感染症(通称:キス病)が完治したと発表。しかしツール・ド・フランスのメンバーからは外れた。
  • ツアー・オブ・ターキー第3ステージで3位となる。
  • ポローニュ第1ステージでまたも落車、軽傷で済み第3ステージでは6位となるも、苦手な山岳ステージが増える第6ステージ以降は棄権しリタイア扱いとなる。
  • ロードレースヨーロッパ選手権イギリス代表に選ばれる。
  • 長年、カヴェンティッシュのアシスト役だったマーク・レンショーが今シーズン限りでの引退を表明したのを機に、2020年よりバーレーン・マクラーレンへ移籍する事となった。

特徴[編集]

身長175cmと他のスプリンターと比べるとやや小柄(そのため「リトルカウボーイ」という渾名もある。ただし、ロビー・マキュアンオスカル・フレイレ(共に身長171cm)などさらに小柄なトップスプリンターも存在する)。だが、トラック競技で培った巧みな位置取りと、独特の「揺すらないダンシング」とひときわ深い前傾姿勢による爆発的な加速力に加え、マディソン出身のためロングスプリントにも強いという特徴を併せ持っている。

一方でトラック選手の宿命なのか、上り勾配気味のスプリントでは持ち味の加速力を発揮できなかったり、難易度の低い山岳コースでも大きく立ち遅れてしまうケースもあるなど(2008年のツール・ド・フランスの第14ステージでは、4級山岳で遅れ最下位になってしまった)、上りを極端に苦手としている。

2009年からチーム・コロンビア=HTCとアドバイザリー契約を結んだエリック・ツァベルの指導を受けて、山岳への対応を目指した(2009年のツール・ド・フランス第11ステージでは、上り勾配気味のスプリントを制したり、同じく第19ステージではレース終盤の2級山岳でメイン集団から遅れずにステージ優勝するなど成果が出つつある)。

ハイロードの優秀なアシスト陣にも助けられ、ハイロードトレインからこれぞというタイミングで撃ち出されることから、カヴェンディッシュ砲台と恐れられており、多くの選手に「ピュアなスプリントでは勝てる気がしない」と言われるほどの瞬発力で、2005年から周りを粉砕しつづけている。そしてハイロードトレインのサポートが無くともトラックレースで養った位置取りと天性のカンで、どのトレインに便乗すれば勝てるのかという判断も巧みで、ロード転向初年度やツール・ド・フランス2010の第11ステージ後に最終アシストのマーク・レンショーが失格となったのにも関わらず、そこからサーヴェロやランプレのトレインにいわゆる無賃乗車というスタイルに切り替えても連勝。特に第20ステージでは2位のペタッキに対し5車身という圧倒的な差をトレイン無しで作り出していた。

機材的な特徴では、ダンシング時の引きつけのパワーに耐えるため、ステムを極太のトラックレース用カーボンステム、ハンドルもトラックレース用をモデルとしたアルミハンドルを使っている。

主な戦績[編集]

トラックレース[編集]

オリンピック
世界選手権自転車競技大会
コモンウェルスゲームズ
欧州選手権
国内選手権

ロードレース[編集]

2005[編集]

2006[編集]

  • ツアー・オブ・ブリテン
    • Jersey blue.svg ポイント賞
  • ツール・ド・ベルリン
    • 総合2位
    • 第3b,4ステージ 優勝

2007[編集]

2008[編集]

2009[編集]

2010[編集]

2011[編集]

2012[編集]

2013[編集]

2014[編集]

2015[編集]

2016[編集]

2017年[編集]

2018年[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • マーク・カヴェンディッシュ『マーク・カヴェンディッシュ』未知谷、2011年

外部リンク[編集]