イン・マイ・ライフ

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イン・マイ・ライフ
ビートルズ楽曲
収録アルバム ラバー・ソウル
英語名 In My Life
リリース 1965年12月3日 (1965-12-03)
録音
ジャンル
時間 2分28秒
レーベル
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
その他収録アルバム

後述を参照

ラバー・ソウル 収録曲
A面
  1. ドライヴ・マイ・カー
  2. ノルウェーの森
  3. ユー・ウォント・シー・ミー
  4. ひとりぼっちのあいつ
  5. 嘘つき女
  6. 愛のことば
  7. ミッシェル
B面
  1. 消えた恋
  2. ガール
  3. 君はいずこへ
  4. イン・マイ・ライフ
  5. ウェイト
  6. 恋をするなら
  7. 浮気娘
ミュージックビデオ
「In My Life」 - YouTube

イン・マイ・ライフ」(英語: In My Life)は、イギリスロックバンドビートルズの楽曲である。本作は1965年12月3日に発売された6作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバムラバー・ソウル』のB面4曲目に収録された。レノン=マッカートニーの名義だが、主にジョン・レノンによって書かれた。なお、後年ポール・マッカートニーとの曲の貢献度についての意見の相違があった。

プロデューサーのジョージ・マーティンによるピアノソロが本作の特徴となっており、このピアノソロはテープの回転速度が変更されてチェンバロを彷彿させる音色に仕上がっている。

ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では23位にランクされている[3]カナダ放送協会 の「50曲」においては2位に選ばれた。英国レコード産業協会からゴールド認定を受けた[4]

2010年11月現在、日本テレビの番組『東京日和』のオープニング曲として使われている。

背景[編集]

レノン直筆のオリジナルの歌詞

ジョン・レノンが故郷のリヴァプールでの思い出の場所や人々について綴っている楽曲で[5]、オリジナルの歌詞には故郷にある通り「ペニー・レイン」やレノンが幼少期に遊んでいた救世軍の孤児院「ストロベリー・フィールド」に対する言及も含まれていた[注釈 1]。その後、レノンはオリジナルの歌詞について「馬鹿げている」と考えて、現行のものに書き直した。

1980年にレノンは、この楽曲について「ぼくが意識して自分の生活について書いた最初の歌だったな。(歌い出す)『忘れることのない場所がある/そのいくつかは変わるだろうが、一生を通じて忘れることのない場所が…』 それ以前に、エヴァリー・ブラザーズバディ・ホリー流に歌を書いていただけなんだ。歌の文句以上のことは何も考えないポップ・ソングを書いていたんだな。歌詞の文句は自分とは関係ないといってもよかった。『イン・マイ・ライフ』の発想が浮かんだのは、メンラブ通り250番地のぼくの家から町へ行くのに乗ったバスの中でね。ぼくの思いつくだけの場所の名前をあげていったんだ。で、こいつは放っておくことにして、ひっくりかえっていたら、昔の友だちや恋人たちについてのあの歌詞が浮かんできたんだ。真ん中の部分はポールが手伝ってくれたよ」と語っている[6]。残されたフレーズのうち「Some are dead and some are living/In my life I've loved them all(死んでしまった人たち、元気でいる人たち/この人生でぼくは、そのみんなを愛してきた)」について、ジョンの友人で実業家のピート・ショットン英語版は、元ビートルズのメンバーのスチュアート・サトクリフ1962年逝去)についての言及と推測している[7]

後年ポール・マッカートニーは作曲は自分一人でしたと発言していて、大きな見解の相違がある曲である。2018年ハーバード大学のマーク・グリックマンらが、かつてシェイクスピアの作品のいくつかは劇作家のクリストファー・マーロウとの共著であると解明したのと同じ統計学の手法を用いて楽曲や作曲背景の分析を行い、「"In My Life"はジョンの作品であることは確実である」と発表した[8]

レコーディング[編集]

この曲は、1965年10月18日にレコーディングが開始され、同日には間奏を除いた大部分が完成していた[9]

間奏部分について、レノンはどの楽器を使用するかについて特に決めておらず、ジョージ・マーティンがバロック音楽風のピアノを入れることを提案した[1]。マーティンはバッハの影響を受けたフレーズを考えたが、当初思い描いていたバロック調のフレーズを弾くのは困難だった。この問題は、10月22日のセッションで、録音された4トラック・テープを半分の速度(15 in/sを7½ in/s)で再生しながら空きトラックへオーバー・ダビングすることで解決させた。なお、元の速度に戻して再生したピアノのサウンドは、チェンバロ(ハープシコード)を思わせるものとなっている[10][9]

演奏[編集]

以下、音楽評論家のイアン・マクドナルド英語版の書籍を出典としたクレジット[11]

収録盤[編集]

主なカバー・バージョン[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1967年にストロベリー・フィールドの庭園で遊んでいた幼少期を題材とした「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」(レノン作)と、同名の通りを題材とした「ペニー・レイン」が発表された。

出典[編集]

  1. ^ a b Hertsgaard 1996, p. 156.
  2. ^ Doyle Greene (10 March 2014). The Rock Cover Song: Culture, History, Politics. McFarland. pp. 161. ISBN 978-1-4766-1507-3. https://books.google.com/books?id=oJlDAwAAQBAJ&pg=PA161 
  3. ^ The Beatles, 'In My Life'”. Rolling Stone. 500 Greatest Songs of All Time. Penske Business Media (2011年4月7日). 2020年5月7日閲覧。
  4. ^ BRIT Certified”. 英国レコード産業協会. 2020年5月7日閲覧。 ※検索窓から「In My Life」と検索することで確認出来る。
  5. ^ Sheehan, Ivan (2015年12月3日). “Finding John Lennon's "first real major piece of work"”. Rock and Roll Hall of Fame. 2016年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月7日閲覧。
  6. ^ Playboy編集部『ジョン・レノン PLAYBOYインタビュー』集英社、1981年、93-94頁。
  7. ^ Everett 2001, p. 319.
  8. ^ “ビートルズ - ジョンとポールのどっちが曲を書いたか問題に決着か / ハーバードの研究者が統計学を用いて分析”. ロケットニュース24 (ソシオコーポレーションメディア事業部). (2018年7月31日). https://rocketnews24.com/2018/07/31/1097487/ 2018年9月27日閲覧。 
  9. ^ a b Lewisohn 1988, p. 64-65.
  10. ^ Spitz 2005, p. 587-91.
  11. ^ MacDonald 2005, p. 169.
  12. ^ The Beatles: Love – PopMatters Music Review”. PopMatters (2006年12月15日). 2019年12月8日閲覧。
  13. ^ Jackie & Roy - Changes (Vinyl, LP, Album)”. Discogs. Zink Media, Inc.. 2020年5月7日閲覧。
  14. ^ “<A GRAMMY Salute To The Beatles> ポール・マッカートニーとリンゴ・スターの共演パフォーマンス映像が一部公開”. amass.jp (amass.jp). (2014年2月8日). http://amass.jp/35127/ 2018年12月27日閲覧。 
  15. ^ “主役は“ザ・ビートルズの楽曲”…映画『イエスタデイ』脚本家が選曲理由を語る”. music.jpニュース (エムティーアイ). (2019年10月17日). https://music-book.jp/music/news/news/332876 2020年5月7日閲覧。 

参考文献[編集]

外部リンク[編集]