アリゾナ・ダイヤモンドバックス
アリゾナ・ダイヤモンドバックス Arizona Diamondbacks | |||||||||
1998年年創設 | |||||||||
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所属リーグ | |||||||||
チーム名 | |||||||||
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本拠地 | |||||||||
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永久欠番 | |||||||||
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獲得タイトル(獲得年) | |||||||||
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球団組織 | |||||||||
オーナー | ジェリー・コランジェロ | ||||||||
GM | {{{GM}}} | ||||||||
監督 | カーク・ギブソン |
アリゾナ・ダイヤモンドバックス(Arizona Diamondbacks、略称:ARI)は、アメリカMLB、ナショナルリーグ西地区所属のプロ野球チーム。本拠地はアリゾナ州フェニックスにあるチェイス・フィールド。
チーム名は、アリゾナ州一帯に生息するダイヤガラガラヘビ(背中に菱形の紋様を持つヘビ。ヒシモンガラガラヘビとも言われる)に由来している。チーム名が長いため“D-Backs”と略表記されることもある。
球団の歴史
MLBのエキスパンション(球団拡張)の一環として1998年創立。1年目は65勝97敗と大きく負け越すが、同年末にMLB屈指の左腕ランディ・ジョンソンの獲得に成功し、ワールドシリーズ制覇への大きな一歩を踏み出す。1999年にはプレーオフ初出場を果たすが、ディビジョンシリーズでニューヨーク・メッツに1勝3敗で敗れた。
2001年にはジョンソンと豪腕カート・シリングの大車輪の活躍により、ワールドシリーズでニューヨーク・ヤンキースとの歴史的死闘の末、第7戦でルイス・ゴンザレスがヤンキースの守護神マリアノ・リベラから逆転サヨナラヒットを放ち、球団創設4年目でワールドシリーズ制覇という快挙を成し遂げる。このシリーズのMVPはジョンソンとシリングが同時受賞している。
2002年も地区優勝するも、ディビジョンシリーズでセントルイス・カージナルスに破れ、2003年はランディー・ジョンソンとカート・シリング両投手の故障で地区3位に終わるが、ブランドン・ウェブがメジャーデビューを果たすなどして若手が少しずつ台頭してきたため積極的にトレードを行ってチームの平均年齢が若くなり「ヤンク・バックス」[1]と呼ばれた。
2004年5月18日にアトランタのターナー・フィールドで行われた対ブレーブス戦でランディ・ジョンソンが完全試合を達成したが、この年は51勝111敗と大きく負け越す。オフにはウォーリー・バックマンの監督就任が発表されたが、2度の逮捕歴に加えて破産歴もあったことから、わずか4日後に解任される事態も起きている。
2006年11月8日、球団はチームカラーを赤へ変更すると発表、ユニフォームが赤を基調としたデザインに変更された。深い赤はアリゾナ州の景勝地として有名なセドナの赤い岩を、ベージュはソノラ砂漠の砂をイメージしたもの。また、これまでビジター用キャップに使用されていた、ガラガラヘビがチーム名の頭文字"D"を象っているロゴマークが、ホーム用キャップに使用され、これまでホーム用キャップで使用されていた"A"のロゴが赤基調に変更されビジター用キャップに使用されることになった。
2007年、下馬評は決して高くなかったが若手が台頭し、得点よりも失点が多いにもかかわらず5年ぶりに地区優勝を果たした。
2009年、2010年と2年連続で地区最下位に沈んだが、2011年には前年のワールドシリーズ覇者、サンフランシスコ・ジャイアンツを振り切り4年ぶりの地区優勝。ディヴィジョンシリーズではミルウォーキー・ブルワーズを相手に0勝2敗から2勝を挙げて巻き返しを見せたが、敵地ミラー・パークで勝てなかった事が響き、2勝3敗で敗退した。
2011年12月12日にブルワーズをFAになっていた斎藤隆投手と1年契約で合意した。チームにとっては初の日本人選手である。
主な選手
現役選手
永久欠番
- 20 ルイス・ゴンザレス(Luis Gonzalez) - 外野手
- 42 ジャッキー・ロビンソン(Jackie Robinson) - MLB全球団共通の永久欠番
傘下マイナーチーム
脚注
- ^ ベースボールマガジン社『月刊メジャーリーグ2004年3月号』 69ページ
外部リンク
- アリゾナ・ダイヤモンドバックス公式ウェブサイト
- チームの通算成績と情報 MLB, or ESPN, or Baseball-Reference , or The Baseball Cube