イタリアのスポーツ
サッカー
[編集]イタリアでは、サッカーが国内で1番人気のスポーツとなっている。一方で2020年以降には主にイタリアの若者におけるサッカー離れも数多く指摘されており[1][2][3]、2026年のコッパ・イタリア決勝は過去17年間で最悪の平均視聴者数を記録するなど、ライトなファン層離れも指摘されている[4]。イタリアのサッカーは1990年代から2000年代において世界最高峰のリーグと呼ばれ、現在でもプレミアリーグ(イングランド)やラ・リーガ(スペイン)と並ぶ、世界トップレベルのリーグである「セリエA」を抱えるだけに、サッカーイタリア代表は世界でもトップクラスの実力を誇り、「アズーリ」の愛称で呼ばれている。FIFAワールドカップでは、ブラジルに次ぐ通算4度の優勝(1934年・1938年・1982年・2006年)と、2度の準優勝(1970年・1994年)を飾っている。さらにUEFA欧州選手権では2度の優勝(1968年・2021年)と、2度の準優勝(2000年・2012年)を果たしており、世界屈指のサッカー大国として名高い[5]。
FIFAコンフェデレーションズカップでは2013年大会で3位に輝いている。さらにUEFAネーションズリーグでは、自国開催となった2020-21シーズンで3位の成績を収めた。しかし、近年イタリアのサッカーはレベルの低下が指摘されており、ワールドカップの2010年大会と2014年大会では2大会連続でのグループリーグ敗退となり、さらに続く2018年大会と2022年大会、2026年大会と3大会連続で出場を逃した[6][7]。かつては世界屈指の強豪であったイタリア代表が没落してしまった原因としては、他の競技に優秀なアスリートが流れている実情[4][8]、育成年代のチームに外国人選手が流入している上に選手の育成システムに問題を抱えている点[9]、暴力的なサポーターによる様々な問題行為(イタリアではサッカーに暴力的なイメージが付きまとっている)[9]、自国のトップリーグでありながらセリエAでプレーするイタリア人選手の減少など様々な要因が挙げられている[4][8]。
自転車競技
[編集]自転車競技はサッカーに次ぐ人気を誇り、後述する通り数多の名選手を輩出している。ジロ・デ・イタリア(以下、ジロ)を開催していることで名高い。とりわけ、山岳コースにおいてはツール・ド・フランスよりも難度が高いと言う声もあるほどである[注釈 1]。したがって、同一年度において、ジロとツールを制した選手は、カンピオニッシモ[10] と讃えられ、また、日本では両方のレースを制覇した場た同一年度でこそないがコッピの宿命のライバルであり、良き友でもあったジーノ・バルタリも両方のレースで総合優勝を果たしている。合には、ダブルツール[11] といって讃えている。そのダブルツールを最初に達成したのがファウスト・コッピである。コッピは1949年と1952年に達成し、同一年度でこそないが、コッピの宿命のライバルであり、また良き友でもあったジーノ・バルタリも両方のレースで総合優勝を果たしている。さらにジロにおけるイタリア国籍選手の優勝回数は実に65回を数え、2位のベルギーの7回を大きく上回っている。従って、グランツール全体における優勝回数についてはイタリアがトップである[注釈 2]。
世界自転車選手権・エリート個人ロードレースの優勝回数も19回を数え、これはベルギー(25回)に次ぐ記録である。上記2人以外にも著名選手が目白押しで、史上初のジロ総合3連覇を達成したカルロ・ガレッティ、コスタンテ・ジラルデンゴ、ジロ初の総合5回制覇を達成したアルフレッド・ビンダ、ツール総合連覇を果たしたオッタビオ・ボテッキアなど、世界的名選手が各年代で次々に登場している。アントニオ・マスペスの出現により、トラックレースにおいても1950年代から1970年代前半頃まで世界トップクラスの実力を堅持し続け、この当時、ロードレースも含めて世界最強の自転車競技王国とも謳われた[注釈 3]。その後、ベルギーのエディ・メルクス[注釈 4] やフランスのベルナール・イノー、スペインのミゲル・インドゥラインら、他国の選手の後塵を拝するケースが多くなったが、メルクス黄金時代にしばしジロや世界選手権で撃破したフェリーチェ・ジモンディは、史上2人目のグランツール完全制覇を果たした。
他にもマルコ・パンターニが1998年にジロ、ツールのダブルツールを達成するなど節目節目でビッグタイトルを獲得している。そして1997年から2007年まで、11年連続でジロについては当国国籍選手が総合優勝を果たした。しかし、一方でドーピング違反による出場停止例は枚挙にいとまない。従って、イタリア自転車競技界ではドーピング違反選手に対する制裁措置が厳しく、例えばアレハンドロ・バルベルデもスペイン、国籍選手でありながらスポーツ仲裁裁判所 (CAS)から2年間の出場停止処分が下されるきっかけとなったのは、イタリアオリンピック委員会から受けたイタリア領域内レース出場停止処分である。
モータースポーツ
[編集]イタリアではモータースポーツの人気も高く、かつては本来「1国1開催」が原則のF1においても、イタリアGP以外に隣国のサンマリノの名義を借りたサンマリノGPが開催され、例外的に実質的な「1国2開催」が定着していたほか[注釈 5]、ロードレース世界選手権(MotoGP)に代表される二輪ロードレース人気も高い。選手個人としては二輪ライダーに有名選手が多く、古くはカルロ・ウビアリ、ジャコモ・アゴスチーニ、マルコ・ルッキネリ、フランコ・ウンチーニなど、最近ではマックス・ビアッジ、ルカ・カダローラ、ロリス・カピロッシなどの世界チャンピオンを輩出している。特にバレンティーノ・ロッシはMotoGPの最高峰クラス(GP500クラス→MotoGPクラス)で過去7回の世界タイトルを獲得しており「史上最強のライダー」と称される。
一方で四輪のレーシングドライバーとしては、1950年に初代F1チャンピオンに輝いたジュゼッペ・ファリーナ、1952年・1953年のF1チャンピオンであるアルベルト・アスカリや、リカルド・パトレーゼといった人材を輩出しF1草創期をリードした。だが、その後もF1チャンピオンは現れていない。ただし、F1ドライバー自体の数は多く、2009年現在もヤルノ・トゥルーリ、ジャンカルロ・フィジケラの2人がレギュラードライバーとしてF1に参戦している。また、マシンの開発面でも、F1の歴史をリードしてきたスクーデリア・フェラーリや「最弱チーム」と揶揄されながらも20年以上に渡りF1に参戦し続けたミナルディ、そのミナルディを買収した後身チームであるスクーデリア・トロ・ロッソなど多くのチームがイタリアを本拠地としている。F3において寡占的地位を占めているダラーラ、フォーミュラ・ルノー用シャシーの製造で知られるタトゥースなどもイタリア企業であり、現在でもモータースポーツにおけるイタリアの重要度は高い。
競馬
[編集]イタリアでは競馬も盛んで、イギリス・フランス等と比べると近代競馬の開始は遅れたものの国内で複数のGI競走が開催されていた時期が長く、ジョッキークラブ大賞やミラノ大賞典等は日本でも比較的知られた競走である。ただし、近年は不況の影響から売上が減少傾向にある。運営母体の杜撰な組織運営も問題視され、2010年にはサンシーロ競馬場・カパネッレ競馬場というイタリアの二大競馬場での開催が一時困難な状況に追い込まれた[12]。
2012年1月には、イタリアの競馬統括機関(日本のJRAに相当する機関)であるASSI(Agenzia per lo sviluppo del settore ippico)がイタリア国内の全競走について一律40%賞金をカットする方針を打ち出したが、これに反発する騎手・調教師・競馬場職員らがストライキを起こし競馬の開催が全面ストップ[13]。その後、競馬開催は再開されたものの、賞金の支払いが全面ストップするなど問題は依然継続している[注釈 6]。2019年には国内で開催されるGI競走がゼロとなるなど凋落が著しい。
バレーボール
[編集]イタリアではバレーボールも盛んで、特にトップリーグであるセリエAは世界的に見ても非常に珍しい「バレーボールのプロリーグ」である。この他、カップ戦であるコッパ・イタリアなど多くの大会が行われている。日本からも大林素子・吉原知子などといったトップ選手がイタリアに渡りプレーしていたことがある。イタリア代表も男子・女子共に世界選手権や欧州選手権の優勝経験があり、欧州の強豪チームの一角を占めている。
テニス
[編集]イタリアにおけるテニスは2020年以降にかけて急成長を遂げており、2000年には12万9000人だった競技人口が2025年には126万人にまで増加しており、サッカーの競技人口(2025年時点で約150万人程度)にも迫る勢いにまで増加してきている[4]。イタリアで開催されるテニストーナメント大会ではイタリア国際が有名である。またイタリアでは下部大会(チャレンジャーやフューチャーズ)の開催が多いことが選手の育成に成功している要因であるという声も挙がっている[14]。グランドスラム大会での成績において、イタリア人テニス選手で最も成功を収めた5人は、ニコラ・ピエトランジェリ(1959年全仏オープン、1960年全仏オープンのシングルスで優勝)、アドリアーノ・パナッタ(1976年全仏オープンのシングルスで優勝)、フランチェスカ・スキアボーネ(2010年全仏オープンのシングルスで優勝)、フラビア・ペンネッタ(2015年全米オープンのシングルスで優勝)、ヤニック・シナー(2024年全豪オープン、2024年全米オープン、2025年全豪オープン、2025年ウィンブルドンのシングルスで優勝)などが挙げられる。デビスカップチームは、1976年のデビスカップで優勝経験があり、2023年、2024年、2025年のデビスカップでも3連覇を達成している。また、イタリアのフェドカップチームは、6度(2006年、2009年、2010年、2013年、2024年、2025年)のフェドカップ優勝経験がある。サラ・エラーニ、フラビア・ペンネッタ、ロベルタ・ヴィンチ、フランチェスカ・スキアボーネなどのイタリア人選手は、キャリアの中でWTAトップ10入りを果たしてる。また前述の通りスキアヴォーネは、2010年の全仏オープンで優勝し、グランドスラムでのシングルスタイトルを獲得した最初のイタリア人選手である。その後、2015年の全米オープンでペンネッタが優勝している。サラ・エラーニとロベルタ・ヴィンチのダブルスペアはダブルスでキャリアグランドスラムを達成しており、3年連続でITF世界チャンピオンに選ばれ(2012年、2013年、2014年)、2012年以降毎年世界ランキング1位でシーズンを終えている[15]。2019年には、マッテオ・ベレッティーニがシングルスでイタリア人として初めてウィンブルドンの決勝に進出した。
登山
[編集]北にはアルプス山脈、本島にはアペニン山脈、その他エトナ山など、イタリアでは様々な山岳地域に恵まれているので、登山も盛んである。モンブラン初登頂をし、近代登山を築いたJ・バルマ、M・G・パカールなどをはじめ、ラインホルト・メスナーやスキー登山家でもあるマッテォ・ペドリアーナ、グイド・ジャコメッリなどが有名。日本ではマイナーな山スキーの大会が冬頻繁に行われており、南チロルやアオスタを中心に上記の山脈に近い地域では山スキーのメッカである。上記のペドリアーナ、ジャコメッリもその中の一人である。
オリンピック
[編集]イタリアは「サッカー大国」の名の通り、1936年ベルリン五輪では金メダルに輝いている。さらに1928年アムステルダム五輪と2004年アテネ五輪では、銅メダルを獲得している。この他にも夏季では体操競技、陸上競技、競泳、柔道、冬季ではアルペンスキー、スピードスケート、フィギュアスケート、ショートトラックスピードスケートが盛んである。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 2007年のジロ・デ・イタリアは、第17ステージで距離10km、平均斜度11.9%、最大斜度22%というゾランコン山への登り坂が設定された。これは、ツール・ド・フランスで有名なラルプ・デュエズと比較して距離こそやや短いものの、平均斜度は1.5倍、最大斜度は約2倍となっている。
- ↑ イタリア国籍選手のグランツール総合優勝回数は、2008年時点で76回(内訳、ジロ65、ツール9、ブエルタ4)。2位フランスの51回(内訳、ジロ6、ツール36、ブエルタ9)を大きく上回っている。
- ↑ 例えば、第二次世界大戦後に開催された夏季オリンピックにおける金メダル数を例に取ると、ロンドン2、ヘルシンキ2、メルボルン3、ローマ5、東京3となっており、ロンドン以外の大会では金メダル獲得数国別ランキングではトップだった。
- ↑ メルクス自身の黄金時代、イタリア籍チームのモルテニに在籍していた。
- ↑ ただし、サンマリノGPは2006年を最後に開催を終了している。
- ↑ 詳細は「イタリアの競馬#経営問題」を参照。
出典
[編集]- ↑ “「カルチョは死んだも同然。古すぎる」イタリアの若者のサッカー離れをナポリ会長が危惧”. goal.com (2023年3月4日). 2023年3月4日閲覧。
- ↑ “スマホ世代な最近の若者は90分もサッカーを見てくれない? ナポリ会長が感じる危機感”. ザ・ワールド (2025年9月28日). 2025年9月28日閲覧。
- ↑ “【イタリア発コラム】ストライキとイタリアニタ”. サッカーキング (2026年6月21日). 2026年6月21日閲覧。
- 1 2 3 4 “イタリアのサッカー人気はこのまま落ちていく一方か。国民の関心は今やテニス。子供の興味がカルチョに向かないのも無理はない”. フットボールチャンネル (2026年5月27日). 2026年5月27日閲覧。
- ↑ “復活のイタリア、EURO制覇の理由。挙国一致した「モダン化」の結実”. footballista (2021年7月14日). 2023年6月16日閲覧。
- ↑ “「史上最低レベルに転落」EURO王者イタリア代表の2大会連続W杯予選敗退に、国内メディアは「災害」「衰退」「壊滅的」”. THE DIGEST (2022年3月26日). 2023年6月16日閲覧。
- ↑ “イタリアサッカーの終焉か? 3度目のW杯「大惨事」から、カルチョは二度と立ち直れないかもしれない”. goal.com (2026年4月2日). 2026年4月2日閲覧。
- 1 2 “W杯が危うい…。強豪だったイタリア代表はなぜ凋落したのか。”. フットボールチャンネル (2025年9月20日). 2025年9月20日閲覧。
- 1 2 “「金のためなら…」ある一人の若者が腐ったイタリア・サッカー界に怒りをぶちまけた。代表の弱体化を招いた大きな闇とは”. フットボールチャンネル (2026年4月17日). 2026年4月17日閲覧。
- ↑ 参考文献:名選手たちの物語
- ↑ 参考文献:サイクリングタイム2005年12月6日号
- ↑ 【コラム】日本だけじゃない競馬不況の波が… - UMAJIN・2010年2月23日
- ↑ イタリア競馬、予算削減に抗議するストライキで開催停止 - ジャパン・スタッドブック・インターナショナル 2012年1月26日
- ↑ “イタリア男子が未来に向けて動き出す----ツアーに続くチャレンジャー、フューチャーズの下部大会が地盤”. tennismagazine.jp (2019年5月16日). 2019年5月16日閲覧。
- ↑ “Errani-Vinci, colpo doppio - Ai quarti e in vetta alla classifica”. repubblica.it (2022年9月23日). 2022年9月23日閲覧。